6話 ダークマター戦
ナッツは剣を思い切って投げた、高速回転した彼の剣がスカーレットを襲う
加減なんてできる筈がない、何をしても絶対に防いできそうな人である
全力で戦っても本気を出してくれないだろうとナッツは考えていた
『まぁ距離を取りたがるのはいたって普通』
綺麗な女性が更に笑顔で際立つと向かってきた剣を素手で弾いた
驚く事は無い、何が起きても彼女ならやってのけると思いたいところだが刃物を素手で弾くと言った行為を見た彼は素直に驚いてしまう
弾いた瞬間金属音が聞こえたのだがスカーレットの腕は本当に腕なのかと思ってしまう
弾かれた剣は彼女の後方に飛んでいくのを確認してナッツは口を開く
『ハンドハーベン』
右手で弾かれた剣を指さすとその剣が紫色に発光し始めた
未だに彼女はナッツに視線を向けたまま後方を向こうとしない、やけに清々しい顔であることに不気味さを覚える
伸ばした右手を思い切り引くと彼の剣はまっすぐ彼女の背後に飛んでいく
どうせ避けるだろうと思ったのだが事態は思わぬ方向に向かった
『ごふっ』
ナッツの剣が彼女に刺さったのだ、彼女はずっとこちらを見ていたので此方からは彼女の胸部から剣先が突き出ているのがわかる
『えっ!?』
驚きに声を上げると彼女が一息ついて口を開いたのだ
『10点満点中3点ですね、単発でやるにはあまりにも不細工』
後ろで手を組みながら彼女が彼に歩いてくる
ナッツは咄嗟の出来事に狼狽えていたが全然ダメージがない事に気付いた、刺したのに普通に歩いてくる
刺したのに平気な顔で駄目だししてくる
一体ダークマターとはどんな職なのだろうと彼は疑問だらけになる
気付けばカールは観客席で彼らの戦いを見守っているが真剣な面持ちである
彼も見たことが無いのだ、正真正銘のゼリフタル最強の力を誰も見たことは無い
歩いてくる彼女に自然と距離をとるナッツ
一瞬スカーレットが微笑んだと思いきや静かすぎる部屋で彼女の声が小さく反響した
『鴉天狗道中斬』
ナッツの体が強張る、何かくるとわかっているからだ
反撃がくるという緊張に彼は姿勢を低くして身構えた
いや、それが間違いだったかもしれない・・・彼女の攻撃をまともに受けようと思う事そのものがまったく間違っているのだ
スカーレットの頭上高くに不気味な黒い球体が無数現れたと思ったらそれは直ぐに不気味な者に姿を変えた
『鴉天狗と言う魔物をご存じで?』
彼女の頭上の魔物、それは天狗の様な容姿ではあるが黒い鳥人族の様などちらとも捉えることが出来ない姿をしている
もう鳥類の様な鋭いクチバシに手にはギザギザな剣を持っているがあんな剣見た事も無いとナッツは息を飲む
『ゆっくり作ってあげました、それでは頑張ってください』
笑顔を見せる彼女は不気味だ
そのままスカーレットさんは続けて声を発した
『行け』
空中から助走も無しで一瞬で最高速度で襲い掛かる無数の鴉天狗がナッツに襲い掛かる
彼は目を見開いてその光景を見るが見惚れている暇なんて皆無である、歯を食いしばり神速一閃で彼女の元に加速した
『ぐおぉぉぉ!』
飛んでくる魔物の突進・・・まるで隕石の様に襲ってくる鴉天狗は地面に激突するとまるで巨大な剣で地面を抉ったかのような亀裂を作っていた、持っていた剣はさほど大きくはない筈なのにである
地面に激突していっった魔物はいつの間にか消えているので召喚術ではないようだと彼は思った
一撃を与える為に一直線に襲ってくる技だろう
それをギリギリで避けつつ彼女の元に近付くとナッツは叫んだ
『メッサーシーセン!』
彼の周りから3本の球体が短剣となりスカーレットさんに飛んでいった
それなりに術の構築時間も短縮されたようだがそれでも彼女にとっては退屈な時間であろう
余裕な面持ちで彼の攻撃を見守るくらいだ、その短剣をあの可細い腕で払いのけた
そこまで軽い技じゃない、女性の軽い叩きで弾ける技じゃない
そういった疑問がナッツの頭を駆け巡る、彼女に走り寄りながらその考えを捨てることにするが彼女は既に彼に視線を向けている、隙にもならない攻撃になる事は知っていた
ナッツにはわかっていた
だから時間が欲しかった、近づく時間を
『隙にならないのはわかっていますよ!でも近づく時間が欲しかったんです』
