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第12話


 山を越え、川を越え。

 てくてくと歩き続けてもう幾日か。



「ふむ、遠いなぁ」



 少年はまだ遠い先を考え、溜息をついた。







 絶望の音が聞こえる。



「音羽姫様、ーー様がお付きです」


 嫌だ


「音羽姫様、こちらをお召しになられて下さい」


 嫌だ


「音羽姫様は幸せですね。あの方の花嫁となられたのですから」



 嫌だ!!




 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ



 両手で耳を塞ぎ、目を閉じ。

 それでも強引にこじ開けられる。


 昼夜問わず、毎日の様に神は来る。

 私が幽閉同然に置かれた、高倉に。


 階段をかけなければ出入り出来ない、空中の牢。

 そう、ここはまるで牢獄だった。


 神は外では皇后という表向きの顔は崩さない。むしろ誰もが憧れる皇后として君臨し、この高倉に来れば不機嫌そうな顔をして私を苛む。


 私も悪いのだ。


 早く、早く神の力が私から離れてしまえばそれで済む筈なのに。



「なかなか離れないな。そんなにお前の中は気持ち良いってか?ふん、不細工のくせに」

「……」


 体を好き勝手にされながら吐かれる侮蔑の言葉。嫌なら離れれば良いのに。


 いや、それは無理か。

 神は私の中に埋め込まれた力を取り戻す為に行なっているのだから。


「不細工、笑え」

「……」


 笑えばもっと不細工になると笑われるのが分かっていてどうして笑えるだろうか。


 不細工なのは分かりきっている。

 そんな事、一々指摘されなくても。

 そりゃあ神だって本当はもっと美しい、磐の様な女性だったら嬉しかったに違いない。


 閉じ込められた高倉に世話をしに来る侍女達もそんな事を話していた。


「本当に不細工なお方ね」

「これでは神も可哀想だわ」

「せめて、もう少し見た目が宜しければ」


 とても皇女に、それも大王と両親を同じくする妹姫に対する態度とは思えない言葉の数々。


「磐長姫様が仕えていたのですって」

「まあ!あの様な美しい姫をこき使っていたの?!あんな不細工のくせして」

「とんでもない我儘姫ね!」

「というか、無実の罪で罪人にされた者達を救ったと言うけれど、本当は磐長姫様がお救いしたのではなくて?」

「あら、じゃああの不細工姫は磐長姫様の功績を横取りしたってわけ?酷い姫様ね、本当に」



 嘲笑、嘲笑、嘲笑。


 耳を塞いでも聞こえてくる。

 私を前にしても、嗤っている。


 両手で耳を塞ぎ、眠る日々。

 その耳に、しゅるしゅるという音が聞こえる。


 目を開けても、まだ色々な音が聞こえるようで。



 疲れ果てた私は、日々体調を崩すようになった。



「不細工、どうした」



 床につく様になった私は流石に抱けないと思ったのか、あの苦しい苦行の様な交わりが無くなった。それはあっけない程までにあっさりと。



「人間は弱いな」


 神はそう言うと、私の傍につき手ずから食事を食べさせる様になった。


「食え、人間は食わないと死ぬらしい」


 そして薬も私がきちんと飲むまで見ている。



 そうして、神は少しずつ私の所に来る機会が多くなってきた。いや、前もよく来ていたけれど、その時はいつも交わりの時だった。


「不細工の上にガリガリだと余計に醜くなる」

「……悪かったですね」


 そう毒を吐けば、神は目を瞬かせた。そしてーー。


「ああ、それぐらい元気ならば良い」


 少年の様に笑った。


「斎宮の宮で平手打ちした時ぐらいの活気が無いとな」

「いや、あれは」

「お前はその方が良い」


 それからも、彼は何もせず、せっせと私の世話を焼く日々が続いた。



「外に出てみるか」

「……外」



 ずっと高倉に幽閉されてもう半年。

 日を選んで外に出たのは、天気の良い夜の事だった。


