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牛肉の炊き込みごはん(1)

シャルの番外編は、日曜日のおはなし。

日曜日に更新するつもりです。



 ウォーレス・ホプキンスは悩んでいた。

 太りすぎた体型にも悩んではいるが、いま一番悩んでいるのは、買い付けた大豆と玉蜀黍(トウモロコシ)の扱いだ。

 元々、大豆や玉蜀黍はこの国では主に家畜の餌として使われていて、人が食用にすることはほとんどない。だから、大量に仕入れたところで家畜の絶対数が決まっている以上、売れる量は限られている。

 だが、主に麦を中心に育てていたアプリーラ村が盗賊達に襲われ、家畜たちまでが攫われたことによって、まとめて売れるはずだった大豆と玉蜀黍が残ってしまった。全体からすると頭を抱えるほどの量ではないのだが、それでも通年でみると、一ヶ月分の売り上げが減るほどには打撃を受けていた。


「なんとか買っていただけませんか?」


 引き取ってもらえないかとグーリンス牧場にやってきたのだが、牧場主のヤコブ・グーリンスは渋い顔をしている。

 グーリンス牧場は、マルゲリットの街から二時間ほど馬車で移動した場所にある丘陵地の麓にある。裏には山があるが、そこに堀を巡らせることで家畜を襲う獣や魔獣から保護することに成功しており、マルゲリットで購入できる牛の肉となると、まずはこのグーリンス牧場で育った牛だと言われるほどに有名になっていた。

 それだけに飼育している牛の数も多いのだが、鶏や豚もたくさん飼育している。


「大豆と玉蜀黍の両方となると厳しいな。

 できれば、どちらか一方にしてもらえるとありがたい」

「どちらか一方となると、残りを売り切るのがたいへんなのです。

 長いお付き合いだし、わたしを助けると思ってなんとかなりませんか?」


 ウォーレスはとても大きな身体をしているが、とても透き通った少年のような声と話し方をする。ヤコブはそこに強い違和感を感じ、苦笑いを浮かべながら返事をする。


「半分ずつとなると、半月分だけ買い付けが遅れることになる。それも中途半端だろう?」


 ヤコブの言うとおりだ。

 商品を運んでくる荷運び人は月に一回だけ、荷物を運んでくる。

 半月分だけを納入してしまうと、残った半月は商品がなくなるというのはとても都合が悪い。


 ウォーレスは腕を組み、目を閉じて考える。

 穀物ばかり食べているせいか、ウォーレスは同年代の男性よりはふくよかであるが、毎日大量に運ぶ穀物で鍛え上げた腕を組むと、その上半身はヤコブの倍くらいの大きさにまで膨れ上がる。だが、脅しているわけではなく、ただ考えているだけだ。


 玉蜀黍を粉にしたものは、練って焼くとパンのようになるのだが、玉蜀黍のパンはパリパリと硬く、薄いので貧民の食べ物だとする者も多く、需要が見込めない。

 大豆も同じで家畜のエサと認識されていて、ウォーレスが大豆を使った料理を食べたのは一回しかない。大豆を加工し、豆腐というものになった状態で、「朝めし屋」のスープに入っていた。この国で需要があるかはわからないが、加工して食用にするまでのコストも含めて考えれば、よい方法が見つかるかも知れない。


 既に食用にできていることを考えると、大豆を残し、玉蜀黍は購入してもらう方向で考えた方が得策ではないか……。


 そこまで考えると、ウォーレスは自分がとても失礼なことをお客様に対してしてしまったことに気づき、慌てて姿勢を正す。


「あっ……申し訳ございません」


 ウォーレスは子どものような高く澄んだ声言うと、頭を下げる。

 お客様の前で腕を組むというのは、絶対にあってはならないことだ。これは両親から言われ続けてきたことであり、商会を引き継いでからというもの、一度もしたことがない姿勢である。ただ、あまりの難題に無意識のうちにやってしまったようだ。


「大事なお客様の前で、腕を組むなど、あってはならないこと。

 本当に、申し訳ございません」

「気にしなくていい。で、どうするんだ?」


 ウォーレスが腕を組むと強い威圧感があるのだが、そんなことは気にもせず、ヤコブは話を進めようとする。


「この件は、少し相談したい方ができたので、また後日お邪魔したいと思います」


 ウォーレスはとても誠実な対応を見せており、ヤコブとしては他に目ぼしい取引先があるわけでもない。ヤコブも今の牧場を受け継いだときには既にホプキンス商会とのつきあいがあったわけだし、ここで無理して取引先を変える気もない。


