35 見下ろした山脈の向こう
俺はヘクターの隣に座ると驚いた顔をしてこちらを見てくるがそこまで驚かなくてもいいと思う
『みんな寝ちゃった?』
『いや、まだ起きている奴もいるが寝るだろうな』
『オイラもそれが良いと思う、寝れる時に無駄に起きてないで寝た方がもしもの時に頭が働くからさ』
彼の言う通りだな
ナッツは眠そうな顔をしていたし既に寝たのかもしれないがバニアルド達率いるタイガーランペイジは夜食後のちょっとした時間だけ皆と会話を交えた後に寝ていた
ヘクターはまだ俺に慣れていない様な感じがする、まだそれなりに気にしている様だがそれは自然に直してもらう事にしよう
『本当にラプトル来ないのかな』
『ヘクターはどうだと思う?』
彼は唸り声を上げて考えるが口を開く前に俺達の後方からその答えを口にする者が現れた
『俺ぁこねぇと思うな』
クズリだった、彼は地面には座らず、洞窟の壁に背中を預けたまま立っている
何故そう思うかと聞いても彼の答えは意外と単純だ、城攻めでよくある戦法に近い事をラプトルはしているからだ
『ガチ防衛の城の神経を削るのは容易いからな、夜中に大きな音立ててればいいんだよ、城に篭る奴ぁ大半が眠れなくなるぜ?』
『ってことは外のラプトルは予想よりも多いって事だね』
『正解だ羊野郎、声で圧力かけるだけなら2頭だけで良いだろうな、他はきっと寝てやがる・・・ゾロアはそうだろうと思って逆にこっちも寝る事を指示したんだと思うがな』
変わったやり返しだ、しかしできるだけ体は休ませないと明日に響く
ヘクターは干し肉を全て食べると寝転がり、背伸びをしてから大の字になる
彼がそうしている際にも外の方からはラプトルの鳴き声は聞こえるがいつもより太めの鳴き方でなんだかおちょくられているようで釈然としない
『うるせぇぞ肉野郎』
『クズリ、スジ肉みたいで不味いってヘクターが言ってたぞ』
『そうだったな、食えねぇ恐竜に興味はねぇよ』
『それでお前は寝ないのか?』
『俺ぁ戦争中の意識で来てるんだ、3時間寝れりゃいいから今からそんくらい寝てすぐ起きるぜ』
彼はニヤニヤとそう告げながら俺達に背を向けると洞窟の奥に歩いていってしまう
ヘクターは今にも眠りそうな表情だがもし寝たとしても何かが近づけばこいつはきっと起きる
元最強が暢気に隙なんて見せない筈だ・・・多分
『頼んだぞヘクター』
俺は無駄な話をすることなく、彼に背を向けて洞窟の奥に戻ろうとすると彼から核心に迫る言葉を口にしたのだ
『なんで来たのか聞かないの?』
彼から言われるとは思いもよらなかったよ、振り返る俺は少し驚いてしまうが仰向けからうつ伏せでこちらを見ているヘクターには難しく言う必要は無いと思い、正直に答えたよ
『どんな理由を聞いたとしても俺達は強力な助っ人であるお前が来てくれて正直安心してるし嬉しいと思ってる、警備頼むぞ』
少し呆気にとられた顔をしているのがわかるが俺はそのまま彼に背を向けて奥に戻る
曲がり角を曲がると分かれ道があるがその手前で暖を取っていたので、まだ赤い魔石が熱を出して発光を続けている、灯りにもなるとか便利だなこれ
『俺はここで寝る』
近くの壁に背中を預けて座るクズリだが彼は目を閉じたまま、俺にそう話す
返事をしないまま奥に視線を向ける
左側は女性、右側は男性が横になって寝ているらしいが何故男性陣の寝床にゾロアがいないのだろう
バニアルド、モリス、カール、ナッツ、グスタフ、タツタカ、はスヤスヤ寝ているがコルヴェール
とマルスはまだ起きていたようでありなにやら壁に掛けているランタンの灯りの下でアユを食べているのだが小腹でも空いていたのだろう
コルヴェールはマルスと違い、そのまま骨すら一気に頭から徐々に食べているが人よりも口内は頑丈みたいだな
『どうだった』
コルヴェールが口に含んだものを飲み込むとそう告げる
俺は異常なしと答えると彼は一息ついてから残りを口に放り投げて咀嚼する
『豪快だよねコルヴェールさん』
『人の口は弱すぎる、硬い物をちゃんと咀嚼して食べる癖をつけねば強くなれぬぞ』
