表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/155

第15話 堕神の襲撃


 空気がよりいっそう冷え込む。

 夜空に輝く星の光ぐらいしか、光の無いその場所で膝を抱え込む私は自分の馬鹿さ加減がいい加減嫌になった。


「……迷った」


 過去には、王都に食料を得る為に定期的にお忍びをしていたとはいえ、その時は昼間で、なにげに店のある場所ばかりだった。

 こんな風に、中心地から離れた場所まで来た事はない。


 そうーーここは中心地ではない。

 無我夢中で走り続けた結果、もうどこから来たのかさえ分からないが、周囲には店の類いはなく、明かりもまばらだった。

 しまったと我に返った時には遅く、何とかして元の場所に戻ろうとして歩き回った結果、どんどん人気はなくなり、建物もまばらとなった。


 整備されていた道は砂利道へと変わり、田園風景が周囲に広がっている。


 都の明かりはどこだろう?


「ってか、いくら走ったからって行ってもあまり離れては居ないと思うんだけど」


 王都自体がそこまで狭くはないし、いくら私が全力疾走をした所で早々簡単に抜けられると思えない。また、王都とはいっても、全部が発展しているわけではないようなので、家や建物がまばらな場所や人気の無い場所、またこんな田園地帯だってあるだろう。


「絶対に怒られるよね」


 膝に顔を埋めながら、ぽつりと呟く。


 怒られるというか、絶対にお仕置きされる。あの神が嬉々としてお仕置きする様が脳裏に浮かび、私の体が震え上がった。


 どうして、私には幸せな結婚というものがないのだろう?いや、そもそもどうしてまともな相手とそういう事にならないのだろうか?


 男運が悪いと言われればそれまでだ。


「そもそも、父親はあれだし、両親同じの兄は磐に執着しまくりのよく分からない人だし」


 余り会う機会はなかったけれど、弟達も美しいが、その、あんまり。


「それにーー」


 渚を妻にした黄牙とか、未緒を妻にした叶斗とか。


 もの凄く執着の強い男達だ。普通の夫というものはああいうものなのか?いや、違うと言って欲しい。


 あ、そっか。


 みんな男運が無いのだ。


 斎宮の宮の女性達を思い、私は思わずそう心の中で呟いてしまった。


 少なくとも、相手の幸せを願ってその手を離す、諦めるといった考えの者達は居ない。

 諦めればそこで終わりだーーと何が何でも諦めない者達ばかり。



 そんな彼らに執着された彼女達はーー。



 いや、執着して貰えるだけ、幸せなのかもしれない。



 私達の関係よりもーー。



「……」


 私は自分の掌をジッと見つめた。


 私は覚えてはいない。

 覚えてはいないけれど、私の中に眠る神の力を私は使ったという。



 そして




 世界を




 創った。




「……本当なのかな?」


 誰もがそう言う。

 兄達も、そして斎宮の宮のーー記憶を失わずに居た女性達も。


 記憶を失った者達は分からないだろうけれど、それ以外の者達は言うのだ。



「私に、そんな力が」


 そこで私は、手に力を込めてみた。

 なんかこう、「はぁぁぁぁっ!」とか出ないだろうか。



 けれどどれだけ頑張っても出ない。



「……バカみたい」



 というか、出してどうする。

 制御出来るのか?


 そもそも、世界を創るという事自体、どれほどの力が使われたのか想像すら出来ない。けれど、それ程強大な力が私の中に、そして本来あの神の中にあったという事だ。


 そりゃあ切れるわ。


 それ程の、世界を創っても尚且つ枯渇しない力を奪い取られたのだ。


 いや、そもそも普通世界なんて創れば力が枯渇して取り戻せる物自体が無くなる可能性の方が高いが、神が取り戻すというのだから私の中には取り戻したいだけの、取り戻せるだけの力がまだ残っているのだろう。


 しかし、私には実感はない。


 そんな力が本当に私の中にあるのか。


 まあ、「はぁぁぁぁっ!」とか言って力が出たら出たで大変だけれどーー。



「……いや、今は早く帰らないと」



 そう呟き立ち上がった私だったが、どこを見ても周囲に明かりは見えない。星明かりが無ければ歩くのも満足には出来ないだろう。



「……怒られる、うん、怒られる」


 いや、良いでは無いか。

 怒られるのは、心配されているからで。


 むしろーー


「……」


 私の脳裏に、私をバカにする侍女達の姿が浮かんだ。

 彼女達は私が帰ってこないと分かれば大喜びするのではないだろうか?


