1話 見たくない姿に集(タカ)らぬ虫
特別章 鉄仮面少女は獣に安らぎを求めて言葉を待つ
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朝は宿の朝食を食べながら時代の宝とも言っても良い様な分厚い本を見たんだけどナッツが興奮していた
ルルカというと未だに中級職というのがやはり悩みだったらしいのだがルーンナイトの真実を知ってその不安は無くなっていた
グスタフというと予想外にもイビルディザスターの項目を開いた時に目を開いて驚きはしたがいつもの笑みは浮かべなかったんだ
とうとうここまで来たかというような雰囲気にも思える
彼がなろうとしている天位職だが俺達の情報と相違なかったんだ
今回のインダストリアルで彼の痛覚耐性も大になったし残るは体術があと1上がればなれる
俺は彼がその職になれば旅の安心度が大きく変わると思い食べ終わりの雑談会で提案をしたんだ
『帰ったら死に物狂いで素手の実践稽古するかグスタフ』
その言葉にも彼は笑わなかった
『助かるぜ』
それ以上グスタフは何も言わなかった
朝食後早速馬車でポートレア向かい夕方に着いたのだが当初の予定は宿に泊まろうとしていたけど急遽スカーレットさんの館という名のルルカ城に1日お邪魔する事になったんだ
いつものダンディーな執事に無事を喜んでもらったんだが俺達がインダストリアルで死闘を繰り広げた事は館の中では認知されていたんだ、スカーレットさんが話したんだろうな
長いテーブルがある食堂に座って夜食まで寛いでいると奥のドアからベティーナが現れてナッツの姿をみるやいなや速攻彼の元に走っていき抱き着いていた
心配していたのだろうな
『生きてますよベティー、先輩がいても3回くらい本当に死ぬかと思いましたが』
『本当によかった』
女を知ったかナッツ、羨ましいぞ
その様子をルルカが微笑みながら見てるけど何やら寂しそうな面持ちにも見えた
肝心のベティーは今日は非番らしく暇すぎて館の掃除をしていたらしいんだけどルルカの配慮で彼女も共に夜食を食べることにしたんだ
勿論ナッツの隣である・・・くそっ!
夜食が運ばれるまで俺達は話をしながら時間を潰すことにした
ベティーナにはインダストリアルの旅の内容をナッツから教えてもらうと表情が非常にいい感じに固まっていた、面白いくらいにどういう顔をすればいいのだろうと脳が混乱しているのだろうか
『十天の第1位でも怯える島の主とか本当に十天って強いの?』
ベティーナの言う通りだが今の十天というのはまだ不完成とも言うべきかと彼女に伝えた
今この時代の十天は強さのパワーバランスが不安定過ぎると虫神も言ったようにまだ固まってない
リヴィだけがその資格を有しているのだろうか?だが俺達は十天の全てを知らない
その気になれば虫神とゼファーは十天に楽になれるだろうがそれは現実には起きることは無い
彼らは今の十天が完成されることを望んでいるんだよ、新しい強者を見たいと言う欲が彼らをそうさせたんだ
俺達が情報で知っている十天は今こうだ
第1位 リヴィ・ネイ・ビー・ファースト(羊)
第2位 ????
第3位 ????
第4位 ケサラ・パサラ・フォース(花の精霊王)
第5位 巨人族の生き残りアザクタール
第6位 ????
