#31 【中止呪文/Cancel Spell】
Rはバジルの先導で迷宮をひた走っていた。
(どうやら、速い奴らは【衛星球】の囮に引っ掛かったようだな)
(ええ)
後ろを見ても追っ手はいない。おそらく赤影は【追跡】を使ったのだろう。人は成功体験を覚えると、なかなかそれを捨てられないものだ。赤い〈影人〉もご多分に漏れず、〈雪羊〉の夢を見たようである。
遅い奴らは地力で引き離せたらしいので、クミンの元まですんなり辿り着けるだろう。バジルの策様々だ。
(あぁっ!)
――生憎と、そうは問屋が卸さねえか。
バジルが急に立ち止まった。
(どうした、バジル)
(か、壁が……!)
行く手には確かに壁面がある。《魔力視覚》を用いても、別段おかしな風には見えないが。
(さっきまではここに無かったんです。ここさえ抜ければすぐなのに!)
(なるほど。迷路を弄りやがったな、奴ら)
(あ、でも大丈夫です! ここなら迂回路がありますわ!)
即座にバジルが駆けだした。ボヤボヤしていると迫ってくるので、Rも後に続く。
――うン? 妙だな?
走りながら、Rはふと疑問に思った。
迂回路……だと? なんでそんなモンがある位置で塞ぐ?
二人は、横に長い壁を延々と遠回りさせられ、ようやく途切れた箇所から奥へと回り込むことが出来た。そのまま裏側を走っていき、さっきの位置の裏手近くまで戻ってくる。
塞がれたことで若干手間取ったが、それは奴らも同じ事。距離は縮まらないはずである。
ドッゴオオオォォォォン!!
そんなRを嘲笑うかのように、壁が派手に崩壊した。
――ヤラれた!
先導するバジルが甲高い声を上げるや、【魔弾】の雨に吹き飛ばされる。
「バジルーッ!」
慌てて駆け寄ろうとするが、行く手には雲衝くばかりの〈牛人〉が立ちはだかった。重量級のはずの戦鎚ですら、やけに小さく見える。
「居ました、ボス」
「よくやった、$人」
赤牛がブチ開けた壁面から、鴉を始めとする追っ手がぞろぞろと展開してきた。
――畜生、迷宮の牛魔王が破壊工作してンじゃねえよ。住み処を壊すなんざ反則だろ?
おそらく、先回りできるようにと、ワザと壊しやすい壁を何箇所か作っておいたのだろう。注意深く調べれば分かっただろうが、敵が肉薄するなか、「迂回路があるなら普通はそれを使う」という心理を衝かれた。
改めてその視点から見ると、ブチ壊された壁の裏はちょっとした広間のようになっていた。丁度、奥へ誘い込んだカモを、大勢で葬り去るのに都合の良い屠殺場といえる。
――落とし穴といい、生き埋めのギミックといい、何処までもアトラクション好きな奴らだな。テーマパークでもやってろや!
「第二ラウンドだな、R」
鴉が【封印】を準備し始めた。こちらがクールタイムを過ぎているから、向こうもフル回復だろう。
――最前列で撃つんじゃねえ!
Rは【魔力除去】を放ち、速攻で鴉の魔力をカラにした。すぐさま【魔力の捕食者】を呼んで殴りつけにいく。張られた【木の葉の盾】など、モノの数ではない。
しかし、鴉は不敵に笑った。
「【衛星球】は無いようだな?」
鴉の背中から、一匹の蜂ユニットが回り込んできた。刺されたらマナイタも痺れるため、牛へと方向転換するが、今度はその背からも現れて近接戦に入る。
チクッ――!
難なくツブしたものの、マナイタも一刺しされた。【死の群れ】を事前に展開していたのだろう、マナイタが1秒止まる間に、【痛打】の付いた槍で退治される。
チィッ、仕込みは万全か……ハッ!
咄嗟に振り向くと、残りの蜂がRめがけて刺突態勢に入っている。
「クソッ!」
Rは【夜】を張りざま【絶滅】で全滅させた。すかさず【カルイザワの眼鏡】を掛けて【日食】を準備するが、青い燐光が煌めいて不発になる。
――フザけんな! 【水晶球】ありかよ!!
