#27 【偏向/Deflection】
Rは地下1階の広間中央で蛇燻をいなしつつ、周囲に気を配った。
「よ~ぉ、オマケちゃ~ん? 浮気すンなよな~」
しきりに雑音と呪文を撒き散らす蛇。呪文構成はバジルの「2×4」に似ているが、先ほどレベル3の【天候操作】で霧モードを用いたから、これは紫を1減らす代わりに青を増やしたタイプ、「青3」だろう。そこはかとなく截拳道の創始者っぽい呼び名だが、もちろん眼前の蛇には関係ない。
霧は【封印】でツブし、【のろま】は【無敵の盾】で凌いだ。向こうも盾を張るので、適宜マナイタでブチ割って牽制しておく。本命はあくまで〈影人〉だ。
声はすれども姿は見えず。たまに小さなユニットを用いて存在のアピールをするミカゲは、ご自慢の《影形態》に【染色】を塗りたくって侵入してきたのだろう。Rへのデバフも淡々と撃ってくるので、【無の領域】を展開して付与呪文を無効にしてやる。ついでに一切合財も巻き込んで消してやるのだが、すぐに張り直して行方を晦ませている。
――やれやれ、まだ仕掛けてこねぇのかよ。俺の対策魔法が相当多いと踏んでやがるな。
Rが目を皿のようにして辺りを警戒していると、視界の端でまたも紫色が瞬いた。【忘却】だろう、特技をひとつ忘れさせるという効果で、さっきから【戦女神】が執拗に狙い撃ちされている。これをツブされたら、Rの瞬間魔法という利点がモロに吹き飛ぶので、対処は必須だ。
チィッ、刺さりまくるぜ、ソレは。
Rは【無の領域】をマナップしがてら、素早く光点に目を凝らすが、やはりヤサを変えていた。
――クソッ、駄目か。だが、決して部屋からは出て行かねぇ。それだけは堅守してるってわけかい。
Rは細見をやめ、再び部屋全体を眺めた。放つ寸前には場所が分かるのだが、名うてのスナイパーのように直ぐさま位置を変えて居場所を掴ませないのが厄介だ。つかず離れずというべきか、Rが部屋に留まる限りはミカゲも室内で潜伏し続けるだろうが、いつまでも隠れん坊に付き合ってはいられない。時間経過はR達にとって大敵だ。
「へいへ~い、オマケちゃ~ん。ビビッてる~ぅ?」
煽ってくる蛇を倒すことは容易い……いや、むしろ、早いところ縊り殺してやりたいぐらいだが、それをやるとミカゲは逃走を図るだろうから、ベストは結局現状維持だ。
Rは周囲をやぶ睨みした。
「おい、ミカゲ。カゲロウとか抜かしやがる、うすらバカの下郎もいるんだってな」
(そう言われると蟻地獄の成虫みたいだね。彼は子ネズミの駆除を任されて階下にいるよ。十人隊の隊長としてね)
Rは舌打ちした。
「後から後から這い出てきやがって。何人いンだよ」
(答える義理はないね)
「今まで倒した奴が20人だったか? 総数は、せいぜい倍だろ」
(百倍かもね)
――ああ、じゃあ倍だな。Rは広間の配置人数と招集にかかった時間とを考慮し、残りは20人そこそこだと大雑把に見当を付けた。
ったく、怒りにまかせて大勢で扉を叩いていた音も、後半はコイツの【音操作】だろうよ。敵の本隊は地下2階で水脈やランペルを待ち構えてて、コイツだけが扉の隙間から入ってきたって考えりゃあスジが通るしな。
(ところで〈岩石〉くん、後を追わなくていいのかな。子供一人じゃ荷が勝つでしょ。そろそろ危ういよ?)
