表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/155

第49話 それぞれの思い


 青年は信じられなかった。


 自分達を囲う高い高い炎の壁。

 まるで絶対に逃がさないと言わんばかりに、燃えさかる業火が行く手を阻む。


 しかも少しずつ後ずさりすれば、まるで追い立てるように炎が襲いかかってくるのだ。



 こんな、事があるなんて。




 けれど、それ以上に青年の視線を釘付けにして止まないのは、炎の壁を背にして立つあの化け物だった。



 炎が巻き起こす風に血に濡れた髪を靡かせる。

 いや、炎が血すら蒸発させていた。



 熱気で揺らぐ視界の中、その化け物は悠然と立ち、こちらを睨みつけていた。











「っあーー」


 足元で呻き声を上げる相手に気づき、私は跪いた。

 彼の傷はまだ開いたままだ。

 今も流れ出す血をどうにかして止めようとしたけれど、止血する道具がない。


 いや、私の服を切り裂いて縛り付ければーー。


 ああでも、感染症とか大丈夫だろうか?



 伝染病とかも含めて病気は、不衛生さが病気の広がりに大きく影響するという。それに、こういう時は清潔な布とかがよく使われる。

 私の血に染まった布で止血は流石に非常識だろう。けれど、何かで圧迫しないと出血を続けている場合は、危険を冒してでもその血に染まった布を使うべきではないだろうか?



 命を助けたいのに、危険だからと今できる事をしないで死なせた方が本末転倒だ。



 私は心の中で謝りながら、彼の上半身に斜めに走る傷を服を切り裂いた布で押さえ付けようとした。



「大丈夫、大丈夫だからしっかりして」



 絶対に死なせたりなんてしない。



 殺そうと思えば殺せた筈の私を助けようとして切り裂かれ、また私を守ろうとして再びあの青年の刃の前に立ち塞がろうとしたこの人を死なせたりはしない。



「絶対に、助ける、から」



 雛美姫を捕らえる青年が何をしたかは分からない。



 けれど、自分達を包み込む炎の壁の出現原因が例えその青年だとしても、絶対に私は負けない。




 普通ならば、こんな炎の壁に囲まれた状態になったら信じられなくて大騒ぎになりそうだし、私も状況さえ違えば悲鳴を上げて狼狽えていただろう。

 けれど、今目の前で死にかけている男の人を放置して騒ぐ余裕ど私にはない。


 確かに異常事態であり得ない事態だけれど、そんな事よりこの死にかけている男性を助ける方が最優先だ。


 幸いな事に、炎の壁は迫ってこない。



 それに、こんな異常事態であれば、きっと誰かが気づいて助けに来てくれるだろう。



 しかも、この炎の壁のおかげで、あの青年も雛美姫を連れて逃げ出す事は出来ないでいる。



 そのまま無様に立ち尽くしていれば良いーーと、私は狭くなった心のままに心の中で吐き捨てた。



 こんなに口と性格が悪くなってしまって、きっともうお嫁に行けないだろうけど。



 いや、もう行っているかーー嫁に、相手神だけど。



「……俺の事は良い」

「え?」

「それより、早く、逃げろ」



 私を庇ってくれた男の人が息も絶え絶えにここから逃がそうとする。



「それは無理ですよ」

「どう、し」

「だって、まだ雛美姫を取り返していないですし、それに貴方を置いては逃げられません」



 青年もまだボコッていないし。



 もちろん返り討ちという可能性はあるけれど、全力で殴りかかれば少しぐらいあたってくれるかもしれない。いや、当てる。



「っーーはっ、凄い、なぁ」

「凄いですか?」

「こんな、状況、なのに」

「そうですねーーこんな炎の壁に囲まれるなんていう体験は初めてです」

「それに……そんな血まみれに」


 男の人の手が、私の頬に触れる。


「こんな風に、まで、なって、主を助けようと、され、るなん、て」

「主?」

「雛、美姫、様」



 雛美姫が主?



 もしかして、私のことを雛美姫の侍女と思っているのだろうか?


