10.出待ちされていました。
「えーっと……これは一体どういうことで?」
時刻は次の日の昼前。
宿屋を出た俺はとんでもない光景に直面していた。
前々から待機していたのか、宿屋の前には王城から派遣されてきた国家騎士数名が列を作って立っていたのである。
「おはようございます! ランス殿!」
「「「「「おはようございます!」」」」」
隊長格であろう騎士が挨拶をすると、それに追随して他の騎士たちも挨拶をする。
「お、おはようございます……って、どういうことなんですかこれは!」
驚きで思わず声が張りあがる。
すると、隊長格の騎士が質問に対して口を開いた。
「我々はアルバート騎士長のご命令でランス殿を森林地帯まで護衛するよう言われ、馳せ参じた所存です」
「ご、護衛……?」
「はい、我々もご同行させていただきます!」
別に護衛されるほどの者ではないですが……
それに例の事件現場までは15分もかからないし。
でもわざわざ俺が出てくるまで待機してくれたことを考えると、断ることもできない。
(いつから待っていたのか気になるところだけど……)
あえて聞かないことにする。
「あ、ありがとうございます。宜しくお願いします……」
とりあえずお礼の言葉を。
そんなわけで俺は目的地の森林地帯まで護衛されることになった。
(何だろう。この圧倒的VIP待遇は……)
逆に居心地が悪い。
当然、周りの注目を集めることになり……
「――おい、どうなってんだありゃ」
「――あれってGのランスじゃないか? 騎士様も一緒だぞ」
「――まさか、例の噂は本当だってのか?」
「――お、俺に聞くなって。でも普通じゃないよな、あれ」
(噂……? 一体なんのだろう)
俺ってば地獄耳だもんでコソコソ話は全部聞こえてきてしまう。
だが周りの人間の反応を見る限り、いつもとは違う様子だった。
いつもというのはコソコソ話の内容のこと。
普段なら罵詈雑言が容赦なく降りかかってくるが、今回はそうではなかった。
何やら俺に関しての何らかの噂が流れているらしい。
(まさか、例の魔物を倒したことがもうバレたのか?)
だがそれ以外に噂がたつような要因なんて思いつかないし……
「……どうなってんだ?」
俺は少し不思議に思いながらも、騎士たちに囲まれながら森林地帯を目指す。
いつも以上に熱い他者からの視線を浴びながら。
♦
「お、来たなランス殿」
「おはようございます、ランス!」
「おはよう、ソフィア。おはようございます、アルバートさん」
ってなわけで例の魔物が出現した場所である森林地帯に着きました。
入り口付近には大勢の騎士たちを始め、ギルド本部より派遣された調査隊員とここら一帯の土地を治めている貴族。
そして……
「君がランスくんですね? 魔物の件はそちらのアルバート騎士長閣下から聞いています」
突然、話しかけてくる人物が一人。
赤いスーツに身を包み、個性的な髭を生やした細身の男が俺の元へと寄ってきた。
「貴方は?」
「私はドロイドと申します。冒険者ギルド本部の統括をしております」
「統括? ってことは貴方がギルドマスター!?」
「はい。冒険者の皆さんは私のことをそうとも呼びますね」
初めて会った。
というかギルドマスターなんて冒険者をやっていても滅多に会えるもんじゃない。
(まさか、ギルドマスターが出張ってくるとは……)
「さて、役者も揃ったようなのでそろそろ行くとしましょうか」
ギルドマスターのドロイドさんが先行し、例の現場へと向かう。
俺はアルバートさんやソフィアと共にその後ろに並んで歩いていた。
「それにしてもかなり大がかりな調査だな。こんなにも人がいるとは……」
「仕方のないことです。何せこの付近でA級危険指定の魔物が出たのは歴史上初めてなんですから」
「そうなのか?」
「はい。普通は魔物自体こんなところになんて現れないですし」
そういうことか。
どうりで色々な人がいるわけだ。
ソフィアの解説を挟みながらも俺たちは森の中を進んでいく。
