106.動く世界
時は進んで、次の日。
帝国内某所では作戦司令本部の命令により、兵の大群が王国へと送られようとしていた。
「閣下、全部隊の出発準備が整いました。いつでも王国へ出発できます」
「うむ。こちらも先ほど、先発組から作戦準備完了の合図が来た」
「ということは作戦は予定通りに?」
「ああ。本日の午後20時に作戦を敢行する。各部隊に告げろ。早急に王都へと進行し、制圧作戦を開始しろと」
「了解しました。では、そのように……」
明朝。
予定通り帝国軍はダウト現皇帝の指示のもと、王国に向けて兵を出兵させた。
その数は先導部隊だけでも数千にも及び、王都占領作戦は開始されたのである。
♦
一方で。
そんなことなど知る由もないランスたちはいつものように朝食を取っていた。
「おはようございます、ランス」
「……はよう、ランス。ふわぁぁ~」
「おはよう。ソフィア、イリア」
キリッとしているソフィアとは対照的に目を擦り、大きな欠伸をしながらダイニングルームへと入って来るイリア。
まだ格好も完全にパジャマ姿なところを見ると、起きてまだ数分も経っていないと推測できる。
実際、目も半開きだし、目の下には大きなクマがあった。
「あまり眠れなかった感じか?」
「まぁほぼ徹夜したみたいなものだからね。一時間くらいしか寝てないから、すっごく眠い」
イリアには昨日の夜から例の刻印の分析をしてもらっていた。
彼女が言うには分析にかなり手間を取ったらしく、終わったのがほんの二時間前とのこと。
「ごめんな、イリア。お前をこんな大変な役を任せてしまって」
「わたししかできないことだったから、仕方ないわよ。その代わり、貴方たちに伝えたら今日はぐっすりと休ませてもらうから」
「分かっている。今日はしっかりと休んでくれ」
流石に分析が終わって疲弊している彼女を今日の集合に連れていくわけには行かない。
イリアのことだから、自分も行くって言いそうだと思っていたけど、休むことに専念してくれるようでホッとした。
「それで、イリア。何か分かったのか?」
「ごくっ……ごくっ……ぷはぁぁぁぁ! ええ、分かったわよ」
コップ一杯の牛乳を飲み干し、おっさん臭い声を出すイリア。
口元には牛乳を飲んだ証が(白い髭)しっかりと残っていた。
そんなことなどお構いなしにイリアは二杯目の牛乳を飲み始める。
「………ぷはぁ! やっぱり朝の牛乳は最高ね!」
イリアは牛乳が好きみたいで、毎日コップ5杯は飲んでいる。
何故かは分からない。
というのも前に聞いたら、レディには秘密があるのって言われて言いくるめられてしまった。
多分触れてはいけないことなんだろうと思い、それ以降は聞いていない。
イリアはいつものように5杯目を飲み終わると、ふぅーっと息を吐いた。
そして急にその表情は真剣なものに変わる。
白い髭がついたままなので、威厳は全くないが。
「……さて、じゃあそろそろ本題に入りましょうか。わたしも早く二度寝したいし」
「イリア、その前に口を拭いた方が……」
「えっ……あ、もしかしてついてる!?」
俺とソフィアは同時に首を振ると、イリアは顔を真っ赤にしながら手元にあったナプキンで口元を拭う。
「こ、これでいい?」
「うん、もう大丈夫だよ」
「そ、それじゃあ気を取り直して本題に入るわよ」
イリアはゴホンと一つ咳払いをする。
そして再び表情をキリッと険しくさせると、本題について語り始めた。