21話 銀狼が信じた神は虫神でした
虫神ファブリルダルトロン、彼は十天が最も強かった時代と前にゼファーが豪語していた時の第2位の存在
その甲殻は全身金色であり俺のハルバートでもその硬い体を貫けるか怪しい
縦に2本並ぶ角の1本はとても長くもう片方は半分程度の長さ、触ると全身の棘で大怪我しそうなくらいの全身凶器
なによりも初めて感じた魔物ランクSという威圧に俺は心から笑いたくなったんだ
勝てるわけないよ、リヴィいには立ち向かえてもこの気を前にして戦う気にならない
覚悟がないからじゃない・・立ち向かう事自体無意味だと体が警告しているんだ
これがゼファーよりも高みに位置していた化け物か
初めて信じた神が虫というのはあれだが今俺は見守る事しかできない
あんたに出会えて俺は良かったよ
虫神
『諦めますからぁぁぁぁぁぁぁぁ!熟す迄我慢しますからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
リヴィの目の前で虫神ファブリルダルトロンの長い刃が止まる、もう少し言うのが遅れていれば奴の目玉を貫通していたと思うが痛めつけるだけじゃないのか?そのまま突き刺していたら流石に死ぬぞ?
刃をゆっくり話しながら虫神は口を開いた
『勝手が過ぎるぞ、我はお前の将来性を見込んで第1位の座を譲ったというのにだ?何を間の抜けた事をしている・・・我慢を覚えれぬようでは返上してもらうぞ』
ん?第一位を譲った?
その言葉を俺は忘れることにした、覚えてはいけない
『ジャムルフィンよ』
虫神が体を強張らせているリヴィを無視して俺に話しかけてきた
なんだか凄い者に話しかけられている感覚に陥り少し興奮してしまうが彼に助けられた事には変わりはない
仲間は助かったんだと思うと体の力が抜けていく
だが俺は彼に返事をしなければならない
『なんだ・・・』
『熟したら1対1でこいつと戦ってやれ、そうすればお主の仲間は今後狙われぬだろう』
彼がそう言うとリヴィに視線を移した
直ぐにリヴィは縦に首を振るが俺の返答次第でこいつは我慢してくれるならこの魔天狼の力を信じよう
『約束する』
するとそのまま虫神がリヴィに視線を向けて軽くあしらう感じで告げたのだ
『己の感情で勝手な行動をとりおって・・・我とゼファーの決まりを忘れたわけではあるまい?そしていつまで我の島にいるつもりだ?即刻立ち去れ!!!殺すぞ貴様!!!』
一瞬でリヴィが街の外へと消えていった
最後のあの顔凄かったな、大人に怒られる子供みたいな顔してたぞ
どうやら助かったのか・・・だが安心はまだ出来ないか・・
『さて、セクトヒール』
空に舞う虫の半分が破裂すると緑の粒子が街に降り注ぐ
それは重症であるカールやバニアルドそしてナッツに屋内で気絶しているグスタフに纏わりついた
回復してくれるんだな、どうやら心配した事態にはならないのだろう
セクトヒールの効果が終わるとゆっくりとカール達が立ち上がり屋内に消えたグスタフが出て来た
彼は後頭部を抑えながら出てくると口を開いた
『つ・・ってぇなぁ、あいつはどこに消えやが・・なんだこいつぁ!?!?』
虫神を見て目玉が飛び出そうなくらい驚くと大剣を構えながら俺の近くに歩み寄ってきた
皆回復しても俺は回復しない、俺は狼気が切れたんだし不自由なんだ
戦えるまで三日以上かなぁ今の狼気の量だと
回復量も増えているんだけどもそんくらい時間がかかる
『大丈夫かジャフィン』
グスタフが肩を貸してくれて俺は立ち上がる
熊は俺が狼気を使い果たしたってのは素早く理解してくれたらしくしっかりと支えてくれている
最悪な状況は回避された、俺は奇跡という言葉を信じたがそれは今目の前にいるこの金色の神様もおかげだろう
崇拝したい
『これは誰なのだーー!?ジャムルフィンよー!』
魔族達の後ろからルルカが出てきたがさっき見えなかったな?どこいたんだろうか
まぁいいけどすんごい驚いているけど彼女も目が飛び出そうだな・・・面白い
さっきまでいなかったような言い草だがその言葉に対して虫神が口を開いたのだ
『虫神ファブリルダルトロンだ、魔族や人間はこの島をインダストリアルと言うが本当の名は最悪の島ファーブルデーモンでありここの真の主である』
『ドヒャァァァァァァァなのだーーーー!これがSランクなのかーーー!!!』
金色に輝くその甲殻と3メートルという巨躯そして頭部には盾に並ぶ2本の鋭利な角
両手の刃を内部に収納するとそこから普通の手が出てきたがこれも刺々しい、握手だけで重症になりそうだ
ルルカは尻もちをついて虫神を指さしているが大丈夫か心配だ
怒らせないかの事だけど不安であるがそんな彼女の反応を見て腕を組んで小さく笑っている
魔族の人達は未だに平伏しているけど気配で虫神が誰なのか言われずとも理解したんだと思う
見ただけで普通じゃないからな
『ありがとうございます虫神様』
俺はグスタフの肩を借りて彼にお礼を言うと鼻で笑い答えてくれた
『面白いモノが見れたのでな・・・我も気になって殺しには惜しいと思ったまで』
『十天の2位と聞きましたが1位を譲ったというのはどういった話なんですか』
俺は自然と敬語になってしまうが失敗したくないからだ
無礼ぞ!!とか言われて怒ったら1%も勝ち目はないし戦おうとは思わない
だって恩人なんだしさ
『初代十天第1位は我だ、奴の頑張りを称えてプレゼントしたんだ・・・だから我は2位である』
それはリヴィよりも強いという意味にしか聞こえないけど
『は・・ははは・・あはは』
カールが心無い笑いを浮かべている、ミミリーがそんな彼の様子を不思議がって見ている
ナッツは虫神を見て固まっているが大人しいならばそれでよし!
