邪神に転生した私 白の魔王編
【クロード・ラ・トゥール】
黒髪紅眼、深紅の角、漆黒の羽根、爬虫類の尻尾を持つ魔族の王。年齢不明、後宮あり、俺様。強引(並)、残忍(並)、無自覚(微)、溺愛(強)
この世界は光と闇でできている。なぜなら創生神でさえ闇がなくては存在できないからだ。
だからこそなのか光の使徒たちは闇に属するものをことごとく嫌う。我々がいなくては自分たちが存在できないことを都合よく忘れ、我々を殲滅するべく定期的に戦いを仕掛けてくるのだ。
だが、創生神が闇に属する肉体と光に属する精神を持った『人間』という自分に似た生き物を作ってから、地上の覇権は彼らが手にすることとなった。
まぁ、俺達には何の関係もないけどな。
俺たちは魔族だ。光の使徒たちと対をなすモノであり創生神の眷属でもある。
魔族は基本的に怠惰で面倒くさがりだ。だから人間が地上を統べた時は対立するのが面倒で空の上に魔界という世界を作ってさっさと移住した。
ちなみに天族どもは『人形』になって神の御許に侍っているらしい。闇を一切排除するには人形になるしかなかったのだ。あいつらが心酔するのは光と闇を司る創生神なのにな。
「魔王様」
そうそう。俺は魔族の王をしている。だから人間には魔王と呼ばれている。そんでもって魔界を統べる者でもある。
「魔王様!」
「やぁ、ハリソン。魔族に似合わない固い名前のキミが慌ててどうした?」
長く艶やかな黒い髪、紅く澄んだ切れ長の瞳、白磁の美貌と鍛え抜かれた肉体を持つ雄の身体。黒髪からは血のように赤い角が生え、背中には黒い羽根、尾てい骨から延びる爬虫類の尻尾を持つ魔族。それが魔王だ。
ハリソンと呼ばれた魔族はこれまた美形の男で、刈り込まれた銀髪に淡いブルーの目を持つ三十代前半に見える。そんな彼が眉間に深い皺を寄せて睨み下ろすさまを、魔王と呼ばれた男が寝椅子の上から楽しげに見上げていた。
「私の名が固いとか文句をつけるのは貴方くらいですよ」
「俺を『魔王様』と呼ぶのもお前くらいだな」
まるで彫像のような艶めかしい筋肉を惜しげもなく晒しながら、腰履きの黒革のズボンをはいた長い足を寝椅子から降ろす。滑らかな白石の床はヒヤリと冷たく、魔王は裸足のままペタペタとバルコニーから室内へと入っていった。
筋肉の筋が浮いた背中で直毛の黒髪が揺れ、立ち上がれば二メートルはあるだろう魔王のさらに倍の大きさの羽根がフルリと震える。口調の軽さとは正反対の重厚な雰囲気の室内で金と銀の装飾品を次々につけていく。ピアス、イヤーカフ、チョーカー、ネックレスは三個、指輪を両手で四個、腕輪は両腕で十個と過剰なまでの装飾に、魔王は不愉快そうに眉をひそめながら大きくため息を吐く。
「ああ~、弱い連中と会うためだけにコレつけるとか……俺の魔力に耐え切れねぇんならそばに来るんじゃねぇよ」
「この島を浮かせてなお魔王様の魔力は有り余っていることは知られておりませんからね」
書類を整理しながら面倒そうにしていた側近は、さも迷惑そうな声でまだ余っている耐魔装飾品をつまみ上げた。
「これつけると怠いんですよね。よくもそんなに着けていられますよ」
「これつけて後宮の女どもを抱かなきゃならん俺の身にもなれ」
ズボンだけを身に着けていた男はブーツを履き、ウエストに巻きスカートのように黒い布を巻く。尻尾の付け根を隠すためのそれは、さらに魔王に凄みと威厳を持たせるが、それがまたこの男に酷く似合うのだ。
「さて、と」
立ち上がり翼を大きく震わせると魔王は悠然と歩いて外へと出る。
「魔王様、どちらへ?」
執務と面会をさせるために呼んだというのに再びどこかへ行こうとする男を呼び止めるも、気持ちのいい風に髪を揺らす魔王は厳しい視線で地上を睨んでいた。
「魔王様?」
「なんか楽しそうなもんが生まれたみたいだから、ちょっと地上に行ってくる」
表情とは裏腹に声は弾んでいる。
「ダメです。せめて謁見を終わらせてからにして下さい」
