42.変化
「目が覚めたか?」
「ラン……ス?」
目が覚めて一番最初に目に入ったのが俺のようで。
ソフィアは俺の名を小さく口にした。
「具合はどうだ?」
「具合……? ああ……わたし、お風呂で……」
まだ目覚めたばかりからか記憶が曖昧な様子。
言葉遣いも少々ぎこちなさがあった。
ソフィアはゆっくりと身体を起き上がらせる。
「お、おい……もう大丈夫なのか?」
「は、はい。わたしならもう大丈夫です。すみません、ランス、アリシア。ご迷惑をおかけしてしまいましたね……」
「気にするな。仕方のないことだ」
「そうですよ、ソフィア様。ですが、これからはご無理はなさらないようにお願いしますね」
と、その時。
「も、持ってきましたーーー!」
イリアが勢いよく扉を開け、部屋の中へ。
大量に袋詰めされた氷を両手に二つ持っていた。
「あ、ソフィアちゃん! 目が覚めたんだね!」
「い、イリアさん。ごめんなさい、ご心配をおかけしてしまって……」
「ううん、気にしないで。元は言えばわたしがあんなにはしゃいだのが悪かったから。本当にごめんね」
頭を下げ謝るイリア。
その大量に詰められた氷の袋でイリアがどれだけ焦っていたかが分かる。
(それにしてもスゴイ量を持ってきたな……)
と、そんなことを考えていると。
「あ、あの……ランス」
「どうした?」
「そ、その……手が……」
「手……?」
その言葉で俺は自分の手に柔らかな感触があることに気づく。
ソフィアの手の上に重ねるように自らの手が乗っていたのだ。
「わ、悪い!」
すぐにその手をどかすと、ソフィアは恥ずかしそうに顔を赤く染めた。
「い、いえ……! ぜ、全然大丈夫です……!」
焦り、動揺を見せるソフィア。
どちらかというと俺の方が焦っていた。
(な、なんで俺はソフィアの手に……!?)
完全に無意識だった。
同情……というと聞こえはあまり良くないが、さっきの話を聞いて込み上げてくるものがあったのだ。
ソフィアの笑顔を思い出すと、それが前面に出てくる。
しかも脇では何故かニヤニヤとするアリシアさんの姿があった。
(この人、絶対心の中で俺たちのやり取りを楽しんでるな……)
だがその時アリシアさんを見てしまったのが悪かった。
風呂場で交わしたアリシアさんとの会話を思い出してしまったのだ。
(俺はソフィアのことをどう思っているのだろう……)
じっくりと考えたこともなかった。
もちろん、ソフィアを導くという意味では常日頃から考えているが、一人の異性として真剣に考えたことはなかった。
というか身分差もあったから考えようという思考すらも生むことはなかった。
(可愛いなとは何度か……いや、いつも思っているけど……)
好きか? と言われたら答えが出ない。
「ランス……? どうかしたんですか? そんなに難しい顔をして……」
「え……?」
考えすぎてすぐに耳に入ってこなかったからか、返事がワンテンポ遅れる。
ソフィアを見ると、少し心配そうに俺を見つめていた。
「そ、そんなに難しい顔をしていたか?」
「はい。何かお悩みになっているような……」
「悩み……か」
確かにアリシアさんにこのことを聞かれてから考えてばかりだ。
それにあんなこと言われたら……
「ランス……?」
「えっ!? あ、わ、悪い! また俺……」
それよりも顔近いよソフィア……
何かよく分からないけどいつもより無駄に意識してしまう。
身体にも異変が生じ、ソフィアの顔を見るだけでどんどんと心臓の鼓動がアップテンポになっていく。
(ど、どうなってんだ……? なんで……)
ドキドキが止まらない。
もしかして病気なんじゃないかってくらいの鼓動の速さ。
その鼓動は胸元に手を当てなくても一拍一泊分かるほどだった。
(こ、このままじゃマズイ……)
「わ、悪いソフィア! ちょっと俺、自室に戻るわ」
「えっ、ランス?」
俺はすぐに立ち上がると、そそくさと自室へ戻る。
「なんだってんだ……」
高まる鼓動を抑えながら、俺はそう口にするのだった。