#06 【魂の消滅/Soul Vanish】
「嘘だろ……やめてくれよ……!」
Rは嗚咽を漏らしつつ、御園居研究所に潜入したときのことを思い返していた。
※ ※ ※
【魂の消滅/Soul Vanish】
黒/レベル2/ロークラス
分類:一般
効果:対象のアンデッド、機械以外のユニット一体を退治する。
「本当の自分に出会える世界と言ったな。まったくその通り、骸が実にお似合いだ」 ――死霊術士
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収録版:初版、改訂版
※ ※ ※
夜の帳が下りるなか、Rは自称四才児のランペルとともに、台東区三ノ輪にある小さな研究所前に到着した。
「ねぇ、あ~るぅ?」
「ん?」
上目遣いのお子ちゃまは、両手で子供用の槍を握りつつ、内股でモジモジしていた。
「あ、あのさぁ……。こんな暗がりに幼気な子供を連れ込んで、一体、ナニする気……?」
「忍び込むんだよ、イタい系のクソガキ」
「きゃっ♪ 怒られちった。ひゃっほ~い」
〈鼠人〉のランペルは、伸ばした槍を振り回しつつ、瞬く間にチョロロンッと距離を取った。衣装は運動を阻害しない黄土色のボーイスカウト風で、緑のスカーフの下からは団扇型のネズ耳がちょっぴり覗いている。
「そうそう、R。明日は伊豆鳥島で皆既日食が見られるんだってさ」
「知らねえよ」
「じゃ、話も股間も盛り上がるようなエロ談義していい?」
「仕事しろや」
「あははっ、ペロンチョ」
軽く舌を出したランペルは、快活にしてヘンテコな踊りを見せながら、Rに【精神感応】をマナップした。
「自分に使えよ」
Rはボヤきつつも、ランペルに【精神感応】を飛ばしてやる。
(いやぁ、今回はボクも働き甲斐があるよ~。――ンしょっと)
さっそく念話に切り替えたランペルは、爪先まで背伸びをして、「御園居研究所」と書かれたブリキの縦長看板を槍でカコーンと叩いた。名前の下には、Mを漢字の一で貫いたようなロゴがぶら下がっており、それが小気味よい音を立てて回転する。
(潜入仕事っていいよねぇ。それも、闇企業が柞さんの商社から奪って開発した呪文、【速射】を再奪取するとかさ。ンもぅ~、燃え燃えだよ)
(へっ、少しは世のため人のためってか?)
(そうそう。違法企業の取り締まりとかって、仕事の花形だもんね~)
(まァもっとも、今から【0-Pen】って違法呪文を使うけどな)
(うにゅぅ~……。Rは情緒がないよ)
口を尖らせたランペルは、槍の長さを縮めて穂先でポンポンと肩を叩いた。あどけない顔立ちが目まぐるしく変化し、仕草もいちいち可愛らしいが、Rは知っている。これはエロを追求するためのアザとい戦略だということを。
考えてみてほしい。マホロバでは18才まで異性を選択出来ないのだが、逆に言えば、同性の容姿であればいくらでもチョイス可能なのだ。ならば、アバターとして恰好良い男、綺麗な女を選ぶのが人の常だろう。
ランペルは違った。性別はそのままに、幼児を選んだのだ。美人のねーちゃんとスキンシップを図りたいという、ただその一心で。結果、〈鼠人〉のパーシャルタイプで容姿を「キュート」にするのが、一番フレンドリーかつ愛らしい幼児になるという独自の大正義を叩き出したらしく、以来ずっとマホロバではこの姿だ。「美しい」だと、かえって遠巻きに愛でられる待遇となり、ひたすら侘びしいと号泣していた。――知るか。
ちなみに、マホロバの種族は全部で30。そのうち、《人間変身》が可能なのは3種おり、さらに動物系はほぼ全てプロトタイプとパーシャルタイプの2択がある。それら膨大な数を、容貌総当たりでローラーしていくその労力たるや、凄さを超えて狂気すら覚える。
――ったく、どんだけ調べたんだ。恐るべし、エロパワー。
Rの気持ちを知ってか知らずか、槍を胸元に携えたランペルは、栗色のクセっ毛と弾力のあるほっぺをRのタキシードにすりすりさせた。
(あのネェ、Rぅ~? だって、電脳世界での潜入だよ~? オノコノコなら燃えるでしょ?)
(千葉に帰れよ、ニューロマンサー)
(およっ、ギブソン? ン~っとね、あっ、あれでしょ? 『菜の花や、月は東に日は西に』!)
(そりゃ与謝蕪村だよ! ってか、ギブ『ス』ンだよ!)
