第39話 侍女達の思い
敬愛する淑宝に仕えた彼女達は、当然ながら淑宝の赴く場所へ供をする。彼女達にとっては、それが当然のことだった。
だから新しい主に仕える事に決まった時も、ああそうかーーそんな気持ちしかなかった。
その新しい主が、音羽姫であると知るまでは。
「ああ!ようやく願いが叶いましたわっ!」
涙をハラハラと流して狂喜乱舞する淑宝に、彼女達もまたこみ上げる喜びを隠しきれなかった。
「音羽姫様だわ」
「音羽姫様にお仕えできるのですって」
「ああ、なんて素晴らしい」
「素敵な事だわ」
「人生で五指に入る程の素晴らしき日です」
もちろん、人生で一番目の素晴らしい日は、自分達の大切な者達が生きていたと知った時だ。そして再会出来た事。
二番目は、それまで一番目だった、光明大王と神に仕えられた事である。
あの阿良斗大王達が死んだ事も素晴らしい事だったが、あれは別格なので数の内には入らない。
自分達を絶望から引き上げ、生きる目的を与えてくれた光明大王と神。
共に地獄を生き抜き、必死になって五年間という期間を戦い続け、これからも共に戦う仲間達。
どちらも大切な大切な宝物だった。
そこに、亡くしたと諦めていた者達が生きていたと知らされ、しかも大切に大切に守られ保護されていたという事実が発覚した。
それをしてくれたのは、音羽姫。
殺される筈だった、罪人とされた者達を自分に仕える者達として引き取り、そして共に焼き殺された筈の斎宮だった。
先代大王に疎まれ続けた皇女は、無実の罪を背負わされた者達に躊躇なくその手を差し伸べてくれた。そして、共に焼き殺される中、最後まで彼女は自分達を殺そうとする相手に屈しなかった。
侍女達は見ていた。
大切な者達が焼かれていく中で、逃げようと思えば逃げられる位置に居た皇女様。他の者達とは違い、傷一つつけられず、手足も縛られず。
むしろ、音羽姫が他の者達を見殺しにして見苦しく命乞いをする事こそ、あの阿良斗大王は望んでいた。
が、それを最後まで音羽姫はせず、それがまた阿良斗大王を非常にがっかりとさせ、また苛立たせた。
あの男は見たかったのだ。
偉そうに罪人達の命をすくいあげた英雄気取りの醜い屑が、掌を返して罪人達を見捨てて自分だけ助かろうとする様を。その醜い姿を。
けれど結局、阿良斗大王の思い通りには最後までならなかった。
手足を縛られ、柱に縛られ、身動き取れないようにされて生きながら焼かれていった者達を最後まで、音羽姫は助けようとしていた。
その姿を見た者達は、決して多くは無かった。
しかし、侍女達は幸か不幸かそれを目の当たりにした。
当時、阿良斗大王の妃や愛妾とされていた侍女達が押さえ付けられ、その光景を見させられた場所からは、その様子がとも見えやすかったのだ。
火柱が上がり、業火に焼かれていく斎宮の宮。
声なんて聞こえる筈もない。
なのにーー
絶対に助ける!!死なせてたまるかっ!!
声が、聞こえた。
最後まで、助けようとする、声が。
あの地獄のような日々の中で、誰も助けてくれない中で、彼女だけが、自分達の大切な者達を守ろうとしてくれた。
例え本人が覚えていなくても、自分達は覚えている。決して忘れたりはしない。
だからーー
「音羽姫様の侍女として働ける等、最高の栄誉でございます」
歓喜極まる淑宝の言葉に、淑宝に仕えていた彼女達も唱和した。
ああ、素晴らしき幸せーー
そして実際お会いした音羽姫は、記憶こそ失われていたが、内に輝く物を秘めた素敵な皇女様だった。
だからこそ、傷付ける者達には彼女達は一切の容赦はしない。
灯りの消えた夜の闇に、赤い華が咲く。
「っーー」
音も無く首をかき切られた侵入者が、断末魔を上げる間もなく絶命する。その体は崩れ落ちる力に従い、屋根を滑り落ち地面へと落下した。
くすくす
くすくす
くすくすーー
あちこちから、風に紛れて笑い声が響く。
「くっ!出てこいっ」
残りの侵入者達が警戒を露わに身構える。
しかし、そんな彼らもまた物言わぬ死体へと変わっていく。
そうして最後の一人の首が飛んで間もなく、先程まで雲に隠れていた月が見え始めた。地上に降り注ぐ月の光に照らされ、銀の刃が輝く。
それを手にしたのは、いつもは清楚な侍女服に身を包んだ麗しき少女や女性達だった。