今はようやく俺は冷静になったがこれがSランクの気迫と風貌か・・見ているだけで吸い込まれそうだ
周りの魔族達の様に平伏したくなる気持ちがわかるよ
『2匹の使いはこないの・・・ですか』
バニアルドも敬語だ!ザ・敬語だ!似合わない!
『・・・来ぬがちゃんとお主等を見ているぞ』
少々何かを考えていた間があったが何かを考えていたのかな
いったいこいつはどこに隠れていたのだろうかが不思議だ
こんな桁違いの気を俺は気づけなかったのかと思うがそれはリヴィもだ、声が聞こえた瞬間に虫神の気を感じたんだ、なんかの仕掛けがあるのだろうと解釈しとこうか
『虫神様、どうか我らに永住権をどうか・・・決して悪さをしません』
『勝手に住み着いたことお許しください虫神様!』
『すいません虫神様』
リュゼルやアレクそしてバハラとかもそんな声を上げてなんか許しを請うてるぞ?
顔を上げない彼らに虫神は小さく溜息をこぼしてから腕を組んだ
一歩だけ歩くが歩く姿も神々しい雰囲気を見せている
『好きにしろ』
遠回しに許可すると言っているな、これなら堂々と街で暮らせる
すると虫神は上空に飛び立ちその2重の声で最後に言い放ったんだ
『毎月新しい苗を森に植えよ!この島は全て我の者である!これから先・・島を壊す者に災いを我が与えよう!忘れる出ないぞ!』
大きな破裂音が聞こえると目にも止まらぬ速さで山の方へ消えていく、それに追従して虫たちも遠くに飛んでいくとこの場がようやく静かになったんだ
全員ドッと疲労を感じてその場に座り込んでいるが平伏していた魔族達はやっと顔を上げ始めた
『虫神か・・ありゃ勝てないわ、無理無理無理』
バニアルドが渇いた笑いを見せてドサッと後ろに倒れこんで空を見上げるとルルカもナッツも真似し始めた
『お母さんでも無理過ぎるのだー!』
絶対無理だぞルルカ
『でもあの2重の声もしかすると』
ナッツがそこまで話すと別の声が俺の耳に飛び込んで来た
『あー!私の家がーー!!!』
リクセンだがどうやらグスタフが吹き飛んだ時に壊した家は彼の家みたいだ
見事の1階がめちゃめちゃである
『あとで街の者で修復しますから』
バハラが苦笑いしながらそういうと渋々納得はしたみたいだけど涙目である
だがありがとうな、死ぬとわかっても戻って来たんだろうが実際死ななかった
多分彼らは虫神教徒とか作りそうな雰囲気でもある
『虫神様が追い払ってくれたぞ』
『十天の第1位が怯えていたんだ・・・きっとさらにお強いんだろうなぁ』
『神様ってあんな姿してるんだなぁ』
うん・・・できそうだな、最低でも崇める気だろうけど
でも最後に虫神は島を破壊する者には災いを与えると口にしたんだがそれは街の者に対する脅威も含まれているのかが考えどころでもある
冷静に考えるとそれも対象だろう、苗を植えてくれるのだし島にある森の繁栄を邪魔する行為に近いから変に心配しなくても良さそうだ
そうしてまた食べ直しになるが切替が早いなとつくづく思う
テーブルに乗っている料理の半分は吹き飛んでいったんだけど残りで飲み直しだとか食い直しだとか虫神様を称えてとか色々混ざった飲み食いなってしまった
『今日は人間との親睦を深めつつ虫神様を称える会らしいです』
アレクが皿に盛った肉を俺に食べさせながら説明してくれたがちゃんとまとめてほしいな!
