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第1話 来訪者、異世界より 上


 学校から帰ると、庭先に奇妙な物体が出現していた。


 それは物体というよりも建造物という言葉の方がしっくりくるサイズで、具体的には、10トントラックの荷台ほどもある、乳白色の石造りのほこらだった。


 朝、家を出たときにはこんなものはなかった。

 異変はそれだけにとどまらない。


 ほこらの中から人間が出てきた。黒ずくめのゆったりした服を着た、教会のシスターのような格好の女性だった。髪の色も、瞳の色も黒い。


「――ここは、どこですか?」


 俺に向けてそんなことを聞いてくる。まるで不時着したUFOから現れた異星人みたいに。あるいは記憶を失って海岸に打ち上げられた人みたいに。


「なんの冗談だよ……」

「いいえ、冗談ではありません。わたしは――」


 黒ずくめの女性は生真面目な口調で応じていたが、その途中で言葉を切った。


「――何よ! なんなのよここは!?」


 ほこらの反対からもまた、現状にとまどう悲鳴のような声が聞こえたからだ。


「おいおい、このオブジェ、ひとり乗り(・・・・・)じゃないのかよ」


 俺は声のした方へ走った。


 ほこらの反対側は漆黒の石で組まれていた。真ん中を境にして、白と黒のモノクロームになっている。


 そちらにいた女性もまた真逆。シスターとは正反対の、乳白色のドレスをまとっていた。金髪碧眼、肌の色は透き通るような白、西洋人形のような小柄な女の子。


 彼女は俺の姿を目にとめると、矢継ぎ早に語りかけてくる。


「ちょっとあなた、ここはどこなの? 聖域の『物見のほこら』にいたはずなのに、いつの間にか、外がおかしな景色に変わってしまって、あたし、とても戸惑っているの。説明してちょうだい。あなたは何者? 服装からして軍人かしら。その割には抜けた顔をしているけれど」


 口数の多さと悪さに、しばし絶句してしまう。


「……とまどってるのはこっちの方だ。人んちの庭にこんな古代遺跡みたいなものをねじ込みやがって、お前らの仕業じゃないのか」


「お前()……? まさか」ドレスの少女が身体をかたむけて、ひょいと俺の背後を見やる。「ああ、やっぱり。聖王国の聖女。あれも一緒だなんて。どうしようもないことではあるけれど、忌々しいわ、本当に」


 俺のあとを追ってきた修道服の女性は、ドレスの少女の姿を認めると、その場に立ち止まって、わずかに顔をしかめた。


「帝国の巫女……、やはり、あなたも」


 黒づくめの女性と白いドレスの少女は、向かい合い、睨み合っている。

 間にいる俺のことなどお構いなしに。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 そういえば、帰ってきている途中で、家の方向から雷が落ちるような大きな音を聞いたかもしれない。それが例の白黒ほこらが現れた音だったのだろうか。


 ともあれ、二人を家へ上げることにした。


 庭先に現代アートめいたオブジェが出現しただけでも目立って仕方ないのに、そこから女の言い争う声が聞こえていたら、ご近所に何を言われるかわかったものではない。いや、わかる。若さにかまけて女を連れ込んでよろしくやっている、浅霧の子は素行不良だ、などと噂されるに違いない。


 応接室へ案内し、テーブルセットを3人で囲んだ。

 可能な限り距離を取りたいのか、白いドレスの少女は上座に、黒衣の女性は下座に腰かけた。先ほどのやり取りからわかってはいたが、両者はどうやら険悪な関係らしい。


「わたしは『黒曜石の聖女』です」


 黒衣の女性が言った。


「あたしは『真珠の巫女』よ」


 白いドレスの少女が言った。


「……なんだその二つ名みたいなのは。本名があるだろう」


「生来の名は神に捧げました」


「同じく。だからもう名乗れない。今のあたしは『真珠の巫女』なの。神の眼となり世界を見聞する、たいへん栄誉な役目よ」


 白いドレスの少女は、つつましい胸元に手を当てて自慢げに語る。もちろん俺にはその栄誉の度合いなどさっぱりわからない。ただ、あちらの世界にはそういう儀式があるのだと察せられるだけだ。


「じゃあこちらで勝手に呼ばせてもらう。あなたは黒耀、お前は白珠だな」


『黒曜石の聖女』と『真珠の巫女』と交互に目を合わせて、その場で思いついたシンプルな名前で呼んだ。


「え? あの……」


「ちょっと、何を勝手に決めているの、失礼じゃない。どうせ平民でしょあなた、あたしのような――」


「俺は浅霧あさぎり朝陽あさひだ」


 そう言って白珠の言葉をさえぎり、物静かで話の分かりそうな黒耀の方を向いて続ける。


「頼む、説明してほしい。あなたたちはどこから来たのか、何をしに来たのか。いつ帰るのか。帰るとき、あの白黒ほこらはきちんと撤収してくれるのか」


 こちらの問いかけに、黒耀と白珠は顔を見合わせた。その反応だけで嫌な予感がした。何から話せばいいのか、どころではなく、何を話せばいいのか、というレベルの困惑の表情に見えた。