「わかったよ。

 ただ、別に一つ条件があるんだ」


 ウォーレスはその大きな身体でゴクリと唾を飲み込み、ヤコブが放つ残りの一言を待つ。


「朝めし屋というところに連れて行ってくれないか?」

「ああ、マルゲリットの街にある変わったお店ですが、どこからその店のことを?」


 グーリンス牧場は、マルゲリットから二時間程度の場所にあり、そこにつながる街道の先には宿場町や、隣町がある。

 このグーリンス牧場で食べることができる牛肉の料理や、牛乳などを求めて立ち寄るのは日常的な風景であり、その訪問客から話を聞いたとしたなら、自然なことである。ただ、あの店はまだ開店して一週間ほどしか経っておらず、そこまでの評判が届いているとはウォーレスも考えられない。


 すると、ヤコブが少し悩ましそうに返す。

「あるお方に仕える者の話で聞いたのだが、その店の『牛肉』が驚くほど柔らかいということなんだ」


 コア(異世界)の牛は食用の黒牛と搾乳用の茶牛、白牛がいる。農作業を手伝うのは赤牛だ。角や尻尾の形、首の長さなど、それぞれ地球の牛とは少し違った外観をしているが、それは地球とは少し進化の方向が異なるだけで、とてもよく似た生き物だ。

 特に黒牛は大きく育ち、肉の量も期待できるのだが大きく育つには時間がかかり、飼料の量も増えていく。

 牧場に放つことで牛は主食となる牧草を食んで成長し、健康管理と獣や魔獣から保護するだけでしっかりと育ってくれるのだが、特に牧草地が広大なことを自負するグーリンス牧場では、多数の牛を飼っていても草がなくなる心配がない。

 ただ、そうして育った牛の肉は引き締まっていて硬く、草食動物特有の香りを持っている。


「それに、生で『鶏』の卵を食べられるらしい」

「なっ……生でですか?!」


 ここで購入される大豆や玉蜀黍は主に豚と鶏のために使われているのだが、鶏舎内で産んだ卵を定期的に拾ってくるだけで、そのひとつ一つがいつ産まれた卵なのかは管理できていない。

 衛生管理と鮮度管理がよほどしっかりした環境でなければ、生食できる卵を得るのは難しいことは、穀物商であるウォーレスでも知っていることだ。


「ああ、とても新鮮で、生で食べても腹を壊すことが無いらしい。

 確かに、新鮮な卵であれば生で食べられるのかもしれないが、生臭そうだろう?」

「ええ、生の卵を食べたことがないので想像することもできませんが……

 わたしが行ったときは、『カレイ』という海の魚の煮つけを食べました。

 とても肉厚で脂ノリがよく、新鮮で驚くほど美味しい魚でしたよ」


 ウォーレスの言葉に、ヤコブは少し驚いた表情を見せ、顎に手をあてて考えを巡らせる。

 ウォーレスがまだその店に行ったことが無いだろうと思っていたのだが、既に行ったことがあるのであれば話は早い。この後の予定を思い出して、問題が無いことを確認したうえで、ウォーレスに向かって話す。


「ならば話は早い。

 このあと街に移動して、明日の朝にてもその店に行きましょう」


 とてもせっかちな話だが、ヤコブのその一言で翌朝にも「朝めし屋」に行くことが決定したのであった。






 店を開く前、シャルは清掃を始める。

 箒を持って、掃き清める。


 朝の営業を終えると、店の前は汚れた外套を払う者や走り抜ける馬車が屋根から汚物をまき散らしていく。

 何日も汚物が放置されたままの居住区とは違い、量は微々たるものだが、それをまとめて捨てるのがこの街で商売をする者にとっての日課である。


「くさいの……」


 農村で生まれ育ち、普段は比較的清潔な日本の街で暮らしているシャルにとって、仕事とはいえ汚物の清掃が朝の仕事になっているのはとても辛い。

 だが、この仕事を大好きなクリスお姉ちゃんにやらせるわけにはいかないと、自らすすんで請け負うようになったのだから、音をあげずに頑張ろうと思っている。だが、さすがに声にはでてしまう。



