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居酒屋にて

作者: ゐさむ

「お飲み物は?」


青いシャツの男は、ジンジャエールと答えた。


「氷は少しでいい」


「俺はやまねこのロックを、」


もう1人の男が言い終わる前に若い女の店員は、厨房の奥へと消えた。1分もしないうちにさっきの店員がグラスを持って現れた。


「ジンジャエールは氷少なめ、やまねこはロックですよね」


「もう俺たちは顔を覚えられたのか」


青シャツが言う。


「ええ、まあ。それも仕事ですから」


店員がハニカミながら答えた。笑うと左の頬にえくぼができる。青シャツはすぐに目をそらす。


「仕事って言っても、アルバイトだろ?」


やまねこの男が言う。グラスはもう3分の1まで減っている。


「お金を貰っているからには、真面目にやりますよ」


そう言いながら、せっせと空いた席を片付けている。店内にはこの2人の他に客はいない。奥のテーブル席にいた老人はもう帰ってしまった。電話で誰かに呼び出されたらしく、会計の時もずっと舌打ちをしていた。運の無いじいさんだった。


「良い心掛けだ」


青シャツの男が言うと、やまねこの男も賛成した。


「ああ、全くだ。金は嘘をつかないからな。今俺たちが飲んでる酒だって、俺たちがこなした仕事の正当な対価なのさ。税金泥棒なんて言われる筋合いはないね」


そう言うと、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。


「お姉ちゃん、やまねこを頼むよ」


「はーい」


そう言ってまた厨房に消えていった。いれ代わりで別の店員が串焼きを持ってきた。


「おまかせ串セットのタレと塩です」


「皿が逆だ」


青シャツの男が言うと、その若い男の店員は慌てて皿の位置を入れ換えた。


「いやぁ、いいよ。ありがとう」


フォローをいれたやまねこの方も見ずに、その店員は逃げるように厨房へ消えていった。


「おい、あんまりイジメてやるなよ」


やまねこが串のタレ焼きを食べながら言う。


「あいつは俺たちがこの店に来るときはいつもいる。しかも俺たちの服装はほとんどおんなじだ。そのうえ、座るのもカウンターのこの席で、最初に注目するのもこの串焼きだ。違うのはパンツと靴下くらいさ。全く、彼女を見習ってほしいね」


青シャツは串の塩焼きを食べながら言った。するとちょうど女の方の店員がグラスを持って奥から出てきた。


「いつもこれしか飲まないから、少しサービスしておきました」


置かれたロックグラスには、いも焼酎が並々注がれていた。


「ああ、悪いね。ありがとうよ」


受けとるが早いか、やまねこはこぼさないようにすすった。がっつくように酒を飲むやまねこを女の店員が不思議そうに見つめる。


「やまねこって、そんなに美味しいんですか?」


やまねこは左手のグラスを眺めながら答える。


「味も確かに良いんだけどな、それよりも名前がいいのさ。なんたって、俺たちはやまねこだからな」


困惑する店員をよそに、2人の男は愉快に笑っている。


「ああ、そうだよ。俺たちは眠らないんだよ」


ジンジャエールを飲んでいる男にそう言われて、ますます訳が分からなくなった店員は、苦笑いをしながら厨房へ逃げていった。


「世代じゃないんだよ、きっと」


やまねこが言う。


「いや、俺たちだって世代じゃないだろ。職業の差だよ。

もしくは男と女」


「そういうことか」


「ああ、そういうことだ」


しばらく2人は黙って串焼きを食べ、最後の1本を食べ終わると一気にグラスの中身を飲み干した。その様子を見計らって、さっきの女の店員が寄ってくる。


「飲み物は同じで?」


「ああ、それと鶏のレバテキを2つ」


青シャツが言う。


「いつものですね」


そう言う店員はどこか満足げだ。まるで安っぽいアクション映画にでてくる女スパイのように、この見ず知らずの2人の男たちが自分の予想した通りに動くのが面白くてしょうがないようだった。


