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第72話 帰還

「おやおや、佐夜やんか」

「宰相ーー」



 王都に戻ってきた佐夜は、目の前に現れた宰相に目を瞬かせた。

 そして、相変わらずゾクリとする程の妖艶さに、ゲンナリとする。

 自身も恐ろしく妖艶である事を棚に上げ、この目の毒的な男から部下達を守る様に立つ。しかし、既に宰相の色香にやられているようで、部下達の呼吸が荒くなるを感じて、またゲンナリとした。


 一方で、宰相の部下達も、佐夜の麗しい姿に頬を赤らめ前のめりになりそうになっているが、自分の部下の精神衛生を心配する佐夜にはそこまで気にしている余裕はなかった。


 明日には、部下達が使い物にならなくなっていたら困る。


 いや、それ以上にーー



「お前に血迷って、温かで心安らぐ家庭生活にヒビが入ったらどうしてくれるんだよっ」

「え?それにわいがどう関わんねん?」


 と、突然叫ばれた宰相はそう返した所、思い切り佐夜に殴られた。



「なにすんねん!この狂犬がっ」

「五月蠅い!その色香をどうにかしろ!僕の部下を血迷わせたら許さないからね!離婚調停で慰謝料払わせてやる!」

「だから何がやねんっ!」



 そんな風に言い合っていた二人だが、程なくその言い合いをほぼ同時に止めた。



「まあ、あんさんが此処に居るって事は宮殿には入れなかったんやねぇ」

「うっさいな」



 宮殿に飛ぼうとした。

 いや、飛べた。

 けれどすぐに弾かれた。



 神や光明の張る結界に弾かれて。


「それに、お前だって入れてないじゃないか」

「当たり前やん。大王はまだしも、神の張る結界に侵入するなんて、いくらわいでも無理やもん」



 ケラケラと笑う宰相に、佐夜の額に青筋が浮かぶ。それを、互いの部下達はオロオロとしながら見守っていた。一応、周囲は人を遠ざけているので大丈夫だが、そうでないなら大騒ぎだ。



「けど、どうにかするんだろう?」

「当たり前やん。わいはこの国、いや、大王の宰相やで?大王の補佐が、有事に大王の傍に居なくてどないすんねん」

「ふん、そういう所は分かってるんじゃないか」

「ぶちのめすで?」

「相手するよ?ーーまあ、後でだけど」

「そやな、今は」



 宰相と佐夜は、遠くに見える大王の宮殿を見る。

 ぐるりと取り囲む城壁の向こうは、こちらと変わらぬ晴天だった。

 けれど、少し力のある者達が見れば分かる。



 上空に見える生々しい程におぞましい、光景が。



 それは、一介術者程度では無理だ。



 神から直接力を分け与えられた自分達だからこそ、分かる事だった。



「さて、どやって中に入るか」

「そうだねぇーーでも、さぁ」

「ん?」

「光明なら、こういう時はなんて言うかなぁ?」



 佐夜の言葉に、宰相は目を瞬かせた。が、すぐにクスクスと笑い出す。



「そやねぇ」



 何かあったと知られてはならない。

 だから、もしそれが宮殿のある敷地内を飛び越え王都に降りかかったとしても、前もって宮殿の敷地内に居る兵士達を外に出す事は出来ない。出来たとしても、民に紛れ込ませられる位の数だ。

 それ以外に、元々警備の為に、また諜報活動の為に一定数の兵士達が、元々王都の警備を司る者達とは別に、市民に身をやつして紛れ込んでいる。けれど、そういった者達を動かすのは、本当にどうにもならなくなった時だ。でなければ、今後の仕事に差し支えが出てくる。


