60話 地下ダンジョン編 不気味な気配と絶望的な軍団
『パォォォォォォォォォォォ!!』
70階層の主部屋の奥で全長10m以上の大きな鬼パンダが両腕の筋肉を爆発させるかのように大きく見せつけて叫ぶ
その胸部には鬼の顔の様に黒い毛皮が見せている、熊帝と並ぶ接近戦闘を持つAランクの物理攻撃特化の魔物だがその両脇には生命力抜群のトロールが鉄の棍棒を肩に担いでこちらを見て体を揺らす
(変な鳴き声だな)
グスタフの声である
(鳴き声だけがダサいわぁ)
ルルカである
(見た目は迫力がある)
(熊帝の方が圧巻だけどさぁ)
カールとミミリーもそう頭で考えている
タツタカはミミリーを守るようにして後ろに下がるが今回はお休みらしい
魔力が無限としても彼の体力は有限である、雑魚的に先頭を歩かせ過ぎたのでゾロアが今回は休むように言われているからだ
鬼パンダ1体にトロールが2体、話し合いは無いが自然と彼らは誰を相手にするか狙いを定めた
グスタフとルルカのペア
カールとミミリーのペアがトロール2体に歩き出す
するとゾロアは右肩を回して真正面の鬼パンダに歩き始める鬼パンダがファイティングポーズをとったまま警戒にゾロアに走り始めた、それを合図にゾロアの両脇にいたグスタフとルルカのペアそしてカールとミミリーのペアがトロールに向かって走る
筋力はAランクでも上位といっても過言じゃない、しかもその走るスピードは熊帝よりも早い
力は熊帝だがスピード勝負は鬼パンダだ
『パオッ!!』
鋭い右ストレートはゾロアに襲い掛かる
彼はそれをギリギリまで見定めると体を回転させながら横に避ける、直ぐに鬼パンダはそれに反応すると体を半回転させて離れすぎる前に回し蹴りを繰り出した
反応速度は流石の獣、逃がさないと言わんばかりに避けた先から足が飛んでくる
(ほう、なかなか鋭い)
そうは思ってゾロアはその足を右腕の手甲についていた小さな盾で防ぐとその勢いはピタリと止まる
鬼パンダはそのまま足を離すと直ぐに右手で地面を抉り、ゾロアに砂や小石といった自然の投擲をする
使える物は使う、そういった周りの環境を使っての攻撃方法に彼は深くこの魔物に関心を持つ
『パァァァァァ!』
だがその鳴き声だけが残念だと感じながらゾロアは腰の鞘から刀を素早く抜刀するとその自然の投擲を両断し、自身の左右を通過するように道を切り開いた
刀を右手に持ったまま軽く地面を蹴ると鬼パンダの顔付近に近付くがそれでも格闘パンダという異名を持つその鬼パンダは口から普通の強い吐息を吹きかけてバランスを崩そうとするがそのなんちゃってブレスすらも彼は刀で斬る
刀を振った事によって軽い真空波が起きると鬼パンダの顔面の皮が斜めに薄く斬れる
近付く事危険と獣の本能が理解するとゾロアから顔を離しながらも死角からアッパーを放つ
1つ1つの動きが素早い、ゾロアはそのアッパーに刀を突き刺すがそれでも鬼パンダは腕に力を入れて刀を抜かせまいとしながらも反対の左手を握り、左拳に乗った状態のゾロアを殴ろうとした
だがその腕が彼に届く事は無く、一瞬にして刀を左拳から抜いた彼は右腕を切断したのである
一連の動きが全く見えず、ただただ地面に落ちる自分の腕を見た鬼パンダは左腕に視線を向けると同時にその手も地面に落ちていく
両腕から血が噴き出すと流石の鬼パンダも自慢のパンチが出来ない、そして重傷に近い状態
『パオオオオオ!パオオオオオオオ!』
『五月蠅いぞ厚化粧熊め』
両手を見つめて叫ぶ鬼パンダは直ぐに大人しくなる、一瞬で間合いを詰めたゾロアが奴の首を跳ね飛ばしたのだ
ドサリと首が地面に落ちると鬼パンダの体も後方に大きな音をたてて倒れる
