40.ソフィアの過去1
「これは完全に湯あたりしてしまっていますね……」
ソフィアが浴室で倒れてからちょっと経った後。
俺たちはリビングルームでソフィアを見守っていた。
あの後、異変に気付いてかアリシアさんも駆けつけ、急いでリビングにあるソファへ。
身体が冷えないように服を着させ、今は看病の真っ最中だった。
「ご、ごめんなさい。わたしがはしゃぎすぎてしまったから……」
「俺も一緒にいながら気づくことができなくて、すみません……」
「気にしないでください。あの場にいなかった私の責任です。それに、ソフィア様は元々長風呂が得意なお方ではないので……」
とはいっても王女を危険に曝してしまった事実は変わらない。
特にイリアはそのことで深く落ち込んでしまっていた。
「あ、あのアリシアさん。わたしにできることって何かありますか?」
悪いという想いが強いイリアは少しでもソフィアによくなってもらいたいとアリシアに手伝いを申し出た。
「でしたら、この袋に氷を入れてきてほしいです。ダイニングルームに氷板がありますのでブロック状に砕いていただければ」
「わ、分かりました! すぐに持ってきます!」
と、いうとイリアは袋を持ってダイニングルームへ。
俺も何か手伝えることはないか、そう思った時だ。
アリシアさんの口が開き、
「ランス様、先ほどの話の続きですが……」
「……えっ? 続き?」
「ソフィア様についてです。わたしに聞こうとしていたではありませんか」
浴室で聞こうとしたこと。
それはソフィアの過去についてだ。
前々から気になる節がいくつかあったソフィアのことについて。
よくよく考えてみれば俺はソフィアのことを何も知らない。
王女ということ以外は、謎に包まれていた。
「お話してくださるのですか?」
「全部をお話してしまうと長くなってしまうので、一部だけになりますが……」
それでも教えてくれるのなら知っておきたい。
これから長いスパンで付き合っていくことになるかもしれないし。
ソフィアという人物を知っておくことは必要だ。
「そ、それなら……お願いできますか?」
「分かりました。ではまず、ソフィア様のお母様についてのお話から始めましょう」
そういうと、アリシアさんは静かに口を開き、語り始めた。
♦
ソフィア=フォン・グリーズ。
年齢は20歳。
王族一派のグリーズ家の長女として生を受け、現国王の次期後継者として育てられた。
ここまでは俺も知っている内容。
だがここから先は俺の知らない内容だった。
「病死……?」
「はい。ソフィア様のお母様……いえ、公妃様であったルージュ=フォン・グリーズ様はソフィア様が10の歳の頃に難病を患ってこの世を去られました。それがソフィア様のまだ子供だった心に大きな穴をあけてしまったのです」
「さっき言っていた笑顔を無くしたってことはそういうことだったんですね」
アリシアさんはコクリと頷く。
だが話はそれだけではなかった。
「ですが、それだけが原因ではないのです」
「原因じゃない? それはどういう意味で……?」
「実はもう一つ、ソフィア様にとっては苦痛以外の何物でもない出来事が起こったのです。それが最愛なる人の精神疾患……いわゆる植物状態になってしまったのです」
ソフィアが笑顔を失ったもう一つの理由。
それはソフィアが大切に想っていた人が精神的病に陥ってしまったことだった。
でも最愛なる人って……
「アリシアさん、その最愛なる人って一体……」
俺の質問にアリシアはグッと唇をかみしめる。
辛そうに目を潤わせ、握った拳は震えていた。
だがすぐにその拳は解かれると、アリシアさんはいつもの表情へと戻り――答えてくれた。
「そのソフィア様の最愛なる人。それは……グリーズ王国第二王女、ロゼット=フォン・グリーズ様。ソフィア様の妹に当たる御方です」