52.危険な選択
今、俺の二つの目には翼をバサッと広げ、咆哮を奏でる巨体の姿がある。
その巨体は身体に似合わない小さな目で辺りをギョロッと見渡していた。
でも俺たちパーティーは普通に観察できるような空気ではなかった。
「り、リベル……あれは」
「ドラゴン……だね」
「そんなバカなことが! こんな平地にドラゴンなんて……!」
焦り出すボルとルナ。
リベルも額から汗を滴らせ、じっとその巨体を見つめていた。
「あれが、ドラゴンなのですか……?」
「初めて見た。本当にいたんだ……」
対して俺の両横にいる女性陣は焦りよりも驚きの方が強いみたいだった。
二人ともドラゴンを見たことがないみたいで、逆に興味の眼差しを向けていた。
あ、ちなみに俺もドラゴンを見たのは初めてだ。
だからこそ、事の重大さというものを前にいる二人とは違って知らない。
「リベル、早くギルドに戻ろう! これはもう前の事件とは比にならんレベルだ」
「そ、そうよリベル。もしこんなのが王都まで来たら間違いなく王都は……」
二人の焦りようを見る限り、やはりこの状況は異常事態なのだろう。
それも前に起きたイェーガーウルフの時以上の。
ドラゴンがとんでもなく強いのは耳にしたことがある。
でも実際に戦ったことはおろか、書物の中の知識しかなかったため、実感までには至らなかった。
そもそもドラゴン自体、目撃することなんてほぼないらしいし。
「どうしたんだリベル! なぜ何も言わない!」
「り、リベル……?」
急ぎギルドに向かいたい二人とは違ってただじっと巨体を見つめるリベル。
それも何かを考え込んでいる様子だった。
「……」
沈黙がこの場を支配する。
だがその数秒後にようやくリベルが口を開いた。
「みんな、ここは俺に任せてギルドに戻るんだ」
「は、はぁ? お前何を……」
「リベル……貴方まさか……」
リベルの口から出た言葉は誰もが予想もしていなかったものだった。
あの巨体を相手に戦うと言いだしたのだ。
当然、ボルとルナはその答えに反論した。
「な、なにをいっているんだリベル! 確かにお前は強い。だがあれは災害級とまで言われたドラゴンだぞ? S級冒険者が束になってかかってようやく倒せるか倒せないかって相手なのに……」
「ボルの言う通りよ。とてもじゃないけど、貴方一人で倒せる相手じゃ……」
「そんなことは分かっている。でもあの眼は……」
「眼……?」
リベルの眼差しはドラゴン本体ではなく、ドラゴンの目に焦点を当てていた。
その眼はよく見ると、赤く充血し、視点が定まっていないのかというほどギョロギョロと目玉が動いていた。
「あの眼はかなり飢えている証拠だ。しかもかなり限界まで来ている」
「そ、それがどうしたんだ?」
イマイチよく分かっていないボルとルナ。
もちろん、俺たちもよく分かっていない。
リベルはそんな俺たちに分かりやすく説明をしてくれた。
「ドラゴンは限界の飢えを感じると目元の筋肉が膨張して赤く充血するんだ。そして同時に理性と思考を奪われる。分かりやすく言えばより凶暴になるんだ」
「より凶暴に……だと?」
「うん。そして今、あのドラゴンは飢えを凌ぐための獲物を探している。多分、あの状態だと目が合った瞬間に襲い掛かって来るだろう」
「お、お前……まさかあいつのエサになるなんてことを言うんじゃないだろうな?」
このボルの質問。
俺たちを聞いた瞬間にまさかと思ったが、リベルは首を横に振った。
「流石にそんなことはしないさ。でもここら一帯は冒険者たちがよく使う狩場でもある。俺たちが去った後、ここに来た冒険者たちはどうなる?」
「そ、それは……」
間違いなく食い殺される。
だがリベルにはもう一つ考えがあった。
「あのドラゴンは二人が言うようにかなり危険だ。放っておけば人のいる場所まで飛んでいく可能性だってあり得る。もしそうなったら被害が出るまでドラゴンの存在がどこにあるか分からなくなる」
「ぐ、ぐぅ……」
リベルの目的。
それはここに残ってドラゴンの監視をすることだった。
確かに俺たち全員が王都に行ってしまえば、このドラゴンが次にどんな行動を起こすか分からなくなる。
それこそ人里に行って暴れまくる可能性だって十分にあり得る。
戦わずともここにいて見張っていればたとえ逃がしても次なる一手を打つことができる。
かなりリスキーな選択だが、リベルからすれば先のことを考えての判断だった。
「ほ、本気なのか? リベル……」
「うん。僕は本気だよ」
その眼に偽りの二文字はなかった。
ボルもルナもリベルとは割と長い付き合いなのだろう。
リベルの顔を見た瞬間に一歩下がると、
「……分かった。お前を信じよう」
「私もボルと同じよ」
リベルの判断を了承した。
そしてリベルたちの視線は俺たちの方へと注がれる。
「ランスくんたちも二人と一緒にギルドに行ってほしい。僕のことなら大丈夫だから」
とはいっても心配だ。
それはまだ付き合いたてである俺ですらそう思うだから、二人の判断はかなり苦渋の選択だったと言えよう。
でも……
「じゃあ、俺も残りますよ」
「えっ……?」
勢いだけではない。
これは俺の心中に秘めた本音を言葉にしたものだった。
俺が言葉を発した途端、場の空気が固まる。
リベルも、ボルも、ルナも。
そしてソフィアとイリアも俺のまさかの発言に身を固めていた。
「ら、ランスくん。本気で言っているのかい?」
リベルの問い。
驚く表情と共に吐き出したところを見ると、本当に驚いているのだろう。
でも俺は何も迷うことなく答えた。
「はい、本気です」と。