2話 覚悟した後悔
『ナッツ、今日はこれくらいにしてまた後でこよう・・・今全部聞いても整理に困る』
『そうですね』
少しばかり残念そうな面持ちでナッツが俺の近くに歩み寄ってきた
肝心のクズリは未だに真下を向いたまま顔を上げようとしない
一先ず俺はナッツに先に上に上がる様に指示すると彼は直ぐにここから出て言ったのだがそれを察してクズリが口を開いた
『ありがとう』
こんな偶然本当にあるのだろうか
孤児院時代から仲良くしていたナッツがまさかこいつの息子だと言う事実に度肝を抜かれた
俺は檻の前であぐらをかき、彼に視線を送る
顔を持ち上げた彼は泣いていた
顔をくしゃくしゃにして我慢していたのだ
これでクズリの苦労も半分報われたわけである
『だが何故ナッツが・・・名前が違うが本当にあいつなのか?』
『間違える筈がない、ルッツだ』
ナッツ?ルッツ?
名前の違いにいまいちピンとこない
似ているのだがこれは孤児院の人でしかわからないのだろうと思う
『十数年、探し続けた・・・お前があっさり連れてきて気持ちのやり場に困るが、生きていたのか・・・あいつは幸せか?』
情けないと思える表情で泣く姿に俺は正直に答えるしかなかった
『ああ、俺の良い後輩だ』
『そうか・・・一目見れただけで満足だ』
その言葉に俺は不満であった
誰でもそう彼が言えばそう思うのじゃないだろうか?
満足というのはそれ以上求めないという言葉だ、彼はそれ以上何もしないという意味だ
お前が父なら何故素性を隠すかは薄々気づいてはいるが念の為に聞いてみることにした
『打ち明けないのか?あいつは本当の親に会いたがっているぞ』
『それでも俺はもう親の資格を失っている、親だった者という過去の存在だ・・・俺なぞもういらぬだろうし闇組織の者が親でしたと言って喜ぶ筈もない、あいつは善悪ちゃんとわきまえている顔つきだった・・・少し調子の乗りそうな感じはするが』
ご名答だな、流石実父である
長い年月会えなかったとしてもさっきの時間だけでわかったか
だが今の彼のままでは言うに言えないと言った理由は言われると思っていた
クズリはゼリフタルの闇組織ダグマの元メンバーなので見つけたとしてもバラす気は毛頭ないのだろう
彼が決めたのならば俺は何も邪魔できない、むず痒い心地悪さだが仕方がない
『本当にいいのか?あいつが幼少期の記憶が無くなっていたとしても愛されていたという自覚を持っているんだぞ?あいつの身に何が起きて記憶が失ったかはわからないがそれでも会いたいと思っているんだ』
『俺は見つけるだけの為に全てを捨てた、自分を捨て妻を国において地に堕ちてまでもだ・・・俺にその資格はない』
よくわからない、面倒な考えであることは理解している
俺は溜息をつくと彼に質問してみた
『本音はどうなんだ』
涙を流し続ける彼は弱々しく答える
『ルッツに謝りたいさ、十数年苦労させたことを・・・それに彼の父でありたい』
下手に介入できないなこれは
遠回しに素性を知られるのが怖いのである
父だと彼に迫りその反応を見るのを酷く恐れている
『1人にさせてくれ、もう約束は果たされた・・・俺はここで生涯を終えるだろうがこれ以上求める物は何もない』
彼は大嘘を吐いた、再び俯いてそれ以上何も話さなかった
無言でクズリの元を後にして監獄棟の外に出るとナッツがいたので彼に近付く
今回は千剣兵と言う不明な点が多い職の情報をそこそこ聞けたので収穫はあったが全体的に見てみるとどうも釈然としない
このままで本当に良いのだろうか?