(えーっ? スペルはGibsonだから、やっぱギブソンじゃん。楽器だってそうでしょ?)
(でも、SFはギブスンなんだよ!)
(はぁ~あ、原理主義者はこれだからヤだよね~)
ランペルはチロッと舌を出すと、2秒準備して【牡丹一華】をマナップした。人差し指から茶色の光が弾けるや、ランペルの頭上に半透明の少女型ユニットがふわりと現出する。英語でWindflowerともいうように、花の名前を冠した風の精霊だ。呼び出した直後のユニットは魔力が空のため、さらに4秒待ってランペル自身とアネモネの魔力をしっかり補充したのち、アネモネに【静けさ】を使わせる。
(さーて、いっくよ~)
ランペルは、再び長くした槍を研究所の壁に当て、【0-Pen】を発動させた。有名な違法呪文で、何度も禁止と改良のイタチごっこが繰り広げられていることでも知られている。
解錠すると、壁に【0-Pen】特有の大穴が開いた。同時に、壁に【連動】された【警報】が発動するものの、けたたましい音は【静けさ】で遮断させている。防衛設備は音のみで、他への【連動】は皆無。ここまでは提供された資料通りだ。
(ボクさぁ、この仕事が終わったら、子供達にい~っぱいおみやげを買ってあげるんだ)
(まぁた、そんな死亡フラグを……)
(あー、バカにしたな? 実際は、ピンチに陥っても、『そうだ、待ってる人がいるから帰らなくっちゃ』って感じで粘りが発揮されるから、帰還率は高まるんだぞー)
(へいへい)
【牡丹一華】を伴って飛び込むランペルに等閑な返事をしつつ、Rも【衛星球】をマナップして穴に押し入った。愛称は目、ボール、もしくはタクロー。視覚を共有する直径14cmの銀玉が、セパタクローに似ているのがその謂われだ。宙にふよふよと漂わせて先行させれば、コイツが先に引っ掛かるという寸法である。よく侮られるユニットだが、Rの偵察には欠くべからざる御供だ。
そういや、しばらく家に帰ってねえな。気が付きゃずっとセーフハウス暮らしだ。親父とお袋、あとナギの奴は元気してっかな。思春期のせいか、顔を合わせるとどうにもツンケンされて、春休みにメシつき合った時もヒデェ言われようだったけどよ……、っと。
(R、地下だよ)
(だな)
《魔力視覚》や【生命感知】を駆使しつつ潜行を続けたR達は、柞からもらった地図をインストールしていたため、マホロバ内での地下階段をあっさり発見できた。
(ったく、こういう内部資料が漏れるあたり、こんな場末の研究所にも金で転ぶ奴がいるってわけだな。流石は巨大商社、金で解決たぁ汚えぜ)
(うん、柞さんに包み隠さず言っとくね)
(やめろバカ)
(へへ~ん、ショタの魔力を思い知れ)
(いや、それは訳分かんねえ)
軽口を叩きつつも、警戒は怠らずに地下へと降りていく。マホロバは無法が法という所もあるので、こういう買収はむしろ善良な部類といえるだろう。
なお、本来は、大手商社カショーの裏仕事という詮索ですら、「知らぬ存ぜぬ」の一点張りなはずだから、柞氏はかなりフレンドリーな部類だ。彼の場合、あまりに「カショーに関する案件」だけを依頼してくるから、少しでも事情を知ってる相手からしたらバレバレなのだが、そんな彼でも、表で追及されたらやっぱり、「『見えざる手』に依頼した事実はございません」と一刀両断だろう。
だが、それはRらも承知の上。仕事に見合った報酬をくれるなら問題ない。裏稼業とはそういうものである。
(ところでランペル、こいつが成功したら正社員に取り立ててもらえるって話はマジか?)
(うん、マジマジ。大マジ)
(へっ、裏の仕事で正社員とか、矛盾もいいところだよな)
(それは気にしちゃ駄目……っと、あったよー)
《魔力視覚》で見ていたランペルが、開発作業中のデスクにあった一枚のカードを発見した。即座に【魔法分析】も試みる。
(にゅふ、たしかに【速射】だね。効果は、呪文発動が1秒早くなる、ただしゼロより小さくなる場合は一瞬とする、だってサ……。速いRにオススメだよ、コイツ?)