ハリソンの体から微かに光る銀糸が魔王の逞しい身体に絡まっていく。どこか淫靡な光景だが魔王は慣れた様子で降参するように両手を挙げた。
「面白そうなのになぁ。それじゃ、仕事を終わらせてから行くか」
繊細な銀糸からは簡単に抜けられないことはよく知っている。普段は温和な側近がせめて謁見を、というなら言うことを聞くくらいのことはしてもいいと、魔王はうっすらと笑みをこぼして室内へと戻っていった。
「……以上で北領の報告を終わります……あの、クロード陛下? いかがなさいましたか?」
魔王への謁見は多岐にわたる。どれもが重要だが、どれもが魔王の采配一つで決まるためそれほど重要ではないともいえる。そのため謁見は魔王へのあいさつだったり、自分を売り込むための場だったりするのだが。
玉座に深く座りひじをついて顎を乗せ、長い足を組んだ美貌の男が唇を綻ばせて室内を睥睨していた。いつもはつまらなそうだったり無表情だったりする男が、今日に限ってじつに楽しそうにしている。広い謁見室には老若男女さまざまな魔族がいたが、ほぼすべての人が魅了されたように頬を染めたり熱をもった眼差しで自分たちの王を見上げていた。
北領の報告をしていたのは領主の娘でハニーブロンドをきれいに結い上げた美しい娘だ。どう見ても政治に詳しいようには見えないが、ただ報告するだけなら多少の頭があれば勤まるからこそここにいる。そして魔族の王に見初めてもらうための謁見だったはずなのだが、逆に惚れてしまったような表情を浮かべていた。
それだけ色気を駄々洩れさせて見つめるのは段下の女性―――のようで、そのはるか下を見ていると気が付いた者は一人だけ。
「魔王様」
「ハリソン。今ならお前にも判るだろう? すごい魔力だ。俺までとは言わないが、お前並みには力が強い。迎えに行っていいだろう? アレは俺のモノだ」
クロードの瞳孔が縦長に伸び、紅色に金の差し色が入った美しい目がまるで燃えるように輝く。
「男性かもしれませんよ」
「泣き顔の可愛い女性だよ」
その言葉でこれ以上引き留めておくのは無理だろうとあきらめた側近の魔族は、手元の書類をめくって確認すると長い指をクルリと回して糸を回収した。
「残りはこちらで対応しておきます。いってらっしゃいませ」
細身の体を折り、ゆっくりと頭を下げるハリソンに合わせるように謁見室にいた魔族たちも膝をついて王を見送る。不満そうな声一つ上がらないのは、魔王という存在がいかに彼らにとって重要かを物語っているようにも見えた。
「留守を頼む」
言い置く時間さえ惜しいとばかりに瞬時に移動するクロードを見送ると、ハリソンは念のため後宮の一室を用意するように指示を出して、先ほどまでこの城の主が座っていた玉座の隣に立って謁見を進めたのだった。
何枚ものガラスが一気に割れたような、それでいて不快を感じない澄んだ音が辺りに響き渡る。
いつの間にか眠っていたらしい美紅は驚いて上半身を持ち上げた。見回せば半透明の白い結界が粉々に砕け淡い光になって消えていくところで、とうとうその時が来たのだと涙がこみ上げてくる。
ここで死ぬのだろうか。
周囲を取り囲んでいた男たちがおもむろに騒ぎ出し、闇の中で細い金属が反射する光が見えた。剣を抜いて戦う準備をしているのだとしたら、自分が死ぬまでにどれだけの人間が巻き添えを食うのだろう。
「お願い。来ないで」
「それは無理だな。俺はお前を迎えに来たんだぞ」
頭上から聞こえた深い声に驚いて見上げると、背から黒い翼が生え、赤い角と爬虫類のような尻尾を持つ異形の男が宙に浮いていた。
「ひっ」
ひきつる呼吸にこわばって動かない体でどうにか逃げようともがく美紅は、次の瞬間には男に横抱きに抱き上げられ、ルビーのような美しい光彩を持つ切れ長の目でのぞき込まれる。逃げようと身じろぐも異形の腕はびくともせず、素肌の上半身をさらした男は面倒くさそうに周囲を見回した。
「お前の力ならアレを一掃できたはずだ。どうしてしなかった?」
