第20話 新しい侍女
「新しい侍女達でございます」
「え?」
黄牙がある日、数人の女性達を連れてきた。
それは黄牙達に匹敵する程に美しい女性達だった。年齢は十代前半から二十代前半まで様々な彼女達は、統制の取れた動きで一斉に膝をつき、私に頭を下げた。
そして侍女として働くにあたって、私に挨拶の口上を述べた。
「……あの」
「なんでしょうか?」
「侍女は居ますよ、私」
六人も居る。
そこに、新たに六人もの侍女は流石に多すぎるだろう。
合計十二人だなんて、いくら皇女ーー大王の侍女としても多すぎる人数だ。
出来れば一人で良いーー出来る所は自分でやるから。
そう言いたいが、たぶん権威とか権威とか権威とか色々あるのだろう。余り我儘を言って困らせてはいけない。
いや、そもそも強引に連れ戻され、閉じ込められ、神に好き勝手される私の方が困らされている気もするが……。
斎宮の宮に戻る事も出来ず、かといってそこで一緒に暮らしていた女性達にも会えない日々。また、私が土の下で眠らせていた男性達にも会えていない。
彼らには是非とも謝罪したいと願っていた。
斎宮の宮に居た者達は、例え限られた世界だったとはいえ自由に過ごす事が出来ていた。けれど、彼らはーー。
いや、今はそれよりも考える事がある。
新しい侍女達の事だ。
そうして私が口を開こうとすると。
「その侍女達は退職しました」
「……はい?」
退職?退職って、あの退職か?
それって、こんな駄目皇女に仕えるのはもううんざりだ!!とかで辞めたのだろうか?いや、それしかないだろう。
「ですから、新しい侍女達が必要になるだろうと、大王より派遣されました」
「……」
侍女達ーーその中の纏め役なのだろうか?
一歩前に出た女性は美しい笑みをその顔に浮かべると、優雅に頭を下げた。
「本日より、音羽姫様のお世話をさせて頂きます。どうか、淑宝とお呼び下さいませ」
「彼女は、元は貴族ーー豪族出身の姫であり、広い見識と才知に富む才女です。今年で十八になりますが、なかなかどうして、そこらの男よりも武術に長けてもおりますので、姫様の護衛役としても最適な適任者です」
「……あの」
「他の者達も、身分は様々ではありますが、文武に優れ、淑女としても名高い者達ばかりですので、姫様を退屈させる事もないでしょう。ああ、これからは心健やかにお過ごし出来る事、心よりお約束致します」
黄牙が、美しい女性と見紛う美貌に優しい笑みを浮かべて私を見つめる。その瞳に、熱い物をかぎ取った瞬間、私は視線をそらせた。
黄牙はこうして、私を見る。
まるで、崇拝する何かを見る様に。
けれど、視線をずらした先ーー侍女達の瞳にも、私は同じ様な物を見つけてしまった。
「ああ、姫様ーーずっとお会いしとうございました」
「……」
淑宝が優雅な動きで私に近付くと、私の手を取る。
「ずっとずっと、ようやくお側に上がれるのですね」
まるで熱に浮かされた様な眼差しで私を見つめる。
「それにしても、この部屋は狭いですわね」
淑宝が部屋の中を見回して言う。
そうなのだろうか?むしろ広すぎると思うが。
「それにいつまで、姫様を高倉に押し込めておくのです」
「仕方が無いだろう?離宮がまだ完成しないのだから。それでも、急がせて造らせている」
「離宮?」
「ええ!高倉では色々と不便なところもありますし、何よりも狭いですわ。ですから、姫様に相応しい離宮を今建てさせておりますの」
離宮を?私の?
