34話 マルス編 走る恐怖と決死の覚悟
小雨という天候で湿った地面を踏みしめて進む森の中
カレジリージョンの全員はいつにも増して辺りの警戒を強化しながらゆっくりと森の中を進み始めた
既に彼らの手にはそれぞれの武器が握られており、いつでも戦える準備をしていた
敵は格上、これくらい慎重にしても足りないと思いながらもアルセリアの超感知を頼りに全員が無言で歩く
『他の冒険者は先に進んだのか』
アレンがそう口にするがその通りである、カレジリージョンはまだチームとしては不慣れが多い為進むスピードは遅い、それよか出発が他の2チームより遅れてしまった事も相まって参加チームとの距離があったのである
『そうね、とりあえず最悪の場合私達が先に出会うって事も考え解かないと』
アリスの一言でアビゲイルは息を飲む、もしそうなれば本当の覚悟を決めなければいけないが彼らも馬鹿ではない
そういった事も考えるだろうと思ってこうして森の中に入ったらだ
いつも以上に森が静かであり鳥の鳴き声などが一番耳に入ってくる、アルセリアがアリスの言葉に対して答える
『私の関知に大きめの気配を感じたら直ぐに教える、そしてその気配が他の冒険者と交戦してないと思った時は上空に向かって知らせを送りたい、私が2発ほど空に丁度いい技を撃ちあげるからそれをした時は覚悟を今以上に決めてほしいわ』
『わかったぜ』
『わかりました』
『ええ』
アレンにアビゲイルそして最後にアリスが返事をする
途中ゴブリン2頭と遭遇したのだがそれはアレンが1頭を処理して残りをアビゲイルが処理して直ぐに終わった
彼らは思う、このように上手くいかない戦いが迫っていることを
死んだゴブリンから槍をに来つつもアビゲイルがマルスに話しかけた
『経験ですか、僕も槍レベル1上がれば中位職・・・上げる為の近道は死闘と聞いてますがランクBプラスは今まで出会った事はありませんし足がすくまない様に頑張ります』
『ああ、強張ってると思ったら頬をつねるぐらいしてやるさ』
マルスがそう答えたらアビゲイルは二唐わいしながら頭を掻いていた
アリスの術は温存という事でゴブリン戦では後ろに控えていたが出来るだけ火術の手数を残しておきたいというアリスなりの考えである、全員それには合意し適度な魔物が現れればアレンとアビゲイルが担当する事になっている
再び奥に進むがアルセリアの様子も変わった感じはないが変わった事と言えばやはりいつもより皆真剣な表情を見せている
マルスもそうであるが彼の真剣は他とは違い、守り切れるかどうかの自信からのやる気であった
(阿修羅猪ならば僕とアルセリアがいれば大丈夫、アレン達がいつも通りの動きが出来れば苦戦はするけども行ける)
『マルスは私が隙を作るまで闘気を込めて待機してほしいのは忘れないで、スピードなら猪に負けないから上手くヘイトを稼げる』
『助かるよアルセリア、阿修羅猪が動きを止めたら追撃してもいいんだね?』
『とっておきを頼む、離れた瞬間にアリスのファイアバレットでまた動きを鈍らせる』
自分の名が聞こえたアリスは自分の胸を叩いて口元に笑みを浮かべて反応を見せつける
どうやら彼女は問題ないと思ったマルスとアルセリア、肝心のアビゲイルは少し緊張した様子
そうしているとアルセリアは軽く皆に声をかけて足を止めさせた
誰もが修羅猪かと思い武器を力強く握るけれども直ぐに彼女の超感知にかかった魔物はそうじゃない事を聞いてほっと胸を撫でおろしている
『この気はそこまで強くないし距離も遠いから戦闘にならないだろう、私達から離れる様に2体ほど奥に行っている』
という事なので無駄に気負いしたアビゲイルは肩の力を抜いて近くにあった岩に腰を下ろした