『そうかもね』
マルスは骨を避けてアユを食べているが塩をかけたくてもこの場にそんなものは無い
塩焼きは美味いという話を彼等3人でしているとコルヴェールもそれには深く同意してくれた
『川釣りは趣味だったのでな釣った後の塩焼きはどこよりも美味く感じるものだ』
『だよね、普段は何を食べていたの?』
『森での狩猟だ、魔王の息子だからと配給される飯など誰が食えるか、自分の飯くらい自分で捕まえてくる』
とんでもない思想だが嫌いじゃない、野性的な答えにマルスはこちらを見て苦笑いをするがぞこでゾロアがどこにいったか聞くと案の定、女性陣の中で寝る事になってしまったというのだ
『ゾロアさん魔物だし警告アラーム役にアルセリアに連れていかれたよ』
『大胆だな、あいつ』
『アルセリアだもん』
まぁそれ以上の理由など存在する筈もない
2人はお腹がそれなりに満たされたことによって直ぐに寝ることになるが俺も彼らに便乗して眠る事にしようか
壁にかけられたランタンの灯りを消してから硬い床に横になるが良い位置が見つけれず、モゾモゾしている
『小石があると痛いよね』
マルスがクスクス言いながら小声で話しかけてくる
人が寝る為の洞窟ではないので床で寝そべるとボコボコしていて意外と疲れそうになる
ようやく良い位置を見つけて大人しくした俺は外から聞こえるラプトルの鳴き声が僅かにここまで聞こえてくることに気付く、静かにすればどんな些細な音でも聞こえるあれみたいな感じだ
おそらくこの声は今寝ようとしているマルスやコルヴェールにも聞こえているのだろう
『声から察するに3頭もおらんな・・・』
『流石だなコルヴェール』
『時期魔王だぞ?このくらい悟れなければ資格すらない』
暗闇の中で彼はきっと自慢げな顔をしている筈だ
俺は見えない苦笑いを浮かべ、一息つくと誰も声を発さなくなる、そろそろ話をするよりも寝た方が良いという事かもしれない
無駄に口を開かず、俺は目を閉じて寝静まったのだが次に目を覚ましたのは深夜2時だった
誰からも起こされる事なく、自然と上体を起こして起きたのだが周りを見ても誰も起きていない
夜目だとランタンの灯り無しでも見えるって言いなこれ
『ん?』
ふとカールがいない、おやおや・・・と思いながら静かに立ち上がってから壁に立てかけたハルバートを握ると熱魔石のある手前の分離点まで歩いていく
クズリがいないが彼とカールの気配はヘクターが監視している場所から感じるので彼らは起きて手伝っているのだろう
予想通り、俺が曲がり角を曲がって入口に視線を向けるとカールとクズリが胡座を掻いた状態で入口を向いて監視をしているが彼らのすぐ後ろでヘクターは大の字で大口を開けて寝ていたのだ
『お?』
『ジャムフィン、トイレか?』
クズリとカールの声だ
俺は意味もなく起きただけだと告げると近く腰を下ろす
ヘクターの鼻から何度も出てくる鼻提燈を見ながら俺は彼らに話しかけた
『たまに理由もなく起きる時無いか?』
『あぁあれか』
『たまにあるな、ということはそれはトイレの前触れかもしれんぞ?』
『多分トイレだろうけども外の様子はどうだ?』
『俺はナッツの親父と2時間前からこうしているがラプトルの鳴き声が一定の間隔で聞こえるくらいだな』
『それならいい、ナッツからくずねた干し肉あるが食うか?』
俺は彼らに言うと2人共口元に笑みを浮かべたまま頷くので俺は懐から干し肉を2つ取り出して彼らに渡した
俺はお腹が空いてないので大丈夫だ、というかもうストックは無い
『今日はみんな恐ろしく寝るのが早いな』
『あったりめぇだ、いつも通りの朝に出発なんざ出来るかわからねぇからな』
『ふむ、最悪朝日が出る前にここを立つ事を考慮しての早めの就寝・・・か』
『戦争と同じさ、いつ何が起きるかわかんねぇ時は寝る事が第一の優先だ、体力が命綱さ』
なんとなくわかる気がする、体無くては何もできないしね
ふと外から阿修羅猪の鳴き声が聞こえるがかなり遠く、それは悲鳴に近い
