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野菜づくし(2)

 店の奥にある四人席へとまた移動したクリスは、パメラにシュウとの相談結果を伝える。


「今日の『野菜朝食』は、いくつか野菜料理を用意できるみたいですよ」

「そう、ありがとう。他に、お通じに良いものってあるかしら?」


 それを聞いて、食べ物だけに頼るのはよくないと思ったのか、パメラは他の解決策をクリスに尋ねた。

 だがクリスには便秘の悩みはいまのところないし、日本でいろんなことを学んだにしても、何でも知っているわけではない。日本での生活も七ヶ月目になるかどうかというところだ。


「うーん、お通じにいい体操するといいとか、『大腸マッサージ』をするといいみたいです。

 だけど、ここで実演するわけにはいかないので、お教えするのは難しいですね……」


 クリスはとても残念そうな表情を見せ、肩を落としてパメラに返した。

 実際にクリスが毎日やっている体操でもないので記憶が正しいという自信がないし、なにか違う体操と勘違いして間違ったことを教えるわけにもいかないので、仕方がない。


 そこにシャルが漬物盛り合わせを持ってくる。

 今度はクリスもシャルに任せるようで、入れ替わるようにカウンター席の方に向かっていった。


 ことりと小さな音をたて、シャルがパメラの前に漬物を盛り付けた器を差し出す。


 今日の漬物は、茄子と胡瓜の糠漬け、白菜の浅漬けだ。


「今日のお漬物なの。どうぞなの」


 パメラは目の前に置かれた漬物を眺めると、次にシャルの方を見つめる。

 どう見ても、十歳そこそこなので便秘などには縁がなさそうである。


「――?」


 シャルは不思議そうな顔をしてパメラを見ていたが、特にパメラから声を掛けられるわけでもないのでカウンター席の相手をするべく戻っていった。







 一足先に厨房に戻ったクリスは、便秘にいいとされる運動のことをタブレットを使って調べていた。


「へぇ……そうなんだ。ふむふむ……」


 独り納得して中身を確認しているが、クリスはすべての漢字を読めるわけではない。

 日本のテレビ番組で見たことを思い出しながら、コンテンツを確認しているのだ。

 挿絵が入っていたりするので、すべての漢字を読めなくても、ある程度は記憶の答え合わせができる。


 パメラにいくつかの料理を用意すると言ってしまっているので、ご飯が炊きあがるまでの間はシュウも大忙しだ。

 他の客が新たに入ってこないのが幸いといったところである。


 料理は結構な量ができていた。

 まかないで食べると宣言しているので、パメラの他にもシュウとクリス、シャルにプテレアが食べるくらいの量があるのだ。


 まず最初に出来上がった料理は、蓮根のキンピラ。

 次に、油揚げと水菜の煮物。


 シュウは鍋の中で千切ったコンニャクを炒め、醤油や日本酒を入れて味付けをしている。


「これはちょっと無理かな?」


 クリスはシュウに確認するのは諦め、パメラにいまタブレットで確認したことを教えることにした。

 自分自身はそれで苦労したことがないが、タブレットで検索すると一週間も出ない人がいるというのだから、パメラのことが心配になってきたのだ。


 クリスは急須に熱めのお茶を入れて、パメラがいるテーブル席へと向かった。







 パメラはテーブル席で退屈そうに座っていた。

 カウンター席であれば知らない男たちとはいえ、他の客が食べている料理を覗いて見たりすることもできるし、厨房から近いのでクリスやシャルに話しかけることもできる。

 だが、テーブル席は隔離されたような場所なので、独りだと本当に何もすることがない。


 そこにクリスがやってくる。


「熱いお茶を入れますねー」


 クリスが湯呑を持ち、コポポと音を立てて熱いお茶を注ぐと、チラリとパメラの顔を見る。

 確かに肌荒れがあるようだし、いくつか吹き出物もできていて、体調が良いとは言えなさそうな雰囲気だ。


「そうだ、『大腸マッサージ』ならここでも大丈夫なので、お教えしますね」

「え? そうなの。どうするの?」