そこそこ奥まで来たと言うのにいつもより魔物が少ないと感じたアリスがマルスに聞いて見るがその理由として阿修羅猪の出現だという事を話してあげる
基本的に魔物には縄張りを持とうとするものが多いが阿修羅猪は縄張り意識など毛頭ない、進む先全てが自分の縄張りという行動しかないからである
阿修羅猪の特徴は歩きながらマルスに聞いた皆は無言で彼の言葉に頷きながら進む道に意識を向ける
話している最中に近くまで来た魔物が1体いたのだがハイゴブリンであった
彼らは慣れたゴブリンはランクEだがこのハイゴブリンはDであるけれども問題は無かった
棍棒を振り上げながら正面から走って襲い掛かるハイゴブリンをアレンとアビゲイルが立ち向う
『頼むよアレン!』
『ガッテンだアビ!』
声を掛け合うとアビゲイルは槍という長いリーチを活かして先手を取った、ハイゴブリンが大きな棍棒を吹き降ろす前に連撃を発動して敵の手から棍棒を弾き飛ばした
『グフッ!?!?』
自身の手から武器が離れたハイゴブリンは仰け反りながらも驚きの声を上げるがそんな暇はないであろう
『よろしくアレン!!』
アビゲイルの声のあとにハイゴブリンの目の前にはアレンが飛び出していた
防ぐ暇などない、既に闘気を込めた彼はその技を繰り出そうとしていたからでありバランスを立て直していない状態では諦めるしかない
そうしてアレンは口元に笑みを浮かべて目の前のハイゴブリンに武器を振り下ろして口を開いた
『十字斬り!』
その技は綺麗にハイゴブリンの胴体を十字に斬りつけて倒してのけた
一度後退した2人は前のめりに倒れるハイゴブリンを見てから元気よくハイタッチをする
綺麗な連携だとアルセリアは褒めると緊張していた様子を忘れてアレンとアビゲイルは小さく喜ぶ、連携という大切さも十分に知ってきている事は大事でありそのことは今協力し合った2人には深く刻まれたであろう
『助かったぜアビ!俺でもトドメに出来なかったらアリスが後ろから術ぶっぱしてくれただろうけどもさ』
『アレンなら大丈夫でしょ』
声の掛け合いも楽しそうだ
そうしているとアルセリアはいきなり奥の空を見始めたがマルスがそれに気づくと近くにいたアリスそして最後にはアレンとアビゲイルがほぼ同時に彼女を見始めた
目を細めて弓を握り、矢を背中にかけている筒状に矢入れから取り出すとそのままジッと動かなくなった
(アルセリア、来たか)
マルスも真剣である、2人の面持ちを見たアレンはアビゲイルの背中を少し強めに叩くと深く深呼吸したのだがそれを見た隣のアビゲイルも彼の真似をし始める
目的の魔物がアルセリアの超感知にかかったのだと、それでも1㎞という超範囲でありあちら側はまだ気づいていないのではないかと誰もがそんな考えをよぎらせた
だがそんな考えは直ぐに無駄だとアルセリアの行動で知らしめられた、彼女は一気に闘気を矢に込めると空に向かって放ちながら口を開いた
『レイ・ボウ』
空高く打ち上げられたその弾道は赤い線を描きながら空高くで中爆発したのだ
これは爆発属性を付与した技であるとマルスは直ぐに理解したが威力が大きい
それを立て続けにもう1発空に撃ち放ったのである
いよいよなのかとアビゲイルとアレンは体をほぐし始めるけども肝心な状況が分からない事に疑問を感じて話しかけようとしたらそれよりも先にアリスが口を開いた
『アルセリアちゃん、どういう状況?』
ちゃん付けに少し口をへの字にしたが直ぐに切り替えたアルセリアは掲げた弓を降ろすと全員に響き渡る声を出した
『一直線に正面から来るぞ!1分後きっと現れる!味方はいない!私達でランクBプラスを仕留めるしかない・・・確実に阿修羅猪の速度だから逃げるという選択肢はない』