Rは歯噛みした。【水晶球】は、よく道具モードに変えられるユニットである。【絶滅】でも消えないのが強みで、もろにキマった格好だ。
《真実の目》のキャンセラーめ……! テメーはラム肉だ!!
Rは【黄金の契約】を立て続けに放ち、【夜】と【日食】を戻した。どうせ夜は明けるから、視界も奪わなければ【中止呪文】の嵐で沈む。
予想通り、【魔法霧散】を撃たれて明るくなった。広間の奥では、バジルがよろよろと立ち上がっている。
「いいぞ、$人。ピッタリだ」
すかさず、鴉身から【火の玉】が飛んだ。対象はR――いや、正確には、Rの【無敵の盾】である。
カラス風情がァ……。【死の衝動】撃っといてソレかよ!
効率よく盾を潰されたRは、思い切り舌打ちした。
今の【火の玉】を皮切りに、敵が続々と呪文を放ってくる。鴉が悪知恵を授けたのだろう、いきなり近接攻撃をしかけたり【強制終了】の嵐で責め立てるのではなく、嫌がらせのような【魔弾】と【銀の短剣】の牽制だ。チクチクと刺さるが、Rはやむなく素通しである。
くっそぉ……、たかだか数点のダメージに盾を張るわけにゃアいかねぇな。ヤバい魔法はわんさと残ってるしよぉ。
今度は、弱体化の筆頭とも言うべき【のろま】が放たれた。これまた4、5発ほど撃ち込まれるが、いきなりロストするような呪文がないと見切るや、潔く全弾食らう。すかさず【無の領域】を展開し、相手の盾も軒並み吹き飛ばす。
――食らえ!
放棄した直後、黒羊の【中止呪文】に【封印】を施した。敵の羊毛は毟ったので、味方の白羊に救助要請する。
(バジル、【日食】を通す! サポート頼む!)
(はい!)
Rは再び【夜】の帳を降ろしざま、青オーラの蛇にも【封印】を施した。真っ黒になった世界で【日食】を準備し、敵の目を掠めて今度こそと意気込むが、発動直前、兎から【中止呪文】が飛ぶ。
――なにィ、視界は奪ったハズッ!? コイツ、どうやって見てやがる!?
すかさずバジルが同呪文で掻き消すが、岩がさらに被せてくる。
バジルにも、だと……!? 偶然じゃねえ! 何らかの手段で、全員見てやがる!!
Rが見えるのは《魔力視覚》で精査しているからだ。これとて相当な修練を積んだから出来る技であって、この場の全員がその技術を有しているとは到底思えない。
再度バジルが合わせるものの、兎から再び【中止呪文】が飛んだ。青オーラ以外にも【中止呪文】持ちは多いらしい。キャンセル合戦は圧倒的に不利だ。
(駄目だバジル、一旦引け! 【霧】はあるか!?)
(【神秘の霧】と【霧人】なら!)
(【霧人】で頼む!)
【夜】が再び明けさせられた。視界を通常に戻したRは、曝された床に悚然とする。
床には、蜘蛛の巣状にビッシリと【導きの糸巻】が張られていた。Rやバジルのいる位置はとりわけ重点的に張り巡らされ、その紐を各人が踏んでいる。
――接触状態か!
(バジル、糸を踏むな!)
Rの念話に、慌ててその場から離れるバジルだが、まさしく一歩遅かった。視界封じ用の【霧人】が、岩の【中止呪文】で掻き消される。
クッソ!! 青は大キライだッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!
喚き散らしたい衝動に駆られつつ、Rも数歩下がって影響下から離れた。
※ ※ ※
【中止呪文/Cancel Spell】
青/レベル2/ミドルクラス
分類:瞬間
残滓時間:1秒
効果:準備中か、もしくは残滓状態の呪文ひとつを不発にする。
「真っ赤な顔で怒るといい。じき真っ青になるから」 ――水術士
48/365
収録版:初版、改訂版
※ ※ ※
おそらく、糸を引いたのは鴉だろう。しかし、現場の目玉は黒羊だ。奴の【中止呪文】こそ封じたが、《真実の目》までは防ぎようがないため、【水晶球】を併用されると二人の呪文が残らず捕捉されてしまう。その情報を、【精神感応】で敵全員に共有されたら、機械的な【中止呪文】だけで封殺されてしまう。
「気付いたか、R」
鴉は落ち着き払った様子で【導きの糸巻】を伸長していた。Rの足下には、別の敵どもが伸ばした【導きの糸巻】も着実に迫ってくる。
「お前を冥府へ導く糸だ」
立錐の余地も無いほどRの真下が糸で敷き詰められるや、鴉は仕上げとばかりに【封印】を準備し始めた。糸を吐ききった蜘蛛モドキ達も、ここぞとばかりに変則呪文を唱えだす。
(お姉様!)