「へっ、本人が消えてから陰口たぁ、流石は〈影人〉だぜ」
(よかれと思って提案したんだけどね)
会話中にも、蛇燻が遠距離からネチっこく鞭を打ったり【のろま】を撃ってくるので、そのたびにマナイタや【無敵の盾】で止める。これでRの盾は4発目だ。
――さぁミカゲ、今が一番呪文は少ないぜ? 来るかい。
次の瞬間、多数のミカゲがRを取り囲んだ。
「むっ!」
すかさず手近な影を薙ぎ払うが、感触は全くない。お定まりの【幻覚】だろう、とことん空想好きな奴である。全員黒ずくめで人差し指を緑に光らせているから、水脈に放った【AR-REST】を準備中というわけだ。
Rはトレンチコートを翻して影の群れを見回した。本人を模したであろう姿は恐ろしいほどに見分けが付かない。【 カルイザワの眼鏡】には【幻覚看破】のモードがなく、【生命感知】はランペルとともに落ちていった。《魔力視覚》で精査するには遅すぎ、【魔力除去】などの単体魔法はターゲットの指定が必須である。一瞬動きを止めて耳を澄ませるが、複数の箇所から音が聞こえてきて全く絞れない。
――野郎、衣擦れの音まで個別設定かよ。マジに脱帽だぜ。
(サヨナラだ)
「ああ。――お前がな」
Rはマナイタに後ろの一体をぶん殴らせた。ごしゃりと骨の砕ける音が響き渡る。
「ゴフッ……! な、なぜ……」
「答える義理はねえぜ」
〈影人〉は自身が影のため、足下に本来の影がない。ミカゲは一流の幻覚使いだったが、〈影人〉がメインアバターではないせいか、きちんと影を付けてしまった。半月前のバージョンアップで紛らわしく行われた変更だったので見落としたのだろうが、わざわざ配慮したゆえにミスを犯したわけである。げに、蛇足の呪いは恐ろしい。
しかし、腹をブチ抜かれて吹き飛びながらも、ミカゲは限界まで狙って呪文を発動させた。Rも死角で呪文を放って対策をするが、狙い過たずに【AR-REST】が突き刺さる。
――ヘッ。流石と言ってやらァ。
すかさずマナイタでミカゲを取り押さえようとしたが、岩に戻されたため細かな操作が出来ず、すんでの所で《影形態》が発動して取り逃がした。ミカゲは墨汁をブチ撒けたかのように、ベチャリと地面に押し広がる。
(おめでとう、岩くん。スライムの二の舞だ)
(クソッ!)
嫌みったらしく【精神感応】を繋いできたあたり、飄然としていながらも結構性格の悪い野郎である。リアルでも、澄ました顔で絶対えげつない手を打ってくる奴だ。
(なるほどね、影で察知したのか。次から気を付けよう)
おまけに、すぐさま修正も入れてきた。Rと相性が悪すぎる。
(ふむ、しかしOK社もタチが悪いな。忘れた頃に変更とは。元吸血鬼くんなら敏感なのも納得だよ。あれも影で二転三転してたからね。灯台下暗し……もっとも、今回は明るいせいで殴られたがね)
(クッ……!)
(さて、【不死】を使っても死んだ君に、是非問うてみたいことがあったんだ)
ここでミカゲは一拍おいた。
(二度死ぬ気分はどうかな?)
(最悪だよっ!)
コイツ、本気でイイ性格してやがる!
岩のRは無様に戦慄した。一人では脱出不可能な【AR-REST】がガッチリ嵌まったのである。これをやられると激しく痙攣し、呪文も一切撃てなくなる。手も足も出ない、まさに「ただの岩」だ。
(おいミカゲ、あと一時間で死ぬだと!? フザっけんな!! 一時間後に死にたかねえよ!)
(おやおや、さっきまでの毅然とした態度はどうしたのかな)
(バッキャローッ!! お前、一時間後だぞ!? たかだか3600秒で死んじまうんだぞ!? 解けよ、クソォッ!)
(それでは解けないね)
「クヒャヒャヒャ~ッ! な~、ミカゲよ~ぉ。人間ってナァ、一皮剥けばこんなモンよ~」
先割れ舌を波打たせた蛇燻は、Rの脱げたトレンチコートを邪魔くさげに蹴飛ばすと、マフラータオルを踏み付けながら銀の光を中指に凝縮させた。
「安心しろよな~、今すぐ死ぬからよ~ぉ?」
(まっ……、まさか!)
