魔法の練習をしよう
リバーシのグランドチャンピオンの栄冠を手にした俺は、清々しい朝を迎えた。
川でうがいし、黄色い箱の携帯食をかじる。あれ?ロップって食事しなくて
大丈夫なのか?自分の修行にかまけてロップの食事の事を考えてなかった!
最低だな俺!すまんロップ君。
「ロップ!すまん!修行に夢中でお前の食事を考えてなかった!ひもじいだろ。
これをお食べ!」
俺は齧りかけの携帯食をロップに差し出した。
「レイ様、何言ってるんすか?ボクはレイ様の魔力で存在してるんすよ。
気にしないで大丈夫っす。だから魔力枯渇で気絶されると困るっすよ。
でも、たまにはお魚が食べたいっす。まあ嗜好品みたいなもんっすね」
え、そうなの?何もあげなくてもいいの?まあエレメンタルだから精神生命体みたいなものなんだろうな。
俺の第1目標は、飛んでこの川を下り、海に到達する事だ。海に着いたらしこたま魚を釣ってやんよ!
滝壺での釣りはまだ試していないが、魚がいたとしても、この閉鎖した環境じゃ
バカスカ釣り続けたら絶滅してしまう。基本的には封印しよう。まだ携帯食には残りがあるし、しばらくは飛ぶ修行を続けよう。
丹田?の魔力を認識し、循環させ、翼に集中する、そして飛行訓練。ただ集中に気を抜くと落下するし、飛行すると魔力を消費するので、魔力枯渇にも注意が必要だ、気絶すると落下するからな。
あまり高い所を飛ぶと落下した時が危険なので、1メートル位の低空で、魔力の限界の一歩手前まで飛行訓練を続行した。魔力が限界まで減ったら、ラジオ体操。
さらに4日間この訓練を続けた結果、体感速度だが大体時速60キロくらいの
速度を2時間位維持出来る様になった。
この閉鎖環境をぐるぐる何週しただろう。制御にも慣れたんで、50メートル位まで上昇する事は怖くなくなった。
下流の偵察をする頃合いかな。携帯食も無限ではないから、そろそろ食べ物の事を考えなければ。ロップにも魚をあげたいしな。取り合えず時速60キロで1時間飛んで駄目なら戻ろう。
この4日の間、ロップの俺に対するリバーシ再戦要求は無かった。
まだグランドチャンピオンの俺に挑戦するには、実力が足りないと実感したのだろう、精進するのだロップ!お前なら、いつか俺を超えられると信じている。
翌朝、俺はロップに相談した。
「なあ、ロップ。俺は結構飛べる様になったし、川を下って海を目指したいんだがどうかな?」
ロップは目を瞑って、しばらく考えこんでいたが、
「レイ様、この島の事はボクも全然分からないっすよ。どんな魔物がいるかも分からないんすよ?レイ様は戦い方とか知ってるっすか?使徒は身体能力に優れてるっすけど、コウエイ様も最初の頃に無茶して、右腕を失ったっすよ。飛ぶ事も大事っすけど、まず魔法を練習した方がいいと思うっす」
失念していたが、魔法があるんだったな。
「あ~、そうだったな。飛べる様になって、はしゃいでたよ。魔法ってどう練習すればいいんだ?」
「レイ様特有の魔法は星魔法です。この世界を創造された星母神様の属性を受け継いだ魔法っすね」
星魔法はいろいろな分野があるらしい、説明が長かったので、要約すると、
・生命魔法 この星の生物に影響を与える魔法。魔物にも効果はあるらしい。
・重力魔法 限定的な範囲で重力を変更出来るらしい。
・空間魔法 地球から空間を超えてこの世界を創造した星母神の恩恵らしい。
なんかこの世界の空間に繭?を作ったり出来るらしいが、良く分からない。
「....取り合えず、俺はどうすればいいんだ?」
「取り合えず、生命魔法の練習をしましょう。この世界は星母神様が作られた世界なんで効果抜群っすよ。重力魔法と空間魔法は難易度が高いんで、今のレイ様には無理っすね」
「具体的にどうすればいいんだ?」
「魔法はイメージっすよ、今までの練習で魔力の集中は出来る様になったっすよね?それを対象に向かって、どういう効果を与えるかをイメージして放出するっすよ」
「生物に影響を与える魔法ってどういう事だ?」
「コウエイ様が良く使っていた生命魔法を説明するっす」
・ダークファイアーボルト:対象の生命力を徐々に削る暗黒の矢。レジストに成功しないと最終的に死ぬ。
・ダークフレイムスロー:対象の生命力を徐々に削る暗黒の炎を広範囲にまき散らす。レジストに成功しないと最終的に死ぬ。
・ヒール:対象に生命力を譲渡する。怪我を治癒する訳ではない。
・パラライズ:対象を麻痺させる。
・スリープ:対象を眠らせる。
・スタン:対象を気絶させる。
・眩暈:対象がふらっとする。
・痒い痒い:対象が耐えがたい痒みに襲われる。
・くすぐり:対象が耐えがたいくすぐったさに襲われる。
・小指ガツン:対象が足の小指を角にぶつけた時の様な痛みに襲われる。
なんだ?その中二病的なものから、段々適当になっていく魔法名は!
