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朝めし屋-異世界支店-  作者: FUKUSUKE


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秋刀魚の炊き込みご飯(2)

 飯茶碗には秋刀魚の炊き込みご飯がしっかりと盛られていて、大きな身がどんと載せられている。

 これではどこから食べればいいのか、オセフには見当もつかない。


「あら? 食べにくいですか?」


 その声にオセフが目線を上げると、カウンターの向こう側からクリスが覗き込んでいた。

 あまりに難しい顔をして食べているので気になったのだ。


「あ、いや……そんなことはない」


 咄嗟にオセフは何事もないような素振りを見せるが、崩れていない身がゴロンと載っていれば木匙では食べにくいのは間違いない。


「そこにある四つ爪のフォークを使って先に食べる方が楽かも知れませんよ? 別に行儀作法を気にする必要もない小さな食堂ですし、手掴みでも問題ありませんし…… 」


 クリスはチラリと隣の男性視線を向ける。

 その男性は、手掴みで秋刀魚に齧り付いており、「オレのことか?」とでも言いそうな顔でクリスの方を向いた。

 だが、クリスはすかさず新しいおしぼりを広げずにカウンターの上に置く。


「あとでお手を拭いてくださいね」


 クリスはそう一言だけ話すと、他の客のお替り注文を受けに奥のカウンター席に向かって歩いて行った。

 オセフはもう遠慮することなどないと、四つ爪のフォークをグサリと秋刀魚の身に突き立て、口に運ぶ。


 表面に塩を振って焼いた秋刀魚の身は、口腔内にじゅわりと身の脂を広げると、背の青い魚の中でも秋刀魚特有の香りをふわりと広げ、鼻腔に抜けていく。塩だけで味つけられた身はしっとりとしていて、ホロリと歯の上で崩れていくと、奥歯で噛んだ身の中から旨味を持った汁がじゅっと溢れる。


 オセフは北にあるダズールの街で生まれ育ったので、秋になると漁れる秋刀魚を食べたことがある。

 冷凍や冷蔵技術が未発達なので新鮮なまま水揚げされることは殆どなく、生で食べることが難しく、主に干物にされてしまうのだが、水揚げされた直後は塩を振ってバターでソテーしたり、パテにして硬いパンに載せて食べたりするのが一般的であった。オセフの記憶ではそれはそれで美味かったのだが、この店の調理方法は見るからに少し違う……と考えながら、オセフはフォークを炊き込みご飯に差し込み、掬い上げる。

 炊き込みご飯は餅米を混ぜられているので適度な粘りがあり、ポロポロと崩れることもなくオセフの口に運ばれた。


 口に入れると先ず感じるのは秋刀魚特有の身と脂の香り。そこに、仄かに皮の焦げた香りと九条ネギの鮮烈な香りが加わって鼻腔に抜けていく。

 舌先で感じる食感はしっとりとした秋刀魚の身に加え、ふっくらと炊き上がった米粒の柔らかくもむっちりとした米粒の感触なのだが、昆布出汁と秋刀魚の身の旨味や甘味、内臓の苦味、醤油や梅干しの塩気、酸味などがそこからじわりと伝わってくる。そして二度、三度と噛み締めるとその様々な味が口の中で混ざり合い、秋刀魚の味を香りや苦味、酸味がくっきりと浮かび上がらせる。

 そして、オセフがその秋刀魚の美味さを味わうように噛み締めていると、その旨味は米粒を咀嚼することで徐々に甘みへと塗り替えられていき、最後はスルスルと喉の奥に流れていく。

 故郷で食べたどの秋刀魚よりも美味い……それがオセフの頭に浮かんだ言葉である。

 何よりも嫌な香りがなく、秋刀魚の良い香りしか感じられない。そして、塩味と酸味、苦味などが秋刀魚の身や脂の味の良いところを引き出し、癖のある部分を消し去っている。


 オセフは口の中に残った炊き込みご飯をゴクリと飲み込むと、心から感心したと言った様子で声を漏らす。


「美味いなぁ……」


 そんなに大きくはないが、その声はカウンターの中にいたクリスの耳に届く。

 クリスはニコリと笑顔を作り、オセフに声をかけて頭を下げる。


「気に入って頂けたようで……ありがとうございます」


 突然のクリスの言葉にオセフは恐縮し、ポリポリと後頭部を掻くと、照れを隠すようにまた炊き込みご飯を掬って口に入れた。木匙の上で小骨らしきものが見えていたが、気にせず放り込んだところ、全く気にならない。昔を思い出してみると、同じ秋刀魚でも自分が食べていた秋刀魚は骨をしっかり取って食べていたはずだ。