(そいつはありがてぇな。違法って点に目ェ瞑ればよ)
ランペルから投げ渡されたカードを、呪文スロットの【開始】を外してそこに突っ込んだ。
(ゲッ、こいつ銀のレベル8扱いかよ。こんな高レベルなの使えるか。カスだ、カス)
悪態をついたRだったが、そもそもスロットに入れてから使用するまでに30分かかるので、ハナから実戦向けではない。これは単に、再奪取を防止するための措置であった。
ちなみに、死んだら呪文や道具スロットの中身は辺りにバラ撒かれるのだが、それも「無し」の設定にしている。
(よっしゃ、今日もちょろい仕事だったぜ。帰るかランペル)
(そだね)
ランペルが何気なく振り返った刹那。
(R! 3人ッ……!)
パリィンッ! グサグサグサグサグサグサグサッ!
(なっ!?)
数多の【魔弾】がランペルとアネモネを串刺しにした。アネモネは一瞬で退治され、ランペルは壁まで吹っ飛ばされる。
(何だとぉっ!?)
その数、ざっと八発。一発は【魔法の盾】で防いだが、数が多すぎる。Rはすかさず【夜】を展開したものの、【魔法霧散】によって即座に掻き消される。
「フン、どうせちょろい仕事だとでも思っていたのだろう。ウチにとっては、最深部までノコノコやってきたお前達のほうが余程ちょろいがな」
六角杖を携えた〈鴉人〉が突如として姿を現した。後ろには、ハンマーを構えた真っ赤な〈牛人〉と、太刀を振るう緑の〈蛇人〉を従えており、胸にはこれみよがしに研究所のロゴ徽章が煌めいている。オーラは順に、赤・赤・青だ。
チィッ! こいつら【透明】や【幻覚】で隠れてたんじゃねえな。それなら俺かランペルが気付いたハズだ。つまり、たった今【開始】で顕在化したってことか。――【速射】を取った、ドンピシャのタイミングで!
「ランペルッ……!」
Rは、引き離されたランペルに【衛星球】を送ったが、そっちにもパーシャルタイプの猿と羊、そして馬が出現しており、見事に分断された格好だ。
――マズいなオイ。六人がかりかよ。
「Rとランペルよ。活躍は聞いてるぞ」
赤いオーラを纏った鴉は、泰然と構えていた。
「有名な『見えざる手』だな。さぞかし稼いでいるんだろう?」
「そういうテメェらは、名無しの雇われだよな。名前が欲しいか、オケラちゃん?」
「フン。今から『ガキ』と『おまけ』を倒せば名が売れるさ。そんなものが欲しいならな」
酷薄な笑みを浮かべた鴉は、Rに向かって指を突き出した。
「大人しく拘束されるならよし、そうでなければ即刻ドナーだ」
「どっちも願い下げだぜ!」
「優柔不断は、ドナーを選択とみなすぞ? 死ね」
鴉ら三人は【銀の短剣】を放ってきた。どれも狙い過たず向かってきて、Rは舌打ちする。〈吸血鬼〉に【銀の短剣】は2倍ダメージのためだ。致命傷を避けることに腐心しつつ、躱しきれなかったものは甘んじて食らう。
「けっ、小技をチマチマかよ。ツマンねー戦い方だな!」
「黙れ犯罪者」
「おう、そりゃ雇い主に言ってやれ!」
くそっ、数の暴力かよ! 魔法で防御しても、魔力が減ってむしろ死が近づくだけだ。回復手段は絶対ツブされるだろうしな。
Rは刃の雨を何とか掻い潜りながら、馬鹿デカい牛が【閃光】を唱え出すのを見逃さなかった。
――白はテメェか!