驚愕に怯えるRに、蛇燻が品の無い指を向けてきた。呪文は【強制終了】。
「あばよッ、オマケちゅわ~ん!」
言下に呪文が発動した。Rには【服従の奴隷】が組み込まれているから、YES/NOが起動しない。そのため、食らったらロスト確定だ。
――が、Rはやにわに震撼を止める。
(ありがとよ、二流)
「なにィ……?」
Rは、【魔力除去】を蛇燻とミカゲに瞬間で撃った。直後、岩の体に【強制終了】がヒットするが、すかさず【偏向】を放つ。ターゲット先を再指定する魔法だ。
※ ※ ※
【偏向/Deflection】
銀/レベル2/ハイクラス
分類:瞬間
残滓時間:1秒
効果:術者への単体呪文を、別の適正な対象に変更する。
「人を呪わば穴二つ」
74/365
収録版:QE、改訂版
※ ※ ※
「な、なに~ぃっ!?」
蛇燻の顔芸をよそに、Rは【強制終了】のターゲットをミカゲに上書きした。Rに直撃した時点で、YES/NOは判定後のため、ミカゲにも拒否権なしで発動する。水脈への【AR-REST】を炸裂させるスキも与えないし、事前にマナイタで殴ったことにより、即時の再【開始】も防止済みだ。
(――お見事)
起きた事象を瞬時に把握したらしい。腐っても一流だった墨汁姿のミカゲは、どこか満足げに消えていった。
「バッ、馬鹿な……!?」
一人残された蛇燻は、愕然としていた。
「テ、テメ~! 【AR-REST】が決まったハズだろ!? 魔法は撃てねえハズじゃねえのかよ!」
(事前に【神聖な水】を撃った。1秒【遅発】してな)
「ンなっ!?」
【AR-REST】が飛んできたさい、死角で連動呪文の【遅発】を使っていた。未来の自分に向けて、【神聖な水】を。
「そっ、それじゃあ、本当は余裕で防げたのかよ……! なんでそんなシチ面倒くさい事を……ハッ!」
真意に気付き、蛇燻は後ずさった。
「ま、まさかっ! 俺に【強制終了】を撃たせるために!? ワザとヘタレの演技をしたっつーのか!?」
(ああ。わざわざ『一時間』と強調したからな)
《人間変身》を使ったRは、無造作にマナップして衣装を身に纏った。コートに袖を通し、緑のマフラーをおもむろに締める。
「無知なお前なら、嵩に懸かって殺しにきてくれると信じてたよ」
指抜きグローブの填まった手で親指を立てたRは、首をカッ切る仕草をすると同時に舌を鳴らした。
「テメーを残してたのはミカゲの場所を聞くためだったが、当のミカゲの声が聞こえたときから、【偏向】までの道筋は狙ってたぜ」
水脈の【強欲の宝石】による影響下な以上、変則呪文が機能するのは1人1枚。R達の訪問時期は不明だったから、敵にしてみれば、下手にカードを入れ替えて30分の間「使えない」リスクを負うよりも、Rらと対決時のままにしておく公算が高かった。すなわち、ミカゲは【AR-REST60】を持ち、蛇燻は【強制終了】を持っている可能性が極めて高かったのである。
「流れ次第だったが、うまくいって何よりだな」
「そっ、そのために自分も【AR-REST】を食らったっつーのか!? いやっ、それだけじゃねー! 【強制終了】にいたっては、直撃してから0.1コマの猶予しかねーんだぞ! バカかテメー!」
「水脈のロストを確実に防げる策を講じたまでだ。0.1コマ? 余裕過ぎて欠伸が出るぜ」
ミカゲを放逐したことにより、Rの【AR-REST】も一緒に消滅した。後顧の憂いを絶ったRは、愛くるしい幼女のマナイーターを呼びだすと、再び英才教育に勤しみだす。
「ところで蛇足よぉ。お前、『財布』って知ってるか?」
「はぁ? 財布……?」