「あ、えっと私は」



 名を名乗ろうとしたその時だった。




「死ね化け物!」




 叫び声と共に、風を切る音が聞こえた。



 ほぼ無意識、いや、反射的に横に避けた私の、先程まで居た場所に刀が突き刺さった。


「っあーー!」


 逃げろと叫んだのかもしれない。


 ただ、男の人が目を見開いた顔が視界に入った瞬間、私の体が横に吹っ飛ばされた。



「主様、何をっ」

「死ねこの化け物!!お前のせいか?!お前がこのおかしな光景を作りだしたのか?!この私をこんな目に遭わせたのか?!」


 私を蹴り飛ばしたのが青年だと気づいた時には、既にその姿は眼前まで迫っていた。


 その後ろに、雛美姫が地面にぐったりと倒れているのが見えた。



「雛美姫ーー」



 その名を口にした私の首に、青年の手が迫った。



「お前如きがその名を呼ぶな!!」



 強い力で、首を両手で絞められる。



「ぐっ、がっ、はぁーー」

「死ね死ね死ね死ね死ね!」

「くっ、かっ」

「この化け物!ここから私達を解放しろ!!なんだこれは!なんだこの炎はっ!やはりお前は化け物だ!災いの皇女だ!」



 唾を顔に吐き捨てられる。

 片手が首から離れたかと思えば、力一杯何度も平手打ちにされる。



「この炎はお前がやったのだろう?!雛美姫様と私を害する為に!なんと醜い女なのかっ!いや、化け物に男も女もないっ!」

「くっーー」

「とっとと早くーーいや、お前が死ねばいい!お前が死ねばきっとこの炎は消える!!だからとっとと早く死ね!!今すぐ死ね!はんっ、大丈夫だ寂しくなんて無いさ。すぐに、そこの屑も後を追わせてやる」


 屑という言葉に、薄れゆく意識の中に居た私は、ハッと目を見開いた。



 あの、男の人。



 私を殺す事を拒んで、青年の怒りを買い切られた人。



 本当だったら、私を殺す事を躊躇わなければ、あの男の人は役立たず呼ばわりされる事は無かった。



 私は、あの男の人に命を救われた。



 だから、今度は私があの男の人を、助けるのだ。



「ころ……さ…せな……」

「屑同士、お似合いだ!!ふんっ!二度と私と雛美姫の前に現れるな!」

「……」



 何度も平手で打たれ、また両手で首を絞められる。



「死ね死ね死ね!」



 私が死ねば、この男は、すぐにあの男の人を。



 そして、雛美姫を連れ去ってしまう。



 駄目だ、死ねない、死ねない、死ねないーー



 私が死んだら、大切な者達が奪われる。






 死ねないーー





 絶対に





 死んでなんかやるものかーー





 青年の後ろ、炎の壁を背にして立つ一人の少女が見えた。




 あれ、は。




 こちらを見てにっこりと笑う、その顔は。





 どうしたの?




 彼女が微笑む。




 そのまま死ぬの?



 そのまま、相手の思うがままに





 違う






 戦いなさい、最後まで





 少女を中心に、炎が吹き荒れる。




 ああ、あの、光景は。





 戦いなさい、最後まで




 最後まで、諦めずにいなさい




 最後の最後まで




 そう、このままでいいの?