「ああ、なんて愚かな者達でしょう」
歌うようにそう言うのは、その中で最も年長の女性だった。
彼女達は、夜の闇に紛れながらも、まるで舞うようにして侵入者達を切り裂いていった。それは、息を呑む程の美しさと残酷さを見る者達の心に刻み込む程の絶景だった。
くすくすと笑い声が彼女達から聞こえる。
美しい美貌が月光に照らされ、妖艶な色香が匂い立つ様だった。
「あ~らら、相変わらずの腕前だねぇ」
「耶麻様」
自分達の後方に現れた気配と声に、年長の侍女がゆっくりと振り返ってその名を呼んだ。
月の光に照らされた、豊満で悩ましい曲線を描いた肢体を持つ美女ーー耶麻がニカッと笑った。
「ふふ、流石は淑宝率いる秘蔵っ子達だねぇ」
「耶麻様にその様なお言葉を頂けるとは、幸福の極みです」
「これは嬉しい事を言うねぇ。ほんと、音羽姫様の事がなければ、即座にあたしの所にもらい受けたいんだがーーくくっ、分かってるよ、無理だって事ぐらい」
耶麻がカラカラと笑って手を振れば、年長の侍女が「申し訳ありません」と頭を下げる。
「私達は淑宝様の行く所はどこにでも着いていきます。ですが、淑宝様は音羽姫様のお側を離れないでしょう」
「ああそうさ。なんたって、淑宝にとって憧れの音羽姫様だ。仕方ないさ。にしてもーー羨ましいねぇ」
「はい?」
「あたし達はここに来てから、ずっと音羽姫様にお会いしたいと思っているのにさぁ~~……まだ会わせて貰えてないんだよ」
「それはお可哀想に」
「そう、可哀想なんだよ!こんなあたしにもお慈悲を頂けないかねぇ」
耶麻が大げさなまでに身振りを加えながら哀れっぽく嘆けば、年長の侍女がくすくすと笑った。
「全ては大王のお心次第ですからね。ですが、耶麻様はとても魅力的なお方ですから、音羽姫様のお心を奪われてしまうかもーーと大王が心配してという事もあるかもしれません」
「ぷっーーあはははははははっ!」
耶麻は思わずといった様子で笑い転げた。先程の様などこか演技がかった様子もなく、ただ心から楽しいというのが見て取れた。
「あはははははは!くっ、あんたも言うねぇ!」
「お褒めにあずかり光栄でございます」
「くくっーーはは、まあ分かったよ。大王様があたしに嫉妬せず紹介してくれるま気長に待つさーーまあ、新しい斎宮様の出発までには会わせて欲しいけどね」
「その時を心からお待ちしております」
「にしても、くくっ……ああ、せめて音羽姫様にと持ってきた献上品だけでもお渡ししたかったんだけどね」
「ああ、耶麻様の所はとても良い染色技術をお持ちですからね」
「そうそう!神からも望まれた品物さ!けどねぇ、音羽姫様に献上する前に、衣装作るから寄越せは無いだろう?」
不満げな耶麻に、年長の侍女だけではなく、それまで黙って話を聞いていた侍女達もくすくすと笑った。そんな侍女仲間達に、年長の侍女がすっと視線を向ける。
侍女達は笑いながらもその視線の意を受け、音も無く姿を消した。
「相変わらず仕事熱心だねぇ」
「きちんとお片付けをしないと。それに、血の臭いと言うのは厄介ですから。今日は風も強いですし」
「そうだねぇーーにしても、しつこいようだね」
「ええ、本当にーー古き遺物はさっさと朽ち果てれば良いものを。自分の身の程を弁えず、五月蠅く喚き散らす害虫が」
「おお!恐い恐い、あんたは本当に綺麗な顔をして過激な事を言うねぇ」
「正直者ですから」
「よく言うよ。淑宝率いる女達の中で最も理知的で冷静な奴がさぁ」
「それは耶麻様です。その様な物言いながら、その先見の明の確かさと頭の回転の速さはこちらでも有名ですよ」
互いに、微笑みあう。
その笑みは、月の光さえ霞むほどに美しく妖艶な色香に包まれていた。
「淑宝は幸せだねぇ」
「耶麻様の領民は幸せですね」
「ーーま、暇だし、あたしもちょっと暇潰しでもしようかねぇ」
「いえ、こちらで十分事は」
「あんまり音羽姫様から離れない方が良いよ」
「……」
「敵は、今回襲ってきた害虫達だけじゃない。ふふ、あのお方は本当にお可哀想な方さ。父王に疎まれ、存在すら許されず、ようやく戻ってくれば今度は」
あれは災いの皇女ぞ!!
この国に災いをもたらす鬼女じゃ!
今すぐあの女をーー
何が奇跡の皇女だ
あんな醜い皇女に何の価値がある?
