32.暗躍する影
ランスたちが夜の王都を訪問している中、もう一人その場に足を踏み入れていた者がいた。
「ここが、王国の王都ラッセル……」
繁華街を歩きながら、少女は呟く。
「ここに例の冒険者が……とにかく聞き込みをしてみよう」
少女がまず先に向かったのはギルド本部。
時間的にクエストから帰還する冒険者で報酬窓口付近は込み合っていた。
「あ、あの~」
「ん、なんだ嬢ちゃん」
まず初めに声をかけたのは入り口付近にいた髭の男。
大きな斧を担ぎ、壁にもたれかかっていた。
「その……わたし今、人探しをしていまして。黒髪の冒険者を探しているんです」
「黒髪の冒険者?」
「はい。どうやら最近、イェーガーウルフを倒したとか何とかで……」
「ああ、あいつか」
髭の男は天井を見ながら、そう答えた。
少女はグイッと迫り、
「ご、ご存じなのですか!?」
強調する胸元に髭の男は鼻を伸ばすも、気の抜けた声で答えた。
「お、おう……もちろん。元々有名だったからな」
「有名?」
「ああ。ギルドでただ一人の最弱冒険者、G級冒険者としてな。だが最近、イェーガーウルフを討伐したとか何とかで騒がれていてよ。ぶっちゃけほとんどの冒険者は信じちゃいないが……」
最弱の冒険者として有名だったって……
(情報と少し違う。でも逆にこれで見つけるのに容易になったことは間違いない。元々有名人だったのならいずれは……)
「嬢ちゃん? お~い、大丈夫か?」
「え、あ、はい。すみません、少し考え事を。あともう一つ、その人のお名前をお聞かせ願えませんか?」
「名前? ああ……確か”ランス”だったかな。正直、眼中になかったからフルネームまでは知らないわ」
「そうですか。ありがとうございます」
名前はランス……か。
今後のこの名前を出して聞きこみ調査をする必要がありそうだ。
(もう少し、ギルド内を調べてみる必要があるな)
少女は髭の男に軽く一礼すると、影のようにその場を去った。
だが髭の男は胸に意識が行ってしまっていたからか、少女が去ったということに気がついてなく、
「じょ、嬢ちゃん。それよりも、これから一杯……ってあれ? いない?」
髭の男は辺りを見渡すも、少女の姿はもうなかった。
♦
「ランス・ベルグランド。冒険者等級は最底辺のGランク。最近じゃ魔物の一件からか少女を連れ回して豪遊している……か」
聞き込みから一時間ほど経過し、少女は繁華街にあるカフェで休んでいた。
ギルドに聞き込みをして数十分。
聞けたのはフルネームと冒険者等級、そしてその者の近況だった。
「もう少し、濃厚な情報が手に入ると思ったんだけどな……」
人を見つけるに当たってやはり重要なのは容姿の情報。
中身の情報ばかり手に入れても、どんな人物なのか分からないと意味はない。
「容姿に関しては黒髪に全身黒色の防具か」
知っているのはこれだけ。
でもこの王都に黒髪の冒険者なんて腐るほどいる。
同じように黒の防具を着ている人もいるし、判別がつかない。
(手当たり次第、潰していくのもいいけど……)
骨が折れる作業だ。
さて、これからどうする?
一応、主から言われた期限は一週間。
それを超過するわけにはいかない。
でももう外は完全に暗黒の世界。
これ以上探しても収穫はないだろう。
(今日は宿で休んで、早朝にまた動いた方がよさそうかな)
少女はそう思うと、立ち上がり、カフェを後にする。
「それにしても、案外綺麗な街なんだ。王都って」
帝都も綺麗な街ではあるけど、雰囲気が少し違った。
帝都は鉄筋コンクリートの建物が多く並んでいるが、王都は木造と煉瓦造りの建物が多かった。
景観も歴史を感じられ、不思議な気分になる。
「えっと……今日の宿は……」
今日泊まる予定の宿を探しながら、路地の角を曲がろうとした時だった。
「じゃあ、ランスくん。明日の朝、ギルド前で」
「はい、分かりました」
「明日は宜しくお願いします、リベルさん」
「こちらこそ。それじゃあ、おやすみなさい」
「「おやすみなさい」」
そんな会話が耳に入ってくる。
(ランス? 今ランスって言った?)
路地を曲がった先にあったのは一件の酒場。
その入り口で白と黒のローブを着た人物と金髪の男が会話をしていた。
(黒の防具……)
手前にいた黒の防具を着た人物に目が行く。
確か、情報によると全身黒色の防具を着ていると言っていた。
しかもさっき確かに聞いた。
”ランス”という言葉を。
「まさか、あの人が……?」
でも情報だけで捉えると一致する箇所は多い。
ローブを着ているので素顔が分からないのは残念だったが、もし黒髪ならほぼ確実。
もう一人の白のローブの方は情報にあった少女だろうか?
スタイルや背丈的に多分そうだと判断できる。
(一応、追ってみるか……)
背中を向け、ローブを着たコンビは金髪の男と別れ、去っていく。
少女は少しだけ間隔を空けると、背後からゆっくりと二人を追った。