いやー体が動かない、本当にスッカラカンなんだ
ふと一か所に集まる魔族の集団を見つけたが木に向かって祈りを捧げて・・・あ!
カブトムシだ・・・こいつら・・・本気で称える気だ・・・
実質リヴィ以上の者か、そうなっても仕方ないか
『一時はどうなるか覚悟を決めたぞ』
カールがそう口にしながら近くに寄ってきた
こいつも顔が疲れてるな
近くに腰かけると一息ついて俺に再び話しかけて来たんだ
『俺達が作ったんだよな』
『何をだカール?』
『人と魔族との新しい道さ』
『なるほど、そうだよ・・・俺達皆で作ったんだよ』
『俺もお前ら同様馬鹿でもいいかもしれん』
そういうと彼は笑顔で立ち上がる中央のテーブルにいるバハラの元に帰っていったんだ
俺は椅子から動けないしグスタフに移動を頼もうにも今は無理そうな
テーブルの方で彼はルルカにべっとりくっつかれているんだがやけに彼女が嬉しそうだ
聞き耳を立ててみようか
『私がやられた時にキレたのだなーグスタフー!嬉しいぞー!もっと切れるのだー!』
『だから仲間がやられればそうなるだろうが』
『私だけそうなったじゃないかー!』
『ぐぬぬぬ!』
諦めろグスタフ、お前はそのうち正直になれ
ああ楽しいな
数時間前まで地獄が来たと思ったらその地獄が逃げるくらいの超地獄が来たんだからな
今日の宴会は遅くまで続いたが俺はようやくナッツに気付いてもらえて宿舎に連れてもらうとゆっくりと寝ることが出来た
俺は死人のように寝ていたらしくなんと起きたのだ2日後である
最初はみんな心配していたようだがシルバーバレット諸君はいつもの事だという事でそのまま俺を寝かしたままにしてくれたんだがそのおかげで狼気が半分以上が回復したんだ
寝ている間に面白いイベントが起きたらしいんだが空からなんと大量の鴉の大群に乗ってスカーレットさんがここに来たんだと聞いて俺はかなり驚いた
なんとゼファーに会いに行った時にインダストリアルの話を聞いてしまい泡食って娘を助けに来たらしいんだが島に辿り着いた時の彼女は目に止まる生物全て殺すみたいな雰囲気だったらしくルルカが直ぐに帰れと言って帰らせたんだとさ
娘の無事を確認して帰ったんだけどゼファーに行くなと怒られてでも来たらしく流石母だと思った
しかも全盛期の十天2位がいる事はゼファーに情報を貰っていたらしくて覚悟していたらしい
自分は囮に娘を逃がそうとしたんだとさ・・・いやぁ母だ
そのことを話すルルカもなんだか嬉しそうだったな
しかも何故かグスタフが怒られたとか面白い、ちゃんと娘を守れとか言われたらしくなんで俺なんだろうと愚痴をこぼしていたからナッツが慰めていたという面白い光景を俺は見ていない
なんで大事な時に俺は寝ていたんだ!!
そんなこんなでインダストリアルのも終えて俺達は朝食を食べて船が迎えに来るから外に出るとメリルがバハラと手を繋いでお見送りをしてくれたんだ
カイルとアルミラというカップルもバニアルドに何度も頭を下げてにこやかに会話をしている
どうやら街の馬を貸してくれるらしくしかも魔物が現れない道から行けば半日で船着き場に行けるらしいけどそれは知らなかった
俺達は来るときに遠回りしていたのかもしれない
全員揃った所で馬に乗ると数名の魔族兵とニヴァの父親そしてリュゼルが道案内してくれることになる
『君達ならいつでも歓迎する』
リクセンさんも久しぶりにたらふくご飯が食べれて幸せらしい
それは街の人全員かな
『人間のお兄ちゃんとお姉ちゃんもまた来てね!』
ニヴァがジャンプしながら笑顔で話しかけてきた
『困ったらまた助けてやるぜ?』
グスタフが口元に笑みを浮かべるとニヴァは嬉しそうに返事をしている
『これからが楽しみだよ、山には立ち入らない様にして降りてきた魔族兵の人には警備をお願いすることにしたしその責任者はリュゼルだし問題ない』
メリルが腕を組んで口にしたがリュゼルが警備の頭なら全然問題ないな、真面目だもん
そうして俺達は魔族のものたちに盛大なお見送りをされてリュゼルを先頭に馬で小さな道を駆け抜けた
言われた通り半日とちょいだな
船着き場近くで馬を降りるが既に船が停泊していて俺たちを待っているようだ
『本当に助かったぞグスタフ』
リュゼルが彼に話しかけるとグスタフは笑いながら答える
『その真面目を街でいかせ、じゃあな!』
『ああ!』
リュゼルだからこそ大丈夫、鈍感だけど
『ありがとうジャムルフィン、闇組織デスターは解散にしとくよ』
『助かる、またなニヴァの父さん』
『また会おう』
そうして俺達はカールの手配した船に乗ってゼリフタルに帰ることになった
またここでも男女別での雑魚寝になったが横になれればそれでいいさ、バニアルドはやはり部屋の隅で瞑想しながら汗かいてるが海怖がり過ぎである
その日の夜は皆早めに寝床についた
移動疲れも少しあるが特にちゃんとした理由もなくそういった流れになったんだ
部屋の明かりを消してからふとモリスが口を開いた
『大変でしたね、勝てない存在が三連発とか生涯こんな事態絶対ないと言い切れますよジャムルフィンさん』
あってたまるかよ!!