じりじりと包囲を狭めてくる人間たちをアレと称した男は、彼らを恐れてはいないらしい。それどころか美紅に彼らを始末しない理由を問うだから、男がどのような存在なのかおおよその見当はつく。
「怖、くて」
人外の男は美紅が見ても目を見張る美形だ。通った鼻筋も薄い唇も、のど仏から鎖骨、逞しい胸から割れた腹筋に至るまで、雄の色気の粋を集めたようだ。過剰に思える装飾品も似合っているし、腰に巻かれた布から見える黒革のズボンとブーツも男が身に着けているだけでため息が出そうになるほど格好いい。
ただし、角と翼、尻尾がなければ……であるが。
「怖い? 何を怖がる必要がある。お前は俺と同等の強さを持っているだろうが」
逞しい体躯と整った顔の男がとても不思議そうに問いかけてくる様子はただ人のようにも思えるが、纏う雰囲気が物騒すぎて震えが止まらない。
「私は、ここに来たばかりで、自分のことも、何も判らなくて」
「ああ、お前が生まれたばかりなのは知っている。なるほど。お前は魔族じゃないんだな」
何やら納得したらしい男を恐々と見上げると、薄い唇の端を釣り上げて実に楽しそうに笑った。
「いろいろと聞きたいことはあるだろうが、ここではゆっくり話もできないから俺の城に移動するぞ」
「あの、でも」
「ここに残るならうるさいあいつらを全部殺してから話をするが」
「ワカリマシタ」
男前な顔と声でいとも簡単に残酷な提案をする男に、美紅は強張っていた身体の力を抜いてあきらめる。どうせ誰も自分を傷つけることはできないのだ。どこに連れていかれようとどこでも一緒だろう。
身体を委ねてきたのが判ったのか、男は大切そうにしっかりと抱きかかえ直してから空へと目を向けると、その場から一瞬で消え去ったのだった。
「ほら、着いたぞ」
暖かくて柔らかくていい匂いのする身体を抱き込み、上品だが落ち着いた色合いの家具が置かれた自室に帰ってきた。物珍しそうにきょろきょろと周囲を見回す腕の中の生き物を床に下すと、魔力を抑えていた耐魔具を取り外す。
徐々に軽くなる身体と、それに伴い判明する女性の魔力の大きさにクロードの機嫌は上がるばかりだ。魔力を抑えていた時には判らなかった彼女の能力はクロードを満足させるに十分だった。これほど自分に都合のいい存在などいないのではないかと思わせる上に、全体的に小さな身体も纏う色もクロードの好みで、これ以上ない贄になるだろう。
「お前、名は?」
完全に抑制を外した魔力で、この部屋に近づけるのは側近数人くらいだ。自室に近づく気配を警戒から外して問えば、女性は疲れ切った体で立ち上がってクロードを見上げた。
「森永美紅、です」
「俺はクロード・ラ・トゥール。一応この城の主をやってる。これからよろしくな、美紅」
中位魔族ですらクロードの魔力は強すぎて近づきすぎれば発狂してしまう。それなのにそれを完全に中和しつつも美紅の意思なのかこちらに不快感を抱かせない能力には初めて会った。ハリソンですら近づけば緊張感が伝わってきて、気を張らなければ抑制していない俺のそばに寄ることもできないのに。
ただ無防備に、なんの気兼ねもなく、純粋に触れ合うことを楽しむことができる存在。しかも死なない。
自身を光の神と自称する見栄を張った創生神の創造物ではないだろう。こんな歪な存在など、アレは好みはしない。多少能力に手を入れた痕跡はあるが、美紅がもともと持っていた能力に愚かな追加効果をつけただけだ。それも美紅自身の願いによって無効化されている。
本当に、最高だ。だからこそ―――
見下ろすと美紅は怯えていた。小さく身体を震わせて、まるで傷つくのを恐れるように。彼女はきっと酷く傷ついたことがあるのだろう。身体は傷つかないだろうが心はそうもいかなかったのだ。
「あの、クロードさん。私……」
「これは提案だ、美紅」
この夢のような存在を潰さないためなら多少の手間は惜しまない。
「詳しく説明しなくてもいずれ判るだろうが、今の俺にここまで近づけるのはお前だけだ。だから俺はお前が欲しい。お前をそばに置きたい。その報酬にこの世界でのお前の居場所をやろう」