知らせの合図は空に撃った
今聞いたアルセリアの言葉を何度も全員が再生させる、逃げることは出来ない
戦うしかなくその間に援軍が来ればいいのだろうけどもそんな期待を持って戦うだけ損をするという事は少なからず心の隅に残っていた
唐突に起きた状況にアリスはマルスの後ろに移動して魔力を体に込め始めた
それを見たアレンとアビゲイルは自分に活を入れてから正面を見据えて武器を構える
『アルセリア、前衛を頼む』
『勿論だ、すぐ後ろをお願い』
『了解だ』
マルスは親指を立てて笑顔を見せるがこの状況で彼のその笑顔が救いであろう
『よっしゃ!行くしかねぇ』
アレンは大きめに言い放って覚悟を決めるがその言葉の後に遠くからとある鳴き声が届いたのだ
『グィィィィィィィィィィィ!!!!!』
甲高い鳴き声、マルスはそれを阿修羅狼だと知っている
遠くの声にアリスとアレンそしてアビゲイルは本能的に少し体を震わせてしまう
そうとはつゆ知れずアルセリアは現れるであろう森の正面に向かって矢を引いたまま構えだす
『皆、絶対に最初は怖いと思う・・・慣れてきたら自分の判断で動いてくれ、できるだけ指示はするがそれまで近づかずに回避に専念だぞ!相手は死ぬまで動き続けるデカい猪だ!見上げるくらいの巨体だからな!』
マルスの言葉にアルセリア以外は息を飲んで頷いた、配置は前衛アルセリアに中衛マルスとアレンとアビゲイルだがすぐ後ろにアリスが身構えている
アレンとアリスそしてアビゲイルの知らないレベルの魔物である阿修羅狼だがジャムルフィンならば笑顔で吹き飛ばし
グスタフならば獰猛な笑みを浮かべて殴り殺すであろう
だがそれは高みに登った彼らだからだとわかってほしい
今阿修羅猪と相対するのは冒険者経験は1年未満の3人がいるのだ、彼らにとってそのBプラスの魔物はどう映るのか
『距離200m、皆回避する準備!』
『全員真横にかわす意識で避ければいい!完全に格上だから無理は絶対に駄目だぞ!』
アルセリアとマルスの言葉そして真剣な面持ちを見て全員が小さく頷き正面を向き直す
やり取りから数十秒、森の奥からバキバキと何かを折った音を出しながら近づいてくるが姿はまだ見えない
『へっ、上等だぜ・・・やるしかねぇか』
『ががが頑張ろうアレン』
『お互い無力かもだが言われた事だけはきちんとやらないとな』
『そうだね』
こうして木々を薙ぎ倒して突き進んで来たであろう正体がハッキリと目の前に現れた
正真正銘の阿修羅猪が森の奥から全速力で走ってきていたが丁度カレジリージョンがいる森は木魏との間がそれなりに会って動きやすい場所でもあるがそれは敵にしても同じこと、走りやすいという最悪な状況を作り出す
そしてこの阿修羅猪は先に行った冒険者から逃げて来たのだろうとアルセリアとマスルは悟った、背中にはメタスの冒険者が持っていた剣が深く刺さっており、数か所周りに切り傷が見受けられる
この阿修羅猪は逃げて来たのだ、だからここまで綺麗な一直線で森の中を走っていたのだが運悪くそのルートにマルス達がいたという訳だ
『ギュイィィィィィィィィ!』
甲高い鳴き声は発しても止まらず正面奥から向かってくる魔物にアレン達は鳥肌が一瞬で立った
大きいと感じたからだ、あんな巨体があんな速度で走って襲い掛かってくると
4m程はありそうな巨体であり目の前にすればきっと見上げる程の猪を今初めて見た
あちらの魔物もカレジリージョンの姿を確認すると一瞬目を見開くが直ぐに目を細めてそのままの速度を維持しながら襲い掛かってくる
『手負い!』
そう叫ぶアリスの声が聞こえると同時にアルセリアはひいた矢を放ちながら口を開いた