『俺ももう体験したくないよ…』
『でもやっぱり死闘を体験するとステータス上がるんですね』
『なんか上がったのかモリス』
『明日皆で見せあいっこしましょ』
何か上がったらしいな
モリスだけじゃないような声が上がる
『僕もですよ先輩』
『俺もだぜぇ?』
ナッツもグスタフもか、その後カールもだと言うがバニアルドは既にいびきかいて寝ているので不明だ
やはり戦う相手の力量が高いほど効果はでるんだな
『カールは帰ったら暫く冒険者として動くのか?』
『ミミリーとそうするさ、ついでにネメシスについてもな』
もう少し話で情報くれないかな?
武人祭用に対策したいと素直に思う、断罪という初見殺しに技だけはタツタカと同じ水準の速度で発動できるってぶっ飛んだ職だな
そういえば俺は1つ気が付いたことがあるんだよ、なんでリヴィのヘルブラスターの技を耐えれたのかだ
どうみても肉片が灰になっても可笑しくない攻撃であり奴はこの技を貫通だといったんだけどそれをナッツに聞いて見ると驚きの答えが返ってきた
『シルトは貫通攻撃無効ですからリヴィも知らなかったんでしょうね、物理には効果は薄いですが術系に対してかなり防ぎやすく熟練度次第では半減以上とか頭の記憶になんか残ってます』
だから耐えれたのか・・・奴は知らなかったんだな、ふむ
確かにリヴィにとって俺達の周りの人間は絶対脅威だと思っても仕方がない
流石の十天1位でも完成された魔天狼、千剣、イビルディザスター、ネメシスにヘルトとか相手したら勝ち目は低い
先に始末しようとする気持ちもわかるが俺の仲間達だ、それはやめてもらいたい
『ナッツは武人祭出ろよ?』
カールが口にするとすぐにナッツが返事をして彼と会話を始めた
『僕目立つの苦手で・・・』
『その職になったなら覚悟を決めよ、お前も背負っているんだ・・・あの偉大な父を超える為にもな』
『出ます!』
クズリを引き合いに出されて即答しちゃったよ、単純な奴だ
だがナッツが今年の武人祭に出るんなら大会は確実に大荒れになるだろう
去年よりも質の良い大会にきっとなる・・・俺も今から楽しみであるけどまた推薦でお願いしようかな
そこはベリト副将に頭下げてお願いしたいな
『ぼぼぼぼ僕もでようかななコットンにいいとこ見せたいし・・』
モリスが少し可笑しい、出ればいいじゃないか・・・これは実践稽古にもなるしスキルレベルの底上げが見込めるんだ、そのことを彼に伝えたら目を輝かせて一般試験で頑張りますとハキハキ答えてくれた
『それにしても生きてるんだな・・・』
カールが溜息交じりに言うとモリスも同じことを口にした
『そうらしいですね本当に、一生忘れませんよこんな経験・・・使い2匹に十天第1位そして虫神という絶対強者ですよ?あの島はほんと最悪の島です』
今迄で一番連戦がヤバいと思える旅だ、今後のディロアの件までのは良い経験だと思えるのだが何回死ぬ思いをしたのやら
あの虫神は魔天狼では勝てるのか少し疑問だが魔天狼になったら一度お邪魔してみよう
『みんなありがとう』
俺はそう言うと一瞬沈黙が訪れる、少し微笑むような声が聞こえるがまぁいいか
『楽しかったぞ』
カールの声である
『良い経験でした』
モリスもそう言ってくれる
シルバーバレっトにエーテルリッターそしてタイガーランペイジ、この3チームがいなければもっと大変だっただろうし極力疲労を回復する時間も増えたんだ
俺はこいつらと入れて心底良かったなと思っている
死ななかった
今はそのことに対して幸せを噛みしめよう
その日大事な書物を胸に抱えて俺は寝静まった
数日かけてようやく俺達の住む国ゼリフタルに辿り着いたのである