 内陸の生活で豚や鶏の軟骨なども平気で食べるようになったせいでこの程度の細い骨など気にならなくなったのか……などとオセフは考え、不思議そうに首を傾げる。

 実際は梅干しを入れて炊き込んだことで、腹骨程度の細いものは柔らかく煮えた状態になっているだけだ。


「お客さん、うちは初めてみたいだけど……収穫祭の見学とかでいらしたんですか?」


 クリスはさりげなく、オセフに声をかける。

 他の常連客などには既に声をかけているので、これも継続的に来店してもらうための営業活動だ。


「いや、オレは西の職人街に工房を持ってる大工だ。オセフという。収穫祭も始まって、少し暇になったから今日はぶらぶらしていたんだが、この店の噂を前に耳にしたのを思い出して来てみたんだよ」

「あら、この街の方……しかも大工さんなんですね!」


 クリスは両手を合わせ、右踵を上げて嬉しそうな表情を見せる。

 今後、下水工事を行うため不足する労働者を街の外部からも受け入れることになる。当然、人が集まれば商業も発展し出入りする商人も倍増する。だが、現在のマルゲリットではすべてを収容できるだけの収容力がない。よって街の拡張は最前提となるのだが、その中でも重要な役割を持つのが石工と大工である。

 その大工のひとりと知己を得るというのはクリスにとって、とてもありがたいことだった。


 一方、なぜか自分のような平民と知り合うことに喜ぶクリスを見て、オセフはむず痒くなる。


「ああ、生まれは北の港町なんだが……西に工房を構えてもう二十年になる」

「へぇ、そうなんですね」


 目をキラキラと輝かせ、クリスはカウンターの向こう側からオセフを見上げる。

 シュウがカウンターに立ったときに、あまり客席側から見上げる必要がないように高さを調整されているため、クリスが立つと客席側と同じくらいの視線で話すことになり、少しでも作業などをしていれば、自ずと上目遣いで話すことになってしまう。

 クリスはそれを意識しているのかどうかはわからないが、顎のラインが強調され、目が大きく見開かれるので、その美しさに更に魅力が加わる。

 急に心臓がどきりと強く脈を打つのを感じ、オセフはただクリスを見つめることしかできなかった。


「北の港町というと、ダズールですか?」


 クリスは手元に視線を移すと、追加の漬物を小鉢に盛り付けながらオセフに尋ねる。


「といっても、わたしはダズールという街があるということくらいしか知らないんですけどね……」


 俯いたクリスからは自嘲気味の言葉が聞こえてくる。恐らく、苦笑しながら話しているのだろう。

 オセフは妻子ある身で、相手はこの街の領主の娘。年齢も倍ほど違うのだから恋に落ちるということはない。ただ、あまりに美しい花に見とれてしまっただけだと自分に言い聞かせると、軽く首を振ったあとに咳払いをする。


「ああ、ダズールだよ。そこの船大工の三男坊として生まれたんだが、兄が家業を継いだからこちらに出てきたんだ。そして、船大工の経験を生かしてここで大工をしている」

「そうなんですね。やはり、海の魚は懐かしいですか?」


 クリスはカウンター席のオセフを見上げると、こてんと首を傾げる。

 子どものような仕草だが、美少女が行う仕草としては破壊的である。

 オセフはできるだけ目を合わさずに済むよう、視線を目の前の丸盆に落とす。


「そうだな……このスープは母が作ってくれた魚介スープに似た味がして懐かしかったよ。『秋刀魚』はダズールの街よりも新鮮かもしれん。それに……」


 オセフはまた木匙で炊き込みご飯を掬うと口に運び、もぐもぐと口を動かす。

 話の続きを待っているクリスはそのままオセフを見つめているが、特に続きを促すようなことはしない。オセフの口の中に残った料理を見たくはないし、促すなら飲み込む直前だろう。


「やはりこの料理方法がすごい。あれもこれも加えて複雑な味を作るのではなく、何かを加えて『秋刀魚』の美味いところを引き立てている。このような調理方法があるのだな……」


 オセフは口の中の食べ物を飲み込むと、顔を上げて感心したように声をあげる。

 その言葉を聞いたクリスの顔は喜色に満ち、声のトーンも一段上がる。


「ですよね? ですよね?」


 クリスはカウンターを乗り出すようにオセフに話しかける。

 いつも冷静なクリスらしからぬ反応であるが、それはシュウの腕に対する褒め言葉だ。しかも、自分が試食したときに感じた内容と同じ感想が聞けたのである。同じ経験を共有する、共感するというのは思う以上に感情を昂ぶらせる。