終わると刀を鞘にしまい、鎧に隠れるケサラ・パサラに一声だけ口を開いた
『どうだサラ?強いだろう』
『そんなの昔からでしょ~?』
ゾロアはトロールはどうなっただろうと辺りをみるがどうやら既に首を跳ね飛ばして決着がついている様だが殆どタイミングは同じようでもある
カールが我が物顔で剣に着いた血を振って落とすと腰の鞘にしまいこんだ
グスタフのルルカは少し早めに倒したようでありゾロアに顔を向けて少しの間の見学をしていたようだ
『本当に強い人ばかりねぇタツタカ』
タツタカの後ろに隠れていたエイミーが口を開くとタツタカも同じことを口にする
『本当に強いですよ、先駆者たちですから』
『そうねぇ、それにしても外の世界って生で見ると気持ちいいわ~空気も美味しいし』
『出所したヤクザですか?』
『なぁにそれ?』
『何でもないよ』
『も~』
そういった会話をしたのちに一同は奥に進む70階層突破、71階層~78階層はこれまた道が単純で会った為に魔物を避けるのが困難な構造であった、逆に魔物のランクが強くなった階層では体力が心配になる
無駄な戦いを避けて行きたくても避けれる道が少ないからだ
しかもここの階層の魔物は魔物ランクBとB+しか出現しないが殆どが閻魔蠍、阿修羅猪といったランクB+の魔物であり、時たまゴブリンキングがゴブリン10体ほど引き連れて現れる程度であった
他には盾オークというこの地方でしか見られない特別な魔物もいる
普通のオークの様な容姿なのだが両腕に半分に切った様な大きな盾を両手で持っており、かなり筋肉質なオークだ
しかもその盾を合わせるとファイアバレットを放ってくると言う術を使う魔物であるため一同は大きく驚いた時もある
防御で両手の盾を合わせるがそれと同時に攻撃もできるという何とも卑怯なガード攻撃方法
半分進んだ頃合いで小休憩をして再び進むと80階層の主部屋に辿り着いた、まだ時刻は昼過ぎである
『仮眠するならば1時間休むがどうする?』
ゾロアが気を使った事を口にすると皆頷いて少しばかり安全地帯で昼寝をする
少しだけ寝ると言う行為は大変効果的であり、時間に起きた彼らはスッキリとタイブ疲労が回復した気持ちとなる
それだけだと駄目だと言わんばかりにエイミーが全員にキュアボディーという疲労回復の術を順番に唱えると全員体が一段と軽くなってきたのである
『すげぇなこれ』
グスタフが腕を回しながらエイミーを称賛すると彼女は腕を組んで鼻を高くする
そうして80階層の主部屋に入ると一同は引き攣った笑みを浮かばせた
とても広い訓練場の様な空間なのは同じだ、その内部を照らすのは周りの松明であるがそれも同じだ
だがしかし見慣れないコンビの魔物がそこにいたのだ
『パオオオオオオオオオオオ!!!』
『フシュラァァァァァァァァァァァ!』
先ほど戦った気がしなくもない鬼パンダと頭部の赤いトサカが背中の下まで伸びている黒い大熊である熊帝である
全長15mというデカいサイズで登場したAランクの最悪コンビが目の前に現れたのである
普通こんなコンビを目の前にしたらどんな屈強な冒険者でも逃げると言う選択肢しか選ばない
普通の冒険者チームでここにきたとしても絶対こいつらを突破する気力と体力は無い
『笑いたくなるな、グスタフよ』
カールがこっちの熊に顔を向けて苦笑いを見せるとグスタフも答える
『もう笑ってんじゃねぇかよカール』
鬼パンダと熊帝、超最悪コンビである
今迄はだ
後ろの扉が閉まると同時に奥にいた最悪なコンビは颯爽と襲ってきた
『タツタカはエイミーと下がれ!熊帝はお前らに任せたぞ!』