(構うな、もう一度撃て!)
バジルに再度【霧人】を準備するよう諫めつつ、Rは【黄金の契約】で【封印】を再起動した。すぐにマナップして鴉の【封印】をツブす。不発を防ぐには、瞬間魔法を撃つのみだ。
敵の【強制終了】が相次いで飛んできた。Rはタイミング良く【呪文反射】を使用する。
「へっ、ようやく本命か!」
絶対に乱発してくると思ったため、この対策は抜かりなく行っていた。術者に残らず返してやるが、鴉だけは苦笑しながら首を捻る。
「ちっ……、惜しい」
Rが訝しんでいると、鴉に【水晶の盾】が掛かった。
――なっ! 銀だとテメー!?
鴉は、【封印】を取り止めるや、すぐにRへ【水晶の盾】を放っていた。1秒だけ呪文防御の盾を張る瞬間魔法で、鴉の方が先だったら、Rの【呪文反射】は消えていた事になる。そのまま、何発もの【強制終了】を食らったRは、あえなくロストしていただろう。
――野郎、5色目だぞ……? 相当変なデッキ組みやがったな、コイツ!?
Rはぐっと堪えて、鴉身への思考負荷を一旦断ち切った。連中には呪文拒否権があるから、反射した変則呪文などどこ吹く風だ。発動タイミングが至難とはいえ、【水晶の盾】もおそらく2枚はあるだろうし、グズグズしてたら【強制終了】の【森の戦術】も繰り返される。
(お姉様、呼べます!)
(霧だ!)
(はいっ!)
バジルが【霧人】を召喚した。紫のローブに包まれた霧状のユニットで、移動速度こそ遅いが霧状態持ちだ。直ちにそれを実行させる。
寸前で赤牛から【魔法霧散】が放たれ、【呪文反射】が消えた。刹那、死角にいた岩が【天候操作】の強風モードを使い、霧も飛ばされる。幾人もが多彩な魔法で封殺してくる様には閉口するしかない。
――くそっ、こっちが何をしようと万全の対策か。無駄撃ちできる物量に嫉妬しちまうぜ。
「【放棄】を入れて残り8枚か」
一瞬顔に出てしまったのだろう。Rの焦燥を盗み見た鴉が、【封印】をマナップした。対象は【黄金の契約】。
――野郎! しつけェんだよ!
こちらの【封印】は再三【魔法霧散】で消されるが、向こうのソレは一発食らうとほぼ詰みだ。卑怯にも程がある。
ちなみに、どの呪文を封じるかについては、術者の知識とセンスが大きく問われる。先ほどの【封印】返しのやりとりを見て、鴉身もここが急所と踏んだのだろう。
――チィッ! そんなに好きならくれてやる!!
次がトドメと悟ったRは、ラストの【黄金の契約】を瞬間で放って【日食】を戻し、バジルへMAXで【魔力譲渡】を放った。ここが正念場だろう、バジルにはフルチャージの状態でキャンセル合戦に臨んでもらいたい。
Rは実質最後の【日食】を準備し始めた。敵どもが【森の戦術】を使いだしたので、今すぐ魔力を枯らすよりない。
「全員【中止呪文】だ! ツブせ!!」
鴉の命令一下、赤牛が【中止呪文】をカマしてきた。
やべェ! まだ青が居やがった!