『パワーブレイクアロー』
矢を黄色く光らせて正面から襲い掛かる阿修羅猪の前足の関節部分にその技は当たった
この技は名前でも何となくわかるであろう、剣技のパワーブレイクと同じである
当たった部分から近い筋肉組織を一時的にマヒして行動制御を起こす技だが弓にもあるのだ
それでも止まらぬ魔物にアルセリアはわざとギリギリで真横に避けながら叫んだ
『皆避けなさい!!!喰らえばぺちゃんこよ!!!』
その言葉に全員がカッと目を見開き一斉に横に逃げた、マルスだけは避けると同時にアルセリアが矢を撃った右前足を双剣で斬りつけながら回避した
阿修羅猪は曲がる事も出来ずにそのまま奥の木にぶつかり軽くへし折った、ドスンと大きな音を立てて倒れる木を見たアレン達は意味を飲み込んだ
左右に避けたがアルセリアとアレン、マルスとアビゲイルにアリスである
『ファイアバレット!』
『居合!』
アリスとアビゲイルが遠距離攻撃を仕掛けるが振り向いた阿修羅猪に命中したのはアリスの術だけ、理由としては槍の居合は有効射程が短すぎるからでありそこらの槍使いでも5m行けばいい方なのである
汗って基本を忘れていたアビゲイルは悔しそうな顔をしつつ数歩後ろに下がる
『ブギュィイィィ!』
タイミング良く顔面にアリスのファイアバレットが命中して燃え上がり両足を上げて苦しみを見せるけどもダメージが入っている様は見えない、それは嫌がっているだけの行動だ
その間にもアルセリアは誰よりも阿修羅猪に直ぐに近づいて数本脚を狙うようにして矢を放つ
『くそっ!逃げる事しかできないのは悔しいけども仕方ねぇな!流石に怖ぇぜ』
アレンがそう言いながら苦笑いをしているけどもマルスはまだ彼は十分に動けると見た
アビゲイルは少し気が引けてしまい攻撃するという意思は捨てたらしく槍を構えたまま一定の距離を保とうと必死に阿修羅猪を警戒する
『それでいいのよアレン!』
アリスが大声で叫ぶと阿修羅猪がその声に反応して頭を下げて両前足を深く曲げた
誰もが走ってくると思い身構えるが方向はアリスのいる場所、狙われたと感じた彼女は少しビクンと体を震わせるけども素早く身構えて阿修羅猪が走り出すのを待ち構えた
先ほどの1発目の突進で桁外れの魔物だと実感する事が出来た3人はひたすら死なぬ様に回避に専念するという意味を今しがたはっきりと十分に納得できた
『ブギィイィィィィィィィィィィ!!!』
甲高い声を上げてドスドスを走り出した阿修羅猪はアリス目掛けて走り出すとアレンは目を見開いて彼女の名を叫んだ
『あと一発、パワーブレイクアロー』
避ける瞬間に再び敵の右前足にその技を命中させるとガクンと阿修羅猪が体勢を崩し始めた
誰もがアルセリアの技の効果が聞いて来たと感じ始めるとその突進を容易くかわすことが出来た、それでも彼女は息切れが激しい、失敗すれば死が待ち構えている為過剰な力を体中に入れているのであろう
誰もが肩で息をしているのである
『信じろ!ついてこい!』
マルスが声を荒げながら木にぶつかった阿修羅猪に走り出した
まだ敵は振り向いてはいない、その瞬間を狙って彼は走ったがそれに反応できたのは予想外にもアビゲイルとアレンだった
2人の顔は酷く引き攣ってはいるけども先頭を走るリーダーを信じて共に追従し始めた
『振り向いたら頼むアリスアルセリア!』
マルスの普段は聞けない大声が辺り入り面に響き渡るとアリスとアルセリアは静かに答えた
『もうこれ終わったら阿修羅とは当分戦いたくない!』
『長期戦は死を意味する、覚悟をきめなさいアリス』
アリスは魔力を込め始めてファイアバレットの準備を、そしてアルセリアは闘気を弓でひいた1本の矢に込め始める
(確実に行ける!)
