邪神に転生した私 黒の聖騎士編【ファンアートあり】
【ラインハルト・シュトルム】
金髪碧眼の人間の聖騎士。創造神を祭る聖殿の最高位者の一人。年齢28歳、独身、敬語使用。ヤンデレ(軽)、腹黒(強)、溺愛(並)、監禁(並)、洗脳(微)
・ラインハルトのイラストをいただきましたので頁末に載せました。詳しいことは活動報告にて。
大陸の中央に位置する聖地ヴィーゼンには、創生神を祭る聖殿がある。そこは世界の不浄から隔離された清浄なる場所で、魂の高潔さと邪悪なものを滅する力を持つ聖騎士と、慈愛の心とあまねく癒しの力を持つ聖巫女が世界を魔物から守っているといわれていた。
他にも聖騎士を目指し厳しい修行を続ける聖殿騎士や同じく聖巫女を目指す修道巫女が多く存在し、彼らを支えるべく創生神の信者たちが聖地ヴィーゼンに住んでいる。
聖殿は真っ白な聖鋼石でできていて、そこに住んでいる人々の衣装も白く、ありとあらゆるものが白一色に統一されていた。唯一装飾として用いることができるのは金色だけだ。それゆえに聖殿は穢れを一切排除した美しい聖域とされていた。
現在の聖巫女は齢四十三の男性で、各地の聖殿を巡り病人やけが人を癒す巡礼の旅をしている。
それゆえに聖騎士は聖殿に残り、魔族や魔物の被害があれば騎士団を向かわせて討伐の指揮をしていた。
当代聖騎士の名はラインハルト・シュトルム。年齢二十八歳の青年である。三年前に最年少で聖騎士に任じられ、汚れたものには無慈悲に、清きものには正当さをもって相対する聖騎士の名にふさわしい人物だといわれていた。
「ラインハルト」
執務室に入ってきた部下が幾分焦ったような声で手にしていた書類を聖騎士に渡した。
「珍しいですね。レイが直接持ってくるなんて。最近は私に仕事を押し付けられるからと部下に頼んでいたはずでは?」
人の心を見透かすような群青色の目が長年の部下で、腹心であり、素の自分を知っている数少ない男をとらえて笑う。短く刈り込んだ茶髪の平凡な容姿の男は慣れた様子で小さく肩をすくめてから、まじめな表情で報告を始めた。
「ソルビリン地方に邪神のようなもの、が現れたらしい」
「黒髪、黒目、少女のような姿形、腕の一振りで辣腕冒険者の片腕をもぎ取り、辺り一帯を焼いた後になぜか瀕死にした人間を蘇生した、ですか」
報告書に目を通しながらどこか面白くなさそうな声に、部下の男は腰に手を当ててため息をつく。
「ラインハルト。つまんねぇのは判るが、ソレは間違いなさそうだぜ」
「ええ。レイが直接持ってくる時点で疑ってはいませんよ。貴方は私の気を引きたいからと間違った情報を持ってくる馬鹿どもとは違いますからね」
心底うんざりしたような声はどこか飽きた雰囲気もにじませて、金髪碧眼の美丈夫の色気を匂い立たせるようだ。それを見たレイと呼ばれた部下は嫌そうに顔を歪めると、一歩近づいてささやく。
「お前、いつから抜いてないんだ? やべぇ雰囲気駄々洩れだぞ」
部屋には誰もいないというのに、どこかに目や耳があるような行動に、聖騎士たる青年は男女ともに誑し込みそうな麗しい笑顔を浮かべた。
「聖騎士は品行方正で清廉潔白らしいですよ? ひどいと排泄もしないらしいです。どこの化け物の話でしょうね」
そういって目の前で低く笑う男が聖騎士になった経緯を知っている部下はくしゃりと前髪を書き上げながら大きくため息を吐く。歴代の聖騎士を知っているわけではないが、この男の実情を知る身としては大いに同情に値するのだ。
「判った。この件が片付いたら近くの街にあとくされのない女を呼んでおく。だからさっさと始末をつけようぜ」
一人の男として当たり前の欲を持つ、ただ見目が整っただけの男は部下の言葉に片眉を上げて首をかしげて付け足した。
「ついでに男も一人追加でお願いします。女一人では抱きつぶして終わりそうですからね」
決して彼の信者には見せられない歪んだ思考を垂れ流す聖騎士たる青年を見ながら、それでもレイは慣れた様子で了承すると聖騎士出立の根回しのために部屋を出ていく。
貴族の三男で見た目だけで聖殿騎士に任じられ、現場にでて手柄をあげたことで与えられた地位は窮屈だったが、ラインハルトの本性を知る人間が少なからず友となってくれたことだけは感謝してもいいと見目麗しい聖騎士は小さく笑った。
「これは……凄いな」