 退屈で少し不機嫌な様子になっていたパメラの目に輝きが戻り、食いつき気味に続きを求めてくる。


「腸は、ここからこう通って、横に伸びてから……」


 クリスは自分の右脚の付け根より少し上から、上行結腸、横行結腸の場所がわかるように指を動かし、更に下行結腸、S状結腸と指でつなぐように説明する。


「そこから横に移動して、下に、最後は曲線を描くようになっているんです」

「へぇ、そうなのね……」


 パメラは自分のお腹を見つめるように下を見ている。

 たぶん、その大きな胸が邪魔をしてよく見えていないだろう。


「あとは、いま指で示したところをなぞるようにトントンと押してあげるだけですね。

 決して力を入れて揉もうとするんじゃなくて、トントンと押して刺激する感じです」

「こ、こうかしら?」


 いかにも見よう見まねといった動きでパメラも自分のお腹を触ってみせる。


「そうそう。そんな感じです。簡単でしょう?」

「そうね、これならいつでもできるし、毎日できるわ」


 難しいことや苦しいことほど続かないものだ。

 なので、この「大腸マッサージ」くらいで抑えておくのが良いのかも知れない。


「夜、寝る前とかでもいいですから、毎日続けることですね」

「そうね、頑張るわ」


 パメラは座った姿勢のまま、お腹を両手の指先でツンツンし続けている。

 その姿をみて、クリスはホッと胸を撫で下ろし、そろそろ出来上がりとなりそうな厨房の様子を見に戻った。








 厨房ではいつもの丸盆に、小鉢が四つ並んでいる。

 味噌汁は日本で営業する際に出す予定だった、季節のとん汁が入っていた。


「料理はそれで以上だ、ごはんは土鍋に入っているから俺が持っていくよ」


 丁度、準備ができたところだったようで、シュウがクリスに声を掛けた。

 炊きたてごはんが入った土鍋は熱いので、シュウが持っていくというのだ。


「その代わり、鍋敷きも持っていっておいてくれるかい?」

「ええ、いいわ」


 土鍋ごはんを出すときは、蓋を開ける瞬間が一つのイベントになると言える。

 もくもくと白い湯気が上がり、一気に香りが広がる様はなかなか楽しいものだ。


 クリスはシュウに言われたとおり鍋敷きを指に掛けて、丸盆の上にある料理を運ぶ。

 少し遅れて、シュウが別の丸盆の上に鍋敷きを敷いて、土鍋を乗せるとクリスの後ろをついて歩き出した。


 まだ食事を続けているカウンター席の客は、何かの儀式でも始まるのかといった顔で二人がつくる列を眺めているが、当の二人はそんなことを気にもしていない。

 唯一、カウンター内で「お茶どうですか?」などと他の客に声をかけていたシャルも少し驚いている。








 パメラは未だ大腸マッサージを続けていたが、クリスが丸盆を持ってやってくるのを見て慌てて居住まいを正した。

 その視線は丸盆の上の料理に向けて注がれていて、どのようなものが出てくるのかと期待がたっぷり籠もっている。


「おまたせしました。野菜の朝食です」


 ことりと小さな音を立ててテーブルの上に置かれた丸盆が、スイッと指で押し出されてパメラの前にやってくる。


 ふわりと漂う胡麻油の香りが食欲を唆る。


「こちらは、『みょうがごはん』です」


 クリスがテーブルに鍋敷きを置くと、そこにシュウが小振りな土鍋をゆっくりと下ろす。

 まだ蓋の穴からは白い湯気がゆらゆらと上がっていて、炊きたてご飯であることが見て取れる。

 もちろん、パメラの視線は土鍋に注がれている。

 一度、マルコと共に「干し貝柱のごはん」を食べたときも土鍋がでてきたので、この蓋を取る瞬間にとても興奮することを覚えている。

 それに、まだ中身が見えないし、「みょうがごはん」というのはどんなものか気になるのだ。


 シュウが蓋を取ると、また一枚の蓋がでてきた。

 とても期待していたパメラは一瞬驚くが、すぐその内蓋が取り除かれることを期待して視線を集中する。

 土鍋の内蓋はとても熱くなっていて、乾いた布巾を持ってシュウは取っ手を摘み、持ち上げる。ツルツルしているし、指がかかるような形状をしていないのでなかなか注意深く、落とさないように持ち上げる。