ゾロアはそう叫ぶと腰の刀を触りながら一気に加速して鬼パンダに突進すると後方に大きく吹き飛ばした
乱戦を防ぐために彼は奥で戦うことにしたのだ、ありがたいと心に感謝を込めたグスタフ達は標的を熊帝に絞る
大きな巨躯は4足歩行で獣の様に駆けてくると先頭にいたグスタフ目がけて襲い掛かると彼はグラビデルを直ぐに放って動きを止めようとしたがなんと減速するだけで制止する事は無かった
少し予想外な展開に一瞬だけ驚いたグスタフはその空間内を抜けられる前に右手に闘気を込めて鬼無双を頭部に全力で放った
彼の闘気は右腕に纏わりつくと鬼の様な腕に変化して一際大きくなる、その腕で殴るとようやくピタリと止まるがダメージは全くない
止まっただけであり牙を剥き出しにしているが再び動きだろうとする際に両足で立ち上がる事を予測していたカールはミミリーと共に両足のアキレス腱を深く斬りつけながら素早く通過した
『グルァァァ!?』
体重を支える大事な腱を斬られた熊帝は後方にドスンと大きな音を立てて倒れるが上手く行き過ぎて少し不気味にカールは感じた
普段はそれなりに手こずる相手だが何故かこんなにもスムーズにAランク最強の行動を素早く制御出来た事が何なのか振り返りながらも考えるが直ぐにわかる事である
『ヘルファイア!』
ルルカの右腕から熱光線が放たれるとそれは上体を起こした熊帝の肩部に命中して容易く貫いた
カールは思ったのだ、当たり前だ・・・今ここに居るのは誰かを考えればいかにサイズが大きい熊帝でも手の打ちどころのないほどの相手が揃っているからだと
肩部を貫かれて怒りを叫びに変えた熊帝の口からあまりの大きな声に真空波が発生し、グスタフは吹き飛びそうなルルカを掴んでその場所で踏ん張る
『駄目だよ~!!』
ミミリーが熊帝の背後から回転してその頭部を何度も連続で切り刻むと腕が伸びてくる前に頭部を蹴ってその場から離れる
頭部を手酷く斬られたことに対して叫びを止めた熊帝は後ろに振り向こうとしたがそんな暇があるわけはない
足を引きずるようにして振り向いた瞬間、熊帝の頭部に何かが深く突き刺さる
それはグスタフの大剣であり、それは大剣の刃が全て隠れるくらいに深く刺さったのだ
そしてそんな彼の体は赤く発光していることからルルカのパワーアップの術の恩恵によって一時的に筋力向上をしていたのだ
『サンキューなルルカ』
そう言いながら更に大剣を押し込んでいくと熊帝は流石に脳を破壊されては戦闘する事は出来ない
変な鳴き声を上げながらそのまま横になるかのようにどさりと倒れるが倒れる前にグスタフは大剣を抜いて後ろに飛び退いた
カールが倒れた敵を警戒しながら外回しをしてミミリーとグスタフに近付く
どう考えても戦闘は続行できない、体を酷く痙攣させる熊帝は確かにAランクの代表的な暴君だがこの面子を相手に戦うのは苦労するだろう、しかも彼らは時間をかけて体力を減らすよりも一気に勝負を仕掛けている
今迄の先頭ではない、殆どが天位職という選りすぐりであることが熊帝の運の悪さである
本当は強いのだ
『強いですねぇ皆さん』
エイミーと後ろに下がっていたタツタカが彼等を評価した言葉を贈るとグスタフは鼻で笑ってから彼の肩を叩いて返事をする
『お前ぇが言うのかぁ?あぁん?』
『脅さないでくださいよグスタフさん・・・』
少し肩を強張らせるタツタカはまだ少しグスタフの強面に慣れていない様である
怖がるタツタカを見たルルカは口元に手を添えて優しく笑う、すると全員は鬼パンダの断末魔を聞いて顔をそちらに向けるとなんとゾロアが鬼パンダ相手に馬乗りになってボコボコに殴っていたのである
どういう状況なのかわからないが鬼パンダの両足はへし折られており