マルスはそう思いながら木にぶつかって振り向こうとしている阿修羅猪迄あと数メートルまで迫った
気をへし折る程の突進の筈なのに木を折れていないという事実にアルセリアの技が聞いていると悟ったのだ、万全とは決して言えない敵に今が好機と思い声を上げたのである
『コフゥゥゥゥゥ』
息を鼻で吐きながら振り向いて顔を見せた阿修羅猪の形相はまさに阿修羅の様な模様の顔面を際立たせるかのように怒りを顔に浮かべて皺が寄りそう
アレンとアビゲイルも臆せずついてきたくれた事にマルスは心の中で大きな称賛を送る、確実に怖い筈だ
ずっと元気に動く魔物が走り回るのだから
そう考えているうちに阿修羅猪の顔面にアリスのファイアバレットそしてアルセリアのマグナムという弓上位職用の技を撃ち出した、その技は放ったと同時にパンッと炸裂音を出してアリスのファイアバレットで暴れ始めた猪の胴体を軽く貫通したのだ
『ギィィィィィィィィ!』
とうとう苦しい鳴き声を発した阿修羅猪は頭をブンブンを振りながら顔面の火を消そうとしているがその隙にマルスが目の前まで迫り笑顔で魔物に話しかけた
『弐追』
2つの双剣を押し込むようにして右前足の付け根に深くまで差し込むと次の瞬間その部位が爆発を起こして右前足がボトンと地面に落ちたのである
この技は双剣技での上位技であり2つの武器に刺された箇所を最後に爆発でしめるといった効果を持つ近距離用の技だ
流石にこの技を我慢するなど阿修羅猪には出来ない、呻き声を上げながらもバランスを崩して横ばいに転倒するとマルスは後ろに素早く後退したのである
『一撃離脱開始!』
マルスに言葉で入れ違いに前に出た2人が返事をする
『はいいいいいいいい!』
『くそおおおおおおおおおおお!』
アビゲイルは半泣きになりながらも力強く槍を持ち、アレンは多少大声で恐怖を誤魔化そうとしていた
何故彼らが前に出れたのか?簡単な事である
僕達は弱い・・・誰よりもそれを2人は理解しているからこそ前に出れたのだがそれだけじゃ理由として不十分
ヘマをしてもきっとサポートしてくれるとアリスのファイアバレットを、アルセリアの弓をそしてリーダーであるマルスの実力を信じたから
『!?』
アビゲイルは閃いた、このタイミングで
彼の攻撃は通じるかどうかと言われると不可能に近い、阿修羅猪という下位職には到底倒せる魔物じゃないからだがそのことは本人が一番知っている
(僕にも大きな一撃があれば)
そう思いながら果敢にも前に躍り出た彼に神が運を授けた
彼は闘気をを全力で槍に込めてがむしゃらな声を上げる
『鬼突』
単純な槍の突きだがそのやりの先端はうっすらと赤く光っていた
鬼突とは相手が固い装甲で貫けなくてもその技の重さで吹き飛ばす事も出来る槍の技
下位職で力が乏しいアビゲイルの槍はその技によって見事横ばいに倒れて立ち上がろうとしていた阿修羅猪の顎付近を貫いた、在りえないタイミングで閃いた技に驚く時間は無く直ぐにアレンも追撃を開始した
『十字斬り!』
顔を狙って顔面に十字を描くようにして斬るとアビゲイルと一緒に全力で背中を向けて逃げ始めた
不格好な距離の取り方にアルセリアは少し笑いそうになるけども判断に間違いはない
激しく暴れる阿修羅猪にこれでもかというくらいにアリスがマルスを横にしてファイアバレットを1発、そして魔力を溜め直して最後にもう1発と撃ち出した
『ブギィィィィィィィ!』
右前足を切断された阿修羅猪はその場で立ち上がると頭を振りながら暴れ始めるがちょくちょく無い足のせいで転倒をする
こんな状況でもアレン達はゾッとした、完全に致命傷なのにこの暴れような異常過ぎると思っているのだ
普通ならば弱々しくなっても可笑しくないダメージを与えている筈なのにそう見えない目の前の敵に渇いた笑みを浮かべた
(いつ死ぬの!?てか僕技覚えた!覚えたけども怖すぎる)
『マジBプラスやべぇ・・・当分出会いたくないなぁ』
アビゲイルとアレンは引け腰になりながらも心の中でそう叫ぶ
阿修羅猪の顔面の火が消えるまでずっとアルセリアが左前足に矢を数発、マルスはそれを援護するかのようにして通過しながら猪の左前脚の付け根を切り刻んでいた
大量の血が辺りに落ちているけどもこれはズ全て暴れまわっている阿修羅猪の鮮血であり切断された右前足から決して止まる事のないだろう
『アレンアビ!アルセリアのパワブレでもう一度行くぞ!』
(えぇ!)
