36.視線を感じる……
「はぁ……なんか最近忙しくなってきたな」
屋敷の自室にて。
俺は深い溜息をつきながら、装備などの手入れをしていた。
ギルドに優遇されたり、パーティーに誘われたり、ファンができたり……
何度も言うが本当にほかの人の人生と自分の人生を入れ替えたかのような変貌ぶりだ。
「これからどうなるんだろう……」
逆に不安になってくる。
あ、ちなみにイリアの件をアリシアさんに話したら何の躊躇もなく、Okが出た。
元々は一泊の予定だったが、アリシアさんやソフィアの計らいで王都に滞在する間は寝泊りしてもいいということになった。
のだが……
じーーーーーーーーっ……
扉の方から熱い視線を感じる。
(なぜ俺の部屋を覗いているんだろう……)
あえて気がつかないふりをしていたが、かれこれ30分くらい経つ。
え? 30分もずっと見られてたの? と思うかもしれないがその通り。
ずっと見られています。
ちなみに俺が移動すると向こうも合わせて付いてくる。
トイレに行く時も飲み物を取りにダイニングルームへ行った時も。
本人は気がつかないように配慮しているつもりなのだろうが、バレバレ。
というかなんかさっきからぶつぶつ一人事言っているし……
(なんで見ているだけで声をかけてこないんだ?)
そんな疑問が湧き、逆にこっちが落ち着かなくなってしまったので……
「お、おいイリア。そこにいるんだろ? なんで声をかけてこないんだ?」
と、声をかけるとイリアはビクッと身体を反応させ、
「ば、バレてました?」
「ああ、もろにな。それにさっき俺がトイレやダイニングルームに行った時も密かに尾行してただろ」
「ま、まさかそこまでバレていたとはっ!」
驚きを見せるイリア。
さてはこの子かくれんぼとか苦手なタイプだな。
「はぁ……別に遠慮せずに声をかけてくれれば良かったのに」
「ご、ごめん……別に覗き見をするつもりじゃなかったの。その……声をかけづらかったというか……何か作業をしていたようだから……」
「ああ、なるほどな。気を遣ってくれてたってことか。すまなかったな」
「あ、謝ることじゃない……元々声をかけられなかったわたしが悪いんだから……」
俯き、少し悲し気にそう言うイリア。
俺はそっと立ち上がり、扉の方へ行く。
「まぁ、とりあえず入れ。廊下は寒いしな」
「い、いいの?」
「別に構わないさ」
「じゃ、じゃあ……失礼します」
俺はイリアを部屋に入れると、そっと扉を閉めた。
「なにしてたの?」
「これか? 装備の手入れだよ。あと所持品の整理」
「その板みたいな魔道具は……?」
「ああ、これはヒノシっていう魔道具だよ。このコア部分に魔力を流し込むと下の板が高熱化して、その熱と重みで布を伸ばすことができるんだ。これを使えば、服のシワとかを消すことができる」
「へぇ……そんな魔道具があるんだ。毎日手入れはしているの?」
「まぁ一応な。特に防具の手入れはやるようにしているよ。冒険者として、防具を大事にすることは大切なことだしな」
「大切なこと……」
「ま、偉そうに言っててあれだけど、疲れている時はたまにサボっちゃうけどね」
でも基本は欠かさずにやっている。
まぁそもそもクエストが楽過ぎて手入れが必須になるほど汚くなること自体なかったから、そこまで重点的にってわけではないが。
「イリアはどうなんだ? 手入れとかするのか?」
「わたしはそういう面倒なことは嫌いだから何もやらない。あまり良くないことだけど……」
気持ちは分かる。
確かにめんどくさい。
この時間を他に充てたいくらいだ。
でも最近は新しい防具を買ったり、環境が変わりつつあるためか、前よりも手入れに対する意識が変わった。
少なくとも以前よりは念入りにやっている。
ま、やるやらないは人それぞれだからな。
「ところでイリア。一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「いいけど……何を?」
「帝国での俺の評価についてだ。さっきの話だとだいぶ持ち上げられているみたいだったが……」
別に深い意味はない。
ちょっと聞いてみたかったのだ。
まさか他国にまで自分の名前が知れ渡ることになるなんて思ってもなかったし。
「すごい評価だよ。むしろ王国のギルド本部よりも、帝国にある大規模ギルドの方が注目していると思う。噂じゃ、帝国ギルド所属の専属冒険者としてスカウトしたいとか何とか」
「え、それマジ?」
「あくまで噂だけどね。わたしもそれを知ってから貴方に興味を持ったの」
「それでわざわざ会いにまで来たと……」
ということは帝国での俺の評価はかなり高いってことか。
別に迷惑とかではない。
普通に嬉しいことだ。
でも……あまり有名になりたくはないという矛盾した気持ちを持っている自分がいるのも事実。
名が知れれば変な輩に絡まれる……なんてこともあるだろうし――
「あの、ランス様。いまよろしいでしょうか」
という考えをしていたとき。
部屋の扉をノックする音とともにアリシアさんの声が。
「あ、入っても大丈夫ですよ」
と、一言いうと、
「いえ、私はお風呂の用意ができたことを伝えに参っただけなので。それに、イリア様とお楽しみところお邪魔するわけにもいきませんし」
「いや、お楽しみだなんて……って、なんでアリシアさんイリアがいること知っているんです!?」
アリシアさんは外から会話をしている。
中を見ているわけではない。
でもイリアがこの部屋にいることを一発で見抜いていた。
「いえ、なんとなくそんな気が致しましたので。では、私はこれで……」
そういってすたすたと足音を立て、アリシアさんは去っていった。
(まさか、あの人にまで監視されていたのか?)
でなければイリアがこの部屋にいるなんてことは――
「ねぇ、ランス」
「ん、どうした?」
「一緒にお風呂入らない?」
「ああ、いい……ってはぁ!?」
考え中だったから自然と了承してしまいそうになるところでギリ寸止め。
でも彼女の顔は冗談のじょの字もなく、真剣そのものだった。