『先輩・・・また来る予定はありますか?』
ふとナッツが俺にそう聞いてきた
察するにどうやら気になっている様なのだが俺がわざわざ来てすることでもないと感じてナッツに自由にするように伝えた
『あとはお前が気になるなら行っても良いぞ?あいつは暴れはしないから大丈夫だ』
『そうですか、ではそうさせてもらいます』
少し微笑んでいるところを見ると行きたいのだろうな
完全に無意識だ、会いたがっていると鈍感な俺でもわかる
ある意味クズリの希望としてはナッツの記憶が一部無い事は幸いしただろう
幼少期ならばある程度子供の頃親との思い出は誰にでもある
だいたい4歳くらいか、十分親の顔も覚えているし色々愛されたと思わせる様な振る舞いを知っていても可笑しい事じゃない
とても歯がゆい、俺だけそんな2人の正体を知っていて俺から言えない
言ってはいけない、一度だけ悪い人になっても良いと言われたならこの場で俺はナッツに父が誰か口にしているだろうが俺にそんな事は出来ない
俺達はこの場を離れてモヤモヤしながら街中を歩いた
ナッツがお腹が空いたと言うので街を散歩しつつも丁度目に止まった軽食屋でお互いカツカレーを頼み食べている時質問してみた
『千剣の称号とかお前も凄いもんもったな、親に感謝だな』
探る様な形でそう口にしたのだ
ナッツは苦笑いしながら頭を掻くと俺にこう話す
『そうですね、肝心の親の情報なんて無いに等しいですけど』
最後の一口を食べてスプーンを置くと椅子の背もたれに思いっきり寄りかかり彼は続けて話した
『それでも会いたいんです、親に甘えるといった誰もが小さい時に通った道を僕は覚えていません・・・捨てられたんじゃないかと思っていたのが愛されていたんだと知った時本当に嬉しかったですし・・・』
俺はこの立ち位置が嫌いだ
そう思ってきた
一息ついたナッツは最後に告げた
『あのクズリという人は多分僕が小さい時に出会ったことがある人だと思います、懐かしい感じがしたんです』
俺はこの時クズリの願いを聞けないと、やってられない
なぜこんな挟まれた役をしなければならないのだろうかと
せめてものいたずらで俺はナッツにある事を話すことにした
俺も最後の一口を食べ終わりグラスの水を一気飲みしたらナッツは不思議そうに俺を見つめた
グラスをテーブルに置くと彼に話したのだ
『黙っていたがお前の正体を少しだけ知っている』
その瞬間ナッツが見た事も無い様な表情をみせた
驚いているにしても小さい、無反応とも言い難い
時間は進んでいると言うのに彼の時間だけ止まった感じがする
少し冷静になったのだのだろう、ナッツは徐々に真剣な顔つきになり俺に口を開いた
『どういうことですか?』
流石にどもると怒られそうだ
俺は少なからずナッツに教えることにした
『あのクズリ・ニューベイターが何者か知っているか』
『有名な武人ですよ、ベルテット帝国の元大将軍・・・一匹狼のクズリ、それは先輩から名前を聞いただけでわかるくらい凄い人ですが最初先輩から名を聞いた時は似た名前だとばかり思っていました、本物でしたがあそこまで地に落ちた理由はなんででしょうね』
『そいつが小さい時のお前を知っている』
ナッツが勢いよく椅子から立ち上がる
周囲の人も何事かと少しこちらを気にするが人目に気付いたナッツは静かに座り直した
肩を大きく動かし深呼吸している
間違えれば不味い事だろうがクズリが父とは俺は一言も言ってはいない、小さい時のお前を知っているとしか言っていない
まぁ意地悪な言い方、その言葉が脳裏をよぎる
『懐かしい人だと思っていましたが、僕の父を知っているんですね』
真剣な面持ちのまま俺から一切視線を外さずに口を開いた
小さく頷いてから再びナッツに話す
『お前はベルテット帝国出身の者らしい、彼が良く知っているがこれ以上は俺が詮索することじゃない・・・本当にお前の父を知りたいのなら後はお前の仕事だ、千剣の情報も兼ねてだがお前の力で父を知りたいだろう?』