「あ、ああ……」


 オセフはなんとかクリスの問いかけに対し、言葉にならない返事をする。

 突然、今のような状況になると怯んでしまうのは仕方がない。


 一気に上機嫌になったクリスを見て、シャルが不思議そうに見つめながら厨房へ入る。

 既に数人分のお代わりを受けていて、受け取った飯茶碗に秋刀魚の炊き込みご飯を装いに戻っているのだ。

 それを横目に、クリスも目の前にいるオセフの茶碗を確認すると、一杯目がもう無くなる寸前……あと一口くらいしか残っていない。


「お代わりどうします?」


 クリスがオセフに尋ねると、オセフもニコリと笑顔を見せて返事をする。


「ああ、お願いするよ」

「こちらも頼む」


 オセフの右隣に座っていた男もお代わりを依頼する。

 オセフは飯茶碗から残りのごはんを掬って口に入れると、そのまま左手の飯茶碗をクリスに突き出す。


「はいっ、承知しましたぁ」


 年齢相応の快活な声を出してクリスが飯茶碗を受け取り、厨房に入っていく。

 その後姿を見ながら、オセフは胡瓜の柴漬けを指でつまむと口に放り込む。

 口の中に大葉の爽やかな香りがぱっと広がり、パリポリと音を立てて噛んでいくと、漬け汁の塩味と酸味、旨味が舌の上に広がっていく。


「この『漬物』がまたいいな……」


 梅干しを入れて炊いたとはいえ秋刀魚の脂はしっかりと残っていて、食べ進めれば流石に秋刀魚の味に舌が慣れてくる。それを胡瓜の柴漬けがリセットしてくれる。

 オセフは次に、カブの浅漬けを手で摘んで口に入れる。

 カブの葉はシャクシャクと、刻んだカブの根は鄙びた土の香りを広げながらポリポリと音を立てる。


 どちらの漬物も箸休めとしてちょうどいい――などとオセフが考えていると、クリスが炊き込みご飯のお代わりを持ってきた。


「お待たせしましたぁ」


 クリスは隣の客の分も持ってきているが、飯茶碗の模様が違う。オセフは紺地に白の水玉、右隣の男は白地の茶碗で高台から放射状にたくさんの薄くて青い線が無数に引かれている。これでは茶碗の間違いようが無い。

 隣に座る見ず知らずの男が使った茶碗を洗わずに使うというのはオセフもいい気がしないようで、ほっと息を吐くと、クリスが差し出す飯茶碗を大事そうに受け取った。







 オセフが三杯目の炊き込みご飯を食べ終えると、大きく張り出した自分の腹を摩っていた。

 辺りを見ると、先頭で店に入った男たちは四杯目を食べているところだが、オセフの前には漬物も味噌汁も残っておらず、腹具合の方も七分目といったところで十分に満足していた。


「あ、オセフさん……最後にあと一口だけでもどうですか?」


 大きくなったオセフのお腹を見て目を丸くしながら、厨房からお茶が入った急須を持ってクリスが現れる。


「最後に『お出汁』を『秋刀魚の炊き込みご飯』に掛けて食べると、とても美味しいんですよ」


 クリスの言葉にオセフを含め、カウンター席の全員が反応する。


「その『お出汁』というのをオレにも頼む!」

「俺もだ!」

「もちろんオレも頼むぜ!」


 などと他の客からも声が上がると、クリスはまた何杯もお代わりされないように釘を刺すような一言を言い放つ。


「最後の一杯にだけ、お茶漬けサービスがつくのよ? 今食べてるところに『お出汁』を淹れてもいいの?」


 男たちから微妙な空気が漂ってくる。まだ食べられるのだから、現時点で『お出汁』を頼むのは損をする……そんな考えをしていることが男たちの顔に浮かんでいる。


「じゃあ、オセフさんのお替りに『お出汁』を入れて持ってきますね」

「ああ……」


 クリスはオセフが使っていた飯茶碗をカウンター越しに取り上げると、厨房の中へ進んで行った。

 周囲の男たちからはとても熱い視線を感じるのだが、嫉妬や羨望というものよりも、興味や関心といった感情がこもった視線だ。

 だが、その視線の質がどうあれ、見られる側としてはそんなに居心地の良いものではない。オセフ自身、大工を生業としているのだから腕っ節には自信があるが、出汁程度のことで揉め事になるのは遠慮したいので、厨房の中を見ることで気を紛らわせる。


 然程時間をかけることなく、クリスはオセフの飯茶碗に半分程度の炊き込みご飯を入れてくると、オセフの目の前にそっと置く。続いて、大きめの急須に入った出汁をコポコポと音を立てて注ぎ入れた。