 クォーンカーン……クォーンカーン……



 朝二つ(午前八時)の鐘が鳴ると、クリスが引き戸を開けて出てくると、日本語で「めし」と書かれた暖簾を掛ける。

「朝めし屋-異世界支店-」の営業開始である。


 掃き集めた汚物が入った塵取りをシャルがクリスに見せると、クリスが何かを唱える。

 ふと軽くなった塵取りの中には何も残っておらず、シャルは店の外にある物入れに掃除道具を片付けに行く。

 隣の建物との間にある小さな木の扉を開くと、そこに金属製の桶と、茶色い毛がたくさん生えたブラシがあり、シャルはそこに塵取りと箒を収納する。


「おや、キミはここで働いているの?」


 少年の声を聞いて、シャルが振り返ると大きな壁のようなものが立ちはだかっていて、少年の姿は見えない。

 よく見ると、目の前にあるのはお腹だ。服は着ているが、恐らくへその上あたりだろう。


 目の前にあるのがお腹であることを認識したものの、少年の姿を探そうとキョロキョロと見回していると、上から声が降りかかる。


「あはは、ボクは上だよ」


 少年がこの巨大な男性に背負われているか、肩車でもされているのかも知れないとシャルが見上げるのだが、そこに少年の姿はない。


「もう、ひどいなぁ……

 見た目はこんなだけど、こんな声をしているんだよ」


 身長はシュウと変わらないが、横幅はその三倍あるかと思うくらい大きな男性の口が動くと、シャルの耳にその少年のような声が届いてきた。シャルもようやく、少年の声をもった巨大なおとなの男性から話しかけられていたことに気が付いた。


「あ……そうなのっ!

 シャルは朝めし屋の看板娘なのっ!」


 慌ててウォーレスに挨拶をするシャルなのだが、「看板娘」という言葉の意味が通じておらず、ウォーレスは不思議そうな顔をする。

 そこに別の男性から声がかかる。


「ウォーレス、ここにいたのか」


 口と顎にたっぷりの髭を蓄え、茶色の髪を総髪に留めた男が「朝めし屋」の前に立ち、ウォーレスに声をかけている。

 キュロットにゲートルを巻き、上半身にはジレとコートを合わせた、比較的きっちりとした身なりをしている。身長はウォーレスと変わらないが、日に焼けた肌が主に屋外で働く者であることを示している。


 ウォーレスは声の方向に顔を向けると、慌てて駆け出す。


「おはようございます、ヤコブさん!」


 地面まで揺れるのではないかと思うほどの巨体の動きにシャルは思わず言葉を失って見つめていた。







 ウォーレスには少し高さが足りない戸口を潜ると小さな庭のようなものが設えられている。前に来た時は人がひとり入れるくらいのスペースがあって、そこで会計をしていた気がする。

 いまは、石を削って作られた水槽が置かれていて、その上にはバーンブでできた筒がある。水はどこかから汲んで入れたのか、とても透明度が高く、水面には三つの花が浮かんでいる。この花は恐らく睡蓮だが、この花が咲いている場所はマルゲリットの近くにはない。


「いらっしゃいませ! ウォーレスさん!」

「いらっしゃい」


 店に入ってきたウォーレスの姿を見て、クリスとシュウが挨拶する。


「おはよう」


 ウォーレスは二度目の来店だが、ニッコリと笑みを返す。二度目なのに名前を憶えていてもらえるというのはとても嬉しいものだ。


「奥のテーブル席でもいいかな?」

「もちろんですよ」


 ウォーレスの体躯は非常に大きい。カウンターで二人分の場所を占拠してしまう。

 前回は手前に身体が小さいマルコが座っていたし、通路側に少しはみ出していたので四人が座ることができたのだが、カウンターに座るとなると、間違いなく二人分の座席を占拠されることになる。

 そのことを承知のうえで、クリスはテーブル席へと案内した。


 ウォーレスが座ると、椅子はミシリと音を立てる。そして、テーブルは少し前に移動しなければならない。

 あまりにウォーレスが大きくて目立つためにヤコブのことに気が付かないが、ヤコブはこの席に座るまでの間、いろいろと目を配り、この店の設備に声を出さずに驚いていた。

 誘われるまま、ヤコブは席につくのだが、なかなか落ち着かない。


「おまたせしました! おしぼりですよっ!」


 クリスがいつものように熱々のおしぼりを広げてから手渡す。

 ウォーレスもこの熱さは知っていて、皮の厚みがある手から拭き、少し冷めると顔を拭く。

 ヤコブもそれを見て、手で摘まむようにおしぼりを受け取ると、喰いつくように注文を叫ぶ。


「にっ……肉豆腐を頼むっ! たっ……たまごつきでっ!」




初稿 2018/10/16

2018/10/22 タイトル変更(旧:大豆のちから)

2019/01/29 矛盾部分を修正

2019/04/30 食材の表現方法を変更、漢数字化


肉豆腐が大人気?

今日は何も食べていませんね……



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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――

イタリアン、スペインバルを舞台にした一人称視点の作品です。よろしくお願いします。
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