 互いに長い黒髪を靡かせ、佐夜は扇で口元を覆い、宰相は腕を組む。


 その姿はとても様になっていて、それぞれの部下達の胸をときめかせた。



 それぞれが主馬鹿である部下達は、「自分の主様最高!」とさえ思い感激していた。それからしても、部下達の精神衛生は何とか守られたと言えるだろう。



「宮殿に入るのは一度中止するよ」

「どうせ光明の事やから、宮殿が封鎖される前に伝令を放っている筈や。それと接触するで」


 その言葉に、それぞれの部下達は頷いた。


 取るべき道は分かっている。



「王都は任せなよ、大王様」



 結界に弾かれた時に分かった。

 一分も入る隙さえも作られていなかったとなれば、外で動けという事だ。



「あ、特別手当もらおっ」

「ふざけんなよっ」



 それ貰うならむしろこっちだ、馬鹿!!と叫ぶ佐夜に、互いの部下達はまた始まったと苦笑するしかなかった。


 この二人、いつもこうなのである。








「淑宝!」


 自分を目がけて襲いかかる触手を避け切った黄牙は、地表で別の触手を相手にする淑宝へと叫ぶ。彼女の後ろにまた新たな触手を見つけたからだ。


「分かってますわよ!」


 怒鳴るように叫びながら、後ろからの攻撃を避ける。その間に、叶斗が淑宝を狙う触手を切り裂く。


「先に行け!」


 叶斗が命じると、侵入者の男を担いだ仲間が走り出す。


「黄牙、お前もだ!」

「ーーええ、頼みますよ」


 悩んだのは一瞬。

 その一瞬で、黄牙は心を決めて走り出す。



 腕の中に居る雛美姫と、侵入者の男は何が何でも無傷で大王の下まで運ばなければならなかった。



「淑宝、お前も離脱しろ」

「いいえ」

「淑宝」



 叶斗の咎める声を余所に、淑宝は口の端を引き上げ挑戦的に微笑んだ。



「貴方一人に任せて何かあれば、私が怒られてしまいますもの。それに、貴方が居なくなったら誰が私と黄牙の言い合いを止めるのですか?」

「え?あれで言い合い?」


 その瞬間、叶斗の首に淑宝の鞭が巻き付いた。触手に殺られるより前に淑宝に殺られかけた。


「今は仲間割れはやめろっ」


 他にこの場に残った二人の仲間に救われなければ、叶斗はそのまま昇天していただろう。


「くっ!死ねない、未緒の花嫁姿を見るまではっ」

「安心しなさい。未緒の美しい花嫁姿はこの私が堪能して差し上げてよっ」

「全然安心出来ねぇよっ!」

「まあ!なんて野蛮なお口です事!音羽姫様の前でその様な口をきいたら全力でお仕置きですわよ?!」



 いや、突然目の前で叶斗をお仕置きされたら音羽姫も困るだろう。むしろ心優しい音羽姫の事だから、泣きながら止めに入るかもしれない。その時は全力で音羽姫をこのお騒がせ二人から引き離して御守りしよう。



 仲間二人はそう思ったけれど、残念ながら淑宝と叶斗の言い合いを止める事は出来なかった。そしてそんな暇も無かった。



 新たな触手が地中から地面を割って突き出し、淑宝達を捕らえようとする。



「ふっ!鞭を使わせたらこの国で一、二を争うこの私に敵うと思って?!」

「鞭と触手は違うだろう」


 叶斗の突っ込みは、当然ながら淑宝には届かなかったが。



「っ?!」



 ズンっと、体を突き抜ける衝撃に淑宝だけではなく、その場に居た全員が一瞬動きを止めた。



「ーーえ?」



 その衝撃に、思わず淑宝が空を見上げる。

 その視線は、あのおぞましい夥しい程の黒い光が浮かぶ方向だった。



「……あ」



 その場所に、見える。



 現れた。




 光の、柱。




 前と同じ。




 あの、光の柱、は。




「音羽姫様っ!!」




 淑宝の悲鳴に、衝撃に耐えながらも触手を切り裂いていた叶斗達も反射的にその方向へと視線を向けたのだった。









「あの、馬鹿ーー」



 大王は、光明は見ていた。



 ここからは遙か遠いその場所に再び現れた、光の柱を。



 それを同じく目の当たりにした者達の反応は様々だった。



 目を見開く者。

 思わず手で口を覆う者。

 柱に縋り付く者。

 座り込む者。

 呆然と立ち尽くす者。

 慌てふためく者。

 青ざめる者。




 いつも冷静沈着な臣下達とは思えぬ狼狽ぶりを指摘している暇は、残念ながら光明には無かった。



「二度目ーー」


 そう、二度目だ。



 それが歌われる。



 この世に縛り付けられた魂を解放し、再び輪廻の輪に戻れる様にする為に。



 彼女は歌うだろう。



 迷い無く。



 一点の迷いも無く、それを歌い紡ぐ。



 だがーー



「やめろ、やめろやめろやめろやめろやめやめろやめろやめてくれっ」



 それを歌えば、より音羽の体に負担がかかる。



 先程、とてつもないおぞましい物が地表に向けて放たれようとしていたのが消えた。それが神の手によるものか、それともーー。


 いや、例え神が食い止めたとしても、これ以上音羽に力は使わせられない。



 力を使えば使うほど、音羽の体は傷ついていく。

 魂が傷ついていく。



 神の力の源を捕らえる檻とされた肉体が、核とされた魂が。



 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だっ!!



