第三部 〈訓練と巨腕の幻〉
彩芽を含めた四人で集まった黒羽達は、訓練が見たいという彩芽の要望に応え、一つ、実践的な訓練を見せることにした。
敵に見立てた的を、町の形をしたフィールドに設置し、それを破壊して回るというものである。
「訓練を見せると言ってもねぇ」
弓を展開しながら志音が呟く。
「いいじゃねえか。どうせいつもと変わらないんだろ」
ケイはその呟きに魔弾を浮かせながら返す。
「さっさと終わらせれば良い」
明らかに魔器の力を使おうとしている黒羽。
「おいおい、楽しようとすんなよ」
「あ? 何言ってんだ。楽じゃねえぞこんなの。内側から喰われるような感覚がして、気持ち悪くなってきやがる」
自分の物ではない力を使うには、やはりデメリットもあるのだろうか。
『訓練開始シマス……5,4,3——』
機械音声のアナウンスが流れ、カウントを始める。
「よーし、始めるか」
『——1、開始』
一斉に走り出す三人。
実際のリーダーである志音にかわり、ケイが指示を出す。
「作戦はいつも通り、俺が遠距離、志音が中距離、黒羽が近距離の的を狙え。今回の的は反撃無しだから、確実に落とすために志音は立ち止まって撃つこと」
「私の扱いおかしくない!?」
ケイの指示通りに動き出す二人。瞬く間に的を落としていく彼らだったが、
「最後の一つはどこだ!?」
最後の一つが見つからない。
三人それぞれ見逃した記憶はなく、また、確実に破壊もしたはずだ。
「ケイ、お前魔法使って探せるだろ?」
「……いや、無理だな。俺のは感情検知だ。ダミーは引っ掛からねえ」
「なんだその微妙な能力」
「俺だってちゃんとした魔法が使いてえよ。仕方ないだろ、俺に合ってるのがこれだったんだから」
見つからない的を探す手段を持ち合わせていないことが発覚した黒羽達三人。意外なところでの弱点判明となった。
「ところでさ、さっきこんなの拾ったんだけど、これってここのギミックじゃないよね?」
志音が差し出したのは赤黒い塊だった。
「ん? なんだそれ……あ」
ケイが間抜けな声を漏らす。
『?』
「俺の魔弾だそれ」
『は?』
「ってことは最後の一つは俺が逃してたっぽい?」
あちゃー、と額に手を当てる。
「どういうことだ。ちゃんと説明しろ」
理解が追い付かない二人は、揃って不思議そうな顔をするばかりである。
「俺が使う魔法だよ。着火式の爆弾みたいなものでさ、たまに不発弾が出るんだよな。多分、放った魔弾が爆発せずに転がっていったんだろ」
ふと気づく。
「早く処理しに行こうぜ」
「完全に忘れてたよな」
ケイが辿った道を引き返す三人。
眺める彩芽は楽しそうに、寂しそうに、それでいて拗ねたように彼らを目で追う。
「おいナナト! てめえ、また同じところでミスしやがったな!」
時は変わって、夏休みが明けてすぐのとある一日。その日は暑さの残る中で、戦闘訓練が行われていた。
先日黒羽達が行った、疑似標的を撃破する訓練の別バージョンである。
「そ、そんなことを言われても、ボクはこの訓練が苦手なんだってば。金庭君だって知ってるでしょ?」
運動場の片隅が騒がしい。
どうやら訓練で失敗した生徒の一人、ナナトと呼ばれた男子が、チームメイトと揉めているらしい。
「知らねえよそんな事! 魔族だから魔法使えるって聞いて、仕方なくチームに入れたのによお! こんな落ちこぼれで、ちびで、何も出来ないようなやつ入れるんじゃなかったぜ!」
金庭と呼ばれた男が大声で捲くし立てる。
「魔法だって満足に扱えないくせに、近接戦闘すらまともな成果を挙げられてねえんだから、こんなクソみたいなやつ必要なくねえか? なあ、そう思うだろ?」
近くにいるチームメイトらしき男子に声を掛ける。
「お、おう、そうだな」
「だろう!? なんでこんな奴がまだ生きてんだよ。さっさと死んでくれば良いのに。ほら、殉職だぜ? 殉職。ほら、行って来いよ!」
浴びせられる金庭の罵声に耐え切れなくなったのか、ナナトが声を絞り出す。
「……うる、さい」
「あ?」
「うるさいうるさいうるさいッ! ボクだって好きでこんな体に産まれたわけじゃないんだよ! ボクだって、本当は、もっと……」
「なんだぁ? 聞こえねえなぁ。もっとでかい声出ねえのかよ。あ、お前、何もかも小さいもんな。ギャハハハハ」
「うるさいッ‼」
ナナトがその小さな腕を振りかぶる。
体格差の大きい二人では、力の差は歴然だ。金庭は当たり前のように拳を受け止めようと、腕を出し——吹き飛んだ。
土煙が舞う。
金庭が吹き飛んだこと以外に見た目の変化はない。
しかし、その様子を見ていたもの全員が、ナナトの腕に、その体躯程もあろうかというサイズの、巨大な腕を幻視した。
「おいどうした! 一之瀬ちょっとこっち来い!」
用事により席を外していた千春の代わりに、騒ぎを聞きつけた教師がやってきた。その彼に連れられた一之瀬ナナトは、どこかへ、恐らく職員室へ連行されていくことになった。
「何だったんだあいつ……」
体に付いた土を払ってよろよろと立ち上がる金庭。
その眼には、僅かな恐怖の色が伺えた。
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