ただただゾロアに殴られているのだ、悍ましい光景にタツタカは顔を引き攣らせる
(悪魔だ)
カールは思った
(こいつが魔王じゃねぇか・・・)
グスタフが確信した
少しすると苦痛から解放された鬼パンダは撲殺されて動かなくなる
ゾロアは一息つくと開き始める扉に顔を向けて皆に進むことを話す
階段を降りてから皆は一度立ち止まり話し始めた、内容は普通に今日は89階層で一度今日の進行を終わらせるかどうかだが止まるしかない
『魔王がいる可能性は高い、であれば出来るだけ安全な場所にて万全に休む事は重要だ』
カールが口にすると一同は静かに頷く
これから進む道をエイミーが術で照らすとまた迷路と化していた
複雑な分かれ道ばかりであり、正解がどこなのかもわからなくてもゾロアは先頭を歩いて辺りを見回す
地面がやけにコケだらけであり、まるで膝下迄浸水したかのような壁の後もある
(…用心するか)
ゾロアはふと気になる横穴を見つけて中の様子を見るとそこには宝箱という珍しいものがあった
皆を呼んで見ると初めて見る宝箱に変な感動を覚えたが迂闊に前に出れずにいる、罠かも?という不安がよぎるからだ
考えすぎかもしれないがそれでも中身が気になる一同は遠くから石を投げたりして様子を伺う
だがゾロアは溜め息を漏らしながら宝箱に近づいて口を開いた
『ビビり過ぎだ、罠なららこの空間内に魔力が溢れている筈だがそんな気配がない』
そう言いながら誰よりも先に横穴の中に入ると目の前の宝箱を開ける
その中からゾロアは1つの大剣を取り出した、手に持ってみた彼はその武器の重さを感じその硬さを知った
ミスリルではない、明らかにこの武器は人間界でも入手な困難なフラスカシルバーが多く含まれた大剣だとゾロアは悟
(少し人間が使うには重たい・・・だが)
確かに重い、黒の大剣に白いラインが入っている
彼はグスタフにその大剣を投げつけながら口を開いた
『熊ならば使いこなせよう、名はギリオンカリバーと宝箱の底に書いていたぞ?』
投げられた大剣を右手でキャッチしたグスタフはその丁度いい重さの大剣を上に掲げて見てみたのだ
悪くはないと自然と感じながらも手元に戻し、いつもの様に手首を使ってブンブン回したのだ
手慣れた手つきで大剣をジャグラーの様にして両手で扱っているとその手を止めてグスタフが不敵な笑みを浮かべてゾロアに簡単な言葉を放つ
『ありがてぇ』
『お前は体に恵まれているのに武器に恵まれぬからな、それならばお前の馬鹿力でも存分に奮える筈』
そうして先に進み始めると他にも宝は多々発見できたのだ、全魔術のダメージを僅かに下げるガルダミリオンという腕輪だがそれはミミリーが貰う事になる
次に手に入れた首飾りはクイックリロードという首飾りだがそれはルルカに渡されることとなるがこの首飾りの効果は術の発動時間を早くするという貴重な機能であり、天術を使う彼女には有難い装備品だった
そして俊足の枷という速度上昇の足につける装備はタツタカが貰う事になる
残念ながらカールに丁度良い装備品は現れずだったが彼はさほど気にしておらず、他の宝箱から手に入れた謎の果実の実を懐にしまうと皆は先に進み始める、何階層か下に降りるとほぼ迷わない様な一本道が続くがそこにいた魔物達はやはり80階層より深い場所でありかなりの強者である
特殊個体のガイアマンティス、黒い体に赤いラインが入っており死神の様な見た目をしている
そして初めてみたパペットナイトの更に上の存在であるパペットキング、ランクB+でるその魔物はパペットナイトの様に玩具の様な体をしているが鎧も立派な物を装備しており顔だけいつもの緊張感のない玩具の顔が晒された状態の魔物