報告を受けてから二日。聖殿騎士団の一個大隊を派遣して一日後に現場についたラインハルトは、普段はあまり変わることのない表情を少年のように輝かせてソレを見つめていた。
彼の目の前には白濁した半透明の結界が展開され、術式一つ一つは未熟なのにすべてを構成し形作るそれはため息が出るほどの美しさでラインハルトの興味を引く。報告ではいきなり冒険者を傷つけたとあったが、レイが追加で調べた情報によると先に手を出したのは冒険者の方だったらしい。焼いた炎も冒険者の一人が考えもなしに攻撃魔道を打ったからだと判明していたし、片腕がもがれたという男はあまり品の良くない行動をとったようだ。
邪神だ、悪魔だと騒ぐ周囲を無視して静謐ささえ感じる硬質な結界にそっと触れると、結界にありがちな物理攻撃も精神攻撃もなく、それどころが見ないで、かまわないで、近づかないでといった意思が伝わってくる。
「おい、表情が緩んでんぞ」
騎士団の先制攻撃で負傷したという弓兵の容態を確認しに行っていたレイが背後から近づくも、ラインハルトは精悍な顔に笑みを浮かべて視線は結界に向けられたままだ。
「それで?」
硬質で低い声は珍しく興奮していたが、部下は気にすることなく報告と考察を語る。
「気づかれないように包囲してから頭を狙い撃ちしたらしいが、気が付けば放った矢が腹部に刺さっていたらしい。狙ったのは頭だと言っていたから反転魔道でもなさそうだし、何より最初の一撃以外は反撃がなかったそうだ。そのあとこの結界を張って閉じこもったらしい」
「ああ、そうでしょうね。彼女に人を傷つける意思はありません。それどころかかわいそうに恐怖に震えて泣いています」
「見えんのか」
あまりの浮かれぶりに気味が悪くなった部下に答えもせず、ラインハルトは青い目を細めて楽しそうに術式を展開した。
「結界に侵食してこじ開けます。貴方たちはここで待機していてください」
「おい、待て! お前は聖騎士だぞ! んな勝手すんな!」
ラインハルトは慌てる部下に首から下げていた聖印のネックレスを渡して指示を出す。
「帰還するのに必要最低限の人員を除いて離れていてください。それと結界への不用意な攻撃も禁じます。もちろん結界を破壊するような真似もさせないでください」
聖印は聖騎士代理の証しである。それをいとも簡単に預けてきた楽しそうな上司を見てから、レイは説得をあきらめた。長年の付き合いでこの表情の男に理屈が通用しないことが判っているからだ。
「死ぬなよ」
聖騎士を神聖視し、すべての穢れから引き離そうと躍起になっている連中を黙らせる役目を引き受けてくれた部下からの一言に、神の代理にふさわしい美貌を輝かせた聖騎士は一つうなずいて結界の中へとためらいもなく足を踏み入れたのだった。
貝殻を薄く削って紐につるしたウィンドベルのような音がする。シャラシャラと鳴ったのは数秒だけ。
いつの間にか眠っていたらしい。というか気絶したのだろうか。人生初かもしれないと鈍い頭で考えていると、さわさわと草の揺れる音がする。
風が吹いて、火も燃える。木も草も土から生えてるし、空もあって雲も浮いてた。人の血は赤くて言葉も話してる。
「これからどうしよう」
横たわったまま飲まず食わずなのに嗄れもしない声でつぶやくと、腰に響く低い声が真横から聞こえた。
「私の元に来ませんか」
「?!」
驚いて上半身を持ち上げれば思いのほか近くにサファイヤの目があった。瞳の中に呆然とする自分が映るほど近くにあったそれがどこか甘く微笑むと、神のごとき美貌の男が白い手袋をつけた大きな手を差し出す。
「誰?」
柑橘系の爽やかな香水の香りと男の穏やかな気配に危機感を感じることもなく、ずいぶんと間の抜けた質問をする。尋ねられた男はこれまた嬉しそうに自分の名を告げた。
「私はラインハルト・シュトルム。当代聖騎士を拝命しています。貴女のお名前をお伺いしてもよろしいか?」
「森永美紅です。あの……」
この世界で言葉を交わした四人目の人間は馬鹿にするでもなく、危害を加えることもなく対応してくれる。それにどこか安堵しながら彼の手を取り立ち上がると、ラインハルトは軍隊よりも華美な装飾の入った白い制服の膝を払ってからスルリと美紅の髪を撫でた。
「あの、シュトルムさん……」
「私のことはライトと呼んでください。モリ、ナガさん」
「美紅が名前です」
若干言いにくそうに名字を口にしたラインハルトは名前が美紅だと知ってかすかに首をかしげるも、大きな手に乗せられた華奢な手を離しもせずに見つめてくる。