 むしろせいせいしたと言わんばかりに狂喜乱舞するかもしれない。


 帰れば迷惑に思われるかも。


 皇女なのに、侍女の顔色を伺ってばかりの自分にも嫌気がさす。


 というか、皇女の方が侍女よりも偉いのだ。例え、蔑まされ無いものとして先代大王に扱われて居たとしても、今の自分は昔の自分とは違う。


 元斎宮で、現大王の妹で。

 そして、神の花嫁で。


 だから、いくら貴族の姫君である侍女であっても、大王に連なる皇女をバカにするのは不敬罪物である。いや、果たして大王以外の皇族にその不敬罪というものが当てはまるかは謎な部分もあるけれど。


 それでも、それでも侍女が皇女をバカにして良いなんて事はない。


 まあーー普通に考えたら侍女が皇女をバカにするなんてあり得なくて、つまりバカにされるだけの要素を持ち尚且つ侍女に尊敬どころかバカにしたくなってしまう程の駄目皇女というわけであって。


 侍女だって人間だ。


 こんな不細工で無能でなんの価値もない皇女より、美しく高貴で後見となる一族もあって財力もある皇女に仕えたいというのが、普通の侍女心だと思う。


 むしろ、侍女達に誇りに思って貰えない皇女である私が悪いのかも、しれない。


 あれ?結局は私のせいか、これ。


「働けないのに、食べさせて貰っていて、衣食住には不自由しなくてーーあ、これ完全に駄目な人だ」


 働かざる者食うべからず


 斎宮の宮に居た時は、働かなければ食べていけなかった。まあ、そのおかげで磐達が何か言っても、ツラッとして手伝いをしていたのだがーーそれでも、時々だけど。


 毎日の様に手伝って磐が発狂しかけた事が何回かあったので、数日おきぐらいで手を打った時の事は今でも覚えている。


 そう、磐達ーー


 磐達は、王都に、大王の宮殿に居る。

 まだ会わせて貰えないけれど……ここで帰れなかったら、磐達には二度と会えないだろう。


「……磐達には会いたい」


 なら他の者達には会いたくないのか?というツッコミはしないで欲しい。


 とりあえず宮殿への帰還に心が傾いたので良しとしてくれ。


「でも……どうやって帰ろう」


 問題はそこに戻る。



 しゅるるる……しゅるる



 ずるる……



「ん?」



 この音。


 そういえば、高倉に居た時には何度か聞こえていた音だ。


 そしてーーああ、そうだ。高倉に入れられる前も。あと、今日王都に来た時にも、小さく、小さくだが、どこからか時々聞こえていた。



「何の、音?」



 周りを見ても何も無い。



「……」



 風が、先程よりも冷たく感じられる。


 背筋がゾクリとする感覚に、嫌な物を覚える。


 ここを早く離れないとーー。


 足早に歩き出す私の耳に、またあの音が聞こえてきた。


 コツンと足に何かがぶつかる。


「え?これって」


 それは、高倉に落ちていたあの半透明の物体だった。


 それを拾い上げ目の前に掲げれば、星の光にそれが光ったように見えた。


「なんでこれが……」


 いや、もしかしたら道によく落ちているものなのだろうか?


 それを侍女が拾ってーーって、果たして貴族の娘が道に落ちている物を拾うだろうか?


「……」


 私の中の嫌な予感が更に強さを増していく。


 脳裏に響く警鐘が、激しくなる。


「っーー」


 走りだそうと顔を上げた私は、息を呑んだ。




 シュゥーー



 長い舌が私の鼻に触れた。



 すぐ目の前に、顔がある。


 女性の、顔。



 美しく整ったそれは、およそ人の物とは思えない。

 けれど、その首ーー。


 長く伸びた、首は人にしては長すぎる。


 月の光のせいだろうか?