「……それ、無駄遣い」
「何を言われるのです!大王の妹姫ともなれば、離宮の一つぐらい持って当たり前です!」
そう豪語されるがーー
「大王陛下に無駄なお金を使わせる役立たずの皇女って事で、民衆に粛正される気が」
「音羽姫様?!何を言われるのですっ!」
淑宝だけではなく、黄牙や、他の侍女達も「何をあり得ない事をっ!!」と騒ぐ。いや、完璧にあり得ますから、それ。
「それにしても、衣装が少ないですわね」
「必要な分は揃っていますが」
「皇女としては足りません!ああもう、神が付いているとはいえ、所詮は殿方。女性に必要な細かい部分はやはり同じ女性が管理しなければなりませんね」
「あの、あまりあっても着る機会がありませんし……それに、斎宮の宮でもそんなに衣服の数は無かったので」
「それは特殊な状況下の話です。それに、数年もの間、自給自足だったとか。ああ、衣装も新たに新調出来ない等、本当にお労しい!いいえ、斎宮の宮に勤めていた者達を批判しようという気持ちはございません。彼女達だって、大変苦しい生活をされていたと聞いています」
淑宝は厳しい顔つきで、私達の斎宮の宮での生活がいかに周囲から見て大変な物だったかを語る。
「ああ!本当に、よくぞ生きていて下さいました!」
涙ながらに私の手を取り、そのまま自分の額に当て祈るように声を上げる淑宝に他の侍女達も涙ぐむ。
私は、口を開いた。
「貴女は、もしかしてーー私が土の下に追いやってしまった男性達の関係者?」
「追いやるなど!!」
淑宝が心外だと言わんばかりに声を上げた。
「姫様、その様な事を言わないで下さい!追いやる?!とんでもありません!!貴女様は私達の、私の許嫁を保護して下さったのです!!」
保護?あれが?
「明日にも処刑を待つ身でした。そして、全身ぼろぼろにされ、処刑が先かその前に息絶えるかーーそんな私の許嫁を、姫様は自分に仕える者として連れて行って下さいました」
「ーーでも、殺されかけた」
「それをお救いして下さったのは、姫様です!例え姫様が忘れていても、私達は忘れません。貴女様が下さった恩を、誰がなんと言おうとも私達は忘れない。姫様には分かりますか?目の前で残酷にも生きたまま燃やされ、絶え間ない悲鳴を聞き続けなければならなかった私達の気持ちが。全てが燃えていくのを、見ているだけしか出来なかった私達の気持ちが。そして、絶望の中で、死んだと思っていた者達が、傷一つなく発見されたと聞いた時の私達の持ちが」
淑宝は私を見つめながら話し続けた。
「私達は感謝しました。もちろん、姫様、貴女に」
「……全ては天の思し召しで」
そう言った私は、淑宝の瞳に宿った冷たい物に言葉を止めた。
「天が何をしてくれたと言うのです」
「あの……」
「突然何もかも奪われて。これがお前達の運命だと言われて。自分を愛するのがお前達の役目であり義務だと言われて。永遠に、自分を愛し傍に侍るように言われて。産まれた子供達も全て、愛してやると、さぞや美しい子供達が産まれるだろと言われて。その子供達も奴隷として飼って、美しい者達を繁殖し続ける、お前達に似た子はさぞや良い味をしているだろうと、たっぷりと可愛がってやると言われてーーそれがお前達の運命だと言われ続けた、私達に、天が、何を」
してくれたの?
淑宝の笑みが歪んだ気がした。
「ああ、でも神だけは別。我らが神だけはーーあの方は阿良斗大王達の被害者であり、同時に私達にとっての救い主。光明大王様と共に決起し、あの獣達を屠ってくれた英雄ですわ。いえ、英雄よりも尊い。そして音羽姫様、貴女様は私達の聖女です」
聖女?
