表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/107

白いごはんと紅鮭(2)

塩辛い紅鮭って最近見かけません。ほとんどが中辛か甘塩です……。

脂っこい銀シャケ(オーシャン・トラウト)も悪くないですが、「大辛」と書かれた紅鮭は味があって美味しくて大好きです。

もう少し、生産量を増やしてくれないかな……なんて思っています。



 丸いトレイの上に、土を焼いてできた器があり、その器には白い穀物の粒が盛り付けられている。白い穀物から穀物を炒ったような香りがするが、表面をきれいに洗い流し、水分調整を完璧にして炊き上げられていて、一粒一粒が崩れることなく艶々とその表面を輝かせている。この穀物は、米のようだが少し粒の形状が異なる。米は細長い形状をしており、ここまで艶のある炊きあがりになることはないし、この国では野菜としてサラダに使われることが多いものだ。

 マルコはフォークを手に取ると、その白い穀物を口に運ぶ。

 炊き立ての白い穀物は、ぷんっと穀物を炒ったような香りが鼻へと抜けた後、しばらく噛み続けてみると、甘みがでてくる。やはり米に似ているが違う穀物だとマルコは思った。


 その右には木をくりぬいて作ったと思われる食器に茶色いスープが注がれていて、豆腐と刻んだ青ネギ、ワカメが浮かんでいる。そしてその奥には土を焼いて作った茶色い四角い皿に、程よい厚みに切られた紅鮭の切り身が、皮をパリッと焼かれて横たわっている。横には汁を絞った大根おろしが円錐状に積まれており、葉生姜の酢漬けも添えられている。

 マルコは、木椀のスープを飲むために添えられていた木匙を手に持つ。

 金属の匙では唇に触れたとき、金属の香りや味がして不快に感じることがあるので、なかなか気配りのきく店主である。


「さて……」


 マルコはひと呼吸おいて、木匙で豆腐とワカメを一緒に掬って口に運ぶと、その味に目を見開いた。

 魚と海藻の味が溶けだしたスープに加え、植物性のタンパク質の二種類の味が舌に重なる。淡白だが、甘みと素材の香りが口の中に広がるその味の一つは、スープに浮かぶ豆腐だ。残る一つはスープに溶けだしたワカメの味だ。そういえば、魚の味と香りがするのだが、スープには魚らしきものは見当たらない。とても不思議なスープだが、単に美味であるというだけでなく、空腹の胃袋から優しく身体に染み込んでいく。


「ああ、うまい……」


 初めて口にするスープだというのに、身体が欲していたものはこれだと感じ、自然と声にでてしまった。

 その様子を見ていた料理人と少女は満足そうな笑顔を互いに見せる。


 次に、焼いた紅鮭の切り身に目を向ける。

 土色の皿の上に焼けた赤い紅鮭の身がとても美しく、それを飾る大根おろしと葉生姜も、じゅうぶんに配置を考えて置かれていることがわかる。食べる前に目も楽しませようとする心遣いに、マルコはまた驚いた。

 そして、フォークで魚の身を解していくとわかることがある。

 皮の部分は完全に水分を失っているが、焦げているわけではなく、パリッと焼けている。この大陸で魚料理を食べるとなると、多くはフライパンを使うポアレ、ソテーという調理手法になる。ポアレやソテーは牛乳から採った乳脂を固めたバターや、オリーブの実を絞って採った油で煮るような感じになる。他には、鉄板や網の上で焼くグリルという料理法もある。グリルは下からの直火で焼き上げるので、炭火を使うのであれば皮もパリッと焼き上げられるが、多くは肉を焼くのに使ってしまう。このようにパリッと皮が焼けた魚料理というのは見ることはない。

 マルコはフォークに紅鮭の身を乗せ、口に入れて咀嚼する。

 先ずは舌に直接的に訴えてくる塩分だ。岩塩ではなく海水塩を使っているのか、角のとれたまるい塩味がする。そして、海を泳ぐ紅鮭の筋肉質な身がもつたんぱく質の味と腹の周りにある脂身の味がじゅわりと口に広がる。