 その顔は、その姿はよく見えた。



 女の顔が後ろに下がる。

 下がり、そしてどんどん上に上がる。



 私は、露わとなるそれに言葉を失った。



 女性は美しい上半身をしていた。

 光り輝く様な白い肌。

 こぼれんばかりの乳房を覆う胸の布は、何も付けていない時よりもその女性の色香を際立たせていた。


 そのくびれたお腹も、さぞや男達の視線を釘付けにするだろう。



 けれど下半身。


 下半身ーーそれは、蛇のそれだった。



 長い長い、普通の建物であれば何巻きも出来る様な長い尾蛇の胴体からしっぽにかけて、その直径は、軽く成人男性の背丈はあろうかというものだった。


 うねうねと動き、地面を這いずる動きに私は吐き気を催した。


 そして更にあり得ないのは。




 大きすぎるーー



 それは、下半身だけではない。

 よくよく見れば、上半身、そしてその顔も全てが、普通の人よりも大きいのだ。


 そして彼女の手は、上半身からしなやかに伸びる腕は両側にそれぞれ四本ずつ存在し、その全てに。



「あーー」



 ぎらりと紅い物で濡れた刃物が握られていた。



 バサリと、女性の背中で音が鳴る。



 その背に、巨大な二枚の翼が生えた。



「あ、あーー」



 その、姿に、私の脳裏に何かが浮かぶ。

 けれどそれはしっかりとした形にならず、私を余計に混乱させた。


 その女性は、下半身が巨大な蛇の彼女は微笑んでいた。まるでその顔だけであれば、慈愛と慈悲を司る女神の様で。



 彼女の顔が、激しく歪む。

 強い殺意を漲らせたその顔に目を奪われた私の耳に、何かが勢いよく近付く音が聞こえた。


 けれど、目が離せない。



 彼女の美しく形の良い唇から、この世の物とは思えない咆哮が響く。



「やはり来たか」



 耳元で、その咆哮を切り裂く様な厳しい声音が聞こえたかと思うと、私の体がぐいっと後ろに引っ張られた。


「あーー」


 先程まで私がいた場所に、女性の長い腕が握る斧が突き刺さっていた。


「怪我はないようだな」

「あ、ーー」


 私を抱きしめているのは神だった。



「神よ!ご無事ですか?!」



 その声に、神の腕の中から顔だけ後ろに向ければ、複数の者達がこちらに駆けてくるのが見えた。

 その先頭に立つのは、黄牙だった。


「この程度問題ない」


 彼女、蛇の女性が絶叫する。



 そしてその叫びに呼応するかの様に、周りにちらほらと建っていた小屋が火に包まれた。

 それは激しく燃え上がり、周囲を明るく照らす。


「ふん、小賢しい」

「ですが、凄まじい力です。ああ、貴方様に与えられた力の為に、この卑小なる私にも感じられます」

「ただの力に溺れ奢り高ぶったバカだ」


 神がそう吐き捨てると、後ろに居た黄牙に鋭く言い放った。


「下手に近付くな。犠牲者を出したくなかったらな」

「あれは、何?」


 私は、彼女へと視線を戻し、その姿を見ながら神に問いかけた。


「何?だと。お前の方が知っているんじゃないか?」

「え?」


 知っている?


 そんなわけない。

 あんなの、初めて見たというのに。


「なら、どうしてあいつの鱗を持っていた?」

「……鱗?」

「これだ」


 神が私の前に巾着袋を掲げる。

 それは、王都に降りる際に持ってきたものだ。


「それは、装飾品」


 そう言った私の前で、袋を逆さにされてその口を開けられた。そこから、半透明のそれが幾つも落ちていく。


「え?!なんでこれーー」


 その時、私は気づいた。


 間違えて持ってきてしまった事に。

 換金用の品物が入った巾着袋のすぐ側に置いていた為、慌てていたあの時に取り違えたのだ。


「でもこれ、侍女の」

「はぁ?」

「いや、その、こんなに綺麗だし、侍女の誰かの落とし物だと思っていて」

「綺麗、綺麗、ねぇ?」


 その時、咆哮を上げ続けていた彼女ーーいや、その化け物が一本の腕を振り上げる。

 それには、大きな鎌が握られていた。


「散れ」


 黄牙達に命じると、神は私の体を抱え上げて強く地面を蹴った。そのまま、後ろに飛び化け物の攻撃を避ける。


「言っとくが、その半透明のものはあいつの鱗だ」

「嘘?!」


 色が違うーー


 その化け物の鱗は、少なくとも半透明ーー無色に近い色ではない。


「そう、本来は黒だ。だが、中の力が浄化されたからそういう色になった。お前、まさか浄化までするとはな」

「浄化?」

「あれは、邪神。いや、堕神と言うべきか。己の欲望に飲み込まれて堕ち、多くの命を玩ぶようになったものを言う。ただし、もう言葉も介さないあれは、かなりそれが進んでいるな」

「邪神、堕神……って事は、神様?」

「そう、元神だ」


 私に神が説明している間にも、次々と化け物の攻撃が飛んでくる。


「なんで、その神様が」


 私達を襲うのですか?ーーそう聞きたいのに、声にならない。けれど、神は私の言いたい事を理解してくれたようだ。


「お前の中に眠る俺の力を狙っているんだよ」




 私の中の




 神の力、を?





