第二部 〈黒と白の再会は……〉
「……?」
おかしい。閉めたはずの家の鍵が開いている。
母親が出て行ってからは一人暮らしのため、誰かが鍵を開けることは無い。
警戒を強めながら、自室のノブを回す。すると、
「あー、くろにぃ、久しぶりー」
ベッドの上に何かが居た。
目が赤く、艶やかな白い髪を持っている。おそらくアルビノだろう。
黒羽はその姿に見覚えがあった。
「お前、彩芽か?」
「あたりまえー。他に誰がいるのさぁ」
眠そうな目と、ふわふわした喋り方もまさに彩芽のそれだ。
「くろにぃこそ、変わったよねー。何か背が二倍くらいになったー?」
「そんなに伸びるわけがないだろう。ジャンプして確認しようとするな。ここは二階だぞ」
ドンドンと、床が抜けるのではないかと思ってしまう程の音の原因は、中学三年とは思えないほどに発達した胸にある。
「お前はあれか? 栄養が全部胸に行ってるのか? 身長伸びたのか?」
「むむ、くろにぃ、せくはらー」
胸を押さえてジト目をする彩芽。
多少イラっとする動きだが、これが彼女の素面なので、そこを突っ込むほど黒羽は野暮ではない。
「ねえねえ、くろにぃはさ、彼女できた?」
「なんだよ藪から棒に」
「いやー、いないなら私が彼女になってあげようかなーって」
ぴょんぴょんと跳ねながら近づいてくる彩芽。
「どう? どう?」
ぴょんぴょん。
「ねえ? ねえ?」
ぴょんぴょん。
「うるせぇ」
「あいた! もーなんで叩くのさー。私可愛いでしょ?」
上目遣いでこちらに問うてくる。
その仕草は控えめに言っても可愛いと呼べるものだが、ここでそれを口に出すと彩芽が調子に乗って、何をするか分かったものではないので、言わないでおく。
「ところで、彩芽は何で帰って来たんだ? 親の仕事の都合で引っ越したんだろ? また仕事の都合でもあったのか?」
「む、無視しないでよっ。……くろにぃだって薄々気付いてるでしょ? 守命館に入ったんだもん」
「まあ、そうだな」
守命館学園は、〈守命者〉を育成する学園。つまり、チカラを持つ者が所属する場所。
「彩芽も戦うことになるのか。心配だな。お前、運動苦手だったろ」
「それは小学生の時のは・な・し。今は違うの」
チッチッチっと黒羽の目の前で指を振る彩芽。
「小さい頃、くろにぃがいっつも私を置いて走っていくから、いつか復讐してやろうと思い練習してたら、いつの間にか五十メートルが七秒台になってました」
「早いな!?」
同年代の女子と比べてもトップクラスの速さを誇るであろうその足は、しかし筋肉など付いているようには見えず、むしろ少しムチムチとしているくらいだ。
「む、くろにぃどこ見てるの。またせくはら?」
またあらぬ疑いを掛けられそうになっている黒羽だが、今度は別の疑問が浮かんで来たため、それに返すことはしない。
「そういえば、このタイミングで転校してきたってことは、実践経験は無いんだな?」
「そうだよ。武器は貰ったけど、まだ使ったことはないかな」
何だか危なっかしい気もするが、使う機会が無いのは良いことなので、何とも言えない。
「武器はどこに仕舞ってるんだ? そのヘアピンか?」
「ん、そうそう。私の武器は鎌なの。名前は烈風。風の力が宿ってて、その力を使えば近距離でも中距離でも対応できる。って誰かが言ってた」
誰かというのは本部の人の事だろう。武器を渡してくれるのはそれくらいしかいない。
「ところでだな、俺は学校帰りなんだ」
「知ってるよ? 私が先に帰って来てたからね」
「まだ鞄も置いていないんだ」
「分かってるよ? 私の荷物は空いてた部屋に置いてきたけど」
「そしてここは俺の部屋なんだ」
「もちろん。で?」
「出てけよ」
強めのチョップを入れる。
「痛い! もー、いいじゃん別に。昔は良く入り浸ってたでしょ?」
「俺は着替えてすらいないんだ。良いから出てけ」
その後、ちょっとした問答の末追い出すことに成功した黒羽は、そそくさと着替え始める。
彩芽と一緒に暮らすのは存外大変なものだった。幼馴染とは言え、美少女である彼女と暮らすとなると、抑えきれなくなった黒羽の男の部分が、というわけでは無い。
聞くより見るべきだろう。
夜、風呂場にて。
——バンッ!
