漆黒の王と大海の姫
広大な大陸にある三つの国の一つ、大海の国。
水資源が豊富で、海に面している国である。
今日はこの国の姫、ウンディーネ・エストレザーが嫁入りする日である。
通常ならば、国を挙げての祝賀で祭りのような雰囲気に包まれているはずなのであるが、この日は違っていた。
大海の国の人々はウンディーネ姫のことを愛していた。彼女には何の問題もない。
あるとすれば、嫁入り先の火山の国である。
つい先日まで、内乱が起こっていた、まだ内政が整っていない国に、国の宝であるウンディーネ姫がいってしまうことに、国民は心配していたのだ。
最も、この国で一番ウンディーネ姫のことを案じているのは他ならぬ、この国の王であり、彼女の父であるイリゲート・エストレザーであろう。
「すまない…ウンディーネ」
イリゲート王の顔は浮かない。
美しい娘の美しい花嫁姿を見ることができた喜びと、可愛い娘が嫁いでいってしまう心配とにさいなまれていた。
ウンディーネはイリゲート王の言葉にはっとなり、王へ笑顔を向けた。
花嫁衣裳と自身の水色の髪がよく似合っている。
「国王、何故謝っているのですか?笑ってくださいな…私は嬉しいですわ。だって、結婚相手がすぐに見つかって…私、とても幸せですから」
―私なんて、一生結婚できないと思ってたから
そういって、顔をふせた。
涙は流さない、大海の国の女は強くあるものなのだから。
「火山の国のような野蛮な国民が、平和条約を結ぶため、婚姻をすすめるとは、火山の国のサランという男とは、一度話しをしたいものですね」
こう言ったのは、大海の国の女策士ミスト、静かに闘志を燃やしていた。ミストはイリゲート王に向き直るとまた言った。
「国王、荷物の用意が整いました」
「うむ、ウンディーネ」
「はい…行って参ります」
もう、ここに帰ってくることはないかもしれない。そう思うと、悲しげな瞳をして、顔をうつむけた。
大海の国から火山の国までの道中は長い。国と国との間には砂漠地帯が広がっている。
以前まではここに橙の民という伝説を重んじる人々が暮らしている集落があったが…今は限りなく広がる砂漠が人のいない寂しさを強めていた。
そして、ウンディーネにはまた別の寂しさがあった。
大海の国はその名の通り、水質資源が豊富な国。砂漠には水などなく、国とは違う場所に来たんだという気持ちをさらに強くさせた。
「ウンディーネ姫…もう少しで火山の国が見えます…」
従者の言葉に顔をあげた。
―私は強いのだ。
窓から身を乗り出し、火山の国を初めて見た。大きな火山に張り付くように立っている黒衣の城。
火山からあふれる灰のせいで、どこか薄暗く、寒く感じた。
近づいてみると、城の黒色は大理石でできていることが分かった。火山の国は鉱物が豊富に取れるのだ。
城の門が開くと、火山の国の従者であろう金髪の青年が馬車に向かって一礼した。
「ようこそいらっしゃいました…まずは玉座の間へ、王がお待ちでございます」
金髪の青年は恭しくウンディーネに手を差し出す。しかし、彼女はその手を取らず、馬車から降りた。青年は苦笑する。
軽くドレスについた灰を手で払うと姿勢を改め、青年に一礼する。
「お初にお目にかかります。私はウンディーネ・エストレザー。どうぞよろしくお願いいたします。サラン様。」
「こちらこそ。ですが、俺はサランではありません。俺はこの国の丞相ロット・フェルゼンと言います。」
ウンディーネにならい、金髪の青年―ロットはぎこちなく礼をした。
ウンディーネはロットという名に聞き覚えがあった。
自国の策士が彼の名をぼやいていたのだ。
火山の国の反乱後突如現れた天才と、
そんな彼に挨拶をされて、ウンディーネは緊張の糸を少し緩め、ほほ笑む。
「それは失礼いたしました、ロット様。私の縁談を進めてくださった方はサラン様とお聞きしましたので…てっきりその方が迎えに来るかと思いまして」
「申し訳ありません。今サランは、国王についておりまして…俺が代わりに。」
「サラン様はどのような方なのですか…?特徴を教えていただけると、お目にかかったとき、すぐに挨拶ができますわ。」
ロットは少々考え込んだ。サランの特徴を言うのはなかなか難しかった。
記憶力に自信のある彼ではあるが、サランのことは彼の顔を見るまで思い出すことができない。
ロットにとって、サランは影の薄い男という印象であった。
しかし、そのまま口にするのは、サランに失礼ではないか…。
自分が思い描いていた解答時間よりも多く、ロットが悩んでいるのをウンディーネは申し訳なく思い、次に国王のことを尋ねた。
「…彼のことが隣国にどのように伝わっているのかは、定かではありませんが…ただ一ついえるのは、王はとてもいいやつですよ。幼馴染の俺がいうんだから間違いない。」
自国に伝わる火山の国の王の噂はあまりいいものではない。
そんな不安を見透かされたような気がして、ウンディーネは恥ずかし気に顔を下げた。
「それでは、王の待つ玉座の間へご案内いたします。」
きらびやかな装飾が施された大きな観音開きの扉、ここが火山の国の王が待つ玉座の間である。
両側に扉を守るように控えていた兵士がロットの姿を見つけ、姿勢を正し厳かに扉を開けた。
ウンディーネが真っ直ぐ前を見つめると、そこにいたのは漆黒の衣装に身を包んだ火山の国王ジルベル・ヴォルガンと親衛隊長のサラン・メロコトンがいた。
ジルベルの蛇のように鋭い瞳に見つめられ、ウンディーネは萎縮し、動くことができなかったが、サランに姫と呼ばれ、我を取り戻した。
―この男がジルベル・ヴォルガン…闇の王
言葉通り、髪から着ている衣服にいたるまで、闇のように漆黒であった。
ウンディーネはジルベルに近づくとひざまずき、挨拶する。
「ジルベル王。大海の国より参りました。ウンディーネ・エストレザーと申します。」
「…」
ジルベルは何も言わなかったので、ウンディーネは続けた。
「我がエストレザー家に伝わる嫁入り道具でもある、三種の神器"橙の翼"の一部…橙の羽でございます。どうぞ、お納めくださいませ」
ウンディーネの後ろに控えていた近衛兵の一人がとある箱を開けた。
その箱に入っていたのは光り輝く一つの羽、橙の羽だった。
「…これが伝説の…橙の羽」
ジルベルは声を漏らした。
ウンディーネはやはり、政略結婚の狙いは羽であったか、と言わんばかりに顔をしかめた。
先ほど、緊張を緩めていたところであったというのに…
この王ではなく、結婚相手がロットであればよかったのにと、密かに思った。
「長旅で疲れたであろう?…しばしの間、休んでいろ。ロット。」
「わかったよ…姫、こちらへ。お部屋へ案内いたします。」
ウンディーネは一礼すると、ロットの後について部屋を出ていく。そのとき、ジルベルが橙の羽に目を奪われている様子を見た。
政略結婚だとはわかってはいるが、自分を見てもらえないことが悲しかった。
「争いを生む…羽…か。」
ジルベルの悲し気な言葉は、ウンディーネの耳には届いていなかった。