第7位 ジャムルフィン・フォースター・セブンス(銀狼)
第8位 シュウザー・アングラード・エイス(金獅子)
第9位 クズリ・ニューベイター(ベルテット大将軍)
第10位 レリック・フォーメット・テンス(テゥルーゲン教皇レリック)
3つほど空いているが誰がその席に座っているのか見当もつかない
レリックはそのうち消えるな絶対、上位職が維持は到底無理だ
ケサラパサラもそのうちゾロアにその称号を返すんだと思うと相応しい力を持ってからゾロアはなる筈だ
だってゾロアは十天の全盛期での4位だったんだぞ?前世の黒龍はくっそ強かったんだろうがそんな彼はゼファーが怖いとベルテット帝国での飯の席で言ってたんだよ、第4位のお前が当時3位だったゼファーが怖いとか3位からの強さの次元が違い過ぎる事が直ぐに理解できるな
出会えば死・・・か・・・
虫神とゼファーそしてリヴィにピッタリだな
『そういやお前ら同棲しねぇのか?』
唐突にグスタフがナッツに話すと隣のベティーの顔が少し赤くなる
ナッツも口を半開きにして横目で彼女を見ているが返答はない、だが顔は返答しているな
いいぞグスタフ俺も混ぜろよ
『そうだぞナッツ、今お前は腰の剣と合わせて16本の剣を操れるが同棲すれば夜の剣も相まって17本のけ『やめなさい』』
『ブヘラッ!?』
後頭部を思いっきりチョップされた感覚だが俺は声に聞き覚えがある内心人間にはない尻尾をブンブン振りまくった
後ろを振り向くと見慣れた顔がそこにはいたが何でいるんだよ
『ルッカ!?』
『スカーレットさんに呼ばれて今日来てみたら丁度帰ってきたのね、話は聞いたけど大変過ぎる度だったでしょ?ナラ村に帰ったら少し休みなさいよ』
『ルッカ姉さんなのだー!』
『ルルカちゃんお久しぶりねー』
タイミングがあったのか、何でいるか聞いて見たんだけども薬剤師の本を漁りに来たんだとさ
残念ながら俺の隣に座ってくれなかったが今日は俺も狼になれるのか!?いや・・・やめとこうか
『変わらないですねルッカさん』
ベティーナは少し緊張した様子で言うのだが学生時代のルッカは女生徒からも人気が高かったし女性からもラブレターを貰っていたんだよ、てか女からの恋文の方が多かった気がするけどもさ
『ベティーナちゃんも変わらないわよー?ナッツ君がお相手なんだぁふーん』
細目でニヤニヤしながらルッカはナッツを見ると目をそらしてひょっとこみたいな顔をし始めた
少しルッカがその反応に笑うと俺達は話し込むことにした
『マジで死ぬかと思ったよ、魔物ランクA+の虫2匹に温情で殺されずに済んで魔族の街で宴会したらリヴィが来てボコボコにされただろ?すると魔物ランクSの虫神が俺の島で勝手な事すんなって怒って出てきたらリヴィが怯えだすし合計4人の勝てない相手と出会ったんだ、もう気疲れってレベルじゃない』
俺がそう言うとナッツが溜息交じりで続いて口を開く
『エーテルリッターにタイガーランペイジそして僕達がいてもここで死ぬんだなって思いましたよ』
次にルルカだ
『何回も死んだ気分になったのだー、あの金色のカブトムシ見ると漏らしそうになったのだー』
グスタフが最後だ
『流石に生きる事諦めるわなぁ、くふふ』
笑いを堪えて熊が最後を締めるとルッカは渇いた笑いを浮かべ始める
食堂の隅にもメイドや執事達もいるが彼らもその話を聞いて驚きを多少隠しながら聞き耳を立てていたことに気付くがまぁいいか
凄い濃い旅だったなぁ・・・良く生きてるよ本当に
だがある意味ゼファーのお陰でもある気もするな、大昔にあいつが虫神をそうさせるような言葉を言わなければ俺達は一瞬で死んでいたのかもしれないんだ
若い目を踏みつけるな、責任の重さを背負うと言う覚悟を知るべきだ・・・みたいに言ったのだろうか
あいつが特に言いそうなセリフだ
『槍は壊れたのは残念ねジャン』
そういえば俺の槍は大破したんだ、今どこにあるって?
インダストリアルの街に置いてきた!!!人間とのこれからの証に渡したらニヴァが喜んでくれていたし父さんには申し訳ないけどそうした方が良いと思ったんだ、許してもらえるだろう
ルッカは壁にかかっている俺の新しい槍・・・いや戟か
『これが新しい槍なのね、それにしても凄い凶悪な武器ね・・・突くだけじゃなく横に振っても楽に斬れそうだしさ』
槍は主に突く為の武器、俺は横に振っても斬ることはできたが本来それはお勧めできない使い方
俺も突きが一番得意なんだけども戟も同じくらいに扱えるんだぞ
ルッカがまじまじと俺の新武器を見ていたので教えて上げたんだ
『それ純度100%の黒花合金で作られたんだってさ』
『コッカゴーキン?』
首を傾げるルッカも可愛いな
『そうそう、インダストリアルゴールドの事だよ』
『はっ!?!?!?』
めっちゃ驚きながら立ち上がるルッカだがそれはベティーナもだ
しかも周りのメイドと執事も口を開けて驚いているけど変なこと言ったか
その反応の理由をナッツが苦笑いしながら教えてくれた
『あの・・先輩?現在インダストリアルゴールドはゼリフタルでも約300gしかないんですよ?それをこの黒花槍ハルバートは純度100%、刃の重さはだいたい4㎏とバランスの良い重さで作られていると思われますが100g単価知ってます?』
100gしかないの!?マジ!?