「この結界を張ったのは貴女ですか?」
「たぶん、ですが」
「なぜここに?」
「えっと、気が付いたらここにいた、感じです」
「ここに来る前のことは覚えていますか?」
覚えていることは覚えている。日本に住んでいて、会社に勤めていて、車の前に突き飛ばされて殺されて、自称女神にこの世界に連れてこられた。けれどこれを正直に話していいのか判らない。助けてもらうには説明しなければならないのだろうが、この男を信用していいのかどうかの判断がつかずためらっていると。
「私は貴女を取り囲んで結局なにもできなかった間抜けた連中の上司をしています。攻撃されるまで手を出さないように指示していたはずなのですが、なにぶんいうことを聞かない馬鹿どもが多くて貴女を怖がらせてしまいましたね。申し訳ありませんでした」
美紅の戸惑いを悟ったのか、まるで心を読んだかのように自身のことを話しだすラインハルト。謝罪とともにしょんぼりとする姿は罪悪感を誘い、どうせ真実を知っても誰も自分を傷つけることはできないと開き直った美紅はありのままをそのまま話した。
「つまり貴女はこの世界の住人ではないと?」
驚く顔もかっこいいとか本当にイケメンは得だとしみじみ思いながらも頷くと。
「貴女の話は判りました。それでは先ほども提案しましたが私のところに来てください。貴女の安全は私が保証しましょう」
柔和な微笑みと品のいい話し方で跪いたラインハルトは握ったままの手をそっと口元に寄せる。
「私はこの世界で最高の力を持っています。誰にも貴女を傷つけさせませんし、誰にも渡しません。そして貴女にも二度と誰かを傷つけさせないと誓います」
ひざまずいて懇願する様子は、ここが煌びやかな舞踏会会場で王子様がお姫様に結婚を申し込むように見えた。実際見たこともないけれど、と現実逃避しつつも悪い話ではないと頭の隅で理解する。
「あなたになんの得が、ありますか」
それでも見ず知らずの人が損得なしに助けてくれるなどと夢見るつもりはない。美しいサファイヤの目を真正面から見下ろして、引き込まれそうな魅力に抗いながら精いっぱい見極めようと見つめると、無礼な質問にも関わらずラインハルトは幸せそうに笑った。
「私の得、ですか。まずは一つ目。この騒ぎを収めるのは私の役目で、貴女が私の元に来てくださるのならこの仕事が終わります。二つ目。このような素晴らしい魔道結界を張る貴女が欲しいのです。そして三つ目」
ここで言葉を切った美貌の男は立ち上がり、おもむろに手袋を外して武骨な大きな手でそっと頭を撫でる。
「この黒髪、黒目、象牙色の肌、この世界の知識もなく、この世界に何のしがらみもない。そんな貴女の存在すべてが美しく愛おしくて私のものにしたいと思ったからです」
三つ目の告白は素人でも判るくらいの熱量をその目に浮かべて。
「っ!!」
熱心に見つめられて一歩下がっても、ラインハルトは追うこともなくそっと見送ってくれる。あっさりと手放した男はすぐにその執着心を綺麗に消して穏やかに笑った。
「ただ貴女はまだ混乱しているでしょう。何も判らず、何も知らない。だからこそ保護をさせてください。私の気持ちを今は押し付けるつもりはありません。貴女はただ私の庇護に入ればいい。私に貴女を守らせてください」
男の白いマントが風に揺れる。誠実そうな表情はどこか苦笑していて、この程度ではこちらが納得しないことくらいお見通しだと語っていた。それでもこの言葉こそが真実で、これ以上の理由も言い訳もしようがないからこそ笑うのだろう。
ああ、やっと人間らしい表情が見られた。
整いすぎる顔は彼を人形のように見せていた。いまいち信用できなかったソコがようやく崩れて、こんな人なら騙されてもいいとようやく納得できた。だから目の覚めるようなイケメンなのに心細そうに立って返事を待つ男を見上げて、強張る顔の筋肉を無理やり動かして笑顔を作る。
「私からお願いします。あなたの庇護下に入らせてください」
お世話になる身として丁寧に頭を下げると、身構える間もなく少し屈んだ男に抱き上げられた。驚いて見下ろすと、平均的な体重の成人女性を片手で持ち上げる逞しい腕の持ち主が大変満足そうに笑う。
「裸足でしょう? 横抱きは嫌がるかと思ったのですが」
「……まぁそうなんですが、これはこれで恥ずかしいです」
