馬鈴薯
馬鈴薯
大陸の大地は見渡す限り、どこまでも黒々としている。
そこにはただ、兵舎が一つと歩哨に立つ兵が二人、近くに中国人の農夫が営む小さな養豚場が一つあるのみである。
たまに、頭の皮がつっぱるほどの寒風が吹きつけてくるものだから、野晒しになった歩哨たちはどうしようもなく、ただ寒さに悶えるしかない。
歩哨はだぶついた外套を羽織って、年季の入った重い小銃を担いでいる。軍靴の底は擦り切れ、服は黄土にまみれて汚く変色している。
彼らの面持ちは兵舎をまもる使命感に駆られているというふうでなく、別に倦怠に支配されているといった風でもなかった。かわりに、ある程度の緊張とわずかな興奮をもって任務に臨んでいるように見えた。
しかし、その表情は暗く沈んでいる。
無理もなかった。彼らは内地からやってきた従軍記者から、今年の米はいつにも増して凶作だということを知らされていたのだった。
一人の兵が振り仰ぐようにして空を見た。彼は二十歳ぐらいの顔の四角い新兵だった。しかしその割には土にまみれて茶色になったぼうぼうの髭面で、それが若さを隠していた。彼は顎を撫でながらいった。
「こりゃあもうすぐ降るなあ。雨の臭いがする」
「なんだって。そんなもん感じねえよ。雨に臭いなんてあるもんか」
もう一人の兵士は眉をしかめ、そういった。
「お前、生まれはどこだい」
「東京だ」
「ふーん。おめえは田舎もんじゃねえからわからないのだろう」
「田舎もんにはわかるのか」
「おうよ。東京の奴らと違って、おれァなんでも知ってらあ。蒋介石のほくろの数まで知ってんだ」
「そいつは豪気だな」
ともう一人の新兵は言った。彼はもう一方とは対照的に、鶏卵のような丸っこい頭をもっていて、髭は綺麗に剃られていた。瞼は二重で大きく落ち窪んだ金壺眼だった。黄土で茶色になった顔にぽっとうかぶ、血色の好い赤色の頬だったので、それがまたもう一人の兵士とは対照的であった。
しばらくしてからざあっとスコールのような夕立が降り出したので、雨が降ると言った兵士は、ずぶ濡れになったからだをぶるりと震わせて吼えるようなくしゃみをした。
それからまた時間がたって、あたりが随分と暗くなったころに兵舎から歩兵二人が出てきたので、彼らは申し送りを済ました後、歩哨としての役目を終え、兵舎に駆け込んだ。
「凶作と聞くが内地は大丈夫かなァ」
四角顔が、椅子に座ってタオルで頭を拭きながら言った。
卵顔は、そんなこと知らぬとでもいう風に、本を読みながら伸びたあくびひとつして、頭をポリポリと掻いた。
「おめえさんは、都会人だから農家の苦労を知らぬかもしれないが、おれは農家の息子だからよくわかるぜ。東北のほうではくいっぱぐれて死んだ奴や耐え切れずに首を吊った輩がわんさかいるそうだし」
「なんだい、内地の話か」
話につられて周りの者も集まってきた。
「おうさ。おめえも農家の息子かい」
そうだ、とそのうちの何人かが応じた。
そのうちその中でも一番背の高いのっぽの兵士が、耐え切れないように、
「大変だよなあ。小作人は田んぼから畠からなんでも、耕作してしまわなけりゃあならん。それで学校にも行けず、家には金もねえ。俺のかかあも風邪になっても金がないからそのまま寝るに任せていたら、とうとう死んじまった」
彼の言葉に返答するものは誰もいなかった。皆が黙りこくってしまったことを気まずく思ったのか、四角顔が話を切り出した。
「そういや、裏に畠があったが、そこの馬鈴薯はそろそろ収穫時じゃあねえのか」
それに聴衆の一人の兵士が、
「いや、そいつはまだだよ。あと一週間ってとこだろう。それよか、今日の朝みてみたら畠が荒らされていたぜ」
「どいつがやったんだい」
また新たな兵が口を開いて、鋭い視線を全員に投げかけた。
