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第3話 聖女と巫女と小学生


「何よこのみすぼらしいベッドは!?」


 朝。

 隣の部屋から聞こえてくる、失礼なお嬢さまの叫びで目が覚めた。


「それに部屋も狭いったらないわ! クラリッサ、クラリッサはいないの!? 主人の服も脱がさずにベッドに転がすなんて、不心得な使用人ね! だいたいあの子はいつも――」


 まぶたをこすりながら身体を起こす。けっきょく昨夜は制服のまま寝てしまったらしい。というか誰だよクラリッサって。


 寝ぼけた頭が朝の冷たい空気によってすっきりするのを感じつつ、どうにか布団から出て立ち上がる。白珠の不平不満はまだ続いているが、それに重なって、階段を上がる足音が響いてきた。次いで、となりの部屋の戸が開く音。


「朝から騒々しいですよ、『真珠の巫女』さん」

「どうして『黒曜石の聖女(あんた)』が……、……ああ、そうだったわ。忌々しい」

「そんな暗い顔をしないでください。先ほどまで威勢よく鳴いていたじゃないですか。まるで盛りのついたニワトリのように」

「――んな、なんですってぇ……?」


 ぐっすり眠って二人とも元気になったのか、朝イチで激しい衝突を繰り広げている。勘弁してくれ。代理戦争こぜりあいを止めるべく、俺は急いで部屋を出た。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 今日は学校を休むことにした。俺は物事に動じないことには定評があるが、一触即発の二人を放置したまま家を空けられるほど豪胆ではない。


 朝食はごくシンプルに、ベーコンエッグと簡単なサラダ、そしてトーストである。料理はあまり得意ではないが、人間、必要に迫られると、ある程度のことはできるようになるものだ。


 簡素な朝食を前にした二人の反応は面白かった。


 黒耀は一人にひとつ卵が与えられたことに喜び、食事前の祈りとは別に両手を組んで祈りを捧げていた。

 白珠はトーストのやわらかさに早くも余裕の表情がくずれ、ベーコンエッグに少量かかったコショウに気づくと、「嘘でしょ……」と唇をふるわせていた。


 昨日の二人の言動から、なんとなく予想はついていたが、彼女たちの故郷である異世界とやらは、中世ヨーロッパくらいの社会水準なのだろう。


「そっちの世界で、やたらと知識をひけらかして調子に乗っているよそ者はいなかったか? チートとかスキルとかSSSクラスとかいうのが口癖の」

「アサギリはときどきわけのわからないことを言うわね」

「まさか、お知り合いがわたしたちの世界へ?」

「いや、そういう話じゃないんだ、気にしないでくれ。本当に」


 あいまいに返事をにごすと、二人は顔を見合わせたが、またすぐに弾かれたように顔を背ける。

 

 朝からこの調子では一日が思いやられるなとどんよりした気分だったが、そのあとの時間は意外にも平穏に流れていった。二人が『黒曜石の聖女』と『真珠の巫女』の勤めを果たすために、ほこらに籠もってしまったからだ。


 神の眼を借りて世界を見渡す儀式――とかなんとか言っていたが、そのあたりの事情はよくわからないし、あまり興味もない。


 重要なのは、いちど入ると数時間は出てこないというところだ。それはとても気の休まる時間だった。小さな子供が学校に行っているあいだの専業主婦はこういう気分なのかもしれない。


 昼ごろになると、二人そろってほこらから出てきた。休憩タイムらしい。疲労感のある雰囲気を漂わせていた聖女と巫女だが、スーパーで買ってきた弁当を出してやると、おいしそうにそれを平らげ、少し休んだあと、またほこらへ入っていった。神秘的な肩書きのわりに、サラリーマンのごとく時間に縛られている聖女と巫女である。


 面倒を見るべき相手の行動パターンが一定なのは、こちらとしても気楽でいい。しかし、露骨に食費がかさむ生活だ。単純計算でもエンゲル係数は三倍――いや、黒耀の食べっぷりを見るに、下手をするともっと上かもしれない。


 だからといって、食費を異世界あちらに請求することもできない。節約のためにも料理を覚えるしかないのか。それともあの二人をアルバイトにでも出すか。いやだめだ、それはリスクが大きすぎる。そもそも身元の保証ができない。そんな庶民的な問題に頭を悩ませていると、インターホンがのん気な音を鳴らした。