『おや?』
軽く首を傾げるスカーレットだが彼女に向かって最後の助走をつける為に地面を踏みしめた瞬間彼は叫んだ、技を繰り出す為ではないだろう・・・通用しないのは知っている
それでも一つだけ彼女を驚かせることだけはできる
勝てないのは最初から知っている
国最強の冒険者であり魔天狼とやりあった5大天位職ダークマター
ナッツは中位職である、軽く息を吹きかけるだけで飛ばされるだろう・・・戦力差とはそこまである
『ハンドハーベン!!』
『!?』
彼が叫んだ時にスカーレットの体が前のめりに倒れそうになる
足で踏ん張ろうとしつつも彼女はその正体を知った、刺さった剣だ・・・抜いていなかったのである
ナッツの剣が刺さったまま彼女は戦闘を続行していた、完全に嘗められていると感じたナッツはまだ生きている剣を最後活用しようとしたのだ
せめて近づかないといけない
ナッツのハンドハーベンによって彼女に刺さった剣は前のめりにバランスを崩そうとナッツによって動いたのだ、一瞬その光景に彼女は目を奪われるが直ぐに踏みとどまると前方に視線を向けた
『あぁぁぁぁぁ!!!』
彼の剣がスカーレットから抜かれた、それはナッツが抜いた行為であり決してスカーレットが抜いたわけなじゃない・・・そんな暇はない
ナッツが目の前まで迫っているのだ
その様子に彼女は微笑んだのである
よくぞここまで頑張った、よく弱い自分をフルに出し切れる頭脳を物にした
自分にしかできない事をよくここまで出し切れるようになった
この短期間で
『10点満点中6点』
その言葉を囁いて彼女は殴ろうとしてくる彼の拳を払いそのまま蹴り飛ばした
一瞬で体内の空気が抜ける様なくらいの重い蹴りを受けた彼は体をくの字にして後方に吹き飛んでいく
普通ならここで終わりだ、彼の意識は朦朧としながら吹き飛ばれているのである
だが彼女は終わりじゃないとわかっていた、意識が潰えない限り戦いの終わりは訪れない
それよりもスカーレットの後方でなにやら悪だくみを考えているナッツの剣に気付いていた
彼女は知っていた、こんな安い小細工で終わる小物じゃない男だと
ナッツなら最後におまけをつけてくれるはずだと知っていた
微笑みながら飛んでいくナッツを見ていたが彼女の予想通り終わりではなかった
意識が遠のくギリギリで彼は最後に小さく呟いた、蹴られて肺が縮こまっても僅かに残る体内の空気を全部使い
唱えた
『ヴュンデル』
壁に激突して倒れ行くナッツだが最後に唱えた言葉のあとに変化があった
スカーレットの後方で浮いていたナッツの剣は彼女に向けられていた、剣先は彼女に向いていた
彼の剣先から紫色の光線が彼女を襲うがその攻撃を腕を伸ばして受け止めた
その攻撃が終わると浮遊していた剣も地面に落ちて完全に動かなくなった
これによって彼の戦いは終わった、完全に意識が飛んでしまったのだ
最後の最後で手から離れた剣での遠隔操作での攻撃、マシな練習はしてない筈だが彼なりの頭を使い色々密かに研究していたのだろうとスカーレットは考えた
『千剣の資格を持つなんて笑いたくなりますね、魔天狼にイビルディザスターそして千剣ですか・・・ゼファーも面白い時代だという事も理解できます』
その言葉を発すると彼女の体は発光し粒子となったのだ
粒子はそのまま天井にあがると徐々に消えていく
『分身』
観客席の奥からスカーレットの姿が現れた、彼女の本体は隠れていた
今までナッツが戦っていたのは彼女の分身であり彼女は補助スキル分身持ちであった
最上級スキルと言われ伝説級とも言われているスキルをスカーレットが保持していた
ゆっくりと訓練場の中に入り一息ついて再び口を開いた
『サーチ』
気絶しているナッツに不気味な風が通過する
スカーレットは彼のステータスを覗くと笑顔になる、そのまま視線を観客席の隅で傍観していたカールに移すと彼はギョッとした表情で立ち上がった
次は俺の番なのかと冷や冷やしていた彼だがそれは違うらしい
『ナッツ君を部屋に運んでおいてください、今日の彼の特訓は終わりです・・・午後は無しでいいと伝えておいてください』
無言で頭を縦に振るカールはそそくさと気絶した彼を部屋に送り届けた
