44.ソフィアの思い
「わ、わたしがランスのことをどう思っているか……ですか!?」
「いきなりこんな質問をしてごめん。でも少し気になってて」
質問するなりソフィアは難しい顔を見せる。
そしてまたも沈黙の時間が……
しかも俯き、黙り込んでしまった。
(やっぱり、いきなりすぎたよな……)
俺もアリシアさんに聞かれた時も同じような反応をした。
結局、一言も言えずに終わったけど。
だがソフィアは違った。
ソフィアはふと顔を上げると、俺の方を向く。
「その……ランスがどのような回答を求めているのかは分かりませんけど、わたしはランスのことをとてもお優しいお方だと思っています」
「や、優しい……?」
「はい。上手く言葉では表せないんですけど、こんな何も知らないわたしに一から色々なことを教えてくれて、嬉しかったんです。今まで人にモノを教わることは甘えだと思っていましたので……」
「なんでそう思うんだ?」
「人の上に立つ人間は常に世と人を導ける存在でないといけない。教わるのではなく、教える立場にあると。なのでわたしは今まで知るべきことは自分自らの力で学んできました。それに、人に何かを教えるって結構な負担になることなんじゃないかって思っていましたので……」
「そ、そんな……負担だなんて! 俺はソフィアに何かを教えることを苦痛に思ったことは一度もない!」
むしろしっかりと教えられているのかと心配になっているくらい。
「ほ、本当ですか……?」
「ああ、本当だ。逆に俺はソフィアと出会って見る世界が変わった。今まで俺はずっと一人でやってきたから他人と同じ景色を共有するなんて経験はなかった。でも、こうしてソフィアと生活を共にして今まで見えてこなかったものが見えてくるようになったんだ」
例えば、他の人と一緒にクエストに行く楽しさ。
色んな人と触れ合うことに楽しさや面白さ。
一人では絶対に経験できないようなことをまだほんの数日しか経っていないのに学べることができた。
そしてこれからもそういった新しいことを経験できるかもしれないと思うとワクワクしてくる。
今まで生きていてこんな考え方をすることはなかった。
逆につまらない世界とまで思っていたからな。
「やっぱり……ランスはとても優しいお方です。なんかこう……安心するんです。この先どんな苦難が待っていたとしてもランスがいるからって思えるようになったんです。……って、ごめんなさい。流石に図々しいすぎますよね……」
「そんなことはない。こんな俺でよければもっと頼ってほしい。何でも教えるし、ソフィアの為になるならいくらでも力を貸そうと思っている。だから――!」
俺はバッとソフィアの方に身体ごと向けると両手でソフィアの片手を包み込んだ。
(ってあれ? 俺一体なにを……)
またも無意識な身体が反応。
ソフィアの方も不意を突かれたからか、表情を少し強張らせていた。
「ご、ごめんソフィア!」
俺はすぐに身体をソフィアとは逆方向に向ける。
ホント、なにやってんだ……
またも悶絶タイムに入りそうになった――その時だ。
「あの……ランス?」
「な、なんだ……?」
「えっと……その……もう一度、手を握っていただけませんか?」
「……えっ?」
その一言で俺は即座にソフィアの方へ身体と目線をシフトする。
「あ、あの……今なんと?」
もしかしたら聞き間違いだと思い、もう一度聞いてみることに。
するとソフィアは顔を真っ赤にさせながら、
「て、手を……握ってほしいです。か、か、片手だけでもいいので。あ、もちろん嫌なら嫌でいいんですよ!? 単なるわたしの我儘なので――」
「い、いや……大丈夫。全然、大丈夫だから!」
動揺しすぎて語彙力が一気に無くなる。
でもソフィアの願いとあらばと思い、力を入れないようソフィアの手の上にそっと……自分の手を乗せ、包んだ。
「こ、こんな感じでいいのか?」
「は、はい……大丈夫です」
でも何故突然手を握ってほしいだなんて言ったんだろう?
これじゃあまるで……
「と、突然変な頼みをしてしまってごめんなさい。でも、心が落ち着くんです。さっきランスがわたしの手を握ってくれた時に凄くそれを感じて……」
「そ、そう……だったのか」
「はい。眠っている間、少し嫌な過去を思い出してしまって……」
「嫌な……過去……」
再び戻って来るアリシアさんの話。
ソフィア自身じゃないのに物凄く心に刺さった。
赤の他人である俺でもそうなのだから、多分ソフィア本人はこの倍くらい辛い想いをしているんだと思う。
それはもう、他人では計り知れないほどに。
でも……さっきの話を聞いて一つだけ分かったことがある。
俺がソフィアに抱く想い、そしてさっきの止まらない鼓動の理由も。
(伝えるなら……今しかない!)
俺は心にそう強く念を押すと、ソフィアの方を見ながら……
「そ、ソフィア! その……一つ聞いてほしいことが……ってあれ?」
勇気を振り絞り、声に出すもソフィアは俺の肩に顔を寄せ、眠ってしまっていた。
顔が近くにあるからか、寝息もバッチリ聞こえ、完全に夢の世界に行ってしまわれたらしい。
時計を見てみるといつの間にか深夜になっていた。
「まぁ、朝からずっと鍛錬して夜も王都に行っていたからな……」
自分では気がつかないほどに疲労が溜まっていたのだろう。
タイミングは少し悪かったけど、こればかりは仕方ない。
(次はバシッと決めないと……な)
そう思いながら、俺はソフィアの手を握っている自分の手を見つめる。
「落ち着く……ね」
初めてそんなこと言われたから凄く嬉しかった。
こんな俺でも誰かの支えになれるんだなって、そう思った。
だから俺も、最後までやるべきことは責任を持って果たさないといけない。
何があっても、どんなことがあっても彼女を守り、見守り続ける。
今日この日、俺は自身に新たな目標ができた。
この先どうなるか全く予想がつかない大冒険だけど……
「やってやる……! どんなことがあっても、絶対にソフィアを……」
グッと拳を作り、胸に当てそう誓った……のだが。
「ん、んん……なんだか俺も眠く……」
動き回っていたのは俺も同じ。
自分では気づいていなかったが、相当疲れが溜まっていた。
ここ最近、ずっと動きっぱなしな気もするし……
「や、ヤバイ……もう、我慢できない」
寝るな寝るなと半開きの瞼を開いていたが、流石に我慢の限界。
ふらふらと身体が揺れ動き始め、遂には瞼を閉じてしまうと――俺もソフィアの後を追うように夢の世界へと入って行った。