『今の鳴き声はなんだジャムルフィン』
クズリは干し肉を齧りながら質問をしてくるが俺はそのまま阿修羅猪の火悲鳴だと答える
『阿修羅猪を倒す魔物なんざここにゃゴロゴロいるから別に驚かねぇな』
『そうだな、面倒なのはしつこいラプト『アーー』!?!?!?』
俺はビクンと体を震わせ、目を大きく開いた
聞きたくもない声が聞こえたからである、カールやクズリも俺の様子に一変し、真剣な顔で素早く立ち上がると武器を構えたまま入口を睨みつけた
『声を最小限にしろ、聞こえたか?』
『いや…俺は聞こえねぇ』
『残念だが俺もだジャムルフィン』
2人共聞こえなかったか、しかし距離はまだ遠い
『外は静かだから反響して聞こえてきたのかもしれないが、僅かにウーマ・ブーマの声が聞こえた』
俺の言葉に2人がとても嫌そうな顔をチラリと見せてくる
それにしてもラプトルだけじゃなく、ウーマ・ブーマまでもここまで来たのか、彼らに見つかるのは非常に不味い、叫ばれて仲間を呼べばきっと百なんて直ぐに集め、千に膨れる可能性だってある
俺含め3人は息を殺しながら少しずつ入口に歩いていくが再び俺だけに声が聞こえると俺は立ち止まる、それに合わせて2人も動きを止める
『ジャムルフィン、距離はどうだ』
『予想だが100m前後か』
『勘弁してくれ、ただの散歩でここまで来たことを祈るか』
カールがそう祈る様な言葉を口にするとクズリは溜息を漏らしたのち、言い放つ
『都合よく考えるより最悪な状況の場合どうするか考えとけ、見つかって袋のネズミは勘弁だぜ?』
『それもそうだな、俺は下がって皆を起こすか?』
カールが提案をするとクズリはまだいい、と告げるがそれは意味的に賭けでもあるようだ
しかし中継としてカールは曲がり角付近までさがり、クズリは静かにヘクターを起こした
『…まだ夜ってことは起こした理由、オイラ聞きたくないなぁ』
『悪ぃな羊坊や、俺達の大ファンが外で出待ちしてんだわ』
『クズリ君が対応してください』
ヘクターは口をへの字にして言うがクズリがウーマ・ブーマだと話すとヘクターは嫌そうな顔のまま背伸びをして立ち上がり、腰の小さな剣を触ったまま入口に体を向けた
『ウーマ・ブーマかぁ、そういえばラプトルの鳴き声は』
『しないよヘクター』
『ならラプトルが連れて来ちゃったのかもねぇ、大和内では死信教って名で言われるウーマ・ブーマだけども異常なくらいに音に敏感なんだよね、夜なのに魔物の鳴き声すら聞こえないってなると山脈の外側にある森の生命は夜は無暗に鳴き声を発してはいけないってわかってるのかもねー』
『なるほどな、夜に鳴くとあれが来るからか・・・ってことは2つの意味でラプトルはさっきまで鳴いていたのか』
『だね、まぁでもゾロアさんは頭いいし、それもコミコミで寝る様に言ったんじゃない?』
そう信じよう、数十分俺達は立ったまま外の音に集中したがウーマ・ブーマの独特な声は遠くに行ったり戻ってきたりともどかしい感じだ
できるならば遠くに歩いていってほしいがそうしてくれる様子はない、無駄に意識が高まってしまっていることに気付いた俺は皆に深呼吸する事を提案して2度ほどしてからゾロアに考えに似た事を俺は彼らに話した
『気にせず寝よう、クズリ・・・任せていいか?』
『俺ぁ軍人だ、慣れてる』
『ヘクターは近くで寝ててくれ、非常事態の時はクズリの判断が一番良い』
『じゃオイラはまた寝るね、みんなグンナイ』
『堂々とした案だが明日の為だ、止む負えん』
カールは剣を腰の鞘にしまうと溜息を漏らしてから奥に歩いていく
ヘクターもゴロンと寝転がると大の字で直ぐスヤスヤと鼻から提燈を出し入れして寝静まっている
『まぁ任せろや』
『悪いなクズリ、悪いが寝かせてもらう』
『ここまで支度手伝ってんだ、生きて帰ったら俺の言う事1つ聞けよ』
『それは約束する』
『ならいい、休め』
クズリは似合わない笑みを浮かべる、俺は彼に背を向けて皆が寝る場所に向かうとハルバートを床に置き、寝転がった