右手に片手剣、左手には大きめの盾を装備しているキングは冒険者Aランク並みのトリッキーな動きと素早い防御でグスタフ達を困らせた
阿修羅猪も閻魔蠍も普通に現れるがこの階層は普通に考えれば人にとって地獄であろう
街の近くの村に出現しただけで警戒を高める魔物しか出ないからである
『おらぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
パペットキングと交戦中のグスタフは新しい大剣であるギリオンカリバーを上から振り下ろす
その攻撃に素早く反応したパペットキングは盾を前にしてそれを防ごうとするが熊の前にその盾は大剣に押し切られて盾とともに地面に叩きつけられる
力はある方ではない魔物であったためグスタフの対手には丁度いいのだ
『ニギギギ・・・』
大の字で倒れたままのキングはヨロヨロと上体を起こして立ち上がろうとするがそのまにグスタフがその首を跳ね飛ばして倒す
『面白ぇ相手だがカールも次こいつと戦ってみろよ、意外と訓練になる』
『確かに見ていて素晴らしい剣術を使う魔物だと思っていたよ・・・ならば甘えさせてもらおうか』
B+を訓練替わりというのもこの者達しか今はいないだろう
強い魔物との連戦をし続けてなんとか90階層まで辿り着くと全員は主部屋の前で腰を下ろす
時刻は21時、進むのが少し遅くなったがわざとである
急ぐと痛い目を見る魔物しかいないからだ、冷静に慎重に進む必要がある
『次は私が前に出るわね、あんたたち今日は動き過ぎよ』
ルルカがカールやグスタフに口を開くとミミリーもそれに便乗したのだ
『そだよー?90階層の主が終わったらあたしたちが出るね』
カールが頼むと言って彼女たちの提案を飲み込んだ、ゾロアもそれが良いと納得を顔に出して頷くとグスタフの手料理で肉ご飯が振舞われたのだ、先ほどの階層で倒した阿修羅猪の肉を使った新鮮な肉料理に皆は美味しそうに口に入れていく
食べ終わるとルルカの水術を使って鍋に水を張り、お椀を洗うグスタフだが似合わない
ミミリーが気を使って後始末をしてくれたのでグスタフは早めに寝る事が出来た
シーツを羽織って寝静まる中でゾロアは再び壁に背中を預けて目を閉じるが彼だけは誰よりも動ける姿勢でもある
(・・・・痕跡が無いのは皆もわかっているだろうが)
魔王がいるならば通った跡がある筈、無いのだ
しかもまだ気配すら感じない
ゾロアはゆっくりと目を開けると仲良く1つのシーツを羽織って寝ているタツタカとエイミーに視線を向けた、スヤスヤと寝ているがそれは他の者もだ
今起きているのはゾロアしかおらず、何かが起きれば彼が真っ先に動かなくてはいけない
来た道を見つめ始めるゾロアはふと予測を立ててみたのだ
『出汁に使われたか?ルビ小僧が立ちふさがるから先にいると錯覚させて安易に先に進むために俺達を前に?ついてきているならば気配がある筈だが何かで隠している?襲うならば最深部に近い場所だろうが何者かが通った後があるかサラ』
鎧の隙間からケサラ・パサラが答える
『全然だよ、気配を隠せてもその者が持つ気は匂いと共に僅かにその場に落ちるのは避けられないんだよー、落ちた匂いと気もそのうち消えるけども早くは消えないよ』
『・・・魔王ノヴァエラか、どのくらい強いのかは定かではないが粘龍ウパル・パールレベルは確実だと考えておこう』
何故あの龍がいたのかは全くわからないがそのことはひとまず置いといたゾロアは敵の最高司令官である魔王の実力を予測した、パブロフとエンビシャはランクA+であるため直ぐに魔王はランクSの力は有しているとわかるがSと言ってもその高みはまばらであるため細かくはわからない