【封印】を蛇の死角になる位置で唱え、寸前まで目をこらす。カッと白光が迸るのは目を瞑って回避。そのまま牛に【封印】をカマす。対象は【魔法霧散】だ。
「むぅ、やりおる。――視界がないのにな!」
怒鳴った牛がハンマーでぶちかましてきたが、逆らわずにそのまま倒される。地面を素早く転がって距離を取ったRは、起き上がりざま両目を開け、後ろ手でこっそり【武器作成】を使用。青いオーラの〈蛇人〉を封じようと、今度は蛇にギリギリで見えるように【闇】を唱える。
「おぃおぃ~、無駄ダゼェ~?」
案の定、視界の遮断を嫌った蛇が、Rの【闇】を【中止呪文】で不発にしてきた。不発系の呪文は、発動前の光が見えているか、あるいは使い手と接触していれば魔法を不発に出来る特性を持つため、うまいキャンセラーは本気で苛つくものだが。
「ありがとよ、二流」
Rは【武器作成】で作った鞭を伸ばして蛇の靴にタッチさせた。すかさず自分も鞭を踏み、後ろ手で【魔力奪取】を放つ。
「何ィ!?」
「ご苦労、魔力電池」
「クソッ! オマケ野郎が!」
蛇の魔力をカラにしつつもRの魔力は減らさない。これでようやく一息ついたRは、目の緊張を少しだけ緩めた。
――ふぅっ、作った武器に接触した相手も「接触」扱いっつー技が決まって良かったぜ。やっぱキャンセラーは、魔力をツブして封じるに限るな。
その間も、鴉の【誘導爆弾】や牛の直接攻撃をどっさり食らったRだったが、何とか他の目障りな呪文も【封印】で封じ込めた。これで30秒間使えないから、肝心な場面で必ずRの呪文が機能する。もし残していたら、凌がなければ詰む瞬間に妨害してくるのは必至だったから、あっさりクタばる所であった。
――クソッ、これだけ全力でやってきて、何が拘束だよ。たしかにいっときは正しいだろうが、その先に待つのはまず殺害だ。
Rは出口を一瞥した。この手の建物は【転移阻害】が施されているから、Rとランペルの二人が【終了】するには、一度建物の外まで自力で辿り着く必要がある。相手は例外条件として「【終了】可能人物」に登録されているだろうから、R達だけリスクが段違いだ。正直ズルい。
「ランペル!」
「オッケー、R!」
自分側の三人を無力化したランペルが、槍を構えてRの戦線にやってきた。そのまま敵に突っ込み、鴉の目を的確に潰す。鼠を含めて3種族しか持っていないユニークタレント、《神業》様々だ。
「ちぃっ、小賢しい!」
ダメージはしょぼいし、視力はものの十秒で回復するが、その十秒が戦闘では永遠に近い。小さな的を狙って潰すのはランペルの十八番で、元々ランペルが受け持っていた三人もこれで無力化させている。
「させるかぁ!」
牛がハンマーを持ってランペルを追い回すが、動きの素早い〈鼠人〉は捕まらない。ましてやこの幼児は、盲点を衝く動きで揺さぶるのが大得意ときている。ブゥン、ブゥンと空振る音が、さながら巨大扇風機のようだ。
しかし、猛牛の次の魔法は、ランペルのお株を奪う予想外のものだった。
「【灼熱地獄】!」
「なっ……!?」
牛が叫んだ直後、部屋一面が炎に包まれる。
「うおぉーっ!?」
フザケンナこいつ!
たまらずRはユニークスキル《不死》を使って体力を回復させた。ライフを半分戻すという〈吸血鬼〉の命綱、これのおかげで何度も死線をくぐり抜けてこれたが、このスキルは一日一回夜間のみだ。もはや使えない。
くっそぉ……、やりやがった! 味方のほうが多いなかでぶっ放すかフツー!? しょっぼいダメージを重ねたあと、盾が尽きた頃に大魔法たァな! いい作戦だよド畜生!
見ると、牛が鴉に【目潰し治療】を使うのを筆頭に、動物園のナマモノ共は回復タイムに入っていた。
――やべぇ、ランペル対策までばっちりだ。完全に俺達を狙い撃ちじゃねえか。
蛇がすぐさま次の魔法をマナップしつつ、先割れした舌をチロチロと覗かせる。
――マズい! 【大海嘯】だ!
「逃げろ、ランペル!」
部屋の出口を背にして【無敵の盾】を張ったRは、【踊る自動人形】をマナップした。
「R!」
「後から行く!」
【踊る自動人形】もたちまち【狙撃】の的になるので、【放棄】して逃がす。しかしその刹那、Rの盾が【魔弾】でカチ割られる。
「なっ……!」
視線の先には、剛胆に人差し指を向ける鴉の姿があった。
「甘いな、Rよ」
不敵に笑みを浮かべた直後、蛇の【大海嘯】が炸裂した。体に激流が何度もぶつかり、みるみる体力が削られる。【鉄の体】があっても、たまらず地べたに這いつくばる。
「フザッけんな……!」
やばいな……、超がつくほどシンプルだ……。脱出不可能な部屋全体に大ダメージ呪文を放つ。盾はツブす。味方には【防火】や【防冷】をして、これを繰り返す。手数が多い限り、絶対勝てる作戦だ。
「面白くもなんともねーがな!」
見ると、ランペルもまだ部屋にいて、猿と牛に挟み撃ちされていた。と、今度は鴉が【灼熱地獄】を撃ってくる。業火で熱くなるや否や、羊が遠方から【大海嘯】をマナップ。何をしようが擂り潰せると見越しての椀飯振舞だ。
マ、マズい……。――死ぬ。
Rが無我夢中でマナップしたのは何だったか。最後の記憶にあったのは、視界一面が青く染まった世界だった。