訓練場を後にしたのちにスカーレットさんは腕を組んで考える
彼はそろそろ上位職になっても可笑しくはないのだが千剣の職になるべきだと
その為にはどういった方法でなればいいのか・・・わからない
彼女は大いに興味があり時間がある時にでも調べてみようと決めた
『ん?』
ナッツは目覚めると自分が寝泊まりしていた部屋だと天井を見てわかった
直ぐに上体を起こして周りを見るとソファーで暢気に紅茶を飲んでいたメイド服姿のベティーナが彼を見て口を開いた
『目覚めたわね、お疲れ様』
口元に笑みを浮かべて彼女がそう告げる
この時ナッツは冷静に何がったか思い出してみたのだが直ぐにスカーレットさんとやりあったと思い出した
自然と溜息をつくが仕方がない、勝てるわけがないと思って攻めて一矢報いた行動に出た
だがそれは正解であった事は今の彼にはわからないだろう
『今日は非番って聞いてますが?』
『あなたがいるなら気になってねぇ、様子を見に来たのよ・・・一応メイド服着ているけどさ』
そう言うベティーナと暫く会話する事となる
午前の特訓内容だが彼女は相づちを打ちながら彼の話を聞いてくれた
ふと2人で話をしている時自身のステータスが気になり見てみることにしたのだが・・・・
・・・・・・・・
ナッツ・ランドル(男17歳)流剣士【中位】
☆戦術スキル
剣術【6】 剣の熟練度、恩恵により攻撃力と耐久力が中アップ
体術【5】 体術熟練度、恩恵により耐久力と素早さが中アップ
魔術【3】 魔術熟練度、恩恵により魔力量を小アップし・詠唱時間を小短縮
☆補助スキル
食い意地【大】 食事による体力の回復速度が大アップ
安眠 【大】 どんな状態でも寝ることが出来る
痛覚耐性【大】 痛覚を軽減する
逃げ足 【中】 対象から離れる際の速度が中アップ
恐怖耐性【中】 恐怖状態を少し緩和
我慢 【中】 少し耐久力があがる
集中 【中】 術や技の構築時間を少し短縮する
体力 【小】 僅かに疲労しにくくなり自身の体力を小アップ
魔力感知【小】 体内の魔力の流れをある程度感じとることが出来る
気配感知【小】 僅かに生物の気配を察知
忍耐 【小】 僅かに物理耐性が上がる
☆技スキル(開示ステータスに表示されない部分)
居合・骨砕き・・流し斬り・トリックソード・十字斬り・唐竹割
神速一閃
☆千剣技(開示ステータスに表示されない部分)
ハントハーベン・メッサーシーセン
ヴュンデル・シルト
☆称号スキル
千剣の加護 剣術の熟練度が上がりやすくなり特殊な技を覚えることが出来る
・・・・・・・・・・・
彼の剣術レベルが6に上がった、彼女は自分の事の様に喜んでくれるがナッツはこの時迷っていた
確かに当初の目的であったトリックナイトにはなれるが今となってはそれも無しに等しい
千剣兵の職に進まないといけないと思い始めていたのだ
『上位職ならなれても良い筈なんですけど』
ナッツが気難しい面持ちでそう告げる
実際条件が誰もわからないのである、知っていそうな人はもういない
クズリにもう一度聞こうとしても知らないと言った言葉を聞いたばかりなので期待も出来ない
だがもし千剣兵になるとなっても唄人がいない、軽く八方ふさがりであった
そのことも踏まえて彼女と話し合うが答えは出てこない、でも一つ僅かな希望があった
『でも先輩の母親であるマリスさんなら・・・』
ナッツは今でも覚えている
ジャムルフィンの母であるマリスさんならもしかしてと
銀の道を解放したのはマリスさんのおかげでもある、少なからず唄人の力を持っているという事になる
それに気づいたナッツはまだ希望があると口元に笑みを浮かべ喜んだ
『大変ねぇナッツも』
『まぁ仕方がないですよ、少し用事があるので外出します』
『気をつけてね』
『わかってますよ』
そう言いながらベットから離れて装備を整えて彼は館の外にでた
今からナラ村にいく訳ではないのだが彼の脳裏にはいかなければならない場所が出来てしまった
気になって仕方がない、それもその筈
自分の身内を知るために聞けることは聞いておきたいのである
昼過ぎに館を出た彼は軽く商店街にある屋台で軽く腹を満たすとそのまま監獄棟に足を運んだのであった