第二部 〈青空の月とお茶〉
「——三日月!」
志音は、自分の武器である弓を呼び出した。
『蒼穹の三日月』と名付けられたそれは、蒼穹に浮かぶ三日月の如く、目立たず、遠方からの攻撃に特化している水色の弓だ。
「——黒天」
対して黒羽は、影を呼び出した。右手の黒い指輪から滲み出たそれは、次第に刃を形作る。とても黒く、禍々しい雰囲気を湛えている。
『さて、盛り上がってるところ悪いが志音、気を付けろよ?』
ケイが放送で呼び掛ける。
「気を付けるって何よ。確かに黒羽は強いわよ。だけど、そこまで苦い声を出すことも無いんじゃない?」
黒羽の本気を知らない志音だが、未知の相手には全力を以って臨むべきだということ位は分かる。相手は人間だ。そう突拍子もないことをしてくるわけでもない。
作戦次第では勝てる。
そう踏んでいた。
『まぁ、普通の相手ならそうだろうな。』
「普通の相手? どういうことよ」
『お前、少しは勉強しろよな。今回だけだぞ? 黒羽の武器、あの黒い刀は〈堕刀・黒天〉と言ってな、所謂ところの〈魔器〉だ』
ケイの言う〈魔器〉とは、魔族を封じ、武器自体が意思を持った強力な武器のことであり、封じられた魔族より力の強い者、もしくはその魔族に認められた者のみが扱える特別なモノである。
『しかもアレは相当強力な魔族が封じられてるぜ』
「な、何でそんな物をアイツが持ってるのよっ!」
『さあな、俺には分からん。潜在的な強さでもあるんじゃねぇのか?』
志音とケイがあれこれ話している。
「なぁ、そろそろ始めていいか? 待つのが面倒だ」
早く事を終わらせたい黒羽は声を掛ける。
『ん、あぁ、そうだな、スマンスマン。じゃ、志音、せいぜいガンバレよ』
皮肉った言い方の激励と共に、ビー、と開始の合図が鳴る。
「えっ、ちょ、ウソでしょ!? ねぇ!! ——ああもう!」
勝ち目が無い勝負をしていることに気付いた志音は、半ばやけくそになりながら矢を弦につがえる。
「黒天、力を——」
しかし、黒羽は既に魔器に封じられた魔族のチカラを引き出し終えていた。
地を蹴る。
眼前には飛来する数本の矢。
全て避ける。
現れるのは驚愕に目を見開いた志音。
刀を振るう。
しかし、刃が当たる寸前で志音が後ろに跳ぶ。
——っ、早い!?
間一髪、黒羽の攻撃を躱した志音は、冷や汗を掻く。
だが黒羽は止まらない。
一歩踏み出す。たったそれだけでトップスピードに到達し、志音に更なる追い打ちを掛ける。
——そして
黒羽の放つ一撃が志音を捉えた。
——それから数分後。
バリアで守られているとはいえ、黒羽の強力な一撃を受けた志音は、大きく後方に吹き飛ばされ、そのまま気を失い、それを黒羽とケイの二人が回収することとなった。
「……んぅ……ん?」
「おー、起きたか? 派手に吹き飛ばされたからなぁ」
ケイが志音の顔を覗き込む。
「覗き込まないでよ気持ち悪い」
「ひでぇな!?」
ここまで運んだのは主にケイだというのに、目を覚まして早々に辛辣な言葉をぶつけられていた。
「志音、その、なんだ、すまなかったな」
体に傷が付くことは無いが、衝撃は相当なものだっただろう。
「そうだ黒羽、ちょっくらそこで飲み物でも買って来てくれよ。ついでに俺のも」
「ん、あぁ、そうだな。そんくらいならするさ」
「じゃあ、あたしスポドリね」
半ば食い気味に反応する志音。
「何でそこだけ反応良いんだよ」
「だって黒羽に頼んだらお茶しか買ってこないじゃない」
お茶が好きだとしてもそこまでするかというほど、黒羽のお茶への執着は凄まじい。
「ふむ、確かにそうだな。じゃあ黒羽、俺はなんか甘いやつな」
