02.伝説の始まり
「なんて日だっっ!」
場所は王都内にあるとある酒場。
俺は片手に持ったジョッキを叩きつけ、そう叫んだ。
あ、中身はお酒じゃなくてジュースだ。
まだ未成年者だからお酒は飲めない。
いや、飲めていたら多分浴びるように飲んでいただろうけど。
それくらい今の俺の心は深淵化していた。
「どうしてだ……どうしてG判定になる!」
俺は今日この日、また来年の査定日までGランク冒険者生活が決まった。
よって検査は足切り。
まだ昼前だってのに酒場で暇を潰していた。
「ちくしょう……やっぱり納得いかねぇ!」
今回ばかりはショック過ぎて言葉も出なかった。
去年まではまぁ努力が足りなかったんだなで済ませることができたが、今回はそれでは済まなかった。
努力もしたし、やれることは全部やった。
なのに肝心の結果に結びつかない。
この時の喪失感というか、悲愴感というか。
もう悔しくてたまらなかった。
終いには本部から出る時に大笑いされたし。
またGランクかよ、おめー! ガハハハハッ! ってな。
「くそっ……」
半分残ったジュースを豪快に一気飲み。
あぁ……! とオヤジ臭い声を出す。
「気分晴らしに散歩でもするか……」
俺は席を立ちあがると、カウンターテーブルにお金をポンと置く。
そして、しーんと静まり返った昼の酒場を後にしたのだった。
♦
「今日はいい天気だなぁ……」
空を見上げながらボソッと呟く。
今日のお天気は清々しいほどの快晴日だった。
「俺の心は土砂降りハリケーンだけどな……」
悲しい現実を添えて。
そんな気分を少しでも晴らすため、俺は王都のすぐ近辺にある湖に来ていた。
「いつ見てもここは綺麗だな……」
特に今日は水が日光に照らされて輝いていた。
森の中にあるためか、周りは木々に囲まれ、ちゅんちゅんと小鳥たちの大合唱が聞こえてくる。
のどかで荒んだ心をケアするには最高の場所だ。
「もうどうでもよくなってきたなぁ……」
こんな景色を見ていると、そう思えてくる。
それに、そろそろ引き際かなとも思っていた。
冒険者を続けていてもずっとこのままじゃ意味ないし……
「はぁ……浄化されてく~平和って最高だな~」
と、思っていたその時だ。
「だ、誰か! 誰か助けて!!」
ん? なんだ?
どこからか聞こえてくる助けの声。
場所は……近いな。
俺はすぐに起き上がり、現場へ急行。
魔力反応を感じる方向へと足を進めると、
「お、おいおいマジかよ!」
目に入ってきたのは一頭の魔物。
それも何とかなりの大物で……
「あれってイェーガーウルフだよな? なんでA級危険指定の魔物がこんなところにいるんだよ!」
――イェーガーウルフ。
危険指定モンスターランクA。
その名の通り、超絶危険な魔物の一種である。
狼型の魔物で逆立った紫色の毛皮に二本の鋭い犬歯が特徴の魔物。
確か討伐に必要な冒険者ランクはA以上だったはず。
人数も5人以上のパーティーじゃないと手に負えないなんて話も聞いたことがあった。
それに、普段ならこんな場所には絶対にいない。
もっと僻地の山奥にいるものだ。
だが、それよりも驚いたのは――
「あれは女の子か?」
イェーガーウルフのすぐ傍にいたのは一人の少女。
尻もちをつき、ビクビクと身体を震わせながら、今にも襲われそうな状況だった。
「やばくないか、あれ!」
周りに他の冒険者の姿はない。
ということは今彼女を助けられるのは俺一人だけ。
でも相手はA級モンスター。
G級の俺がどう考えても勝てる相手ではない。
「くっ……でも!」
見て見ぬふりをするわけにもいかない。
というか、そうしたら間違いなく俺は地獄行きだ。
そして後々絶対に後悔することになる。
そうなれば、やることなんて一つしかない。
「俺がこの身に代えてでも助けるしか……ない!」
破れかぶれだ。
とにかく俺の脳内は少女を助けることで一杯になった。
さっきまで落ち込んでいて何も考える気にもなっていなかったはずなのに……
「た、たすけ……誰かっ!」
森内に響く少女の声。
俺は思いっきり地を蹴り上げると、魔物の元へと急接近する。
「間に合え……!」
そう願いながら全力疾走するが、魔物の方が行動が早かった。
もう既に少女の目の前まで来ている。
歯ぎしりをさせ、今にも襲い掛かろうって感じだった。
(くそっ、間に合わない!)
ならば……ありったけの魔法をあのデカブツにぶつけてやるまで!
魔法ならば間に合う。
それに、こっちに注意を引けるはずだ。
多分あんなバケモノ相手に俺の魔法なんか効かないだろうけど、注意を引けさえすればそれでいい。
俺は走りながら手元に魔力を集中。
ありったけの魔力を溜め込むと、手を勢いよく前に突きだし――
「くらいやがれ! これが俺の魔法だぁぁぁ!」
手元から繰り出されるのは火属性魔法≪エンファイア・ブレス≫。
確かイェーガーウルフは火属性に弱いと何かの書物で見たことがある。
それゆえの選択だ。
魔法は一直線にイェーガーウルフへと飛んでいく。
そして少女のその鋭利の爪が差し向けられようとした時――俺の魔法は命中した……のだが。
「あれ、魔物はどこだ?」
気がつけば魔物は見る影もなく消滅。
そして周りの木々が吹き飛び、森が瞬く間に更地と化していた。
「逃げた……のか?」
でもさっきまで少女を襲う気満々だったし、その可能性は――
「あ、あの……貴方がわたしを助けてくれたのですか?」
「え、うわっっ!?」
と、周りをキョロキョロと眺めている中、いつの間にかさっきの少女が目の前に。
(結構……てか近くで見るとめっちゃ可愛い子だな)
さらさらっとした白銀の髪をハーフアップにし、海のように深い碧眼が二つ。
見た目は15~17歳くらいか。
潤ったその華美な瞳で少女は俺を見てきた。
「え、えーっと魔物はどこでしょう?」
とりあえず、俺は気になっていたことを質問。
すると少女は答えた。
「えっ、イェーガーウルフなら貴方が今さっき討伐したじゃありませんか」
「へ? 俺が? イェーガーウルフを?」
「は、はい……」
お前はなに言ってんだ? みたいな目で(これは俺の勝手な解釈だが)見てくる少女。
どうなってんだ? 本当に俺が殺ったというのか?
にわかにも信じがたかった。
でも周りを見る限り、イェーガーウルフの姿は見当たらない。
(やっぱり俺が……)
「あ、あのっ!」
「は、はい?」
突然、勢いある声が俺の耳に入る。
と、同時に少女の目元がつりあがった。
こういう時は大体何か大事なことをいう合図だ。
ゴクリ……
何を言われるのかと少し身構えていると、少女は言った。
「い、いきなり初対面の人にこんなことを頼むのは普通ではないと思いますが、その……わたしに……」
「わたしに……?」
「ま、魔法を教えていただけないでしょうか!?」
「……は?」
俺は一瞬クールタイムに入る。
俺の聞き間違いじゃなければこの子は今、魔法を教えてくれと言ってきた。
(いやいやいや、なんだよこの急展開な感じは!)
脳の整理が追い付かず、俺の脳内は大渋滞を引き起こす。
でも、この時の俺はまだ知らなかった。
この少女との出会いが、後の人生を大きく変える転機となる……ということを。