「ええ、私達、いえ、この国全ての者達にとっての聖女。なのに、そんな尊きお方を、愚民はなんと愚かな事をーー」
「あの、その」
「尊い貴女様に毒を盛るなど、ああ、本当に酷い、酷すぎます!ええ、決して許せません」
「……私は、生きてるわ」
そう呟いた私は、自分の発言に呆れた。
それは生きているから問題無いと言っている様なものだ。けれど、そんな問題では実際には済まされない。それに、もし私以外のーー未緒や未緒付きの侍女達が私のような目に遭ったとしたら、私は絶対に許せない。
「その時ばかりは天に感謝しました。ああ、もうその様な事は起こさせません。私達がお守りします。神の居ない時は」
神の居ない時ーーいや、神が居ても守って貰っている様な気はしないが。
それが言葉に出てしまっていたのだろう。
「神は優しくないのですか?」
「いえ、食事介助や服の着替えや、下の世話までしてくれました」
「まあ!!流石は神ですね」
いえ、女としての大切な何かがその時に死滅しました。
「あと、なんか毎回口づけをしてきて」
「まあああっ!素敵ですわ!神の口づけは、一瞬にして昇天してしまう程の素晴らしい物ですからーー」
淑宝の声が小さくなっていく。
黄牙が「あ、しまった」と顔をした。
他の侍女達も、青ざめていく。
「どうして、それを知っているんですか?」
「え、えっと、あ、私は口づけはしてませんよ!!ただ、その様な声が大きく、それにあの獣達が楽しそうに話して」
「バカ!!」
黄牙が慌てて淑宝の口を塞ぐ。
「そ、その、獣達もそうですけど」
侍女の一人が口を塞がれた淑宝の代わりに話す。何を勘違いしたのか、その声は阿良斗大王達だけではないという。
「その、神はまあ男達に好き放題にされていましたけれど!けれど決して同性愛者になったわけではなく、いえ、同性愛者を否定するつもりは全くありません!当人同士が幸せなら構いませんからね!でも、神はあれで凄くモテて、皇后として振る舞っていますが、男性だけではなく、女性からもその色香に腰が砕け、口づけも甘いと」
「お前バカだろ!!」
黄牙がその侍女に叫ぶ。
「ふぅ~~ん」
私は、およそ自分の口から出たとは思えない低い声で答えた。
「へぇ?つまり、男性も女性も神の口づけは甘いって知ってるんですか?」
「え、いや、その」
「ま、まあ」
へぇぇぇぇぇぇぇぇえ?!
「その、阿良斗大王達が変態で、光明大王様とか、他の上層部とか、あ、でも一番は男性と多く口づけしてます!女性とはあんまりないです!男性が十なら、女性は三です!!黄牙も神と沢山口づけしてます!!」
「死ねって事ですか?!」
侍女達の暴露発言に、黄牙が慌てた。初めて見るぐらいに彼は慌てていた。
「そうですか、ええ、そうですか。そうですよね、神はモテますもんね。ええ分かってますよ。神は好色だった父に、兄と同じく皇后の地位に据えられる程の寵愛を得ていたんですものね。他の、男色家の皆様にもとても大人気で、その上、女性達からも人気で、皇后として、女性として現在も振る舞っているにも関わらず、それはもう素晴らしいぐらい人気が高くてモテて、口づけは素晴らしいんですね、ええ、分かります、分かりますからもう良いです」
「……あの、姫様」
「その、今は姫様一筋で」
「今は余計です!!」
黄牙が侍女の一言を厳しく切り捨てる。
「どうせ」
「姫様」
「どうせ私は、この年齢になるまで口づけ一つ交わした事のない嫁き遅れですよ!!」
なんか間違った叫びを上げた様な気がしたが、完全に頭に血が上っていた私はそれに気づく事なく、また周囲も指摘出来なかった。
「神が光明大王と何回も口づけを交わしていたのがバレました」
「……」
「……」
「あと、私や他の者達と口づけを交わしたのもバレました」
黄牙からの報告に、光明と神は黙った。
いや、口づけって。
確かに口づけはした。
阿良斗大王達の、命令で。
というか、阿良斗大王は美しい者達を自分が穢すのが大好きだが、自分の目の前で美しい者達が絡み合う姿も大好きだった。時には、美しい妃達や奴隷達同士で絡ませ交合させて大喜びするーーなんて事も少なくは無かった。
その中で、光明は神と口づけもしたし、それ以上の事もした。黄牙や叶斗、他の者達ともそうだ。
「……誰が」
「淑宝達が」
「なんで、なんで自分達の首を絞める様な事を」
「姫様にお会い出来た事に感動し、感動の余りに色々と問題行動と発言が」
「うちの妹の事、実は嫌いじゃないのか?」
「それは無いと思います。昨日も姫様にようやくお会い出来る事に気持ちが高ぶり寝られなかったようです。そしてその気持ちの高ぶりを少しでも沈めようと、上層部の男性陣が数人、組み手で叩きのめされています」