「おう」
各々注文を聞いた黒羽は、自販機へ向かう。
「ほらよ」
飲み物を投げ渡した黒羽。
「っておい、これ、お茶じゃねぇかっ!」
ケイが吠えた。その手にはしっかりとお茶が握られている。
「あ? 何言ってんだ。甘いのって言っただろう?」
「じゃあ何でお茶なんだよ!」
「『甘い』お茶、だろ?」
黒羽はいたって真面目だ。
「クッソ……まじかぁ……」
ケイが、泣いたら良いのか笑ったら良いのか複雑な表情をしている。が、すぐに立ち直り、
「そういや黒羽、聞いたか? あの話」
「あの話?」
「なんでも、新しい先生が来るらしいんだが、その先生ってのが戦闘訓練専門らしいぞ」
「へえ」
興味は無い。
「しかもめちゃくちゃ美人らしいぜ?」
「ああ、そうかい。俺は興味ないね」
「なんだよー、面白くねぇなぁ。少しくらいノッてくれても良いじゃねぇかよ」
そうは言われても本当に興味が無いのだ。興味の無い話をされても発展させろというのが土台無理な話である。
「まぁ、いいや。お前の事だし、どうせそう言うだろうと思ったさ」
ならなぜこの話題を、と思わないでもない黒羽だったが、掘り下げるのも面倒なので、言わないでおく。
「ところで黒羽、もう少しで夏休み終わるけど、課題終わったの?」
体調が良くなったらしい志音が話に混ざる。
「俺の心配をする前に、自分の心配をしたらどうだ? お前は課題終わってるのか?」
「ぐ……お、終わってない、けど、その、黒羽は終わってるのかなって……」
目を泳がせながらの言い訳ほど、説得力の無い姿は存在しないだろう。
「ほ、ほら、もし黒羽が課題終わってなかったら、一緒にやってあげようかなーって」
「俺の課題は終わっている。むしろお前の方が大変だろう。成績が芳しくないとかで特別課題だかが出てるんだろ?」
成績が優れない者への救済処置という名目の制度であるそれは、量が膨大過ぎて、毎年、地獄を見る生徒が数人現れる。もっとも、余程の事が無い限りそれが課せられることは無いのだが。
「そうなのよ! 何あれ!? 量が多すぎるのよ! 終わるわけないでしょ!」
トラウマなのか、現実逃避をしていたのか、特別課題の話を出した途端に憤慨する志音。
「で、俺らに手伝ってほしい、と」
「そうなのよ!」
ビシッと黒羽を指差して叫ぶ志音。
「ほう」
ニヤリと笑う黒羽。
「あっ……」
思わず赤面する志音。
「……」
志音が一方的に作り出した、気まずい沈黙が横たわる。
「はいはいはい、ラブコメしなくていいから。ほら、行って来いよ黒羽。どうせ訓練よりそっちの方が優先だろ」
「おい、ケイ、背中を押すな。手伝わないとは言ってないだろ」
志音の成績が落ちると、困るのはチームメイトである黒羽達なのだ。
戦闘に支障が出るとして、夏休み明けの特別なテストが不合格になると、合格するまで訓練及び戦闘行為の禁止を言い渡される。チーム戦力の低下は大きなハンデだ。
よって黒羽達は、半ば強制的に勉強の手伝いをしなければいけなくなるのだ。
「ほらほら、俺は用事あるから二人で先に帰ってろ」
「え、ちょっと! アンタは行かないの?」
志音が意外そうな顔をする。
「用事があるって言ったろ。俺の事なんて心配しなくていいから、黒羽がやる気のうちに教えてもらえ」
死亡フラグの様な台詞を言ったケイだが、要するに黒羽と志音を二人きりにしたいらしい。もちろんそれに気付く二人ではない。
平和な会話。何の変哲も無い会話。
そんなやりとりをしている間にも、燻る火種が消えることは無い。
不定期更新となりますが、何卒よろしくお願い致します。