「……ここへ来たのはトラブルのせいです」


 見た目どおり冷静に、言葉を選ぶようにゆっくりと、黒耀は話を始めた。


 その話を総合すると、こうだ。


 黒耀と白珠の二人は、神に祈りを捧げて世界を見守るという、特別な役目を持っている、文字どおり巫女のような存在らしい。そして、そのつとめは外にある祭壇――あの白と黒のほこらで行われるのだそうだ。


 トラブルは、祈りを捧げているさなかに起こった。ほこらが何者かに襲撃を受けたのだ。二人は中にこもって難を逃れたが、轟音や怒声はしばらく続いた。やがて静かになった頃合いを見計らって外に出ると、ここ――浅霧家の庭先だったと、そういうことらしい。


 話を終えると、黒耀は白珠を静かに見つめた。

 白珠もまた黒耀をにらみつけている。


「なんで二人はそんなに険悪なんだ。同じ仕事の仲間みたいなものじゃないのか」


「仲間? 言うに事欠いて仲間ですって? こいつは敵よ。だって敵国の人間なんだから」


 ずっと黙っていた白珠が、坂を転げる石のように勢いづいてしゃべりだした。


「敵ってなんだ」


 俺は黒耀に説明を求めるが、答えたのはおしゃべりな白珠だった。


「我がヒュパティア帝国と、そちらのカタリナ聖王国は、長い間――そう、あたしのおばあさまが生まれるよりも前からずっと、戦争を続けているの」


「……そんな二人がどうして同じ場所にいたんだ。板門店かよ」


「アサギリが何を言っているのかわからないけど、このほこらは特別な場所なの。神様はかつて二つの国に『瞳』をお与えくださった。『瞳』を通じて世界を見渡し、互いに手を取り合うようにと」


『瞳』というのは何かの比喩表現だろう。

 聖女と巫女、あるいは白黒ほこら。それらすべてのことかもしれない。


「神の慈悲を裏切った邪悪な帝国が、どの口で言いますか。虚言だけは一人前ですね」

「はあ? 裏切ったのはそちらでしょう。この戦争だって――」


 聖女と巫女は言い争いを始めた。


 先に手を出したのはそちらでしょう、いやそっちだと、不毛な責任の押し付け合いである。白珠の祖母が生まれるよりも前からずっと。そんな昔に始まった戦争の発端を、これだと断言できる者は誰もいないだろうに。


 俺は薄く目を閉じた。


 カタリナとヒュパティア。そんな名前の国は今現在、地球上にはない。二人の言葉が事実なら、彼女たちはいわゆる異世界からやってきたことになる。異世界ではなく異星かもしれないが、とにかく、人類の観測の及ばない、遠い遠い世界からやってきたのだ。


 面倒なことになった。ため息をついて目を開き、立ち上がる。ガタン、とわざと椅子を動かして大きな音を立てた。


 聖女と巫女は口論を止めて、こちらを見上げる。


「あのほこらと一緒にここへ来たんだろう。逆はできないのか」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺の提案は、まったくの的外れというわけでもなかった。

 異世界には戻れなかったものの、連絡を取ることには成功したらしい。ほこらから出てきた二人は、いくらか落ち着きを取り戻していた。お互いを視界に入れようとせず、存在しないかのような振る舞いなのは相変わらずだったが。


 静かになったのはいい。

 しかし、


「――で、向こうの人はなんと言っていたんだ」


「古文書を調べたり、高位の術師を招集したりして、帰還できる方法を探ってくれているようです。何かわかるまで、しばらくこちらで待っているようにと」


こちら(・・・)?」


「歓喜なさいアサギリアサヒ。このあたし、『真珠の巫女』の逗留先として、小ぢんまりとしたあなたの家を使ってあげるわ」


 白珠がつつましい胸を尊大に張った。

 俺はそれに応じず、まともな説明を求めて黒耀に視線を送る。


「アサギリ様、お願いします。ほかに行くところがないのです」


 黒耀は両手をそろえて深々と頭を下げた。


 しばらく周囲を見回してみたものの、誰かが『ドッキリでした』のプラカードを持って出てくる様子はない。


 俺は無言で天を仰ぐ。

 夕空には星がまたたき始めていた。

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