突然の提案に唖然とした表情でこちらを見上げていたが、すぐさま黒に近い大地の色の目に理性が戻ってきた。怯えに耐えながらも冷静に思考しようとする姿に興奮が収まらない。相手に気取られるような真似をするつもりはないが、いつまでもつか。
「形としては居候、ということでしょうか?」
「それは関係あるか?」
立ち位置を聞いてきた彼女の本意を知りたくて質問を返すと、嫌そうに顔をしかめられた。そして魅力的な瞳に浮かぶ新たな感情―――怒りにさらにはまっていく。
「私に貴方の提案を選択する権利はない、ということですか」
怒りと悲しみの中に恐怖が混じる。薄汚れた見慣れない服を着た彼女が拒絶するように一歩下がり、クロードは己の失敗を悟った。この方法ではダメだ。望んだだけで手の中に落ちてくる貴族の娘とは違うのだと判っていたのに。
「今、身体の具合はどうだ?」
「? 何も悪くはありませんが……」
革張りの黒いソファに座ったクロードは長い足を組んで切れ長の目を唐突に話が変わり身構える美紅に向けた。
「今、この部屋や周囲の建物にいる魔族は少ない。理由は俺の膨大な魔力に当てられるからだ。酷いものは気が触れて元には戻らないから抑制する魔具を着けていた」
視線でテーブルの上に無造作に置かれた装飾具を見ると、美紅は警戒した様子でそれでも視線を向けて確認しながら話を聞いている。
「抑制魔具は身体に負担がかかるから正直気分が悪いが、だからといってこのままうろつくわけにもいかないんだよ。だが、お前は何も感じないだろう? ある一定以上の魔力を持つことで正気を保ち、さらにお前は俺の魔力に反発することなく抑えてくれている。しかもそれをお前が微塵も感じていないということが、どれだけ希少か判るか?」
心情を吐露すれば羞恥で口調が荒くなる。照れ隠しのそれに気づいてくれるなと思いながらも、ここで道を間違えれば望むものは手に入らないとクロードは慎重に言葉を紡いだ。
「お前の嫌がることはなるべくしない。今はそばにいるだけでいい。だから頼む。提案を受けてくれないか」
思った以上に賢い彼女を見上げながらその反応をうかがうと、美紅は思いがけず小さく笑っていた。
「……『なるべく』なんて正直ですね」
「俺の許容とお前の許可範囲は同じじゃないだろう? 絶対なんて言えないな」
「話を聞く限り、くつろいでいる時に愛でたいペットとかぬいぐるみって感じです」
「お前がそばにいてくれるなら肩書は何でもいいぞ」
こちらとしては手の内をすべて見せた状態だ。あとは彼女の選択だと見つめると、耳を赤くして狼狽えてこちらを凝視する未来と視線が合う。
「ペットやぬいぐるみは嫌です。何もせずにそばにいるだけ、も嫌です。今のクロードさんに近づける人が少ないのなら、部屋を片付けたり何かお仕事をさせてください。それならこちらからお願いしたいです」
そういって丁寧にお辞儀をした彼女を、嬉しさで笑いながら「さっそく仕事だ」とソファの隣に呼び寄せて座らせ、待機しているハリソンを呼んだ。
「失礼します」
時間をおかずに入室してきた側近に美紅がかすかに怯えるのが判る。無意識に身を寄せてきたことに小さく笑うと、これからの指示を出した。
「彼女は美紅だ。彼女に必要な物を揃えてここへ」
「後宮に部屋を用意しておりますが?」
「後宮?!」
ハリソンの言葉に驚く美紅の頭を撫でて落ち着かせながら、彼女は側室ではないと説明する。
「美紅は俺のそばに置く。理由はこれで判るだろ?」
彼女に触れたことで周囲の魔圧が消え、ハリソンが目を見張ってから小さくうなずいた。
「かしこまりました、魔王様」
「え、魔王?!」
二度目の驚愕にハリソンから刺すような視線が向けられ、有能な配下は美紅に対して恭しく一礼してから話しかける。