「近くの支那人の豚舎から脱走した豚が夜な夜な芋を掘りあさってるみたいだ。おとといの夜、豚が何匹かで芋をあさってるのを見たぜ」
のっぽの兵隊がそういうと、四角顔がわずかに顔を紅潮させて、
「馬鹿野郎。なんで早くそれを言わねえんだ。俺たちの食いぶちがなくなるだろう」
と怒鳴った。
するといままでずっと目線を本に落としていた卵顔が、えびのようにぴくりと背中をそらして叫んだ。
「じゃあ、その豚を芋でおびき寄せて、殺しちまおう。そうすれば俺たちは豚の焼き肉に馬鈴薯を添えられる」
「そいつはいいなあ」
卵顔の提案にはみな賛成した。
しかし、のっぽの顔にはなにか釈然としないものが浮かんでいた。
「だけど、そんなことで発砲したら部隊長殿に叱責されないだろうか」
「ッたくおめえは要領の悪い男だな。敵かと思い、誰何を三唱したのち返答がないのを確認し、発砲。したら相手は豚でしたってことで全部丸く収まる」
諭されてなおも、彼は胸の内に何か引っかかりがあるような様子で、目の下の筋肉をちょっと動かしてから唇を震わせて、だけどよぉと何度も小さく呟いていた。
彼らはそれから一週間の間、夜の歩哨を畠のほうを注視して行った。
だが、豚はいっこうに現れない。
中国人に逃げ出した豚はいるかと照会したところ、数か月前に一匹逃げただけで、ほかは何もないという。しかし、現に馬鈴薯は穿り返されていて、何者かに食われている。
とうとう収穫時がやってきた。
「あれから豚は出てこねえし、そろそろ馬鈴薯を食っちまおう」
と四角顔。
「いや、もう少し待とう。貴様はせっかくの焼き肉をのがしちまう了見か」
こちらは卵顔である。
そして三日がたった夜。
その日の歩哨には四角顔と卵顔が立った。
「なあ、今日でなかったら、馬鈴薯は収穫しちまおう。いいな」
四角顔が言った。
「まあいいだろう。もうしょうがない。あァ焼肉食いたかったなァ」
卵顔がさも残念そうに肩を落とした。だいぶ昔に内地で食った豚の焼き肉が、彼の頭をさあっとはかなくかすめた。
四角顔は何も言葉を返さず、ただじっと畠のほうを見ていた。
「どうした」
「しッ。豚に気づかれちまう」
「やった」
卵顔は小躍りして、カンテラに火をともした。
畠を照らすとそこには黒い影が一つのそのそと動いている。
カンテラの灯りに照らされて泡を食ったように、のそのそと逃げ出した。
「ようしッ」
四角顔は影の真ん中に照準を合わせ、人差し指に力を込めて引き金を引き絞った。
弾は豚のどてっぱらに命中したらしく、ぐおうと低いくぐもった
声を発してどうと倒れた。
「やった。これで焼肉が食えるぞ!」
二人が急いで豚のもとに向かうと、そこには豚ではなく、黒い袋をかぶったのっぽの死体が一人、寒空の下佇んでいた。
以下馬鈴薯乙案
馬鈴薯
大陸の大地は見渡す限り、どこまでも黒々としている。
そこにはただ、兵舎が一つと歩哨に立つ兵が二人、近くに中国人の農夫が営む小さな養豚場が一つあるのみである。
たまに、頭の皮がつっぱるほどの寒風が吹きつけてくるものだから、野晒しになった歩哨たちはどうしようもなく、ただ寒さに悶えるしかない。
歩哨はだぶついた外套を羽織って、年季の入った重い小銃を担いでいる。軍靴の底は擦り切れ、服は黄土にまみれて汚く変色している。
彼らの面持ちは兵舎をまもる使命感に駆られているというふうでなく、別に倦怠に支配されているといった風でもなかった。かわりに、ある程度の緊張とわずかな興奮をもって任務に臨んでいるように見えた。
しかし、その表情は暗く沈んでいる。
無理もなかった。彼らは内地からやってきた従軍記者から、今年の米はいつにも増して凶作だということを知らされていたのだった。
一人の兵が振り仰ぐようにして空を見た。彼は二十歳ぐらいの顔の四角い新兵だった。しかしその割には土にまみれて茶色になったぼうぼうの髭面で、それが若さを隠していた。彼は顎を撫でながらいった。