(まだ死なないのかよぉ!!)
そう思いながらも苦笑いを忘れずに頷いた2人はアルセリアの様子を伺い暴れる阿修羅猪に走り出す
アルセリアは2人のタイミングを合わせるために少し遅めに弓で矢を引いてパワーブレイクアローを左前足に命中させるととうとう阿修羅猪はダメージ量の限界を部位的に感じて頭部を地面にぶつけるようにして倒れたのである
『前足は殆ど使えないわ!かみ砕かれない様に気を付けてトドメ刺しなさい!』
アルセリアの言葉を心の中で返事をするアビゲイルとアレンは後ろから追いついて来たマルスを見てホッと胸を撫でおろした、いないかと思い内心不安だったが彼がいるならば勇気が出る
勇気が出るだけじゃなく今目の前で苦しがっている魔物は既に走ることは出来ない、それは最大の特徴を奪われたと言っても過言ではなく油断しなければ怪我をすることは無い
『行くぞ!』
『『はい!』』
マルスの言葉で2人が元気よく返事をした、アリスは術を放とうとしたのだがそれはアルセリアに止められた、無駄に暴れる恐れがあったから撃つなら全員一撃を加えて後退してからと言われいつでも撃てるように魔力を込めたまま待っている
『グィィィィィィ!』
怒りを目に浮かべて牙を剥き出しに倒れてこちらを見る阿修羅猪にまだ悪寒が止まらないアレンとアビゲイル、手負いとはいえその威圧はまさしくランクBプラス
『連奏乱舞!』
マルスは双剣に闘気を込めて跳躍した、阿修羅猪の真上を通過しながら高速で横回転させて切り刻んで奥で着地したのだがその攻撃により激痛で阿修羅猪は頭を振って暴れ出すとアビゲイルはタイミングを合わせて連撃を首に2回当てて下がった、最後のアレンだが彼も良い事が起きた
『!?』
技を覚えるというのは自分より強い敵を遭遇すれば覚えやすいがこの時条件は納得いくほど揃っている
十分すぎる魔物に技を閃いたのである
二ヤリと笑みを浮かべて頭を持ち上げた阿修羅猪に向かってジャンプし、振り上げた剣に闘気を込めながら彼は叫ぶ
『唐竹割!』
ズバンと振り落とされたアレンの剣は阿修羅猪の頭部に食い込み血を噴出させる、直ぐに抜いて後ろに下がったアレンは両手をだらりをさせながら口を開いた
『上手くいき過ぎだし次は俺パスだぜ・・・』
『その判断を忘れるな、ナイスだアレン!』
『へへ!』
マルスが褒めると彼は嬉しそうにブイサインを見せるが意識は阿修羅猪に殆どが向けられている
アビゲイルはアリスとアルセリアの近くで警戒を怠らずに未だに暴れる阿修羅猪を見て渇いた笑みを浮かべてアルセリアに言った
『いつ死ぬんですか?』
『こいつは急死する、弱々しい姿などあまり見せないからな』
『今は瀕死ですかね』
『確実にもう死ぬ、ずっと見ときなさい』
『はい!』
甲高い鳴き声を出しながらジタバタする魔物と10m程の距離を保ったまま全員は武器を構えて様子を伺う
これ以上の戦闘は無理だと皆を見てマルスは思ったが力が入り過ぎた者達が多い為次同じことをしろといえば怪我をする恐れがある
(これで死んでほしいんだけどなぁ)
手負いで助かった、それでも万全の状態に近い突進力を最初の一撃目で見せた阿修羅猪
弱いなんて誰も思わない、油断した者から死ぬのが冒険者である
『アリス!撃てたらファイアバレットお願い!』
アルセリアが弓を魔物に向けたままそう告げると直ぐにアリスが魔力を込め始めて1発頭部に命中させた
燃え盛る頭部を消すような動きは転倒した状態では不可能であり立ち上がる事も今じゃ無理である
ただただ燃える頭部を外から皆見届けているととうとう阿修羅猪が突然全身をピンッと硬直させながら痙攣し始めてバタリと動かなくなった
マルスは直ぐに濡れている地面に腰を下ろすと他の者も死んだのだと思いながらケツが濡れてもかまわないと言った考えを持って地面に座り込んだ