「思うが、あれ本当に豪族の姫か?あの獣に目を付けられる前は深窓の姫君とか本当か?絶対に嘘だろ」
「あの地獄の中で色々と変わりましたからね、はい」
どう考えても嫌がらせーー相手の女性に、しかも神に恋心を持っている相手にはかなりグッサリと鋭い一撃を与えた発言の数々。
「あ、でも、神の事が好きでは無い方であれば、そんなに被害は無いと淑宝が豪語して」
「それは俺に対する挑戦か?」
神が立ち上がろうとして、光明に止められた。その姿だけ見れば、お似合いの美しい夫婦なのだが。
ただし、どちらも皇后にしか見えないが。
「ですが、姫様の様子を見ていると」
「様子を見ていると?」
「なんというか、脈有りというか」
黄牙の言葉に、神が何かを言おうとしたが。
「うちの妹はとんでもなく心が広く優しいから」
「は?」
「それに、よく誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者が、犯人と長時間過ごすことで犯人に対して過度の同情や好意等を抱くというものもありますし」
「それはお前達にも言える事だろう?」
「もちろんです」
光明は言い切った。ただし、そのもちろんに対しての自分達の立ち位置が、犯罪者側である事はしっかりと理解している。だから、その上での「もちろん」発言である。
と同時に、犯罪被害者でもある光明は言った。
「ですが、あの阿良斗大王達には憎悪と怒り、殺意しかありませんでしたが」
「もちろんだ」
今度は神も言い切った。
「あの獣は、何度生まれ変わっても自分達は愛し合う運命だと言ったが」
「あり得ませんね、絶対に。何度生まれ変わっても殺し合う運命ならば諸手を挙げて歓迎しますが」
「そうですね、神と大王の言う通りでございます」
黄牙もにっこりと笑って同意した。
そう、あり得ない。
あの獣達と自分達の間には、決して埋めようのない憎悪と殺意の河が流れ続けている。因みに、物凄い急流かつ大河で、深さはもう底なし沼並のそれだ。
「それで、あの心優しく清らかな妹が神に同情したのですね」
「同情って何だ。現実を直視しろ」
「神、貴方はあれ程傍に居ながら、妹の心の広さを知らないのですか?」
「こっちの口づけを嫌だ嫌だと毎回拒む不細工のどこが心が広いと?」
「ああ、私の妹のなんと貞淑な事か。素晴らしいです」
「夫に対していらないだろ」
「夫婦間だって、無理矢理な行為は犯罪として成立します」
なら、毎回無理矢理やっているお前らは犯罪者だろうーーという神の眼差しに対して、光明も黄牙は「当然だ!!」と言わんばかりに、一切恥じ入らなかった。それはもう堂々としたものだ。他の、今ここに居ない者達もそうだろう。
彼らは自分達がどれだけ許されない事をしているか知っている、理解している。
許されない、愚かで酷い事を、彼女達に強い続けている事を、理解している。
理解した上で、それに付随する全てを受け入れているのだ。
勿論、彼らがしている事は、それを彼ら自身が理解しているからといって、許される事ではない。誰がどう見たって犯罪だ。
けれど、その許されない事を実行に移す事で起きる全てを、光明達は背負う覚悟をしていた。
自分達の行動に責任を持つ事を決めた。
そしてそれを貫き通す事を決めた。
だから、例え誰が批判しようと、誰に批判されようとも、彼らは決して自分達の進む道を曲げたりはしないだろう。
どんな批判だろうと、どんな侮蔑だろうとも、彼らは彼らの決めた道を進み続ける。
一度粉々に砕かれ、壊された物はもう戻らない。
必死にかき集めて造り直したそれは酷く歪に歪み、おぞましい物へと成長した。
彼らはもう、嘆いたりはしない。
嘆きも悲しみも弱さも全てをかなぐり捨てる。
自分達に負の感情を向けられれば向けられる程、それらを取り込みより巨大化していく。
人の心の裏の裏まで知り尽くし、負の感情と欲望に塗れさせられた彼らは、誰よりも強かに貪欲に執念深く生き続ける。
誰の血で手を汚そうとも構わない。
自分達の突き進む道の為には、誰を利用し、誰を死なせようとも構わない。
彼らは突き抜けてしまった。
そして、突き抜けさせたのは、その鍵を壊したのはーー。
「本当に愚かな男達だ」
今はもう亡い、先代大王達の暴挙が彼らを残忍で冷酷非道な者達へと変えたのだ。
笑いながら人を罠にかけ、苦しませながら殺す事を何とも思わぬ心を彼らに与えたのだ。
そして自分もまた、酷く歪んでしまった。
「それで、離宮の完成は近いのか?」
「あと、半年もすれば移れる筈です」
「そうかーー」
広い中庭を有するその離宮は、斎宮の宮そっくりに造らせている。きっと、あの不細工も喜ぶ筈だ。