 塩を振ることのメリットはいくつかある。第一に保存、第二は味付けなのだが、臭みをとるという効果もある。紅鮭は塩漬けにされることで、長期の保存に耐えるだけでなく、臭みを身の外に出すと、塩分を身に吸収してその美味しさを高めているのだ。


「これもうまい……」


 また無意識のうちに声が出る。

 それを聞いた二人は、厨房の奥でハイタッチをしている。よほど褒められたのが嬉しいのだろう。


 そして、マルコは次に白い穀物を口に含んで驚愕する。

 まだ温かい白い穀物を口に入れることで、口内に残った紅鮭の味、香りが白い穀物の味と一体となり、余韻を楽しませてくれる。咀嚼をすれば、白い穀物が甘みを出し、少しずつ紅鮭の余韻が薄れてくるが、嚥下する頃には舌も鼻もリセットされており、また紅鮭を口に入れたいと思ってしまう。


「これは……やばい……」


 気が付くと夢中でスープを啜り、白い穀物を食べる。紅鮭を齧っては、白い穀物を食べ、漬物を食べて白い穀物を食べる。


「やばい……やばい……とまらない……」


 白い穀物は紅鮭だけでなく、スープや漬物でも余韻を楽しませ、舌と鼻をリセットさせてくれる。これが硬くて平たい黒パンではこうならない。店員の少女が「主食」と言っていたが、その本当の意味をマルコは理解し、気が付けば「やばい」を連呼しながら食べている。

 当然、白い穀物は足りない。器に入っていた穀物はあっという間に胃袋へと吸い込まれ、無くなってしまう。だが、気が付くと隣に木でできた蓋つきの桶のようなものが置かれている。