勝ったという歓声はなく、小雨の静かな音に彼らの荒い呼吸が聞こえる
あまり動いていないアリスでさえもホッと胸を撫でおろして近くに気に背中を預けて地面に座り込んだ
暫くの沈黙を皆息絶えた阿修羅猪を見て過ごすがその静寂も数秒という短い時間、されと永く感じる者もいる
『よくやったな、当分普通に冒険者しようか』
マルスが口元に笑みを浮かべてそう告げるとアビゲイルにアレンそしてアリスの順で答える
『喜びよりも疲れが勝ってて、あはは』
『本当に勝てたのか・・・アルセリアとマルスさんのおかげだけども』
『一応それなりに通じるのね、アクアレーザーを覚えたくなるわ』
アリスはこういった強敵の為に通じる術を会得したいという目標を口にした
彼女は火術よりも水術の方が得意であり若干為が短いのである、術というのはどうやって覚えるのか
それは閃きでも覚えはするがそれよりも手っ取り早いのが教会での加護である、どうするのかと言われるとお布施をしてから講習を受けてその魔術の書を一時的に館内で借りて会得するのだ
ちなみにルルカは家にほぼ全ての書を特別に所持しているので覚えたいときに覚えれるが会得するにも大変疲労がたまるのでポンポン覚えることは出来ないし魔術レベルが足りないと覚えることは出来ない
レベルに応じて覚えれる術があるのだ
『明日は休みにするか』
マルスがそう言うとアルセリアが微笑みながら頷いてくれた
その後数分してから他の2組の冒険者チームが慌ててやってくると目が飛び出るくらいに驚いて息絶えた阿修羅猪を見て口を開いていた
『マルスゥ!下位と中位の期待の新人連れて倒したのかよぉ!』
ギルドで出会ったメタスのリーダーであるハザーラが驚いた様子をそう話しかけたのだ
彼のチームメンバーも動かなくなった猪を剣でツンツンと突っつきながら関心の表情を地面に座り込むアレン達に向けられていた
『でもあなた方のおかげですよ、手負いにしてくれて感謝です・・・』
『手負いでもあの暴れ具合は変わらないからな?十分にお前のチームは可能性を持ってるってことだな!流石だぜ!』
『そう言って貰えるとチームが報われます、一先ずお願いなのですが皆で手分けして使える部位を剥ぎ取ってギルドで買い取ってもらいましょ、山分けです』
マルスの考えで冒険者チーム2組は困惑してしまう、逃がしたからだ
彼らにもプライドはあるけどもマルスが言うには運ぶのを手伝ってくれたら報酬として分かち合いましょうという事で納得してくれたのである
倒してないのにもらえるという事は避けたいと思っていたが運送の手伝いとなれば別、喜んで冒険者たちは頷いて角や牙そして食べれる部位の肉を剥ぎ取ったりして手一杯にしてから全員で森を出ることになったがその進む道中の警戒はメタスそしてもう1つのチームのテルミナが警戒をしながら進んでくれることになってカレジリージョンの者達は楽して街に帰れる
カレジリージョンを囲むようにして辺りを警戒する冒険者各位を見ながら肩を回していたアレンがアルセリアに話しかける
『本当に強いねアルセリア、重要な時に攻撃をするってわかる気がしたよ』
『戦いとは隙を作るまでの我慢大会よ、ランクCとかまでならゴリ押しでもかまわないけどもそれ以上になれば焦りを見せない冷静さが重要視されるわ』
『アルセリアが撃ちまくると思ったけどもそうでもなかった理由が分かったよ』
『撃ちまくっても良かったけども阿修羅猪だし無駄に暴れられても困るし都合のいいタイミングだけ弓を使わせてもらったわ』
アルセリアの言葉で少々勉強をしているアレンを横でアビゲイルもフムフムと相づちを打ちながら話を聞く