「テメーさっき、一皮剥くとかなんとか言ってたよなァ? それで思い出したんだが、なんでも、蛇革で作ると金運がアップするらしいんだよ」
「えっ」
首と指をポキポキと鳴らす。準備運動は大切だ。
「なぁーに、俺も手伝ってやるから、しこたま脱皮しろや。らっきょうの皮剥くみてーに、最後までよぉー」
「ヒッ!? ヒイイィィ~~ッ!!」
蛇は慌てて【強制終了】を準備した。Rをロストさせるのではなく、自分に撃って脱出するためだろう。
この変則呪文は、【終了】の代わりに入れるのがセオリーで、自分に撃つなら許可するだけのため、普通に差し替えている人間も多い。たしかに、スロットを圧迫しないわ、1秒で発動するわと、一見いいこと尽くめに思える。
――だがなァ、それ、【終了】と決定的に違う点があるんだよなあ。
Rはすげなく【封印】をマナップした。対象は、蛇の変則呪文全て。
「はへっ? ――あっ、アレ?」
目を点にした蛇が、恐る恐るといった様子で《魔力視覚》を精査した。自身に掛かった【封印】の対象を知って、大口を開ける。
「はああああああぁぁぁぁっ!? なっ!! おっ、おーまーえええぇぇぇーーっ!」
「済まねェな。見てから【封印】余裕だった」
通常は、【封印】にも1秒かかるため、呪文を確認してからでは間に合わないのだが、Rは《速射》の効果で一瞬で撃ててしまうため、このような悲劇が発生する。
「あ~あ、【終了】なら【封印】出来なかったのにな~。いやあ、残念だったなあ、蛇革ちゃん」
「あ、あひゃ、あひゃひゃ……」
奇矯な笑い声を上げる蛇に向かって満面の笑みをこぼしつつ、Rは丁寧に指を揉みほぐした。蛇は何でも丸呑みしてくれるから、色んな調理法を試す絶好のチャンスと言える。腕によりを掛けておもてなしをしてやらねば、一流シェフの名折れだろう。
「さ~て、途中退席なんざ許さねえ。 腹ァぶち破るぐらい……、たらふく食らいやがれェッ!」
「うひゃあああああああ~っ!」
今さら部屋の外へ逃げようとした間抜けな蛇を、即座に捕らえたマナイタが喉輪でキメる。そのまま壁際まで押し込むと、ゴリッと喉をツブした。
「ッ……! ッッ……!!!」
じたばたと見苦しいので両手両足も吹っ飛ばしてやり、無言の絶叫を上げる蛇の口にも捩り込むようにワンパンをかます。顎の下から掌底を入れ、しっかり咀嚼を促してやると、鬱陶しい先割れ舌を挟んだようで、ピクピクしているのが実に趣深い。
後はひたすら、メッタ殴りのフルコースだ。口からはすでに食えないようなので、腹へとダイレクトに食らわせてやる。浮かせ気味に殴って壁とのサンドイッチにすると非常に効率が良い。
「……ッッ! ……、……ッ!」
泣くほど嬉しいらしいので、シメのデザートももちろん手を抜かずに感動してもらおう。顔面クローで持ち上げてからの脳天逆落としで概ね12コマ。最適な行動を取れば、【魔法霧散】で【封印】を解き、【廃品回収】で改めて【強制終了】が可能な時間だ。
「よお、お客さん」
「……ッ?」
すっかり鞣されてグロッキー状態になった蛇を、Rは至福の笑みで見下ろした。今ようやく【強制終了】を使えるようになった客人に、黒い光をチラつかせる。
「【封印】、いるか?」
「……ッ!? ……ッッ!!! ……ッッッ!!!!」
泣きベソかいた蛇が激しく首を振る。Rは鼻で笑いつつ、【封印】を取りやめると、しゃがんだマナイタに横っ面を引っぱたかせて、首の皮一枚だけ残してマホロバから叩き出した。
――まったく、お話で悪い蛇ってのは、大抵いいツラの皮だよな。
Rはそう皮肉ると、一丁上がりとばかりに手を叩いた。