姿も見た事もなく彼は考えながら皆を起こさぬ様に立ち上がると先ほど来た道にゆっくりと足音をたてずに歩き出す、安全地帯はそれなりに近いが今彼はその地帯を抜ける
周りの気配を探るが魔物しか感じない、目を閉じて意識を集中させてこの階層の気配全ての情報を頭に叩き込む
(魔物の気配しかいない、だが・・・)
彼は常識外を頭に浮かべた、本当に今感じている魔物の気配は魔物なのかと
普通に考えると意味の分からない疑問だがゾロアは気配を消すよりも擬態という線に辿り着く
どんな存在なのかわからない以上は得体の知れない事をすると考えるべき、都合のいい解釈は死を招くと思いながらも前に歩き出す
『どうするのゾロア?』
鎧の隙間から顔を出す綿のケサラ・パサラが小さく口を開くと彼は微笑みながら答えた
『炙り出す』
ゾロアは安全地帯から距離にして30mほど歩いた、その後は立ち止まり口元に笑みを浮かべると再び安全地帯に戻るために彼らの元に向かったのだ
ケサラ・パサラは何をしたのかはわからないが意味があって何かを知ったのだろうと思いながらも口に出して聞くことをやめた
安全地帯に向かうと僅かに発光すり周りの岩によってゾロアからでも寝ているタツタカ達がハッキリと見えた、再び後ろを振り返る
来た道は一本道に近い状態であり、奥は100メートルも真っ直ぐ進んでここまで来たことを思い出す
(今日は起きておくか)
そう考えながら腰をおろしたゾロア
主のいる90階層前の安全地帯でその大きな扉を見るがかなり錆び付いている
その先からは魔物の気配は感じない
『タスポが…』
タツタカの寝言だ、ゾロアは起きたかと思って顔を向けたが気のせいであり鼻で笑うと再び目をとして心を静かに保ち始める
目の前には主の部屋、この中には熊帝と鬼パンダ以上の何者かがいるが気配は一切感じられない
前まではグスタフのおかげで何がいるかはわかったものの、ゾロアでさえ奥の気配がわからない
夜も深まり早朝という時間が見えてきたころ、ゾロアはふと目を閉じたまま自分たちが通って来た洞窟内の道に意識を向けた
俯いて目を閉じているが意識だけは奥に向けているが安全地帯よりも更に奥、距離にして100m先で魔物が近づいたと思いきや立ち止まったのだ
何をしているのだろうと天井から僅かに滴り落ちる水滴の音を聞きながらその気配を観察したのだ
こちらに意識を向けているかのような様子であるためにゾロアも迂闊に動くことは出来ない
(・・・魔物にしては不可解な行動だがグスタフが起きてさえいればな)
今起こすことは出来ない、その気配は1時間その場に立ち止まりこちらを見ているかのように立たずんでいた
そうして皆が起き始めた朝の8時、一同はグスタフからの朝食を食べ終えると直ぐには進まずに少しのびのびとするようにゾロアに言われて一先ずはのんびりとし始めたのだ
『この先なんか感じるの~熊男さん』
エイミーからの言葉のグスタフは何か言いたげな表情を見せるがそれを我慢してから扉を見つめて言い放つ
『何も聞こえねぇし何も感じねぇ』
『疲れてるの?』
『違ぇ・・・遮断されている様な感覚だな』
気配を感じさせない様になっているとの事だ
カールは扉を軽く触るがそこで僅かに外壁が魔力を帯びていることに気付いて皆に予測を口にしたのである
扉自体に気配遮断の効果の何かを施されているかもしれないと、しかし先にいる魔物がなんなのかわからなくても手強い者がいることは明白であり今まで通りいかないとわかる
タツタカが軽い運動をし始めている最中、ルルカが扉の前に立つと首を傾げて口を開く