アリスはげっそりした様子だがマルスが理由を聞くと魔力が切れる寸前であり、やっぱり明日を休みにするのは正解だったなと彼は笑った
『でも私も魔術レベル上がったんですよ、半年ぶりに1上がりましたしなんか体術レベルが生まれましたぁ』
どうやら魔術レベルが4から5になった事と逃げに徹したことで体術レベルが出現したのだ
疲れと喜びを同時に顔に出しているアリスを見たマルスは肩を叩いて褒めてあげた
こうした良い事は彼女だけじゃなく成果を出せたのはアレンとアビゲイルもだ、アレンは唐竹割も覚えたのだが猪が死んだ瞬間にもう一つ覚えていたのである、マルスはそのことに驚いた
倒れて動けなくなった阿修羅猪に対してアレンは
『近寄りたくないし遠くから剣で攻撃したいなぁ』
そう思っただけで何故か真空斬を閃く、だがしかし阿修羅猪は死んでいたのでお披露目も出来ずにいた
アビゲイルというと槍術レベルと体術レベルが1ずつ上がり、中位職の無双になれる条件が整って静かに幸せを感じながら涙ぐんでいた
その様子を見て近くを警戒していたメタスの1人が彼に声をかけた
『怖くても頑張った成果だ、にしてもほぼ新人で阿修羅猪と戦うなんざ狂ってるぜ』
『がははは!流石はレッグの作ったチームのメンバーだ、マルスがいるし姫もいるからな』
テルミナのメンバーの者が笑いながら先ほどの言葉に便乗して口を開く
姫というのはきっとアルセリアの呼び名だろう、肝心のアルセリアはその呼び名が嫌いじゃないらしく小さく微笑んで聞いている
『明日はクラスチェンジしようかアビゲイル、軍資金をとある貴族から頂いてるからパッと行えるぞ』
アビゲイルの目が今まで以上に輝いた、実はお金の面で悩んでいたのだが最近クラスチェンジのお布施も金貨20枚から10枚へと変わってやりやすくはなったけども金貨10枚も大金、それに躊躇していたのである
『よかったわねアビ、明日はマルスと行ってきなさい』
『アルセリアさんは?』
『明日は美味い物巡りよ!』
食べること大好きな彼女に調度良い休暇である
こうして無事冒険者ギルドに帰れたのは18時過ぎ、まだ明るくても夜である
受付の女性も3チームが切り分けて持ってきた修羅猪の部位を見て両手で口を隠すようにして驚いていた
周りの丸テーブルに座っていた他の冒険者も倒してきたかと気になり軽く立ち上がって受付付近の様子を見ているがこの時メタスのリーダーであるハーバスがわざとらしく声を大きくしてその場の者達に話し始めた
『いやぁやっちまったぜ!速攻で会って速攻取り逃がしちまったと思って追いかけたらカレジリージョンが仕留めたんだからなぁ!俺とテルミナは面目丸つぶれだぜぇ』
『再スタートのチームに取られちまったなぁ』
テルミナのリーダーもわざとらしく言うと周りはざわつき始めた
皆カレジリージョンの皆をジロジロ見始めたのだがアルセリアは長い髪をなびかせて清々しく振舞いだす
アレンやアビゲイルは照れてしまい顔が赤いがアリスも少し恥ずかしがっている
『部位鑑定と討伐報酬を職員と相談しますので数分お待ちください』
深々と受付嬢がお辞儀をすると奥に走って消えていった
街に着いた時にはきちっとした報酬の分け前は話し終えたのだがカレジリージョンは討伐報酬
そしてメタスとテルミナは部位報酬半分ずつだ
約束通り数分程度で戻って来た受付嬢が近くの丸テーブルにて麦茶を飲んでリラックスしていた3チームを見て微笑みとキリッとした顔つきになり会釈をしたのちに大きな声で彼らに伝える
『阿修羅猪討伐おめでとうございます!討伐報酬は金貨35枚そして部位報酬は金貨14枚そして余りの分で銀貨8枚になりますので金貨枚49枚相当になります!』
その金額に慣れていないアレンとアリスそしてアビゲイルは口から麦茶を噴き出しながら驚いた