「俺の中にあるなら手出しは無理でも、その器が脆い人間の中にあるなら引きずり出すのは簡単だーー八つ裂きにして殺せば良い」

「っーー」

「原型も留めずに粉々に肉体を破壊し、その魂すらも砕けば簡単だ」



 簡単?



「ふん、浄化をしていたなら、臭いが残らないのも頷ける。ちっ……こちらに協力せずに余計な事ばかりに力を使いやがって」

「あ……」

「だが、お前も分かっている筈だ。お前は俺のもの。そう、それを救いたいならとっとと寄越せ」



 その言葉に、私の中が熱くなる。



「あ、な、何?」



 体の変化に、思考が追いつかずに混乱している私の体が引寄せられる。そして、唇に柔らかいものが押しつけられた。


「んーーっ!!」


 唇を割って舌が侵入してくる。



 今日で二回目の口づけに、私は意識を失いたくなった。



「離れてろ」



 ようやく唇が離された私は、後ろに放り投げられた。

 けれど、地面に転がる事はなく、私の体は黄牙に受け止められた。


「姫様、こちらに」

「あ、でも」



 まだ神がそこにーー



 そう続けようとした私は、その光景に言葉を失った。



 オォォォォォォォォォォォっ!!



 化け物の絶叫が響く中、激しい剣戟の音が聞こえる。

 武器をそれぞれ持つ八本の腕を化け物は自由自在、巧みに操って神を襲う。それは一撃あたれば、神の華奢な体など簡単に粉砕できる程の勢いと力を持っているのは見ただけで分かった。


 けれど、神はそれらを全て受け止め、弾き、打ち返している。


 神が召喚した、八本の刀。

 それはこの国の兵士が持つ普通の刀だが、今は青く美しい光を纏い化け物の武器と戦っていく。


 だが、その武器は本来なら居る筈の持ち手は居ない。

 神も、その武器から離れた所に立っている。


 なのに、まるで意思を持ったかのように化け物を攻撃していく。


「遠隔操作も素晴らしい」

「えんかくそうさ?」

「ええ。あの様に、直接武器に触れずに操っている事などを言います」


 黄牙がうっとりとした眼差しで神を見つめる。


「お前も諦めが悪いな」


 化け物が咆哮を上げる。



 神を囲うように、炎の壁が出現した。


「あぁっ!」


 思わず叫んだ私の腕を、黄牙が掴んで引寄せる。


「危のうございます、姫様」

「でも、神がーー」

「我らが神の力を信じて下さいませ」

「いやでも、その力は私の中に」


 ある筈でーー



 炎の壁が、一瞬にして消えた。



「え?」

「もう少し楽しませてくれると思ったが」


 神が、化け物の攻撃を防いでいた八本の刀を消し、自分の前に出現させる。それはくるくると回ってそれぞれ輝く球体となり、一つに凝縮される。


「この俺に喧嘩を売った事を後悔しろ」



 その凝縮され、一つの球体となっていた光が一本の槍へと変化する。それは手を振った神の動きに合わせて、その化け物の。


 額に。


 突き刺さる。



 頭を串刺しにされた化け物は絶叫する間もなく、その巨体を地面へと崩した。



「この程度か」



 そう吐き捨てる神が、興味を失った様に化け物の死体から視線を外す。そしてゆっくりとこちらに歩いてきた。


「ああ、流石です、わが神よ!」


 黄牙はまるで狂信者の様に、ひたすら神を称える。

 そんな神を、私はただ見つめる事しか出来なかった。



 その後、私を狙った化け物以外にも数体の化け物が現れていた事を、私は連れ戻された高倉で知る事となる。


 私の中の力を狙い、私が神と離れた後に私の中にある神の力の残り香に引寄せられた堕神達の出現によって、王都は一時騒然となったらしい。


 幸いな事に、死者は出なかったけれど、怪我を負った者達は出たそうだ。ただこれも幸いな事に、民間人の負傷者は出ず、壊れた店などの建物や商品は大王の命令により立て直しと保証がなされたとの事だった。


 そして私はまた、高倉から出られない日々が続いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