第四部 〈風と深夜の襲撃〉
「一之瀬が休みなんだが、誰か何か知ってる奴は居ないか?」
騒動があった翌日。朝のHR。わずかに騒がしさの残る教室は、担任の一言で静けさを持つこととなった。
「やっぱり昨日のことが関係してるのかな? イジメみたいな感じでさ」
志音がわざわざ身を乗り出して黒羽に問う。
「あれはイジメだと思うのよ。やっぱり」
不登校にでもなったというのか。
「だってさ、金庭くんの言い方も酷かったじゃない? いくら一之瀬君が弱かったとしても、あの言い方は無いわよ」
「お前、その言い方も十分酷いぞ」
「えっ? どこが?」
どうやら本人は無自覚らしい。
「まあ、後で家に電話でも入れとくか。じゃあ特に連絡も無いし、HR終了」
そう担任が締めると、教室は再び喧騒を取り戻す。
それから数日してもナナトが教室に現れることは無かった。
だが、黒羽達にそんなことを気にする余裕はなかった。
この学園では毎年、夏休み明けで体を鈍らせている生徒が少なからず出ることから、高等部二年三年の上級生は合宿として、学園や自宅から離れて二泊三日の訓練漬け生活を送るのだが、まさにそのタイミングで魔族の襲撃があったのだ。
確実に戦力が減衰するタイミングを狙っての襲撃。組織内部に内通者がいるのではないかという話も一度は持ち上がったが、魔族を受け入れているが故に、怪しい者などいくらでもいるのがこの組織なので、不毛な話し合いは極力避けるべきだとしてすぐに、魔族殲滅のための話し合いに切り替えられる運びとなった。
襲撃があったのは深夜。日にちが変わる少し前。
「なんで俺たちがこんな前線に来なけりゃならないんだよ」
本来、高等部一年以下は、成績優秀者を除き全ての班が後方で、討ち漏らした敵や、単独行動をしている敵など、比較的危険の少ない敵の討伐を主に行うのだが、現在、高等部二年以上は合宿を行っておりこの場には居ない。よって防衛は自動的に、この場での最高学年である高等部一年に任せられることになった。
「まあ、いい実践の機会とでも思おうぜ」
当然のことながら黒羽達三人と彩芽も駆り出されていた。
自信があるのか、いつもの態度を崩さないケイ。
「彩芽まで付いてきて良かったのか?」
中等部三年であり、尚且つ訓練を初めて日の浅い彼女は後方にいるべきなのだが。
「私はどのチームでもないから良いのー」
そういうものなのか? 納得しかねる黒羽だが、今さら付いてきたことに、とやかく言うつもりはない。むしろ戦力が増えるなら嬉しいものだ。
「やばいと思ったらすぐに引き返すんだぞ、良いな?」
「はーい」
全く緊張感のない声色である。
「ねえ、黒羽。私たちって何すれば良いの?」
手持無沙汰な志音が聞いてくる。
「知らん。ここで指令を待てばいいらしいが、詳しいことはケイに聞け」
「俺に丸投げかよ。まあ良いけど。今回襲撃があったのはエリアAからC、主に森林と廃棄された町のエリアだな。ちなみに俺たちが居るのはエリアDの端だ」
「はいはーい、なんでエリアDに居るんですかー」
彩芽の問いに、ケイは少し考えたあと続けた。
「知恵を持つ強力な魔族は魔力を抑えて行動することがあるんだ。おかげでセンサーに反応しない。そうして警戒が手薄になったところを突かれて、何度か壊滅しかけたこともあるらしい」
「なるほどー。つまり責任重大ですねっ!」
「なんでこの子こんなにワクワクしてるの……。これから命を懸けるってのに……」
げんなりした様子の志音を見やって黒羽は言う。
「それだけ自信があるんだろ。自分に自信があるのは良いことだ」
「そうかもしれないけどさー」
しばらく続いた四人の話は、通信機の着信音により中断された。
『エリアD北東付近から魔力反応があった。すぐに向かってくれ。あまり大きくないが、油断はしないように』
「「「了解」」」
「北東か……俺らのいるエリアC寄りの場所とは真逆だな……撃ち漏らしが来た覚えは無いんだが……」
「まあ、来たものはしょうがないだろ。さっさと終わらせようぜ」
「そうね。行きましょ」
黒羽達は走りだした。
「あ! 待って待って! これ使いたい!」
三人を呼び止めた彩芽は、自分の掌に、武器の副産物である風を集めだした。
彼女の武器である鎌、〈烈風〉の待機形態であるヘアピンは、鈍く光を放っている。
「どうした彩芽? まだ武器は持たなくて良いんだぞ?」
「違う違う。この武器の特性だよ。見ててよー? 〈疾風〉っ!」
彩芽の掌の風が解き放たれる。それが四人の周りを回りだしたと思った瞬間、ふわりと体が浮き上がる。
「これで移動が速くなるんだってー」
「ほう、便利な能力だな」
「でしょー? えへへ」
照れくさそうに彩芽が笑う。
「よし、今度こそ行くか」
四人の少年少女は走りだす。もとい、風になる。
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