『ここで遮断となると驚かせたいのよねぇ、A+でしょどうせ』
今迄の流れだとそうなる事は皆わかっていた、彼女は振り返り皆に顔を向けると続けて口を開く
『A+単品ならいいのだけれどもそうじゃない場合は私即天術放つわね、A+がいるのに他の魔物がいると言うのは明らかに不味い状況よ』
『それでいいルルカ』
ゾロアが了承すると彼は扉に歩き出す
腕を組んで魔力が僅かに感じる扉とにらめっこをしている間、ミミリーは体操をし終わって近付いて来たタツタカに話しかけた
『タツタカ君はリーダー格を何とか阻止しといてね!一先ず取り巻きがいた場合は早急に処理しとくからさ』
『お願いしますね』
『そっちもねー』
皆はその後グスタフから最後の干し肉を貰って食べ始める
最後の干し肉という響きは何とも貧しいイントネーションだがこの世界の干し肉には栄養満点であり保存食としても最適なのだ
『そろそろ行くか?』
カールの言葉で短い休憩も終わる
扉を開けたのはタツタカであり、その大きな扉はギシギシと大きな音を出している
すると今までとは違う風景に皆は目を細めて奥を見た、手前に2つの松明があるのみでその奥は真っ暗である
しかも今迄の部屋よりも広い気がするのだ、空気がひんやりするのを感じながらも全員その大きな訓練場らしい場所に足を踏み入れるとやはり後ろの扉は自動で閉まるのだがその瞬間見えない奥の暗闇から強い気配を感じた、Aではないと直ぐにわかるほどの強い気配である
それだけじゃなくなにやら不気味な音もその闇から大量に聞こえるのだ、何かがひしめき合う感じの音がだキシキシと響く悍ましい音に真っ先にカールは動いた
彼は手前の松明を1つ手に取るとそれを奥に投げ込んだ、それによって最悪な光景が広がったのである
『マジ・・・・かよ』
グスタフが大剣を構えながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる
『最悪ねぇこれ』
『気持ち悪いー』
ルルカとミミリーも口を開いている
彼等が見た魔物、それは超蟻という魔物A+の魔物とその働きアリと言われる鎧蟻が100匹相当の数で一番奥にある扉に纏わりつくようにしてそこにいた
鎧蟻は赤猪と同じサイズの前兆1mであるものの、超蟻は閻魔蠍の倍以上である立ち上がるその大きさはゆうに10mである巨大な蟻、間接部分は刺々しく全ての足が刃物となっている
胴体は鎧のような形状をしているが腹部は毛で覆われている、目はまるでスズメバチの様に悪魔的な目をしているその超蟻がこちらを向くと甲高い鳴き声をこの場一体に響かせる
『キィィィィィィィィィィィィ!』
それはまるで音波、鼓膜が破れそうになった彼らは耳を抑えると同時に何かが天井から落ちくるのを目で見た
『本当にこいつぁやべぇぞ!!!ルルカやれ!!!!!』
グスタフが叫んだ、落ちて来た者は鎧蟻であるがまるで雨の様にぼたぼたと落ちてくるとこちらに顔を向けて腹部を上に上げると敵意を飛ばしてくる
数えるのも馬鹿らしくなるほどの鎧蟻のランクはCだがこの目の前を覆いつくす数ではいくらCでも驚異過ぎる
そして明かりがカールが奥に投げたのと皆の手前にある2つの松明しかないのである
エイミーが直ぐに術で明かりを灯して出来るだけ動きやすくするがそれでもこの広い部屋全てを照らすことが出来ない、そして天井が高すぎて上空も暗いのだ
そんな緊迫した雰囲気の間、ルルカは皆が驚きに立ち止まっている時には既に魔力を右手に込め始めていた
彼女は微笑むと小さく囁いて戦いの始まりを知らせたのである
『デネブ・インパクト』