 そこにはマルコ一人では食べきれないほどの白い穀物が入っていた。


「ごはんのおかわりは自由ですので、存分にお楽しみくださいね」


 少女はマルコに向かってそういうと、また厨房へと戻っていった。

 この白い穀物は「ごはん」というのか……と考えながら、自分の手でおかわりをよそう。

 そして、またさっきのごはんを中心としたスープ、紅鮭、漬物のサイクルが始まるのだが、やはり最初に無くなるのは紅鮭だった。

 残ったのは皮だけという状況で、スープがあと3口程度、漬物も5切れ程度だ。

 できるものなら、もう少し紅鮭を堪能したかったと思っていると、今度は料理人の方が近づいてくる。


「お客さん、紅鮭の皮は脂が乗っているし、芳ばしく焼けているから、それだけでもじゅうぶんなおかずになりますよ。

 それでも足りなければ、ごはんに味噌汁をかけたり、お茶をかけて茶漬けしたりするというのも面白いです。是非試してみてください」


 そういわれると、マルコにやらない理由はない。


 まずは、紅鮭の皮を齧ると、芳ばしい香りが口の中いっぱいに広がり、身についていた部分からは脂の旨味が一気に広がる。


「おお、これはなんと!」


 マルコは気が付いた。この紅鮭で一番美味しいところは、皮だったのだと……。


「鮭の皮って美味いでしょ?」


 コクコクッと頷き、次の一切れに手を伸ばすマルコを見ながら、シュウさんは目を細める。

 鮭の皮も食べ終えたマルコは、シュウさんが言ったとおり、ごはんを味噌汁の中に入れて混ぜて食べる。

 残った汁物は少しだったのだが、ごはんが汁を吸ってとてもうまい。海藻と魚の味が詰まったスープをごはんと別々に味わうのとは違った美味しさがある。

 これもマルコは気に入ったようで、木椀から味噌汁を吸ったごはんを黙々と口へと運ぶ。


 最後に、ごはんを器によそい、お茶をかけて漬物を食べる。

 葉の香り、渋み、甘さがごはんと絡む。


 ごはんと漬物は相性がいい

 お茶と漬物の相性もいい

 まずいわけがないじゃないか


 マルコは心の中でそう呟くと、自然と溜息をついた。


 空腹は最大の調味料であるという諺があるが、この店の料理は別格で、例えどこかで食事をしてきた後でも楽しめそうな、それほど美味しい料理であった。

 マルコは心からこの店の朝食を堪能した。


 食後にもう一杯、お茶を入れてもらったマルコは、気になっていたことを少女と料理人に尋ねることにした。


「いやあ、最初はあまりに街の雰囲気に合わない店なので警戒していたのですが、こんなに美味しい食事が食べられるとは思いもしませんでした。

 知人にも紹介したいと思うのですが、お店の名前を教えてもらえませんか?」


 その一言に料理人シュウさんと、少女は言葉を失った。


「すみません、暖簾にも「めし」としか書いてなくて、店の名前を決めていないんですよ」


 ポリポリと後頭部を掻きながら、シュウさんが答える。


「もう、シュウさんったら、説明が足りてないですよ!

 お客さん、暖簾というのは、お店の前に掛けてある布のことですからね」


 なるほど、あの布には「めし」と書いてあるのかなどと考えたマルコであるが、今度は「めし」の意味がわからない。まあ、この店のことは気に入ったので明日もくることにしよう。いや、夕食もここで楽しみたい。


「すみません、何せこっちは全然慣れてないもんで……

 この店も今日から営業をはじめたところで、お客さんが最初のお客様なんすよ」


 店内が清潔で明るい雰囲気を持っていたのは、今日からの営業だったのだ。

 だが、これほど美味しい料理を出す店は王都に行っても見当たらない。


「おお、そうだったのですね!

 旅の行商人ですが、この街にいる間は毎日通わせてもらいますよ」

「「ありがとうございます」」


 シュウさんと、少女は揃って頭を下げる。


「わたしは、行商人のマルコ・キャンベルと申します。

 この大陸中を旅して歩いていますので、珍しい食材など買い付けが必要でしたらご用命ください」


 マルコはこの大陸を何か月もかけて周回し、それぞれの地方で見つける特産品を集めては州都や王都で売りさばくことを生業としている。特に珍しい食材などの仕入れ先になれるのであれば、これからの付き合いはながくなることは間違いない。この州都マルゲリットに来る楽しみも増えるというものだ。


「俺は生田秀一、シュウって呼んでください」

「シュウさんはわけあって、遠いところから来た人なの。

 わたしはクリスティーヌ・F・アスカ……イクタ……シュウさんの妻です。

 クリスと呼んでくださいね」


 アスカという姓は、この領都の主であることを示しているが、マルコは聞き逃してしまった。

 何よりも、この二人の仲が気になったからだ。


「いや、結婚してないだろうが……」


 シュウさんもまんざらでもないようで、照れ隠し程度にクリスのことを小突く。

 とんでもない甘さのデザートを出された気分になり、マルコは席を立つことにした。


「ごちそうさまでした」

「お会計は五十ルダールです」


 料理は何を選んでも五十ルダールらしい。


「うちは昼と夜は他で仕事があるものですから、また明日の朝、お待ちしております」


 そういうと、クリスは店の前までマルコを送り出し、深々と頭を下げる。

 これほどの料理を出す店は、酒と共に夜にも楽しみたいと思ったが残念だ。他にも仕事をしているのであれば仕方がない。


 しばらく歩いても、振り返ると頭を下げているシュウさんとクリスが見える。


「こりゃ、宣伝しすぎると、客が殺到して食べられなくなるかもな……」


 などと一人ごちるマルコであった。


 だが、とても美味しい朝食が食べられたことに心から満足したマルコは、行く先々で今朝の食事を褒めて歩いたのであった。

初稿 2018/9/12

2019/04/27 米の臭いの表現を変更、食材の表現を変更、一部文言を修正


用語解説


[貨幣単位]

ルダール 

50ルダールで、500円程度を想定しています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

別のペンネームで、新たに投稿を始めました。

町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――

イタリアン、スペインバルを舞台にした一人称視点の作品です。よろしくお願いします。
.
.

小説家になろうSNSシェアツール

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