「こりゃあもうすぐ降るなあ。雨の臭いがする」
「なんだって。そんなもん感じねえよ。雨に臭いなんてあるもんか」
もう一人の兵士は眉をしかめ、そういった。
「お前、生まれはどこだい」
「東京だ」
「ふーん。おめえは田舎もんじゃねえからわからないのだろう」
「田舎もんにはわかるのか」
「おうよ。東京の奴らと違って、おれァなんでも知ってらあ。蒋介石のほくろの数まで知ってんだ」
「そいつは豪気だな」
ともう一人の新兵は言った。彼はもう一方とは対照的に、鶏卵のような丸っこい頭をもっていて、髭は綺麗に剃られていた。瞼は二重で大きく落ち窪んだ金壺眼だった。黄土で茶色になった顔にぽっとうかぶ、血色の好い赤色の頬だったので、それがまたもう一人の兵士とは対照的であった。
しばらくしてからざあっとスコールのような夕立が降り出したので、雨が降ると言った兵士は、ずぶ濡れになったからだをぶるりと震わせて吼えるようなくしゃみをした。
それからまた時間がたって、あたりが随分と暗くなったころに兵舎から歩兵二人が出てきたので、彼らは申し送りを済ました後、歩哨としての役目を終え、兵舎に駆け込んだ。
「凶作と聞くが内地は大丈夫かなァ」
四角顔が、椅子に座ってタオルで頭を拭きながら言った。
卵顔は、そんなこと知らぬとでもいう風に、本を読みながら伸びたあくびひとつして、頭をポリポリと掻いた。
「おめえさんは、都会人だから農家の苦労を知らぬかもしれないが、おれは農家の息子だからよくわかるぜ。東北のほうではくいっぱぐれて死んだ奴や耐え切れずに首を吊った輩がわんさかいるそうだし」
「なんだい、内地の話か」
話につられて周りの者も集まってきた。
「おうさ。おめえも農家の息子かい」
そうだ、とそのうちの何人かが応じた。
そのうちその中でも一番背の高いのっぽの兵士が、耐え切れないように、
「大変だよなあ。小作人は田んぼから畠からなんでも、耕作してしまわなけりゃあならん。それで学校にも行けず、家には金もねえ。俺のかかあも風邪になっても金がないからそのまま寝るに任せていたら、とうとう死んじまった」
と肩をいからせながら、ひとつひとつの言葉に恨みを込めるようにして言った。彼はここの中隊一の肉付きの好い立派な体躯を持っている。顔中に無精ひげが縦横無尽に生えていて、背中や腹にも黒光りする剛毛が生えていた。彼が怒るとその呼吸は荒く、まるで巨大なふいごが動いているような音を出した。ぷっくりとして丸みを帯びた顔には小刀で切れ目を入れたような鋭い目が浮かんでいる。
彼はそのいでたちから羆と陰で呼ばれていた。
その彼の言葉に返答するものは誰もいなかった。彼の言葉に、ふっと農村においてきた妻子の顔が思い起こされたのである。厳しい餓えに晒されているであろう家族たちは、今こうしている間も生活のために苦労を続け、自分たちの帰りを心待ちにしている。それを思えば、たとえ大陸の荒れ地であってもこのように暖かい官舎で生活し、食うものにも困らない生活をしている自分たちが妙に情けなく思えた。
皆が黙りこくってしまったことを気まずく思ったのか、四角顔が話を切り出した。
「そういや、裏に畠があったが、そこの馬鈴薯はそろそろ収穫時じゃあねえのか」
それに聴衆の一人の兵士が、
「いや、そいつはまだだよ。あと一週間ってとこだろう。それよか、今日の朝みてみたら畠が荒らされていたぜ」
「なにい。畠が荒らされていただと」
四角顔は眉をしかめた。
そして振り向き一人一人の顔に目線を据えた。彼は順々にその場の兵隊を睨み付け、最後の一人に特に力を込めて睨み付けた後、信じられぬとでもいう風に荒々しく首を横に振った。
「それで。芋はまだ残っているのか」
