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第4話 『物見の儀』 上


「こっちの修道服のたおやかなお姉さんは『黒曜石の聖女』。

 こっちの白いドレスのツンツンしたお姉さんは『真珠の巫女』。

 二人とも異世界からやってきたんだ」


 俺は黒耀と白珠を手のひらで指し示して、みかげへ正式に紹介した。


「パパに告げ口してくる」


 みかげはそう宣言して回れ右をする。


「待て、待つんだみかげ」


 呼びかけを無視してずんずんと進んでいくみかげを、俺はランドセルをつかんで強引に引き留めた。


「ぎゅ」


 みかげは肺を絞ったような変な声を出す。そして憎しみの込められた視線を向けてくる。


「……ランドセルつかむのやめてって、前にも言った」


「ああ、すまん、でもなみかげ」


「みかげ、ランドセルって大嫌いなの。幼さのシンボルみたいで。だから、それをいじられるのもすごくイヤ」


 口をとがらせてそっぽを向くみかげ。この子は今でこそ俺に対して堂々とものを言えるようになったが、昔からそうだったわけではない。不満があると黙り込んで目を合わせてくれなくなる、地蔵のような子供だった。


 今のみかげからは、以前と同じような頑なさを感じた。

 事態が悪化する前に俺は頭を下げる。


「悪かった。謝る」

「……じゃあ、本当のこと言って」


 堂々巡りだ。

『本当のこと』が冗談としか思えないような出来事だったときは、いったいどう説明すればいいのだろうか。


 上手い言葉が見つからずに黙り込んでいる俺を、さすがにおかしいと思ったのか、みかげは少しだけ歩み寄ってくる。


「……お兄さんは、それを信じてるの」

「ああ」

「異世界とか、あっさり信じるなんて変だよ。なろう系の読みすぎじゃないの」

「おかしな言葉を覚えるんじゃない。庭先の白黒ほこらを見てないのか」

「何それ」


 みかげは首をかしげる。しらばっくれている様子はない。


「あの、アサギリ様」


 俺たちのやり取りを後ろで聞いていた黒耀が、おずおずと声をかけてくる。


「今、あのほこらには魔法がかけられています。そこにあるのに気づかれないよう、認識を逸らす性質があるのです」


「そりゃまたファンタジーじみてるが、俺にはちゃんと見えたぞ」

「ちょうど、わたしがほこらから出てくるタイミングだったからでしょう」


 黒耀の言葉を聞いて、俺は『隠れみのの術』を思い浮かべた。忍者が背景と同じ模様の布をかぶって姿を隠すやつだ。あれは身動きしないからこそ効果があるのであって、動けば存在がすぐにばれてしまう。認識を逸らす魔法とは、そういう性質のものなのだろう。


 俺は聖女と巫女に向き直った。


「ちょっとその魔法、解いてくれないか」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 庭に出ると、白黒ほこらは相変わらずそこに鎮座していた。これに気づかないなんてありえないだろうというレベルの存在感だ。しかし、みかげはきょとんと首をかしげている。依然として彼女の目にはほこらが見えていないようだ。


「それでは」

「仕方ないわね」


 黒耀と白珠が、同時にネックレスを両手で包んで祈りを捧げる。すると、


「――わっ!」


 みかげの身体がその場でぴょんと跳ねて、そのまま尻もちをついた。

 今、この瞬間、みかげの目にも白黒ほこらが見えるようになったらしい。


「な?」見下ろしながら問いかける。


「……こんなの」みかげは尻もちの醜態に気づいて慌てて立ち上がる。「たしかにちょっとびっくりしたけど、単なるおっきな石じゃない」


「でも、いきなり現れたんだぞ?」

「ただのイリュージョンじゃない」

「おいおい、イリュージョニストだって苦労してるんだぞ」

「お兄さんにイリュージョニストの何がわかるって言うの」

「……あなたたちが何を言い合ってるのかさっぱりわからないんだけど」


 白珠が口をはさんでくる。


「あの、もしかして、まだミカゲ様はご納得いただけていないのでしょうか」


 黒耀も恐るおそる問いかけてくる。


「そうだな。このままだと、二人は警察に連行されるかもしれない」

「警察?」

「こちらの世界の治安維持組織だ」

「このあたしを不穏分子扱いするの? 後ろ暗いことなど何もないのに」

「でも身元不明者だしなぁ……」

「失礼ね、あたしは誉れ高きは――」

「は?」

「……なんでもないわ」


 白珠は押し黙った。おおかた自分の家名を名乗りかけたんだろう。そういえば、本当の名前は神にささげたと言っていたが、それはあくまで形式的なものらしい。


 俺は黒耀に声をかける。


「もうひと声、何か、こう、わかりやすい魔法ってないのか?」


 こましゃっくれた小学生を一発で黙らせるような、インパクトの強いやつは。黒耀はしばらく黙考していたが、やがて、わかりました、とうなずいた。


「『物見の儀』に同行してください」


「はぁ? あなた何言ってるの!? あれは余人が立ち入ることの許されない、神聖な儀式なのよ。部外者に見せていいものじゃないでしょ」


 白珠が食ってかかる。『物見の儀』とやらはそんなに重大な儀式なのだろうか。


「ですが、このままではその神聖な儀式を実行できなくなるかもしれません」


「それは……、……確かに、そうね、そうなったら問題だわ」


 白珠もしぶしぶながらうなずいた。


 だけどたぶん黒耀が急いでいるのは、みかげの問題を片付けないと晩飯にありつけないからではないか。腹を押さえているのがその根拠だ。


 ともあれ、俺は初めてほこらの内部に足を踏み入れることになった。


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