118.潜入3
後ろから飛んでくる怒号。
俺たちはこれでもかというくらい身体をビクッと跳ねあがらせる。
(まさか、もう見つかったのか……!?)
確認した時には周りに人の気配はなかったはずなのに……
恐る恐る背後も振り向く、が。
「あれ……?」
誰もいない。
でも確かに……
「ランス殿! 向こうから話し声が聞こえてきます」
俺の腕をポンと叩いてそう言ってきたのは俺たちと共に行動する青年護衛騎士。
ちなみに名前はブライアンさんという。
「あそこです」
ブライアンさんは一点を指さし、俺たちに伝えた。
その先は別の廊下が続いており、奥の方に目をやると何やら人影のようなものが見えた。
見えるのは男三人。
うち二人は若い風貌で地面に座って休んでおり、残りの一人は大柄な身体を持った男で、立ちながら二人を見下げていた。
遠くからなので少し分かりづらいが、様子を見る限り、立っている方が説教をしているみたい。
(これは、情報を得るチャンスなのでは……!?)
敵地での敵の会話だ。
もしかしたら有益な情報を聞けるかもしれない。
本当に知りたい情報というのは噂というもので流れてくるものじゃない。
一番信憑性が高いのは人と人の会話からなのだ。
しかも運のいいことに盗聴するには絶好の距離感だし。
これは盗み聞くしかない。
そう思い、俺はソフィアの肩をポンポンと叩く。
「ソフィア、俺の手を握ってくれ」
「承知した」
「え、手をですか……?」
「ああ。いいか?」
「もちろん大丈夫ですけど……何をするつもりで?」
「いいから。ほら手を貸して」
「は、はい……」
ソフィアは俺に手を差し伸べ、それを勢いよくギュッと握る。
するとその瞬間、何故かソフィアの身体にビクンとした衝撃が走り、その直後に顔を真っ赤にさせた。
「ソフィア? 大丈夫か?」
「あ、え、あ、はい! 大丈夫です! つ、続けてください!」
謎の動揺に疑問が脳を駆け巡るが、それは置いておこう。
「ブライアンさんはソフィアを肩に手を置いてください」
「承知しました。失礼します、殿下」
ブライアンさんは俺の言う通り、ソフィアの肩に手を乗せる。
俺はその姿を確認すると、聴覚向上の魔法を発動させ、出来る限り耳を寄せる。
すると――
「あれ、いきなり話し声が大きく……ランス、これって……」
「俺の聴覚魔法をソフィアに魔力を介して共有させたんだ。短時間しか使えないが、これでソフィアも奴らの話を聞くことが出来るだろ?」
魔法共有。
相手の魔力と自分の魔力をリンクさせることで、自分の発動させた魔法を他人にも反映させることができる技だ。
強化魔法や強化付与魔法の延長線上にあるような技術で、日常で使うことは滅多にない。
魔法を共有できると言っても効果時間も極端に短いし相手も同じ魔法を使える場合は効果を発揮しない。
人によっては、使いどころがないのだ。
そして唯一使えるのは本当にこういう場面くらい。
ソフィアはまだ魔法を習っている途中で回復系以外の魔法はまだ一部しか会得できていないからな。
「少しだけここで奴らの話を聞いてから行こう。もしかしたら良い情報が聞けるかもしれない」
「分かりました」
俺たちは引き続き、話を盗聴する。
「こんなところでサボりやがって……敵が来たらどうするつもりだ!?」
「いやいや気にし過ぎですって。こんなとこ、誰も来やしませよ。第一ギルドは今必死こいて兵力をかき集めているんでしょ?」
「そうであっても警戒を怠っていい理由にはならん! もうすぐそこまで敵が来ていたらどうする!?」
「はははっ! 隊長は心配性だなぁ~。考えすぎですよ!」
聞こえてくる会話の一端。
残念ながらもうすぐそこまでいるんだよなぁ……とか考えながら、俺は話を聞いていた。
「とにかく例の場所だけはしっかりと守らないといけない。そうしないと――」
「そうしないとリーダーに叱咤をくらうのは俺だって言いたいんでしょ? 分かってますって、僕らだってそこまでバカじゃないですよ」
あははと笑いながら、若い男は大柄の方の肩をバシッと叩く。
例の場所って多分屋根裏のことだよな……?
「本当に……分かっているのか?」
「分かってますよ。というか、仮にあの場所まで辿りつかれたとしても心配する必要はないですし」
「どういうことだ?」
大柄の男は疑問符を浮かべる。
そんな表情を見ると、若い男はフッと不敵な笑みを零す。
そして人を見下すかのように嘲笑いながら……
「いやだって、あの場所は――」
――僕ら術式師以外、入ったら死んじゃいますもん。