すると俺とソフィアが会敵した例の場所が近づいてきたところで、ギルマスのドロイドさんが立ち止まった。
「こ、これは一体……」
「な、なんなんだこれは! 森が更地化しているではないか!」
同行した貴族のおっさんも驚嘆の声を上げていた。
止まった原因は森の中にポッカリと空いた更地だった。
ドロイドさんはその光景を見るなり、すぐに俺の方へと視線をシフトさせてきた。
「こ、これは君がやったのですか? ランスくん」
「え、ああ……はい。まぁ……」
ヤバイな。そう言えば力を入れ過ぎて森の一部を綺麗さっぱり消しちゃったことをすっかり忘れていた。
「そ、そんなバカな! 一介の冒険者風情がこれほどまでの魔法を放ったというのか! それに、彼は最底辺のG級冒険者なのだろう? イェーガーウルフを倒したなど、やはりあり得ん! 上手い具合にフェイクニュースをでっち上げて自分を持ち上げているだけではないのか?」
うわぁ……なんという清々しいまでの言いがかり。
そんなことできたらG級冒険者なんてやってないっつの。
「で、ですが……実際に証言者もいますし」
ドロイドさんと貴族のおっさんが口論になる。
自分の土地を荒らされたことを苛立っているのか、口調はどんどん荒んでいく。
「証言者とは一体誰なんだ!? 証言できるのはそれなりの力を持った人間じゃないと――」
「――私が、その証言者ですよ。フレイト伯爵」
突然、会話の間を縫うようにして割り込んでくる者が。
その声の主は木陰からひょっこりと出てくると、その紅蓮の髪を揺らしながら、こっちへと近づいてくる。
「あ、貴方は……レイム=キルヒ・アイゼン殿。紅蓮の女神……!」
「すまないが、少しだけお邪魔するぞ。マスタードロイド」
「れ、レイム師団長閣下……いつからそこに?」
「お前たちが来る少し前からだ。やっぱりもう一度現場を見ておこうと思ってな」
「ま、マスタードロイド! 本当にレイム殿が証言者なのか!?」
「は、はい。というかこの方が今回の事件の第一証言者です。今日は公務があるとのことで今回の調査は見送ると通知を貰っていたのですが……」
「悪いな、マスタードロイド。少し時間が空いたから来てしまった」
「くっ……!」
まだ信じ切れていないのか、ぐぬぬと顔を歪める貴族のおっさん。
するとレイムさんは再びおっさんの方を見ると、
「彼の実力は本物ですよ、伯爵。現に私はその一部始終を見ていたのですから」
「し、しかし……!」
なぜ貴族のおっさんが頑なに否定するのかは分からない。
だがどうしても認めたくないご様子だった。
……と、その時だ。
レイムさんは頑固なおっさんにある提案をし始めた。
「ならば、貴方も実際にその眼で見てみてはいかがですか? 彼に対する評価がガラッと変わると思いますよ?」
「い、良いだろう……真実を知れるのであれば私も是非はない」
あれ? なんか話が勝手に……
「と、言うことでランス殿。すまないが、あの時の魔法をここにいる全員に見せてはくれないだろうか?」
「え、えぇ!? マジですか?」
「うむ、マジだ」
そんな勇ましい顔で「マジだ」と言われましても……
「私の独断で決めてしまったお詫びは後で存分にしよう。だからここは一つ、お願いできないだろうか?」
「私からもお願いしよう。一度見てみたかったのだ。あの若作りババ……レイムが絶賛したその魔法を!」
「あ、アルバートさん!?」
「私もギルドマスターとして非常に気になりますね……」
「ドロイドさんまで……」
波紋はどんどんと広がっていく。
そして極めつけは……
「頼めるか? ランス殿」
「あ、頭を下げないでくださいレイムさん! 分かりました、やります! やらせていただきます!」
名声ある人間に頭を下げさせるのはマズいと思い、すぐに止めるように言う。
(や、やるしかないよな。この雰囲気は……)
なんか、最近こんなことばっかりだな……。
こうして。
ひょんなことから俺は自分の魔法をここにいる全員にお披露目することになったのである。