 土鍋の中から、一気に湯気が立ち上る。

 おかずから漂ってきた胡麻油の香ばしい匂いをその湯気の勢いで吹き飛ばし、爽やかで鮮烈な香りが一気に広がる。


 シュウは、目の前で土鍋の中を混ぜ合わせ、茶碗に装って味噌汁の隣、飯茶碗の定位置とも呼べる場所にそっと置いた。


「一杯分くらいならお替りもありますので、楽しんでください」

「ごくり……」


 炊き立てのみょうがごはんや、胡麻油の香り、色とりどりの料理たちを見ていると、食欲がどんどん刺激される。

 パメラは特にそこまでお腹を空かせていたわけではないが、溜まった涎を音をたてて飲み込むと、シュウの方を見上げる。


「とても美味しそうだわ――」


 ニコリと笑顔を作って、そう告げると、視線を料理の方へと向けた。

 すぐに料理に手をつけたいところだが、それぞれがどのような料理なのかわからない。


「味噌汁は『豚汁』です。『豚のバラ肉』と『ゴボウ』、『ニンジン』、『大根』、『里芋』、コンニャク、『油揚げ』、『ネギ』が入っています。

 お通じを良くするためには、繊維質の多い食べ物が効果的です。

『ゴボウ』は繊維質が多い食材で、腸に良い食べ物です。

 コンニャクはコンニャクイモという芋から作る食べ物で、これはほぼ繊維質と水でできています。

 もちろん、他の食材にも繊維質が含まれていますよ」


 パメラはシュウの説明を聞きながら、とん汁を木匙で掬って口に運ぶ。


 昆布といりこで取った出汁の香りがふわりと漂うと、優しい味噌の甘みを孕んだ香りが鼻腔を擽り、豚の脂の力強いコクと出汁の旨味、野菜の甘みと旨味が舌を包む。


「美味しいわ……」

「具のお野菜もそのスープを吸っているから、美味しいですよ」

「そうなのね?」


 クリスの助言を聞いて、パメラは大根とにんじんを木匙に乗せて、口へ運ぶ。

 大根から、ジュワァッと出汁の味が溢れ出し、ニンジンは噛むとトロリと溶けてしまい、出汁や味噌の塩気に引き立てられ、旨味に甘さを加えてくれる。


「本当ね!」


 コア(異世界)は甘いものが少ない世界ので、パメラも嬉しそうだ。

 次に、シュウはみょうがごはんを説明する。


「ごはんは、『みょうがごはん』です。『みょうが』は『ショウガ』の仲間で、花になる蕾の部分を刻んで混ぜてあります。

 こっちのおかずは、先ほどのコンニャクを少し辛味をつけて味付けしたもの。

 こちらは、『蓮根』といって、うちの玄関に飾っている花の根の部分を甘辛く味付けしたもの。

 最後に、こちらは卯の花和えといって、『油揚げ』を作るときにできる『大豆』の絞りかすを使った料理です。これも繊維質が豊富ですので、腸にいいですよ」


 シュウは続けて小鉢の料理を説明する。

 詳しく説明すればキリがないので、かなり端折った感じの内容だ。


 パメラは注意深く話を聞いている。


「最後に、この小鉢は『水菜とお揚げの炊いたん』です。ごゆっくりどうぞ」


 シュウは一通り説明を終えると、厨房に向かって戻っていった。

 このあと閉店後に、日本での営業が待っていて、その準備をする必要があるのだ。


 パメラはシュウの背中を見送る。


「えらく早口だったわねぇ……」

「このあとの準備があるので少し焦ってるみたいですね……すみません」


 あまりに早口で説明されたのもあって、あまり頭に入ってこなかったのだ。


 クリスは苦笑いを浮かべてシュウの代わりに言い訳を述べる。


 だが、それぞれが野菜を主にしたもので、お通じに良い繊維質が豊富なものが用意されていることはパメラも理解できていた。


 パメラが次に手をつけるのは、みょうがごはんだ。

 木匙を使ってごはんを掬い、口へと運ぶ。


 みょうがの鮮烈で爽やかな独特の香りが口いっぱいに広がり、シャクシャクという繊維質な歯触りが伝わってくる。昆布だしで炊かれた白いごはんは旨味をたっぷりと含んでいて、噛むほどに甘みが舌に広がっていく。刻んで混ぜ込まれている生姜がザリザリとした音をたてると、ごはんの旨味と甘味に包まれた舌を、ヒリリとした辛さが刺激する。


