第一部 〈現代の便利兵器〉
「ああ、もう! 何で来ないの!?」
水色の眼鏡を掛けた、端正な顔立ちの少女が叫ぶ。どうやら、待ち人が来ないことに苛立ちを覚えているようだ。
「まあ、アイツの事だから忘れてるんだろうな」
赤茶けた髪に、明らかに人間の物ではない、小さな角が生えた少年が言う。
「ホントに何なのよ………。何で忘れるのよ。せっかく時間を取ったのに、遅れてるんじゃ意味無いじゃない。どうせ暇なくせに………」
遂には少女がいじけてしまった。
「まあ、暇だろうな。アイツはいつも寝ている」
その言葉に少女が反応して声高に肯定する。
「そうなのよ! 何で寝てるかお茶飲んでるかしかしてないやつが訓練をサボるの!?」
いや、お茶は別に良いだろ、と思いながらも、彼にはそれしか主な行動が無いため、何とも言えないわけで、少年はそれを口にする代わりに、嘆息を一つ漏らした。
「ああもう、腹立つ! 五分だけ待って電話掛けてやる! 叩き起こしてやる!」
自らの拳を握りしめて少女が宣言する。
怒っているのに五分待つというのもおかしな話だが、それくらいの余裕はあるらしい。
「まあ、それで来た試しはないけどな」
少年の言葉は彼女の耳には届いていないようだ。
彼らが所属するのは守命館学園。この世界を異界の脅威から守護する者たち、〈守命者〉を育成する学園である。
この学園にいる様々な者たちの中には、異界の脅威と呼ばれている、〈魔族〉の血を受け継ぐ者もいる。それらの多くは魔界とこちらの世界を繋げた、〈門〉からやって来て、人間との間に子を生し、そして自らも、世界を守る力となっている者たちの子だ。
そして守命館は、それらの〈門〉を管理し、その周辺を封鎖することで、迅速な対応を可能としている。だが、魔族に身内を殺されるなどして、魔族を恨んでいる者が居るというのもまた事実であり、そういった者からはやはり、魔族を仲間として扱うことはできない、という意見もでている。
だがそれでも問題を起こすと面倒なことになるというのは、各々理解しているようで、表面上は良好な関係を築いていた。
——しかし、軽蔑、憎悪、疑いの種火は燻り続けている。
「——っ!」
少年が突然、ベッドから跳ね起きた。そして、自分の机の上に置いてある携帯を見据えた。すると、まるで監視でもされているのかと疑いたくなるほど絶妙なタイミングで、着信音が鳴った。
少年は音源を手に取ると、それに「水色」という文字を確認して、溜息をついた。
予定があったのを忘れていた。怒らせると面倒くさいのを怒らせてしまった。彼女はルールに厳しいのだ。
少年はもう一度溜息をつくと、耳から離した所で着信に応じた。
『黒羽! 今何時だと思ってるの!? 早く来なさいよっ!』
少女の声が大音量で部屋に響く。
黒羽と呼ばれた少年は、少女の怒声に、
「すまん、忘れてた」
しれっと真顔で答えた。
『やっぱりね‼ 早く来なさい‼ どれだけ待ったと思ってるの!?』
彼女の優等生然とした綺麗な顔が、怒りに歪むのが目に浮かぶ。
『今すぐ来なさい! ダッシュで来なさい‼ だいたいあんたはいつも―——』
ピッとセリフ半ばで通話を切り上げた黒羽は、さて、何分掛かるか、と考えながら身支度を始めた。
少年、北条黒羽は学校に着くと、彼に電話を掛けてきた人物の元へと向かった。
待っていた人物は、一組の男女だ。
少女の名前は橘志音。明るめの茶髪で、水色の眼鏡と水色のラインが入ったジャージを身に着けている。彼女は黒羽の同級生だ。
黒羽の所属するチームのリーダーで、一見するといかにも優等生で、頭が良く、品行方正で、と思われがちだが、実のところ残念な頭の持ち主で、常に成績は低空飛行を続けている。
そして、志音の傍らにいる少年が三上ケイ。赤茶けたショートカットの頭に小さな角が生えている。彼は魔族とのハーフなのだが、本人は頑なに、どんな種族の血が入っているのかは教えてはくれない。彼も同じく黒羽の同級生。
黒羽を含め、三人ともが、守命館学園高等部の一年の生徒だ。
「遅いっ!」
開口一番、志音が叫ぶ。
「せっかく訓練場の申請許可通しておいたのに時間無くなっちゃうじゃない!」
彼女の言う訓練場とは、生徒が特訓のために使う模擬戦闘フィールドのことで、そこに入った者の周りに、あらゆる攻撃を弾くバリアのようなものを張ることで、より実践に近い特訓が行えるという代物である。
「ペナルティとして自販機でジュースおごりなさい」
黒羽を指差して、志音が言い放つ。
「お前も大変だな。おごらされるの何回目だ?」
ケイがにやけながら言ってくる。
「知らん」
黒羽は一言だけ返す。
と、そこで思い出したかのように志音が言う。
「それと、今日こそは全力で戦ってもらうからね。手抜きしたら許さないからね!」
「めんどくせぇな……。なら、俺が勝ったらペナルティ無しでどうだ?」
黒羽はさらりと条件を付け足した。もちろん勝つ自信があってのことだ。
「それであんたが本気を出すなら構わないわよ」
その提案にノッた志音を見ながら、黒羽は黒い笑みを、ケイは同情するような表情を浮かべた。
初投稿となります。
稚拙な部分も多々ありますが、それも含めてアドバイス等頂ければと思います。