そういった彼の目は怒りをたえていた。
「おう、まだ八割がたは残っていたぜ」
返答する兵の声は、四角顔に気おされて、ひどく上ずったものだった。
「どいつがやったんだい」
また新たな兵が口を開いて、鋭い視線を全員に投げかけた。
「近くの支那人の豚舎から脱走した豚が夜な夜な芋を掘りあさってるみたいだ。おとといの夜、豚が何匹かで芋をあさってるのを見たぜ」
のっぽの兵隊がそういうと、四角顔がわずかに顔を紅潮させて、
「馬鹿野郎。なんで早くそれを言わねえんだ。俺たちの食いぶちがなくなるだろう」
と怒鳴った。
するといままでずっと目線を本に落としていた卵顔が、えびのようにぴくりと背中をそらして叫んだ。
「じゃあ、その豚を芋でおびき寄せて、殺しちまおう。そうすれば俺たちは豚の焼き肉に馬鈴薯を添えられる」
「そいつはいいなあ」
卵顔の提案にはみな賛成した。
しかし、のっぽの顔にはなにか釈然としないものが浮かんでいた。
「だけど、そんなことで発砲したら部隊長殿に叱責されないだろうか」
「ッたくおめえは要領の悪い男だな。敵かと思い、誰何を三唱したのち返答がないのを確認し、発砲。したら相手は豚でしたってことで全部丸く収まる」
諭されてなおも、彼は胸の内に何か引っかかりがあるような様子で、目の下の筋肉をちょっと動かしてから唇を震わせて、だけどよぉと何度も小さく呟いていた。
彼らはそれから一週間の間、夜の歩哨を畠のほうを注視して行った。
だが、豚はいっこうに現れない。
支那人に逃げ出した豚はいるかと照会したところ、数か月前に一匹逃げただけで、ほかは何も異常ないという。しかし、現に馬鈴薯は穿り返されていて、何者かに食われている。
とうとう収穫時がやってきた。
「あれから豚は出てこねえし、そろそろ馬鈴薯を食っちまおう」
と四角顔。
「いや、もう少し待とう。貴様はせっかくの焼き肉をのがしちまう了見か」
こちらは卵顔である。
そして三日がたった夜。
その日の歩哨には四角顔と卵顔が立った。
「なあ、今日、豚がでなかったら馬鈴薯は収穫しちまおう。いいな」
四角顔が言った。
「まあいいだろう。もうしょうがない。あァ焼肉食いたかったなァ」
卵顔がさも残念そうに肩を落とした。だいぶ昔に内地で食った豚の焼き肉が、彼の頭をさあっとはかなくかすめた。
四角顔は何も言葉を返さず、ただじっと畠のほうを見ている。
「どうした」
卵顔はその行動を見て不審に思った。寒冷の空に、バケツの水を振り撒けたように、夜空いっぱいに浮かぶ星々に照らされた四角顔の顔には、戦場特有の獣性に満ちた表情が張り付いている。卵顔はそこからすべてを悟った。
「おいッ。見つけたのか」
「しッ。豚に気づかれちまう」
四角顔は急に大声を出した卵顔を疎ましく思って、かみつくようにそう言ったが、口元には彼にはふさわしくない笑みが浮かんでいて、それだけで彼が今までの退屈な日常から解放されて、興奮していることが見て取れた。
「やった」
卵顔は小躍りして、寒さにかじかむ手でカンテラに火をともした。
照らすものは星だけだった広野に、一筋の白い光がぽっと浮かんで、まばゆく、あたりの影の濃淡の具合をよりはっきりさせた。
卵顔がカンテラを掲げるようにして畠を照らすとそこには黒い影が一つ、のそのそと動いている。それはカンテラの灯りに照らされて泡を食ったように逃げ出した。
「ようしッ」
四角顔はこのうえない心臓の鼓動の高まりを感じた。いつもは匪賊の討伐でしか味わえないこの心境を、冷気を吸い込みながら胸いっぱいに感じつ決して仕損じることのないように影の真ん中に照準を合わせ、人差し指に力を込めて引き金を引き絞った。
大陸の片隅で轟音とともに一閃がきらめき、すぐに消えた。
弾は豚のどてっぱらに命中したらしく、腹をくの字に曲げて飛び上がり、ぐおうと低いくぐもった声を発してどうと倒れた。