 何一つ、一矢報いる事すら出来ずに貴方は





 野垂れ死ななかったから、そこに居るというのにーー












 炎、炎、炎



 全てを焼き尽くす炎



 地獄の業火とはきっとこれを言うのだろう



 ああ、焼けていく



 建物も、人も、全てが




 泣き声が聞こえる




 炎が燃えさかる音に、崩れていく音に、熱風に、次第に消えていく




 悪鬼が笑う




 悪鬼にすら劣る畜生が笑う




 畜生以下の愚か者が笑う




 自分達が焼き殺されるのを心から楽しそうに見ている、あいつら





 でもね





 思い通りになんて、絶対にならない。





 だから、だから






 私の前に、その少女は立つ。




 私の伸ばした手と、少女の伸ばした手が重なる。




 だからーー



「「私は斎宮の宮を造ったの」」




 炎が、吹き荒れる。

 私の心に応じる様に、その炎は。



 私を殺そうとしていた青年を包み込んだ。





「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」





 青年の絶叫が響き渡る。



 炎は青年を包み込んだが、焼き尽くしたわけではない。ただ、軽く肌を焼いただけだ。火傷だって軽いものだろう。



 けれど、青年はまるでこの世の終わりのような絶叫を上げ続ける。



「熱い!熱い!熱い!!」

「……」



 私達はもっと熱かった、もっとーー。



 私の中の誰かがそう叫ぶ。



 その叫び声を耳にする内に、強い眩暈が起こり始める。



「っ……あ……」



 頭がぐらぐらとして、もし体を起こしていたら起きてはいられなかっただろう。けれど、こみ上げてくる吐き気に反射的に体を横にする。

 凄まじい勢いでこみ上げてきた物を吐き出せば、喉が焼ける様に熱かった。


「ぐっ、がはっ、げほっ」


 何度も何度も吐く。

 全身が酷く痛くてだるい。


 一体私の体はどうしてしまったのだろう?



 いや、このままでは動けなくなってしまう。



 青年から少し離れた所に、雛美姫が倒れたままとなっている。



 雛美姫を、青年から引き離さなければ。



 けれど、異変の起きた私の体は、それまで負った傷も加わり、殆ど動かせない状態となる。



「なんで!なんで私が、こんな目にっ!」

「……げほっ」

「っ!!」



 地面にごろごろと転がっては叫んでいた青年が、ゆらりと体を起こす気配を感じた。



「お前の、せいだ」



 それはもう何度も聞いた。

 けれど今は、それに対して文句を吐く元気もない。

 いや、今までだって直接文句なんて殆ど言っていなかった。



 それに対して、この青年は私よりも年上に見えるのに、グチグチとグチグチと五月蠅い。男と言うより、女の悪い部分を集めた集合体な気すらしてきた。


「お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ、お前のせいだ!!」



 青年が飛びかかってくる。



 それを避ける事は、私にはーー




 ザシューー




 何か固い物が肉を貫く音に、私は自分が感じる筈の痛みをいつまでたっても感じない事を不思議に思い、目を開けた。




「……え?」




 青年の腹部に、後ろから刀が突き刺さっている。




 その刀の柄を持つのは。



「あーー」



 私を殺す事が出来ず、また守ろうとしてくれた、あの男の人。



「主様、もう、良いでしょう」

「なん、だと?」

「このままここから逃げ出せたとしても、すぐに捕まります。雛美姫様を連れ去ろうとしたのです。極刑は免れないでしょう。それに、雛美姫様の侍女をこれ程に痛めつけた罪も大きい」



 いえ、だから侍女ではありません、はい。



「捕まる?捕まるなんてある筈が」

「いくら力が強くても、所詮主様は一貴族にしか過ぎない」



 男の人が、淡々と告げる。



「皇族に手を出して唯で済む筈がない」

「皇族が何だ!この私に望まれて喜ばない女など居るものかっ」

「貴方様は……そこまで、ご自分の事しか考えられなくなったのですね」

「私は特別な存在だ!貴族や豪族、皇族よりもずっとずっと!!母上も祖父上も祖母上も皆!一族の皆が私を特別だと言っていた!私は選ばれた存在なのだっ!」

「違います」

「違わない!何が違うと言うのだ?!母の一族の力を持ってすれば、いくら大王でも」

「それは、先代大王の話でしょう?」



 それはずっとずっと見ないで来た真実だったと、男の人は言う。



「確かに貴方様の母君の一族の力は強い。けれど、最盛期はとっくに過ぎている。どんなに隆盛を誇っていても、時代を見誤れば簡単に堕ちる。貴方様の母君の一族は確かにまだ力を持ってはいます。それでもーー」



 男の人が、悲しそうに青年を見つめた。



「本来ならば緩やかに堕ちるはずだった一族にとどめを刺したのは、主様ですよ」

「なん、だと?!」

「ですが、一緒にとどめを刺したのは、間違っている事を間違っているとは言えず、自己保身に走り命惜しさに貴方様の暴走を許した私達です。抵抗の出来ない婦女子を無理矢理強引に拉致監禁して花嫁にし、子供を孕まそうとする貴方様を止められなかった。それどころか、皇女の夫としては主様はそれ程悪くないと、きっと今は拒否しても次第に心を開かれ夫婦として在られる様になると、身勝手な思いを雛美姫様に押しつけた」