「この『みょうがごはん』も美味しいわね」


 パメラはポツリと呟くと、次の料理に手をのばす。

 実のところ、クリスはみょうがごはんを食べたことがない。このあとの賄いとして出てくる予定だが、そう言われると期待値が上がってしまう。

 とはいえ、いまは客であるパメラの前だ。

 ニコリと営業向けの笑みを作り、パメラが手を伸ばす先を見て、シュウの解説では足りなかった説明を加えていく。


「それは雷コンニャクという料理ですね。

 シュウさんが言ったとおり、コンニャク芋から作ったコンニャクという食材を『胡麻油』で炒めて、味付けしたものです。粉にした『唐辛子』で辛くしてあります」


 数十年前に発見された新大陸から、マルゲリットにも唐辛子やトマトなどの野菜が入ってきており、少しずつだが流通量が増えている。

 ここ、マルゲリットでも唐辛子はいまがシーズンの香辛料だ。


 パメラはそのまま木匙で掬って口元へと運ぶ。

 ふわりと焙煎してから絞った胡麻油の香ばしく、食欲を唆る香りが漂う。


「香ばしくていいわねぇ」


 パメラはそう呟くと、雷コンニャクを口の中へと迎え入れた。


 焙煎した胡麻の香りはまろやかになり、焦げた醤油の香りと鰹節の香りがふわりと鼻腔へ抜けていく。

 クニクニとした食感のコンニャクは、歯をたてればしっかりと噛み切ることができるのだが、舌で遊んでいると少しずつ唐辛子の辛味が広がってくる。


 マルゲリットの住民はまだ唐辛子の辛さに慣れていない。

 実はシュウとしては日本で流行りのスパイスカレーなども出してみたいと思っているのだが、クリスやシャルがまったく食べられないので、街の人にも受け入れられないだろうと諦めているほどだ。

 だから、かなり控えめに味付けしている。


「不思議な食感ね……少し辛いけど、美味しいわぁ」


 醤油、日本酒などを煮詰めて絡めたところに鰹節がかかっているので、味そのものは濃厚だ。

 みょうがごはんの仄かな甘みや、鮮烈な香りと組み合わせるのもいいだろう。


「これは、『水菜とお揚げさんの炊いたん』って言ってたわね……」


 パメラは木匙をフォークに持ち替え、「水菜とお揚げさんの炊いたん」に手を伸ばす。

 京都や大阪では煮物を「炊いたん」と言う。一般には「水菜と油揚げのさっと煮」などと呼ばれる料理だ。


「煮物ですね……」


 クリスが補足する頃には、パメラは料理を口に入れていた。


 ハリハリと音を立てて噛むと、油揚げからはたっぷりと吸い込んだ鰹と昆布の出汁をベースにした煮汁が溢れ出す。


「ふふっ……こうして色々なものが食べられるなんて、贅沢よね?」


 庶民の食事はとても質素で、お祝い事などがあれば焼いた肉が出る程度。

 基本は野菜と干し肉や燻製肉などを煮たスープとパン、もしくは粥なんかが主体の世界である。

 パンの代わりにごはんが出て、スープの代わりに具だくさんの味噌汁。

 今回限りだが、おかずが四品も並んでいるのだから、この街に店を構える商人とは言え、とても贅沢に感じるのだろう。

 ただ、この街の領主の娘であるクリスにとっては普通だが……。


「そ、そうですね……」


 クリスは愛想笑いであることを気付かれないように、笑顔を作って応対する。

 パメラはそれを特に気にもとめず、また木匙に持ち替えて豚汁へと手を伸ばした。


 豚汁に木匙が入る。

 すくい上げた匙の壺には、笹掻きにしたゴボウと手で千切ったコンニャク、油揚げが入っている。


「これは……?」

「それは『ゴボウ』とコンニャク、『油揚げ』ですね。シュウさんが言ったとおり、繊維質が多い食べ物ですよ」


 正確に言えば、油揚げは違うのだが、一つひとつ丁寧に説明していてはいつまで経っても終わらないから仕方がない。


「繊維質ってどんなものなの?」

「その『ゴボウ』を食べるとわかりやすいですよ。食べてみてください」


 繊維質というのはマルゲリットの住民には聞き慣れない言葉である。

 水溶性、油溶性の二種類があって……などという説明をするよりも、実際に噛んで、舌や歯茎に伝わる食感で理解してもらうほうが手っ取り早い。


「そ、そうなのね。じゃぁ……」


 パメラは口を開けて、木匙にのったゴボウとコンニャク、油揚げを迎え入れた。


注:コンニャクはアプレゴ連邦王国やフムランド王国などにはない食べ物なので、『』にしていません。


初稿:2020年8月30日


いつもお読みくださり、誠にありがとうございます。

また、ブックマーク、応援等いただきました。ありがとうございました。


これまで投稿時間を日曜日の08:00にしてきましたが、諸事情により次回から12:00へと変更させていただきます。


次回投稿は 2020年9月6日 12:00 を予定しています。

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