08.紅蓮の女神
あれから少し時間が経ち、波乱の宴は幕を閉じた。
で、俺は宿に帰る前にフォルト国王の提案で、ある人物の案内のもとで王城内を回っていた。
……のだが。
(うぉぉぉぉぉっ! 俺はなんて約束をしてしまったんだ! 王女に冒険者について教えるって何言っているんだオレ!)
心の中で絶賛悶絶中だった。
半ば勢いで言ってしまったことに後悔していたのだ。
(教えるって言っても、俺はG級冒険者だぞ? 多分、陛下たちは知らないから快く了承してくれたんだろうけど……)
もし、後で俺がG級冒険者だと知れたらどうなるだろう?
多分速攻でさっきの件は取り下げられるに違いない。
確かに例の魔物を倒したのは俺だ。
でも実際、目撃者はソフィア一人しかいない。
確かな証人が一人いるとはいえ、ここまでとんとん拍子で事が運ぶものなのだろうか。
情報が行き渡るのもかなり早かったし……
「どうしたランス殿? 浮かない顔をして」
「……えっ? あっ……すみません。少し考え事を」
「ふむ……にしては、かなり深刻そうに悩んでいたな?」
「そ、そう見えました?」
「うむ。私にはそう見えたぞ」
前を歩く赤髪の美女がそう言ってくる。
王城を案内してくれているある人物とは『紅蓮の女神』ことレイムさんだった。
最初はソフィアに案内してもらう予定だったが、用事が出来てしまったということで代役のレイムさんに。
レイムさん曰く、俺が深刻そうな顔をしているとのことだが……
「き、気のせいですよ。俺なら大丈夫です」
と、俺は迷うことなく返答。
だがレイムさんは「ふむ」と目を細めると、
「もしや、自分の”身分”について気にしているのか? いや、冒険者たちの言葉を借りれば”等級”と言った方が正しいか」
「……ッ!」
当たっている。まさしく図星ってやつだ。
俺は目を開き、レイムさんを見る。
するとレイムさんはニコッと笑った。
「やはりそうだったか。ま、一番自分が気にするのは必然的なことだ」
「ご存じ……だったんですか?」
「もちろんだ。ランス殿が王城に来るほんの少し前に粗方調べさせてもらった。いくらソフィア殿下の恩人とはいえ、平民を城に迎え入れるには身元調査を行わなければならないからな」
「ってことは、来る前から……」
「ああ、知っていた。ランス・ベルグランド……年齢は18歳。職業は冒険者で総合等級はGランク。冒険者歴3年で3年前までは城郭都市オールウェイにある名門魔法学院、ルーリック総合魔術学院中等部に在籍。中等部を主席卒業後、内部進学はせずに冒険者の道へ。……こんなところか?」
「そ、そこまで調べていたんですか……」
権力ってすごいな。
時間的にもそこまで猶予はなかったはず。
でもここまで調べ上げられていたなんて……
「でも、なぜそこまで知っていて俺を……G級冒険者なんて人間に一国の王女を託すなんてことを許したんですか?」
もう一つの疑問。
するとレイムさんの返答はすぐに返ってきた。
「それは、私も”あの場所”にいたからだ」
「あの場所……? まさか!」
「そう、イェーガーウルフの出現現場だ。あの時、私は陛下からの命でソフィア殿下の後を追うように頼まれていた。護衛を拒んでいたソフィア殿下に見つからないようにな。そして色々な情報網を駆使した結果、殿下は王都北方にある森林地帯にいるとの報告があった」
レイムさんは続ける。
「だが、私が森に入った直後だ。突然とんでもない魔力反応が脳を過った。そこでもしやと思い、その魔力反応がする方向へと走っていったら……」
「イェーガーウルフがいた。そしてそこに王女殿下の姿も……」
「そうだ。私はすぐに助けようと身を乗り出した。だがその時、横からとんでもないスピードで走って来る影があった」
「それが……俺だったと?」
「うむ。そして貴殿はイェーガーウルフを一瞬にして消し、殿下を守った。最初は信じられなかったよ。イェーガーウルフは魔物の中でも特に凶暴で一番魔法耐性のある獣だ。私とて、一撃で倒せるかは分からない。だが、貴殿はたった一撃の属性魔法で奴を消し去った。あの時は流石に度肝を抜かれた。世の中にこれまでの魔術師がいるのか……と」
「そ、そんな……」
「もし殿下のことがなければ、是非とも我が魔導士団にほしい人材だ。貴殿なら私の片腕……いや、むしろ師団長の座を譲ってやってもいいくらいだ。あのクソゴリ……アルバートも同じようなことを言ってたしな」
若干、侮蔑の言葉が入っていた気がするが気にしないことに。
俺はその話を聞くとすぐに否定した。
「そ、それはさすがに言いすぎですよ! 俺はレイムさんの上に立てるほどの人間じゃありません」
「ふふっ、あまり謙遜するな。貴殿の実力は確かなものだ。誇っていい」
「そ、そうですか……」
まさかあの紅蓮の女神にここまで褒められるなんて……。
もう多分これ一生の自慢に出来る気がする。
なんたって歴戦の最強魔術師に褒められたんだから。
「じゃ、じゃあ情報の回りがやたら早かったのも……」
「私が予め、貴殿のことと魔物の件を報告しておいたのだ。その後に殿下がアルバート経由で報告したみたいだったが」
そういうことだったのか。どうりでテンポよく事が運んだわけだ。
っていうかあの時の戦闘を見られてたのか……。
(何か色々叫びながら魔法を放ってた気がするから、恥ずかしいな……)
「だから私含め、他の者たちも貴殿を認めたのだ。あの破格の実力があれば、殿下のことを安心して任せられるとな。それに……」
「それに……?」
「殿下は決して嘘をつくことのないお方だ。堅実で謙虚で、一つの物事を忠実にこなされる。たとえ私が見ていなくとも殿下がお認めになられるのであれば、皆同意したことだろう」
「そう、ですか……」
全ては上手い具合に繋がっていた。
俺の悩みは些細なことだったのだ。
でも、何より嬉しいのは学生時代の憧れであり、目標だった人物にお墨付きを貰ったこと。
こうして言われると、かつて宮廷魔術師を目指していた時のことを思い出す。
「ランス殿」
「は、はい!」
レイムさんは突然立ち止まると、こっちを見て名を呼んでくる。
そして口元を歪め、笑みを浮かべると、
「姫様のことを頼んだ。ああ見えても、色々と世間知らずなところもあってな。少し手間がかかるかもしれないが、大目に見てやってほしい」
それだけを述べ、スタスタと先を歩いていく。
「……頼んだ、か」
よくよく考えてみると、人にクエスト以外で物事を頼まれるのは初めてだ。
内容は結構とんでもないことだけど、不思議と不安はもう……なくなっていた。