「それ以上力を使うなっ!」



 音羽の体が耐えられない。

 肉体が崩壊し、魂が砕け散る。



 ああ、気づかれてしまう。




 隠してきた



 ずっとずっと隠してきた



 その、真実に




「神よ!!」



 光明は叫ぶ。



「どうか音羽をっ」



 あの日、音羽の身に起きている事を知った時と同じように、光明はそれを強く願った。




 だが、その祈りの最中で転がるように誰かが駆け込んできた。



「ーー黄牙?!」



 黄牙だけではない。

 彼に続く様にして現れた者達の名前も呼ぶ光明に、彼らは疲労を滲ませながらも笑みを浮かべた。



「大王様……」



 黄牙は腕に抱いていた、雛美姫を大王へと差し出す。



「無事にお連れしました」

「黄牙……ありがとう。それに、他の者達も」



 侵入者の男も、あれから新しい傷を受ける事なく大王の前まで運ばれた。未だに意識を失ったままの二人が床に寝かされたが、一応皇女である雛美姫の下には厚い敷布が引かれているなど対応は違った。



「ああ、雛美姫様、よくぞご無事でーー」



 上層部の中で、雛美姫を可愛がっている女性陣の一人がハラハラと朝露の様に美しい涙を零しながら、雛美姫のほっそりとした手を両手で握り締めた。



「君達も早く手当をーー黄牙?」

「すいませんが、仲間達を残してきましたので御前を失礼させて頂きます」

「黄牙」



 光明が黄牙を呼び止める。



「叶斗達は強いよ」

「ええ。でも、私はこの度の事では、その長を務めさせて頂きました」



 黄牙を長として、彼らは大王の居る場所まで逃げ続けた。



「そして彼らは、雛美姫様達を無事に届ける為に自らの身を盾にして私達を逃がしました。そして私達は無事に任務を果たしました。二つのうち一つは」

「……」

「大王様、貴方様は言われたではないですか。どんな任務でも、必ず変わらぬ共通任務があると」

「黄牙……」

「必ず、生きて帰る事。そう、無事に生きて帰る。その確率を上げる為にも私は行くのです。それに、まだ下の者達が戦っていると言うのに、長である私が安全な場所でのんびりとはしていられません」

「……今回は本当に危険だよ」

「それは承知の上です。ですから、行くのは私だけです」



 その言葉に、黄牙と共に駆け込んできた者達が慌てて立ち上がる。けれど、黄牙はそれを視線だけで制した。



「大勢で行くと、いざという時に逃げ切れません。それに、貴方達は報告を」

「普通は長が報告するのだけれどーーまあ、仕方ないねぇ。では、改めて私は命じよう」



 本当なら妹の事が心配で心配でならない光明。

 けれど、命からがら、必死の思いでここまで逃げ切ってくれた臣下に、そして再び死地に赴こうとしている臣下に、彼は妹への心配を切り捨てて命じた。


「責任を持って、お前の盾となってくれた者達をここまで連れてきなさい。そう、誰一人として欠ける事なく、死なせる事なく連れ戻せ」

「御意」


 深々と頭を下げると、黄牙は裾を翻しながら颯爽と部屋から退出したのだった。



 それも、先程まで大王達が外を見るのに使っていた露台から地表へと飛び降りる形で。一応、四階程の高さがあるのだが、黄牙は滑る様にして地面へと降りたって走り出してしまった。



「……大王様」

「……大丈夫」



 それは、誰に向けてだったのか。



 だが、彼は大王だ。

 だから、全てを家族に向ける事は出来ない。



「きっと、すぐに決着が付くよ」



 そう言いながら、現場の者達に任せるしか出来ない自分を悔しく思う。

 神に全てを任せ、妹の傍に行く事すら出来ず、愛する妻に寄り添う事も出来ない。



 だって、自分は大王だから。



 大王に即位した時に、決めてしまった。



 大王で居る限り、大王でいる間だけは、大王で在り続ける事を。



 父のようにはならない。

 あんな獣にはならない。




 むしろ、あの獣は反面教師だった。





 そう、光明の目標はただ一人。




 そして願う。




 最後まで、国と民の為に。



 それが、元々は、彼が愛した者達が笑顔で暮らせる国を造りたいという願いだったとしても。



 この国の統治者という地位に就いたからには、光明は大王として在り続ける。



 どれ程惨めな過去を持っていても。

 どれ程、悲惨で惨い地獄の様な日々を送ってきたとしても。



 この国が、自分を助けてなどくれなかったとしても。



 それでも、大王という地位に就いたからには。



 光明は、自身がずっと抱き続けていた復讐の形を変えた。



 それが、どれだけ光明を苦しめたかを知っている。



 本当ならば全てを破壊し尽くし無に帰したかっただろう。

 それでもーー。



 そんな光明の覚悟を知っているからこそ、上層部とそれに準ずる者達、また国内に居る光明派の豪族や貴族、協力者達は頭を垂れ続けると同時に、彼を誇りに思った。


 と同時に、彼を助けたい、守りたい、支え続けたいと思う者達の結束は非常に固く、それでいてしなやかで折れる事のない強固な物となっているのであった。

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