「お兄さん、なんでこんな時間に家にいるの。サボり?」


 玄関先には赤いランドセルを背負った学童がいた。

 久礼林くればやしみかげ。小学六年生。

 俺にとっては、父さんの友人の娘、という関係にあたる。


「いや、ちょっと用事があってな」

「ふーん……。台所、借りるね」


 みかげはスーパーの袋をかかげつつ、専用のスリッパにはき替えて廊下を進んでいく。彼女は俺の乱れ切った食生活を心配して、ときどき料理を作りに来てくれるのだ。異世界少女たちの話をどう切り出したものかと考えながら、揺れるランドセルを追った。


 台所をきょろきょろと見まわしたあと、みかげはゆっくりとこちらを振り返る。歯車がいくつか壊れたからくり人形のような、ぎこちない動きだった。


「お兄さん。家の中に、誰か、いるの?」


 真顔で見上げてくる。


「……いや?」


 反射的にはぐらかしてしまう。しかし、みかげは口をへの字にしてこちらを見つめたまま、


「四人……、ううん、三人ぶん、食事をした形跡がある」

「どうしてそう思うんだ」

「形跡があるわ」


 みかげは視線で自白を強要する。

 俺はすぐに折れた。


「落ち着いて聞いてほしい、みかげ。俺がこれからする話は、ちょっと信じがたい内容かもしれない、だけどな、嘘をついてるわけでも、誤魔化そうとしているわけでもないんだ」


「はやく本題を言って」


 みかげはランドセルをゆすりながら言う。かなりおかんむり(・・・・・)のようだ。


「実は昨日――」


 俺の釈明をさえぎるように、ガラリ、と玄関の戸が開く音がした。


「ああ疲れたわ、ねえアサギリ、あたし甘いものが飲みたいの。あの黒くてシュワシュワした飲み物があったでしょう? コーラとかいったかしら、あれを所望するわ。あと、お菓子も食べたい。サクサクして塩味の利いた芋の揚げ物――そう、ポティトチップス、あれもお願い」


 強欲を隠そうともしない、むしろ積極的にアピールしてくる『真珠の巫女』が、我が物顔で台所に入ってきた。


「……なによ、いるんじゃない。あたしが呼んでるんだから返事くらい――あら? かわいいお嬢さんね。始めまして、あたしは『真珠の巫女』。今は白珠と名乗っているわ、不本意だけどね。あなたは――」


 白珠が手を差し出すが、みかげはそれを無視して、すばやく俺の背後に隠れた。この子は軽い人見知りなのだ。もちろん白珠の物言いが高圧的なのも原因のひとつだろうが。


 行く当てのなくなった手を、白珠はむすっとしながら引っ込める。口数の多い白珠が何も言わなかったのは、明らかに年下の女の子に文句を言うのは大人げない、という理性が働いたからだろう。ちゃんと黙れることに感心する。


「お兄さん、あの悪役れいじょうみたいな女はなんなの」


 みかげが小声で聞いてくる。いや、あいつあれでも肩書きは巫女なんだぜ。

 ともあれ、説明を再開するチャンスだ。


「実は昨日――」


 俺の釈明をさえぎるように、ガラリ、と台所の窓が開く音がした。


「あっ、アサギリ様、催促するわけではないのですが……、お夕飯はいつ頃できあがるのでしょうか……?」


 声色はつつましいが発言内容は食欲まみれの『黒曜石の聖女』が、窓から顔をのぞかせている。


「はんっ、明らかに催促してるじゃないの。食い意地だけは一人前ね」


 さっそく白珠が茶々を入れる。


「――いたのですか、『真珠の巫女』。あなたこそ空腹に耐えかねて大急ぎでキッチンへやってきたのでは――あら? アサギリ様、そちらの女の子は?」


 みかげに気づいた黒耀が笑いかける。しかし、みかげはまたしても俺の後ろに隠れて、聖女の慈愛の視線から逃れた。子供にすげない反応をされたショックからか、黒耀は悲しそうに眉をひそめる。


「お兄さん、あのシスターみたいな女の人はなんなの」

「話せば長くなるが」

「……コスプレをした女の人を家に呼んで、いやらしいサービスをていきょうする仕事があるって聞いたことがある」


 みかげはマセたことを言いながら、冷たい視線で俺を見上げてくる。

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