次に目覚めたのは5時だ、不思議と眠気も覚めているがどうやら俺が最後に起きた様だ
周りでは皆が今起きたばかりと言わんばかりの面持ちで俺に顔を向けているがグスタフとバニアルドだけはスッキリした顔だ、彼等2人は朝起きるのが得意の様だ
『マジでめっちゃ寝たぜー』
『背中が痛ぇがまぁそんくらいは我慢すっか』
そう口を開く熊2人
30分ほどで支度をしてから女性陣と合流し、洞窟の入り口に歩いていくとヘクターとクズリが俺達を待っていてくれている
寝ている間、やはりウーマ・ブーマの声が聞こえてはいたがそれだけだったとクズリは答える
『あんな面倒なゾンビがここまで来てたんですねぇ』
『流石にあいつに矢を使うのは勿体ないな』
ナッツとアルセリアは口を開いたがアルセリアは矢筒を気にしている、よく見ると本数も50本を切っている
明らかに魔物の数が多すぎたからだが彼女の持つノヴァヴィカは闘気の矢を放つことも可能だがそれを使うと闘気の消費が勿論かかるので後半まであまり使いたくないようだ
『早いが今のうちに山脈を降りた方が良いな』
俺の意見にゾロアも同意し、全員は洞窟を出ると地面が僅かに濡れた道を歩き、山頂を登り始める
魔物の気配は感じず、コルヴェールやゾロアそしてヘクターですら近くに魔物がいないと自信を持って言うのだがやはり魔物は山頂付近には無暗に近づこうとしないことの証明でもあるだろう
その理由はなんなのかはわからないが登ればきっとわかるかもしれない
『寒い!』
ナッツがブルブル震えるが彼よりもアルセリアの方がきっと寒い、動きやすさ重視の為、皆よりも僅かに装備の下の服が薄いのだ
寒くは無いか聞いて見ると答えは意外な形で帰ってくる
『寒いが慣れている、身軽さを重視とするのがエルフだからこういう寒さは我慢に限る』
『根性論』
『そうとも言うな』
モリスの言葉にアルセリアは苦笑いで答えると先頭のゾロアは山頂が見えて来たと告げるが顔色が少し強張っている気がする
『どうしたゾロア』
『人間は暢気だな、何も感じぬか』
『?』
『いや、なんでもないが魔物が近寄りたくない理由は俺だけがわかればいい、ここから先は目の前の光景だけが真実だ』
彼はそう話しながら誰よりも先に頂上に登る
俺はゾロアを追いかけるように仲間を引き連れて追い付くとそこからの絶景は言葉すら出ない
『凄いね』
『うわぁー!高いなぁ!』
『こりゃすげーな』
マルス、ヘクター、バニアルドが驚きを口にした
大和がここからならば全貌が見えるがやはり街といえる大きさを黒い壁が覆い隠している
俺達が通過した軍事施設や過去の商店街跡地なども俺の目でハッキリと見えていた
それよりも驚きの光景は反対側にある
『ただの森ねぇ』
『あれぇ?超科学っていうから遺跡が森の中にあると思ったんだけど…』
ルルカとミミリーが口を開くとナッツとグスタフも森を眺めながら話し始めた
『ただの森か、しかし妙だな』
『気付きましたかグスタフさん、なんか森の様子が可笑しいんですよね、生きてる感じがしないのは』
彼らの言葉を耳に入れながら全員が森を眺めた、山脈は遥か遠くまで延びているが遠くにとびきり大きな山がある、標高が5000メートルはありそうなデカイ山がうっすら霧の中に見える
『ん?』
俺は少しおかしな点に気づき、森全体をジーッと眺めてみたが何かが可笑しい、唸り声を出しながらもその原因を探ろうとしていると後ろでモリスがくしゃみをしているのが聞こえる
『風強いですね、麓もきっと風強いんだろうなぁ』
それだ、俺の違和感は風だ
山脈の直ぐ下の森は山から降りる風で揺れているのがわかるが奥の方はまったく揺れていないのだ、防風林のような高い木々が多い森だが明らかに可笑しい
『まるで絵で書いた空間だな』
俺は囁くとゾロアが隣に歩みより、口を開く
『千里眼スキル持ちのお前は気付いたか』
『ゾロア、あの不気味な森はなんだ』
『行けばわかる』
ゾロアは真剣な顔つきで小さく囁いた
行くしかないだろう、誰もが息を飲み込みながらも降りるだけの道を暫く無言で歩き始める