「くろにぃ! 一緒に入ろう!」
「入ってくんな!」
一糸纏わぬ姿で現れた彩芽。
「えー、でも前は一緒に——」
「子供の頃の話だろ!? いいから出てけ!」
流石に冗談だったのか、すぐに彩芽は退散した。
幸いにして、大事な部分は湯気に隠れて見えなかったものの、浮かび上がるシルエットは、それだけで人を魅了する力があった。
夜中、部屋にて。
違和感を覚え跳ね起きた黒羽は、即座に呼び出した刀を隙無く構えると、部屋唯一の出入り口である扉を見据えた。
そろーりと部屋の扉が開き、
「——お前か……!」
「えー、何でバレるのさー」
「何でも良いだろ。ほら、帰れ」
刀を霧散させ、その手で扉を閉めようとしたが、意外にも強い力で押し戻される。
「ぐぎぎ……子供の、時には、一緒に……」
「小学生の頃の話だろ!?」
それ以上は彩芽も諦めたようで、扉を閉めたあと、彩芽の部屋の扉が開閉する音が鳴った。
早朝、家にて。
「おい彩芽、朝——居ない?」
彩芽を呼びに部屋に入った黒羽だが、ベッドの上にあるべきその姿がないことを確認すると、疑問の声を漏らした。
彩芽は朝が強くなかったはずだ。
ならなぜ。
答えが出る前に物音が聞こえた。この部屋ではない。
「俺の部屋から?」
部屋の扉をゆっくりと開け、中を覗くと、
「うへへー、くろにぃの匂いー」
ベッドの上でゴロゴロと転がる彩芽の姿があった。
さすがの黒羽もドン引きである。
「およ? くろにぃどこ行ってたの?」
「普通に朝飯の準備だ。お前こそ何をやってる」
「見ての通りくろにぃのベッドでゴロゴロしてただけだよ? くろにぃのこと起こしてあげようと思って来てみたら、もう居なかったんだもん」
当たり前だ。今日は平日であり、起こしてくれる保護者は今この家に居ない。となると、朝の準備をするために早起きするのは当然だろう。
「とりあえず飯だ。早く来い」
「はーい」
昼休み、教室にて。
「聞いたわよ黒羽」
「いきなり何の話だ」
教室で、いきなり黒羽の前に現れたと思ったら、主語もなくいきなり話し始めた志音。
「アンタ、中等部の女子と歩いてたらしいわね。どういうことよ」
「どういうことと言われてもな、昨日言ってただろう。幼馴染が居候を始めるって」
「ふーん、なんだ、そういうこと。安心したわ」
彼女は黒羽が中学生に手を出したとでも思っているのだろうか。
「お? なんだ黒羽、浮気か?」
「お前が来ると話が変な方向にしか進まねえな」
「その言い草は酷いだろ」
いつものように軽口を叩きながら話す三人。
廊下の方から呼び出しがかかったのはその時だった。
「北条君居るー?」
クラスメイトの女子が黒羽の名を呼ぶ。
「どうした」
「いや、何か中等部の子が用事あるって」
「中等部?」
廊下を見ると、なるほど。確かに目立つ容姿をしている者がいる。
「あ、くろにぃ」
『——!?』
瞬間、廊下及び教室の出入り口付近に居た者達に衝撃が走った。
『妹……?』『髪が白いのにか……?』『外人……?』『ハーフ……?』
ざわざわと蠢く人達。
やはりこうなったか、と額を押さえる黒羽。
「どうしたのくろにぃ? 頭痛?」
そんな周りの反応など気付かない様子で話し始める頭痛の原因。
「くろにぃってチーム入ってるよね? 私、そのチーム見てみたいんだけど、良いかな? 放課後とか」
「あ、あぁ、構わんと思うが……」
「ありがとー。そんだけー。じゃあねー!」
袖が余っている制服の腕をぶんぶん振って去っていく彩芽。
その姿が見えなくなると同時に、
『——誰っ!?』
近隣すべてが示し合わせたかのように叫ぶ。
『北条君! 誰なのあの子っ!』『妹!? 妹かっ!?』『なんで髪白いの!?』
昼休みが終わるまで、延々と質問攻めになる黒羽であった。
サブタイトルは、七文字です。あくまで七文字なんです……!