ああ嫌だ嫌だ
醜い不細工な皇女
どうしてあんなのが生きているんだ
今まで斎宮をされていたのだから、今回も斎宮になられれば良いのに
そうよ、そうすれば氷姫様は王都に留まれるのに
ああなんたる事だ!!我の愛しき姫がっ!
何故斎宮などに!それもこれも全て、あの音羽姫のせいだ!!
音羽姫こそ、新しい斎宮として在れば良いものを!!
何としてでも、音羽姫を斎宮とし、氷姫を我が花嫁にーー
ああ、幾つも聞こえてくる欲望混じりの雑念。
誰もが自分の事しか考えない。
そして、音羽姫に全てを押しつけてくる。
誰もあの方の未来なんて考えない。
ただ今ある全ての嫌な事を、あの方に押しつけて無かった事にしようとする。
音羽姫の不遇な人生も、功績も、これっぽっちも理解しようとせず、ただその外見だけを論う。
外見が良いのがそんなに偉いのか?
外見だけが良いバカなんて沢山見てきた。
もちろん、外見も駄目で中身も駄目な者達も。
外見が良くて中身が良い者達も居たけれど、そういう者達は余り数は多くは無い。
と同時に、外見が平均以下でも音羽姫の様に内面が優れている者達もそれ程は多くは無い。
けれど、他など関係ない。
自分達にとって大切なのは、音羽姫が音羽姫である事だけだった。
そう、例え愚かだと言われようとも、自分達は音羽姫を崇拝し続けるだろう。
彼女がどれほど戸惑ったとしても。
「本当に、大王様もお気の毒だよ」
「いくら屑でも、相手は阿良斗大王よりも前の時代から続く名家出身。そして、皇族の血を受け継ぐ存在。そしてーー」
「偉大なる、巫女姫様ってか?は?!何の役にも立たない、お飾り巫女姫の分際でよく言うよ」
「ふふ、耶麻様ったらおかしいですわ。巫女姫はその孫であって、あの女ではございません。あの女はもう過去に取り残された単なる遺物でございます。それに、子を身ごもった事でもはや神通力なんてありませんもの」
「巫女姫でありながら、気に入った男と所帯を持つ為にかなりやらかしたっていう話だからねぇ。今にまで有名な話として伝わるんだから、威厳も何もあったもんじゃないね」
「ふふ、ご自分の股の緩さについて心配なされば良いのに」
「んで、今も巫女姫として振る舞う様は滑稽だーーまあ、確かに当時はかなりの力を持つ姫君だったんだろうけどねぇ」
「当時は、ですよ。それに、巫女姫は確かに高位の存在ですが、斎宮様には敵いませんわ」
「はは!確かに神の花嫁たる斎宮様にはねぇーー他の国は知らないけど」
「この国ではそうなのですわ。まあ、神の花嫁は音羽姫様ただ一人ですけれど、実際には」
「はは!巫女姫が形無しなら、禁忌を破った穢れた元巫女姫様なんて居る意味ないねぇ」
バカにした様に笑う年長の侍女に、耶麻もまたこみ上げてくる笑いを堪えられなかった。
朝日が昇るーー
私の手には、一枚の布があった。
「……」
それは、私が放り投げた刺繍布だった。
神と言い争いをしてから、一度も触っていないそれを、私は手に取っていた。
「……」
布に刺繍された模様は、私の心を示すかのように乱れ歪んでいた。
「……本当に、へったくそ」
最初の頃に作っていた刺繍と比べても、それは下手くそだった。これではお嫁になんていけないだろう。刺繍は皇女の嗜みの一つである。
こんな作品では、誰もお嫁になんて貰ってくれない。
「そりゃあ……縁談もないよね」
誰だって、素敵なお嫁さんを欲しがる筈だ。こんな雑な物しか作れなければ、そりゃあ縁談なんてこない。しかも、顔面偏差値が最初から底辺という不利な条件を持っているのだ。といっても、皇女という地位や身分でさえ底上げできないのだから、刺繍の腕如きで相手側に好感度大幅向上には絶対に繋がらないだろうがーーそれでも、出来ない事が多ければ大幅低下には繋がる筈だ。
もう下がらない所まで下がってはいるけれど、それでも……。
「……」
私の刺繍が上手くなった所で何がどうなるわけでもない。
別に刺繍なんてしてもしなくても一緒だ。
なのに、私の手は自然と糸切り鋏を手にして、布に施された刺繍の糸を切っていったのだった。
そしてーー
「音羽姫様?!」
淑宝が驚愕の声を上げたのが聞こえたが、私がそれに答える事は無かった。
外に出られる時間。
私は乱れ乱雑となった部分の糸を切って解いた刺繍布と刺繍針を手に、泉の傍の大きな岩に腰掛け
チクチク
チクチク
チクチク
と、ひたすら針を動かすのに集中してーーいや、し過ぎていたからだ。