 何かを焦がしたかのような香ばしい香りが湯気と共に立ち上がる。


「この『お出汁』は、『昆布』と『秋刀魚』の中骨と頭を焼いて取ったものなの。そして仕上げは、これを少し……」


 クリスは出汁の説明をすると、最後に刻んだ三つ葉をぱらりと散らす。

 立ち上がる湯気のせいか、三つ葉もその爽やかな香りを湯気に乗せ、存在感を主張する。


「はいっ、お待たせしました。お熱いうちに召し上がってくださいね」

「ありがとう」


 茶漬けを用意したクリスに礼を言うと、オセフは早速木匙を持って飯茶碗の中に入った出汁を啜った。

 一杯目に出された炊き込みご飯に載った秋刀魚の身を解したときに出た頭と骨を焼き、昆布と共に煮出した出汁は、骨の焦げた香ばしさをそのまま汁の中に閉じ込めていて、鼻の奥にまで届いて神経を刺激する。中骨や頭から出る旨味成分は昆布出汁と混ざり合い、互いにその旨さを高めると舌を包み込んで染み込んでいく。


 オセフは木匙を使って飯茶碗に浮かぶ秋刀魚の炊き込みご飯を崩すと、今度は出汁と共に口へ運ぶ。

 また出汁の香りが鼻に抜け、舌にその旨味が広がると、噛み締める米粒や秋刀魚の身から炊き込む際に加えられた調味料――醤油や日本酒など――の味が溶け出し、更に深みが増した。


 オセフは夢中になって、締めのお茶漬けを啜り、掻き込み、味わった。


 骨の焦げた香りは短調で鼻を飽きさせるのだが、シャリシャリと三つ葉を噛み潰すと、その鮮烈な香りが嗅覚を刺激してくれた。食べている途中でも少しずつ変化する味が楽しかった。

 あっと言う間に最後の茶漬けを食べ終えたオセフは、余韻に浸るかのように落ち着いた顔つきで目を瞑って座っている。


 その頃には他の客からも締めのお茶漬けのオーダーが入っていて、クリスとシャルは慌ただしく店内を駆け回っていたのだが、ふとクリスが立ち止まり、オセフに感想を尋ねる。


「どうでした?」


 余韻に浸っていたオセフもさすがに目を開き、返事をする。


「焼いた骨から取った『お出汁』を吸った『炊き込みご飯』は実に美味かった。刻んだ香草みたいなのもいい仕事をしている……」

「でしょぉ?」


 続きを話そうといているオセフの言葉を遮ると、クリスは話題を変える。


「ところで、マルゲリットに大工って何人くらいいるの?」


 突然の話題変更にオセフは一瞬戸惑うような素振りを見せるが、一度深呼吸をする。


「そうだな、たぶんだが……棟梁レベルが十数名、その下で働く者が平均で五名くらいというところだろう。合計しても百人くらいじゃないか?」

「ふむふむ……その棟梁って人が責任者ってことかしら?」

「ああ、一人の棟梁がひとつの現場をまとめて家を建てるんだ。オレもその棟梁の一人だ」


 少し誇らしげに胸を張ってオセフが言う。

 食べすぎてお腹が出ている分、そうは見えないところは指摘せず、クリスはそのままオセフの気持ちを持ち上げるように話を聞く。


「わあ、すごいですね! 一軒あたりどれくらいの期間がかかるものなの?」

「石工たちの仕事が終わってからだし、規模にもよるが……二階までの土台があれば三階建の家だと三ヶ月くらいだな」


 二階までを石造りにして、三階から五階までを木造にした場合の内装も込みで三ヶ月。

 早いように感じるが、特に断熱や防音などにはお金をかけない庶民向けの家が前提だ。


「思ったより早いのね……でも、石工さんがいないと正確な工期がわからないわね……」


 クリスは少し思案げに宙を見上げると、家を建てることの難しさを知る。

 山で木材と石を切り出す者、それらを運ぶ者、組み立てて家に仕上げる者……下水関係の工事を含めればやはり相当数の人間が必要になる。

 ただ、「やるぞ!」とエドガルドが言ってしまえば、少人数で短期間の作業を強いることになりかねず、その結果として手抜き工事や過重労働につながるのをクリスは看過できない。適正な期間に適正な仕事量を適正な価格で依頼するための情報が必要なのだ。


 オセフは、クリスが何を考えているのか理解できずにただ、ぽかんと口を開けてクリスを見つめていた。



初稿:2019年12月08日


お読みくださり、ありがとうございます。

今週もブックマークいただきました。ありがとうございました。


既に12月ですから、店頭に生の秋刀魚が出回る機会も無いかも知れませんね。

この後書きを書いていて、少し残念な気分になりました。

次回もまだ収穫祭の期間中で、秋刀魚の話になってしまいます。

旬は過ぎてしまいましたが、ご容赦いただけますよう、お願いします。


次回投稿は2019年12月15日 08:00 を予定しています。

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