俺はそれを叫びながら魔法を使うのか?
「....なあ、俺は魔法を使う時にそれを叫ばなきゃならないのか?小指ガツン!とか」
「え?何を言ってるんすか、そんな必要はないっすよ。対象に向かってイメージして放射するだけっすよ。魔法の名前はコウエイ様が付けただけっす」
....最初は中二病的に意気込んで名前を付けたんだが、段々どうでも良くなっていったんだろうな。
「でもさあ、ロップ。生物に影響を与える魔法の練習って言っても、この環境でどうやって練習すんの?まだ生き物って虫とか、小鳥とかしか見かけてないぞ。
つーかそんな動物虐待は俺やりたくないぞ」
ロップがハッと眼を見開いた。
「あ!そうっすね。コウエイ様の時は最初から魔物だらけでしたからね。戦いが即ち練習だったっすね。う~ん、どうしましょうか?そうだ。ボクを対象にして練習すればいいっすよ!」
ロップがアホな事を言い出したので俺は怒鳴った。
「何言ってんだ!友達のお前にそんな事出来るわけないだろ!」
ロップが目をうるうるさせて俺に飛びついて来た。
「ボクをトモダチって呼んでくれるっすか!コウエイ様みたいだ!うわ~ん(涙)」
泣いているロップを宥めていると、俺はある考えを閃いた。
「なあロップ。生命魔法は俺にも効くのか?」
ロップがぐすぐすしながら答えた。可愛いヤツだ。
「効くと思うっすよ。コウエイ様も眠れないけど寝たい時に、自分にスリープ
を掛けてたっすから」
「良し!それなら俺は俺を対象として生命魔法の練習をする!」
以降、飛行練習の合間に、ロップにアドバイスを受けながら、俺は俺に向けて生命魔法の練習を行った。
自分で受け入れればレジストもしないみたいだ。まずは小指ガツン!とかの影響が少ないものから始めた。
やっかいだったのは、スリープとかスタンだ。ロップに起こしてもらいながら続けた。パラライズもやっかいだったが、効果時間が短いのでなんとか回数はこなせた。
ダークなんちゃらは割と楽だった。効果も中断出来るしね。たしかに自分の活力が急速に減衰するのを実感できた。
ヒールは良く分からない。自分で自分に生命力を譲渡しても意味はない。
ただ、だんだん疲れていったので等価ではなく、燃費は悪そうだ。
練習を続けて12日後、ある程度ものになった感じがする。飛行練習も続けたので、体感速度時速60キロで、4時間位飛べる様になっていた。
これでおよそ240キロは飛べる!毎日、魔力枯渇寸前まで魔力使ってたからな。
魔力量も増えたのだろう。俺はラジオ体操のおかげで魔力の回復が早いしな。
しかし、魔法を覚えるのに12日って早すぎないだろうか?ロップに聞いてみると、覚えるというより元々持っていた能力の練習という事らしい。
その夜、ロップがまたグランドチャンピオンの俺に挑戦してきたが、チャンプの
偉大な耐久力の前に、またもや試合放棄した。
しかも捨て台詞をのこして。
「飽きたから。もういいっす」
まだまだ俺に挑戦するには早かったようだな。だが君にはまだ先がある。
頑張れロップ!
敗戦の後でぐったりしているロップに気になる事を聞いてみた。
「なあロップ。星魔法は星母神の使徒の特有魔法って言ってたが、他の種族はどんな魔法が使えるんだ?」
「基本魔法と精霊界魔法って言うのがあるっすね。天空神の使徒も特有魔法があるらしいっす」
ふ~ん。詳しく教えて。
「基本魔法は、この世界の物質に魔力で干渉して状態を変化させる魔法っす。例えば水に対しては、温度の上げ下げとか、気化させたりとかっすね。ただ生物に対しては無効っす。レジストされるっすからね。レイ様も、次は基本魔法を練習したほうがいいっすよ」
何!俺は生命魔法より、そっちの方に興味があるぞ!