バジルが【中止呪文】で応酬するも、すかさず岩が【中止呪文】を打ち込んでくる。バジルの足下にも再度糸が伸びたらしい。完封の悪夢がよぎる。
「くっ……!」
バジルが必死の形相で掻き消す。そこに黒羊がキャンセル系の呪文【相殺】で不発を狙ってくるが、バジルも抜き撃ちで【相殺】を重ねてシャットアウトだ。
その刹那、赤牛が再度【中止呪文】を撃ち込んできた。
「ッ……!」
ここが決め所と見たのだろう、敵も総動員だ。
バジルは防御型「2×4」だから、標準装備の【中止呪文】4に【相殺】1はすでに撃ち尽くしている。【日食】で発動待ちのRには呪文サポートが出来ないから、祈るしかない。
――バジルなら入れてるハズだ! 通せッ!!
思わず手に力がこもる。一つでも違っていたらオシマイだ。
果たして、バジルは【神秘の霧】を瞬間で放った。
タンッ――!
霧に包まれる寸前、羊は大きく跳躍した。すかさず銀の光をマナップする。それは死闘の中にあって、幻想的な目映さを放っていた。
「【遅発】……!」
牛が低く呻いた。バジルの魔力も些少のため、1秒遅延が精々だが、その1秒が値千金だ。
ズシャアァァッ!
(よく入れてた、バジル!)
(お、お姉様……、全て打ち止めです……)
瞬間で撃った【神秘の霧】は立ち所に晴れる。その間、たった1秒。
床一面の糸に絶対触らないための策を必死に振り絞った結果だろう、立ち幅跳びからヘッドスライディングでRの方へと大ジャンプしたバジルが、息も絶え絶えに突っ伏した。全ての敵を《真実の目》と《魔力視覚》で追ったのち、最後は限界まで滞空時間を得るために胴体着地まで決めていたから、途轍もなく長い1秒に感じたはずだ。
幸い、〈雪羊〉による白日夢のような跳躍に呑まれたキャンセラーどもが、Rの呪文こそ仕留めれば良いと気付く前に、Rもその場で大ジャンプを披露した。光点を決して見せぬまま、着地の寸前に【日食】が発動する。
――これで、逆転の糸口を掴むぜ。
不敵に笑ったRは、出口の前で陣取る鴉を見やった。今こそ突破のチャンスである。雑魚共を蹴散らして罷り通るだけだ。
しかし、鴉はいよいよ高姿勢で杖を掲げた。
「全員武器を取れ! Rの接近戦はヌルい!」
喊声とともに敵が突っ込んできた。吹き飛ばしたはずの疲労が、再び一気に伸しかかってくる。
アバターを単純にデータとして見た場合、生命力64という数字はどのユニットよりもタフで、圧倒的に除去しづらい。今のRには天敵のような戦法だ。
――クソッ! 愚直なまでに俺シフトかよ! 少しは油断しろや!!
頬やこめかみが無意識のうちにヒクついてきた。死の恐怖が再び心臓を鷲掴みにする。
(お姉様……! ここさえ抜ければ、あとは突き当たりを右です……! もう、すぐ……!)
(オウ! 突破するぜッ!)
敵が一斉に迫ってきた。ここを抜ければクミンが待っているというが、取り囲まれたらオシマイだ。倒れ込んだバジルを避ける意味合いも有り、Rは一度通路まで後退した。兎と熊による猛烈な獣の槍のダブル突きを、棒で強引に受け流す。
「覚悟ォオ!」
それも束の間、〈岩石〉のハルバードが迫ってきた。色が黒いから黒曜石ベースだろうが、同族だからと手加減はないらしい。
Rは、歯を剥き出しにして歪に笑った。「ピンチの時こそ笑うミャ」と言った、ショコラ直伝の笑みである。
「よォ、手前ェら……。俺を誰だと思ってる?」
Rは激突寸前で一体のユニットを召喚し、岩男に勢いよく突き返しを繰り出した。もはや有効な呪文は無いと侮っていた雑魚共は、一瞬怯んで攻撃の手を止める。
アバター達の前に出現したのは、二刀を構えた軽装の剣士であった。常にRと共にあり、幾度の死地を潜り抜けてきた白銀の自動人形――。
「覚えとけッ! コッペリア・マスターだッ!!」
俺の継戦能力がどうとか言ってやがったなァ。――オウ! 死の舞踏、とくと味わえや!!
Rは武者震いを覚えつつ、【踊る自動人形】の操作に全神経を集中した。