「やった。これで焼肉が食えるぞ」
二人は、緊張と疲労で荒い呼吸をしながら、影に向かって走った。
影に近づくにつれ、その獲物は通常の豚とは比べ物にならぬほど大きな個体だということが分かった。卵顔は嬉しさで、呼吸をもっと荒くさせて走った。
二人が影まであと数尺と迫った時、急に四角顔が足を止めた。
「おい。ちょっと待て」
「何だ。匪賊でもいたのかい」
「いや、違う。奴を見ねエ、どうも豚じゃねえぞ」
卵顔はそう言われて影を見た。
体躯は五尺ほどあった。頭から腹にかけて随分膨らんでいるように見えるが、カンテラで照らすと、どうも人間が腹までをすっぽりと隠すように黒い袋か何かかぶっているようである。乱雑に投げ出された足は、豚には不釣り合いな細さで、今なお激しく痙攣を続けている。
卵顔の顔は、闇夜ではわからないが、たちまち真っ青になっていた。
「これは人間だぞ」
そう言う卵顔は、由々しき事態にすっかり狼狽しきっていて、カンテラを持つ手は震えていた。銃を撃った四角顔はひどくやつれた様子で、ふらふらと立ちつくしている。
「とりあえず、こいつが誰なのか確認しよう」
四角顔はそう言って、黒い袋を剥ぎにかかった。
黒い袋をはがされて、ごろりと大地に身を横たえたのは、のっぽであった。
彼の眼は大きく見開かれ、瞳孔は照らされたカンテラの光を反射して、小さくきらめいている。胸には銃痕が穿たれ、その穴からは今も鮮血がどくどくと勢いよく流れだしている。ちょうど心臓のあたりを撃たれたらしく、死ぬ際には、耐え難い激痛とともに血液の排出が滞り、酸素の運搬もままならないで、地獄のような苦しみを味わったであろうことが思われた。
彼は、こわばったように大きな図体を縮こまらせて、死してなお芋を腕いっぱいにがっちりと抱え込んでいる。
それがまるで彼が死んだ今もしっかりと意思を持っているように感じられ、卵顔は焦燥感を覚えるとともに、意識という不確かな存在に対する、どうにも表現しづらいような不思議な感覚に陥った。
彼らは絶句していた。豚を殺すはずだったのが、あろうことか戦友ののっぽを射殺してしまったことに対して多大な負い目を感じていたのだった。
「のっぽは芋を食いたいあまり、泥棒までしてそれを誤魔化し、今日、このように俺たちに殺されてしまったのだな」
四角顔は重い口を開いて、結論付けるようにそう言った。
卵顔はそれに同調して頷いた。
「奴はただ芋が食いたかったのだ。それは確かだ。それだけのために奴は死んでしまったのだ」
四角顔はそう独り言ちた。
「俺が銃さえ持っていなければ奴は死ぬこともなかったのだ」
四角顔は顔をくしゃくしゃにしてむせび泣いた。
卵顔は死んでしまったのっぽと、自らの生の範疇で葛藤する四角顔の顔を交互に見比べて、自らが生者として在る意味を考えあぐねている。
それから二人はのっぽの近くに座って物思いにふけった。四角顔は、のっぽが死んだ意味を、卵顔は自らや他者が存在しているという奇怪かつ不確かな事実に思いを馳せた。
彼らは一様に夜が明けぬことを願った。
二人の心にすべりこむようにして朝がやってきた。
申し送りの兵がのっぽの死体とその横に座り込む二人を見つけて、
即座に部隊長に報告した。
部隊長は直ちに二人を呼びつけたが、二人の話を聞くと、部隊内の戦意の低下を恐れたのか、このことは他言しないようにと一言だけ言って二人を数か月の重営倉行きにした。
ただそれだけで事件の処置は終わり、のっぽの死は不慮の事故によるものとして処理された。
数年後、四角顔と卵顔は満州に侵攻してきたソビエト軍と戦って戦死を遂げた。のっぽの家族はのっぽが死んだことによって、国から特別賜金が出たが、働き手もおらず、数年後は路頭に迷う羽目になった。