「転生者の人達は割合簡単に出来る様になるっすよ。前の世界の知識で物質の状態変化のイメージがし易いらしいっす。
コウエイ様も3日位で出来る様になってたっすよ。転生者以外は、個人差がかなりあるっすね。高度な教育を受けた人程、習得者が多い感じっすね。適性にもよるっすけど、どの種族でも使えるはずっす。ただ全体的に、使える人はそんなには多くなかったっすね。コウエイ様が良く使ってたのは....」
・温度変化:物質の温度を変化させる。使用する魔力によって温度は異なる。
通常は摂氏0度~100度位らしい。瞬間的に燃えやすい物に着火は出来るらしいが、長時間0度以下や、100度以上を維持するのは困難の様だ。
・気化:液体を蒸発させる。対象の液体によって難易度は異なる。
・乾燥:物質を乾燥させる。
・抽出:物質から構成要素を抽出する。難易度は高めで、物質の構成要素の知識が必要。難易度は、気体>液体>>>個体の順で、個体からの抽出はかなり難しいらしい。
そうか、まだしばらくは基本魔法の練習をしよう。俺が海に行きたい理由は、
魚もそうだが、何より塩だ!鍋で海水を炊いて塩を作ろうと思っていたが、
基本魔法があればもっと楽に塩を作れるかもしれない
「なら明日から基本魔法について教えてくれ。次に精霊界魔法っていうのは何だ?」
「う~ん?精霊界魔法は難しいっすよ。コウエイ様も使えませんでしたからね。
パイノワールさんに聞いた話だと、地水火風の精霊界からこちらの世界に通路を作って、精霊界の事象を持ってくる魔法だって言ってたっす。
元々エルフとドワーフが得意な魔法で、それでも使えるのは一部っす。精霊界の何処に通路を作るかで、効果が違うんで感覚をつかむのが大変らしいっすよ。
そもそも通路を作るのが困難らしいっす」
「精霊界から、火とか水とかを持ってくるって事か?」
「基本的にはそうっす。ただ精霊界はそれぞれ隣接してるんで、色々めんどくさいらしいっすよ。例えば火の精霊界と水の精霊界の挟間は蒸気が立ち込めているとか、水の精霊界と地の精霊界の挟間は泥沼になってるとか。
しかも日々領域が変動してるらしいっす。その辺の勘所は個人の感覚なんで、教えたりする事が出来ないそうっす。コウエイ様はパイノワールさんに何度も教えてもらおうとしてたっすけど、最後まで無理でしたね。
なんか、パイノワールさんは、ビーッと領域を選んで、ガーッと通路を開いて、
ガツッと持ってくるとか言ってたっす」
....個人の感覚的な話なら、そうなっちゃうんだろうな。
「じゃあ精霊界魔法を使えるのは、エルフとドワーフの一部だけって事か?」
「他の種族でもごく少数っすが使える人はいたっすね。それとカダス聖教会が人族でも使える仕組みを作ったっす。
前に話した、れべるあっぷの事っす。れべるあっぷすると限定的に精霊界魔法を使えるようになるみたいっすよ。
ただ効果は一律でパイノワールさんみたいに色々調整は出来ないみたいっす。
それに使う時に詠唱してたっすね」
またカダス聖教会か、レベルアップシステムの詳細が気になる。俺には精霊界魔法の習得は難しそうだな。
ビーッと選んでガーッと開いてガツッと持ってくる感覚は、きっと理解出来ないだろう。
翌日から、基本魔法の練習を始めた。まず鍋に水を汲んで温度変化を行い沸騰させる練習。気化させる練習をした。
沸騰出来れば、煮炊きが楽になる。気化が出来れば塩作りが出来る。海水を沸騰させて煮詰めてもいいんだが、結構バチバチ爆ぜて熱いんだよね。水分を気化させて結晶化した方がいい塩が作れるんじゃないかと考えたのだ。
それと濡れた布を乾燥させる練習もした。保存食作りに必要になるだろう。
2日目に沸騰、気化、乾燥は出来るようになった。
1リットルの水を沸騰は30秒、気化は1分位で出来る様になった。
濡れた布を20秒位でぱりぱり状態に乾燥できるようになった。
3日目からは温度変化で水の凍結練習を行った。物置にクーラーボックスがあったからだ。ただこれは難しかった。
0度以下を長時間キープするのに魔力を結構持っていかれる。
5日めにやっと1リットルの水を10分程で凍結できる様になった。
着火はメタルマッチがあるから後でいいや。抽出は難易度高そうなので後回しにする。ただ、これが出来れば塩作りがもっと楽になりそうだ。いずれ練習するとして今は海を目指そう!