「魔王陛下の側近をしておりますハリソン・ディノと申します。わが主の適当な説明で驚かせて申し訳ありませんでした。判らないことや不安なことがございましたら遠慮せずにおっしゃってください。それと魔王様。貴方はいつも言葉が足りないのです。美紅様が落ち着くまで別室に」
「駄目だ」
側近の言葉を遮った低くかたい声に美紅は驚いてクロードを見上げた。唇には笑みを刻んだまま目だけが笑っていないのを理解しつつも、彼女に悟られるわけにはいかずに無言を貫く。
「それでしたらちゃんと説明して差し上げてください。相互理解は話し合いから始まるのですよ」
魔族にしては実直で常識のある男から説明不足を責められて視線を逸らすと、ハリソンは小さくため息を吐きながらお茶を用意するために部屋を出ていく。
「クロードさん……いえ、魔王様」
「クロードでいい。そもそも俺を『魔王』と呼ぶのはあいつくらいだぞ。あとは皆名で呼んでいる」
「私は就職先を誤ったかもしれません……」
迎えに行った時の薄い表情とは違う、様々な感情を浮かべるようになった顔で疲れたようにため息を吐く美紅を、腕だけではなく黒い羽根でも囲い込んでクロードは笑った。
「ここ以上に安全な場所も自由にできる場所もないと思うがな。なによりお前を必要としている俺がいる」
「イケメンと口の上手い異性には注意するようにおばあちゃんに言われているんです」
「俺は口が上手いか? お前に良く思われるのは嬉しいな」
「褒めてない……ことはないか」
ハリソンに似た真面目さを発揮している腕の中の存在をクロードは上機嫌で抱き上げると、別室へと足を向ける。
「あの、クロード様? どこに……」
器用にも尻尾で開けたドアの先、豊かなお湯に満ちた豪華な浴室を目にして美紅の声が途切れた。
「まずは風呂だな。それから着替えて、何か食って、ゆっくり休め。詳しい話はそれからだ」
そういってそっとそのしなやかな身体を下すと、乱れた黒髪を耳にかけてやりながら額に口づけて守護魔道をかけてやる。彼女が受け入れる行為を少しずつ計りながら真っ赤になって逃げていく彼女を笑って見送り浴室を出ると、妙に機嫌のいい側近がお茶と美紅の着替えとともに待ち構えていた。
「……早いな」
「魔王様の大切な女性をお待たせするわけにもいきません」
憮然とした異形の王にハリソンはさらに続ける。
「それと後宮の解体はすぐに始めてもよろしいでしょうか?」
「なぜだ?」
「伴侶を娶られるのでしたら必要はなくなるでしょう?」
「誰が伴侶を娶るのだ」
「……申し訳ありませんが、私に浴室にいらっしゃる女性と陛下の関係を説明していただきたいのですが」
長い足を組んでお茶を飲んでいたクロードは配下の言葉に形のいい眉を寄せてしばらく考え込み、普段のはっきりとした物言いとは真逆の口調で話し出した。
「ペットやぬいぐるみではないな。それは嫌だと言っていた。側室にするつもりはないし……居候とか、同居人か? 働きたいとも言っていたが侍女は無理だろう……とにかく俺のそばにいさせるだけだ。どうした?」
自分から聞いてきたはずの側近が呆れた顔で大きなため息を吐く。
「いいえ、何も。面倒だと思うべきなのか、面白くなってきたと思うべきなのかを悩んだだけです。それでは適当な職を与える準備をしてきます」
何かを悟ったらしいハリソンを見送ってから、クロードは窓の外の青空を見上げてこれからの生活に思いを馳せたのだった。
後日譚
「美紅! いいことを思いついたぞ」
「クロード様? どうしました?」
「お前は常日頃から立ち位置がとか、居候だからと言っていたな。それでそばにいないのならば、いっそのこと伴侶にすればいいのではないか?」
「……その程度の理由でしたら、こちらからお断りいたします。魔王妃はもっと慎重に選ぶべきでしょう」
「ダメか?」
「貴方が雇用主でなければ、ぶんなぐってやろうと思う程度には駄目な提案ですね」
「では、どうすれば伴侶になるのだ」
「私以外を選んでください」
「それは無理だ」
こんな感じで追い追われつつすれ違うカップルになりそうです。