抱き上げられているものそうだが不安定すぎて頭にしがみついてしまい、ラインハルトの顔が胸の下にある状態だ。
「この辺りは物騒なので右手は空けていたいのですよ」
もっともらしい理由を言われれば、彼を信用した自分が疑うことはできない。なんとなく騙されている気がしなくもないが、おそらく理性的なこの男が無駄なことをするとは思えないから、きっとこの体勢は必要なことなのだろうと思うことにする。
「これ、どうやって無くせばいいか判らないんです」
しぶしぶ運ばれたまま白濁した壁の傍まで近づいたので言い訳を口にすると、ラインハルトは低く楽しそうに笑ったのだった。
聖殿の自分のベッドで健やかに眠るミクを見て、ラインハルトはその艶やかな黒髪にそっと指を通す。入浴を終えて魔道で乾かしたときは驚いた上に喜んでいた。その様子を思い出せばこれから予想される面倒など些細なことでしかない。白一色のこの部屋は嫌いだったが、彼女の黒髪が映えるならこれもまた悪くないと思えた。
「おーおぅ。甘い笑顔を浮かべちゃって。移動中もデレデレだったからな。騎士団の連中も気味悪がってたぞ」
部屋から出たラインハルトを出迎えたのは執務室の壁に背を預けたレイだった。
「うるさい連中は外ですか?」
「待ち構えてる」
「私のそばに黒髪黒目の邪なモノがいると?」
白い大理石の天板の重厚な机と革張りの椅子が主を迎え、それまでの穏やかさが嘘のように冷徹さを顔面に張り付けた男が、冷たい笑みを浮かべて信用のおける部下に指示をだす。
「彼女の服と下着、靴に夜着、本とか必要だと思う物を用意してください。食事は必ず二人分。私が一緒でなければ食事はいりません」
移動の最中も彼女はあまり空腹を訴えなかった。食事を与えれば食べるが、慣れない乗馬で疲れ切って眠ってしまった後にも食事を要求することがなかったのだ。だからこその指示にレイは嫌そうに顔をしかめる。
「本気で囲い込む気か。彼女は何者だ?」
「私の漆黒。創生神が捨てた運命。このくそったれな世界に落ちてきた私の最愛」
「勘弁してくれ。お前誰だよ!」
真顔で言ってのけた聖騎士に突っ込みを入れる男も精神が強いのだろう。
「それと聖巫女のブライト殿にも顔合わせしてもらいましょう。彼が後ろ盾になれば聖殿も少しは静かになるでしょうし」
「ああ、こうなるとあの淫乱巫女を追放しておいて良かったな。お前目当てで聖巫女になるためにお偉方を体で誑し込むようなアバズレだ。彼女にどんな害があるか判ったもんじゃない」
レイの言葉に書類を整理していたラインハルトが冷笑を浮かべた。
「彼女は私でも殺せませんよ。誰も傷一つつけることもできません。そして彼女を害そうとすれば聖殿が消滅するでしょうね」
とても楽しそうに告げる聖騎士に平凡な容姿の男が片手で両目を覆って上を向く。
「判った、判りましたよ! お前が離れる時は戦友連中で警護につきますよ! 聖殿を消すのがお前なのか彼女なのかは知らないが、絶対阻止してやりますよ!」
あー、めんどくせぇ!と叫びながら部屋を出ようとしたレイが、ドアを開ける前に足を止めて振り返った。
「彼女は意思を持った人間だぞ。愛してるなら壊すなよ」
「もちろんです。私のものになるまではここから出すつもりはありませんよ」
神のごとく穏やかに笑ったラインハルトは愛しい女性が眠っている間に面倒な雑事を片付けるべく滑るようにペンを走らせたのだった。
「どうして……こんなことってあり得ないわ……」
いつか、どこかにある白い空間で嘆き悲しむ影が一つ。涙の一つでも零れ落ちれば美しさに目を奪われただろうが、残念ながら完璧な美貌に浮かぶのは醜い嫉妬の炎。
それは誰が見ても醜悪だった。
「私の好みの人間に加護を与えて、聖騎士にして、私を心酔し一生涯仕えるようにしたはずなのに……どうしてアレが愛されてそばにいるの?! 彼が愛するのは創造神でしょう?」
気まぐれに地上に落とした異分子が、あろうことか自分を崇拝しているはずの男を奪ったという事実に、白き部屋の神はガリガリと爪を噛む。
一度世界に落としたモノは、たとえ神であろうとも直接運命に触れてはならない理に、けれど彼女は抗う術を見つけようと必死になっていった。
そして。
嫉妬に身を焦がし自ら地に落ちた神は、自分を祭っていた聖騎士らと眷属であったはずの魔王によって邪神として滅ぼされる。
これは神殺しの神話が紡がれる前の、お話。