『ナッツ、100g単価いくつだ』
『世界共通の桃金貨50枚ですけど』
金貨5千枚!?待て!約4㎏の刃なんだろ・・・・計算できるかな俺
桃金貨1枚は金貨100枚の価値だろ?なら100gは金貨5千枚、うわぁ吐き気が
5千を4かけると金貨2億枚か
なんだと!?何代まで遊んで暮らせるんだ!?
『あはははははははは』
俺はおもちゃの様な笑い方になるとグスタフが腹を抱えて笑っている
ツボに入ったみたいだがお前何で驚かないんだよ
『ハルバートって名は戟の一種ですがまんまの形状してますねその武器、払いの部分が斧みたいになってますが先輩もご存じでしょう』
『わかるさ、ハルバートは突きも払いにも優れた武器だろ』
『はい、ですが弱点は重さなんです・・・それを克服したのがその武器ですね、インダストリアルゴールドは重過ぎず軽過ぎずですから最強のハルバートと言っても過言じゃないと思われます』
ハルバートは重さが理由で槍の使いが扱いに困るので持ちたがらないのだがこれは重くない
バランスがいいのはこれを振っていて俺が一番知っているんだとなると槍に一番相性がいい素材はこのインダストリアルゴールドか、剣とかになると重さが必要になることがあるから逆に駄目なのかもしれない事もあるだろうな
『お母さまのフラスカシルバー純度100%で作った悪逆非道剣よりも凄いのだー』
それ気になるぞルルカさん?ネーミングセンス誰だ?スカーレットさんか?
『もう最近何でもありねジャンは』
頭を押さえてルッカが言うが俺は何もしてないぞいつの間にかベティーナが壁にかけられた俺の戟を人差し指でツンツンしている
楽しそうだな、ほっとこう
『ちょっとベティー!先輩のですよぉ』
『少しだけ!少しだけ!金貨2億枚に触ってる!』
めっちゃ楽しそうだな・・俺は顔を横に隠して隠れた笑いを隠す
ナッツが説明してくれたんだけどもインダストリアルに向かう月一の船で向かう炭鉱夫はこのインダストリアルゴールドを夢見て一攫千金を目指しているらしい、最後に採掘されたのは2年前に30gだとさ
『楽しいかベティーナ』
『楽しいですジャムルフィンさん』
それはよかったぁ
突っつくベティーナの背中を哀愁漂う様子でナッツが半分椅子から立ち上がり見つめている
こんな光景を見ていると何度も言うが帰ってきた実感を持ててしまう
『どんな鎧も意味無さそうだなぁ』
グスタフが口にすると我に返ってナッツが席に座り直して答えたんだ
『帝虫カブトロンの甲殻を普通に斬り裂いたんだすよ?ならば軽鉄やミスリルならゼリーですよゼリー?エイジ鉄でも危ういですからね?刃を人間の体に押し当てるだけでスパッ!ですよ?』
その言葉でベティーナのツンツンが止まって無表情になる
変な事想像してるな?わかるぞ?