 男の人の瞳から、涙が流れ落ちていく。


「考えました。もし、自分の妹や姉がそんな目にあったら、雛美姫様の様に突然連れ攫われ監禁され強引に妻にさせられ、孕まされたとしたらーー夫として相応しい条件の持ち主だから諦めろと言われて、むしろ光栄だと言われたって、俺は、納得出来ない」



 私は、男の人の言葉を、静かに聞いていた。



 いつの間にか、止まった吐き気にすら気づかないまま。



「そんな、俺にとって納得出来ない、いや、普通の人にとって絶対に納得出来ない事を雛美姫様にしようとする貴方様を止めるどころか、その手伝いをしようとした。重罪人です、貴方様と同じぐらい。だから、せめて止めようと思ったのです」

「止め、る?」

「ええ。貴方様も嫌でしょう?大罪人として引き立てられ、大勢の目に触れさせられ、処刑されるなんて。そんな惨めったらしい最期を迎えるなんて。だから、せめて」



 男の人が、泣きながら笑った。



「そんな最期を迎える前に、冥府へと旅立ちましょう。そう、地獄までお供しますから」



 青年の腹部を貫いていた刀が、引き抜かれる。

 そのゆっくりと引き抜かれていく中で、男の人が私を見る。



「酷い目に遭わせて申し訳ない。謝っても許されない事をした。でも、もう貴女を、雛美姫様を傷付けたり恐い目に遭わせたりはしない。大丈夫、すぐに宮殿の者達が駆けつけてくれる、きっと助かる。だから、もう少しだけ、頑張って欲しい」



 心からの後悔と謝罪を瞳に宿し、そう口にした男の人の体がカタカタと震えている事に気づいた。そうだ、男の人は怪我を負っている。本当は立つ事すら大変だと言うのに、なのに、それでも主である青年を命がけで止めようとしている。



 そして、私と雛美姫を助けようとしてくれている。



「ありがとう、守ってくれて。こんな俺を、貰うと言ってくれて」



 男の人は、嬉しそうに笑った。



「もう数え切れない程の罪を犯した身だけれど、決して許されない罪人だけれど、それでも君達だけは絶対に死なせない」




 男の人が、青年にとどめを刺すべく刀を振り上げた。












 死ぬのか?



 欲しい物を何一つ手に出来ないままに



 こんな屑に、この、完璧な私が殺されるのか?



 母は言った



 貴方こそ、最高の子供だと



 祖父上は言った



 お前こそ、一族を率いる頭領息子だと



 祖母上は言った



 貴方は選ばれた存在なのだと





 そう、なのに、今自分は、塵に命を奪われようとしている。




 腹部からはダラダラと血が流れている。




 死ぬ?



 死ぬのか?




 このまま切られなくても、腹部の血が止まらなければ死んでしまう。



 死ぬ?



 どうして?



 私が一体何をしたと言うのか?



 私は何も悪い事なんてしていない



 私は選ばれた人間だ



 選ばれた上に立つ人間なのだ



 下の者達は選ばれた人間の為に生きて死ぬ存在だ



 そう、母は言っていた、祖父上、祖母上も言っていた



 なのに、どうして今、その下の屑にこの私は殺されようとしているのか?



 間違っている、間違っている、間違っている




 これは嘘だ、現実じゃない、夢だ




 私がこんな屑に殺されるだなんて、あり得ない




 私は選ばれた人間だ




 なのに、刃が迫る




 嫌だ嫌だ嫌だ!



 死にたくない!死にたくないっ!!



 私は生きて、偉大なる存在となって




 ああ、死にたくない!やめろ、やめろ、やめろ!!





 死に たく





 ーー大丈夫だよーー

 




 ーーえ?





 今、聞こえてきたのはどこからーー




 ーー死なないよーー



 ーーもう何も恐くないーー



 ーー痛い事も苦しい事もない、だって君の体はーー




 どういう事だ?





 直接脳裏に響いてくる声に戸惑う自分に、その声は楽しそうに告げた。






 ーーワ レ ガ モ ラ ウ カ ラ ネ!!!!!!!!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