『何としても聞きだしてみます、もう一度行きたいですが彼の機嫌もわからないので今日は我慢して一度ジェミルに戻ります』
『そうしてくれ、父がわかったらどうしたい?』
ナッツは微笑みながら俯く
暫くして小さく囁くように答えたのだ
『お礼をしたいです、そして出来る事なら感じてみたいんです・・・父の存在を』
彼は親という者を知らずに育った
一応は人並みの幸せを感じて育ったのだがそれは絶対的不完全である
楽しかった日々や辛かった日々、全てが価値のある思い出なのだが彼のその記憶は人とは違う
モノクロの映像の様に十分な思い入れができない
色がない思い出が多数彼の心の中に存在している、誰が彼の思い出に色をつけるのだろうか
ここまで成長した彼を作り上げた人物
親と言う存在を感じて彼の記憶の中の数えきれないほどの思い出は虹色に染まる筈だ
愛されて育っていたという真実を知り彼は決して捨てられたんじゃないと自信を持って言えるようになった、だが自分を愛した親は彼の前に現れない
『馬鹿みたいな話をしますが僕も名を上げれば親の耳に僕の事が届くと思っていました』
俺は彼の願いで共にゼリフタル王国の兵士として前線を支えた
彼と共に一番危なく一番名が上げやすい遊撃隊として兵となったのだがナッツにはちゃんとした意味があって兵士になったのだ
ナッツの頼みだしだったし何となくやりたかったかも・・・的な俺の考えとは価値が違い過ぎる
『どんな親か後悔してでも良いので知りたいのです、会って後悔するよりも知らないで後悔する方が僕の生涯は無価値になるのじゃないのだろうかって』
彼の気持ちは固まっていた
会いたい
その後押しをするくらいなら・・・神がいるなら許してくれるだろう
真剣な表情に悲痛な叫びを入れた彼の気持ちを理解して俺は口元に笑みを浮かべて答えた
『俺には話してくれないだろう、お前ならあいつは徐々に話してくれるんじゃないかな』
ナッツは優しく微笑んで口にした
『そうですね』
俺達は軽く腹を満たすとポートレアで彼と別れることになる
ナラ村にそのまま帰るつもりだがどうやらナッツは2日間スカーレットさんの元で特訓をするらしい
勉強も熱心だが特訓も熱心だ
ナッツは特訓の予定は入れてもらえているので最後に彼をスカーレットさんの館まで送る事にしたのだ
館の前にはいつも通りスカーレットさんの側近であろうハンサムなオジ様執事がゆっくりと一礼をして口を開いたのだ
『ナッツ殿、お疲れさまでした・・・明日から2日間の辛い合宿ではありますが良い成果を得られる事期待しております』
レオタードが良く似合う人だなと思っていると執事は俺の顔を見て再び口を開く
『銀狼のジャムルフィン殿、ナッツ殿の世話は私ら執事やメイドが責任をもって致しますのでご心配なく』
『大丈夫だよ、じゃあナッツを頼む』
『はっ・・・』
再度一礼をする執事
ナッツはニコニコとした様子で俺に向かって頷くと俺も彼に頷いて反応をした
『先輩、では僕は行ってきます』
『頑張れよ』
彼は無邪気な笑顔を見せて執事と共に館の中に入っていった
あいつも中位職だが上位職迄もう少しだ、その気になれば数か月・・・いやもしかしたらそれよりも早いかもしれない、銀彗星でポートレアと抜けて草原を駆け抜けながら俺はそう期待していた
帰ったらグスタフとの特訓の予定もあるしその後は一緒に温泉になっている
夜はルッカの家にお泊まりになってしまい俺は獣と化すだろう・・・・
そのうち俺もクズリに会いに行かないとな
あいつに言いたいことが増えた
一先ずナッツに彼の事は任せよう
勇気を持てていないのはクズリだけだ
ちょくちょくナッツに会いに行き進行状況とか聞きにでも行くか
期待を膨らませていると直ぐナラ村に到着してしまった