女スパイは続ける。


「お酒は飲まれないんですね」


ジンジャエールを頼んだ青シャツが、その方を向く。


「やめたんだよ。つい4ヶ月くらい前にな。あんな物を飲んでると、まともな人間になれないと思ってな」


やまねこが鼻で笑う。


「それと、もし出来るんだったら、ひと切れでいいからジンジャエールにレモンを入れてくれないかな」


女スパイは「ええ、できます」と言ってまた厨房へ戻っていった。


「本当に酒をやめたのか」


女の店員がいなくなってからやまねこが聞いた。


「本当だ。もう4ヶ月は飲んでいない」


そう言うと青シャツは空のグラスを軽く振った。氷が溶けた水の中に沈んでいく。


「俺に隠れて飲んでると思ってたんだがな」


やまねこが呆れたように言う。


「お前に禁酒宣言した覚えはないけど、まあ、飲んでいないのは本当だよ」


「どうしてやめたんだ?」


「さっきも言ったろ」


「ああ、彼女と別れたんだっけか。どうして別れたんだ。あんな出来た女、なかなかいないだろ」


青シャツは深くため息をつく。


「酔った勢いで何かやらかしたのか」


「お前と一緒にしないでくれるか」


青シャツは少しムスッとしている。が、青シャツのそんな態度にも慣れたもので、当のやまねこは素知らぬ顔でメニュー表を眺めている。


「佐藤さんに何かしたんですか」


驚いて振り向くと、いつもの女の店員がグラスと鶏のレバテキをのせたお盆を持って立っていた。


「いや、何もしていないよ。俺たちは実に模範的なお客さんだよ」


青シャツが言う。やまねこが呆れた顔で笑う。


「そうですか」


そう言う女店員は少し怪訝な顔をしている。


「でも佐藤さんが、あの2人には料理を出したくないって」


青シャツがグラスを受け取りながら嬉しそうに笑う。やまねこは必死になって笑うのをこらえている。


「ついに職務を放棄したか。ったく、これだから最近の若いのは」


「やっぱり何かしたんですね」


女店員はムスっとしている。


「いや別に、何もしてないって。それはそうと、レモンありがとうな」


青シャツはグラスを軽く振り、店員の顔をじっと見つめて、またすぐに目をそらした。

ああ、やっぱり、左のえくぼと目元が似ているんだ。髪を短くしたらもっとそっくりになるだろう。 そんな事を考えていた。


「え、あ、はい」


女店員は少し照れ臭そうに言うと、また厨房へ戻っていった。




「そのうち辞めるんじゃないのか。あの若い男の方は」


しばらくしてから、やまねこが言った。


「かもな。どっちにしろ、俺たちには関係のない話だ」


2人は鈍い血の色をした鶏のレバテキを食べる。表面の薄い皮を噛むと、中からどろどろした鶏のレバーがでてきて、レバー特有のクセになる生臭さが鼻をみたす。酒によく合う。それとジンジャエールにも。


思い出したかのようにやまねこが言う。


「最近の若い奴には、どうにもやる気が感じられない」


「ツッコミまちなのか。俺たちだってやっと21になるんだろ」


青シャツがチラっとやまねこを見て言った。


「年上の部下に敬語で話されるとね、どうにも感覚がずれるんだよ。まあ、階級社会だし、しょうがないと言えば、それまでだけどな」


「でも確かに、この前入ってきた新隊員は使えそうにないな」


青シャツがまたため息をついて続ける。


「大学出の頭でっかちが2人に、良い歳した元ヤンが1人」


それを聞いてやまねこは曖昧に頷く。


「ネットで拾った中途半端な知識だけ持ってて、口先だけで何もできない絵に描いたようなオタクの23歳と22歳に、敬語もできなきゃ、掃除も洗濯もできない、かといって体力があるわけでもない、どうしようもない元ヤンキー、22歳。ハタチを過ぎて恥ずかしくないのかね、全く」


やまねこはこの3人の新隊員が相当気に入らないらしく、3人のプロフィールにありったけの悪意と事実を織り混ぜて訂正した。


「あと半年で変わらなきゃ、自分の方から辞めてくさ」


青シャツがなだめるように言う。


「だと良いがな」


「実際、同期でも何人も辞めていったろ、そう言った奴等はさ。大事はのは何を知ってるかじゃなくて、何が出来るかなんだよ」


やまねこは空のグラスをカウンターに置いて、驚いた顔で青シャツを見た。


「お前が雨男の理由がわかったよ。ごく稀に的を得た事を言う」


「まあ俺は観測手だからな、的を射つのは本職じゃないんだよ」


そう言って、グラスの底にレモンを沈めた。


「いらっしゃいませー」


その後、少ししてから店に入ってきた夫婦は傘をたたんでいた。どうやら本当に雨が降ってきたらしい。それをみて2人のスナイパーは必死に声を抑えて笑っている。


「お姉ちゃん、おかわり頼むよ。」


そう言うやまねこはまだニヤニヤ笑っている。


「はーい」


店員が伝票を持って寄ってくる。


「と、ジンジャエールで良いのか」


「ああ、酒はやめたんだよ。俺は真人間になるのさ」


そう言うと、青シャツは半分程残っていたジンジャエールを一気に飲み干した。










青シャツの彼女は4ヶ月前に交通事故で他界していた。

彼女を轢いたのは飲酒運転のトラックだった。

以来青シャツはその55年の人生を終えるまで、1滴も酒を飲まなかった。



そして彼は生涯独身を貫いた。





































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