話もつかの間、スカーレットさんが入ってくると料理が運ばれて俺達は夜食となるがその時に俺はなんで彼女が島に来たのか理由を知った
そうやらアバドンに言ったらしくインダストリアルに俺達が向かった事をゼファーに伝えると彼は真剣な表情で娘は戻らぬと覚悟しろって言われたんだとさ
それでスカーレットさんが倒してくるって言ったら愚か者お前では無理だ!って怒られと溜息交じりで説明してくれたけどそれでも娘が逃げる時間を稼ぐために自らが囮になろうとゼファーの言葉を振り切って
島に来たらしい
後半の話は俺が2日くらい寝て起きた時にグスタフから聞いていたし知ってたけど流石母親である
我が子の為なら命なぞ惜しまないのは誰でも何だな
俺の父さんも初リヴィ戦で絶対勝てないのに死にそうな俺を見て半狂乱で立ち向かうしナッツの親であるクズリもそうだ
親とはそういう生き物なんだろうなと俺はなんだか親という存在が少しわかった気がする
『当時のゼファーと肩を並べた最強格の1人だったとは驚きでした、どうやら出会えば死という言葉は雷帝ゼーブル・ファーと虫神ファブリルダルトロンの2体がいた事から始まったとゼファーが昔話の様に語ってくれました』
スカーレットさんが口にした
お前らのせいかよ
そしてなんで虫神が今もまだ全盛期の強さを維持しているかはゼファーに教えてもらったらしいんだ
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『奴は老いた細胞を自分が操る虫の新細胞を体に取り込んで若くすることによって老いを知らないのだぞ?今この時代であ奴に勝てる者はおらぬ!行く奴は馬鹿を見る前に死ぬぞ』
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だってさ
あの島を覆い隠した数の虫を使って古い細胞を若くしていたのかよ
めちゃくちゃじゃねぇかよ
でもゼファーも短時間だけならまだ全盛期の力を出せる様な事はガウガロで言っていたと誰かに聞いたな、誰だっけ?ナッツ・・・グスタフ?
まぁいいか
スカーレットはそのあと十天の事情の様な事をゼファーから聞いたと言い
俺達に話したのだ、その表情は悲しそうな雰囲気を俺達に見せながら静かにその場に言った
『虫神とゼファーですが、特別仲が良かったのが彼らを引き裂く原因になったらしいです・・・虫神に言われたらしいですよ、老いによって力を失いつつあるゼファーに向かって【お前の老いを見るくらいなら決別した方がマシだ】・・・と、それを話すゼファーの顔に私は同情を覚えました・・・遠回しにその言葉は虫神の我儘なんでしょうね、強いままのゼファーでいてほしいから強いままの彼と別れを口にしたのかと・・・』
耳を垂らして言われた言葉を口にするゼファーが頭に浮かんだな、色んな世界に色んな事情があるか
悲しかったのか虫神・・・認めた存在が朽ちる姿を見ることが
強さの中にも認め合うといった友情の証でもあるんだと俺は思う、彼らなりの誠意なんだ
俺も少し悲しくなるがこの事はゼファーの前では言わない様にしよう
『ゼファー・・・』
ルルカが悲しそうに囁いた
あんなに強いのに、あんなに強大な力があるのにそれでも決別したんだ
彼らの世界の邪魔はしない方が良い、武神ムシガミか
俺はまだ小さい存在だ、とても小さい
強さの最上階の存在からはまだ赤子のようにしか見られていない
俺も彼らの高みに上り詰めてみたい、新しい強さの先にある友情というものがどんな感じなのか知りたくなってきたよ
『可哀そうな話だけど私達がでしゃばる話じゃないわね』
ルッカの言葉にその場の全員が小さく頷いた
夜食を終えると俺達は泊まる部屋に向かうけどもやはりルッカと同じ部屋だ
一応言うが俺は襲っていないから安心してほしい
明かりを消してくっついて寝ようとするとルッカが口を開いたんだ
『虫神って化け物も本当はゼファーといたいんじゃないかな、死ぬところを見たくないんじゃないかな』
『だけどもゼファーはまだ死ぬような感じがしないぞ?シルバが復活したら尻尾振って戦いそうな勢いだけど』
『でも・・・ゼファーがそれを死地と考えていたら』
『死ぬ気で戦うだろうがそんな簡単に死ぬようには思えないけど何か予感でもあるのか?』
『全盛期の力を全て出す気で戦うなら体に負担はあると思うの、自分の最大の力でどのくらいシルバに対抗できるか試すくらいはきっとゼファーはするんじゃないかな・・・そうなるときっと』
死ぬ気なのか・・・ゼファー?
俺は優しくルッカの頭を胸に抱き寄せると最後に口にしたんだ
『歴史と名誉を糧にする狼だし・・・そうかもな』
『高みにも色々あるのね』
だな、ルッカ
次の日、ナッツはポートレアで冒険者として動くのでここで一時お別れだしルルカともだ
俺とルッカそしてグスタフは朝食後ナラ村に向かうと夕方久しぶりに帰ってきた