 いきなり日の下に連れ出すのはまずいという事で、星明かりの明るい日に神によって連れ出された私は、久しぶりの外の空気に涙が出た。


「嬉しいのか」

「当たり前です」


 斎宮の宮に居た頃は、自由に外を駆け回った事もある。


 今は、高倉から出られない日々が続いている。

 いくら高倉が広く作られているとはいっても、外に出られない日々は苦痛でならない。


「ようやく笑ったな」

「え?」

「仏頂面は余計に不細工に見えて駄目だ」

「……悪かったですね、不細工で。そんなに綺麗な人が良いのなら、どうぞそちらに行って下さい」



 顔を背けて言えば、強引に視線をあわせさせられた。


「美人は三日で飽きる」

「はい?」

「だが、味のある不細工は長く持つらしい」

「私の忍耐力を試してますか?」


 殴っても良いのだろうか?いや、殴れと言われているのだろうか?


「もう少ししたら、昼間も出してやる」

「そのまま他の女性の所に行って貰えると助かるのですが」

「何故」

「何故って」


 そう言われて気づいた。

 確かに他の女性の中に、神の力は埋め込まれてはいない。


「……早く、力が戻れば良いですね」


 そうすれば、私は自由になれる。高倉に閉じ込められて神の訪れを待つ日々は終わるはずだ。確かに、神の花嫁とはなったけれど、神の妻が一人とは決まってはいない。それにそもそも、長い時を生きる神の一時の伴侶にはなれても、人は永遠の伴侶にはなれない。


 なれる方法もあるというが、それについては私はよく知らなかった。



「笑え不細工」

「分かりました、殴れって事ですよね?!」



 顔をぐいぐい引っ張られ理不尽な要求をされた私は、拳を握り締めた。


 そして一撃を食らわせた日には、大騒ぎになったのだが。



「笑え不細工」

「食べろ不細工」

「お前は本当に不細工だな」

「こんな不細工なら嫁のもらい手はなかっただろう」

「それ行くぞ不細工」



 それからも毎日の様に神は高倉に来ては私に食事を食べさせ、引きずり回していった。



 高倉での生活は変わらないが、神が居れば外に出られるようになった。


「お前はいつも仏頂面だな」

「笑える様な事がないので」

「女は皆笑っているものだと聞いたが」

「楽しくもないのに笑えませんよ」

「美しい衣装や装飾品を前にしたら嬉しいと聞いたが」

「……」


 それは、そういうのが似合う相手だけだろう。いや、少なくとも私以外の相手は皆似合う。


「光明が嘆いてた。服を送っても装飾品を贈ってもなんら音沙汰が無いと」

「お礼の手紙は書いてます」

「事務的な奴か」

「というか、こんな高倉で着るのはもったいないです」

「何故?」

「普通、ああいうのは誰かに見せる為にも着るんですよ」

「なら着てみせれば良い」

「だから」

「俺に見せろ」


 ……やだ!


「今、やだとか思っただろ」

「ひっ!心読まれた?!」

「お前、俺のことを何だと思ってる?神だぞ?」

「神だって人の心を覗いて良いわけじゃないです!!」


 神を正座させて私も正座し、バシバシと床を叩いて説教をした。


「わからないな、全然」

「それでよく皇后やれてますね」

「光明からこの通りにやれって書かれた紙の通りに」

「……」


 野放しにしたら駄目なタイプなんだろうな、きっと。

 というか、そもそも神が人間の振りをして皇后やってるのもどうだろうか。


 先代が神を堕とした事はそう知られてはいない。それは、先代の異常なまでの独占欲と嫉妬によるもので、神はどこかの豪族の姫として素性を偽っていたとか。


 その後、現在の大王ーー兄が上手く情報操作をした事で、今でも神だと思われて居ないそうだ。ただし、兄や現在の国の上層部、そして私の世話役達は皇后が神であると知っている。


 まあ兄や、兄の信頼を受けた上層部は良いとして、私付きの世話役達はたいそう口が軽そうだけれど。


 今も物陰でクスクスと嗤う声が聞こえる。


「不細工、どうした?」


 よし、仮面被ってやろう。


 私は兄への手紙に仮面を所望した。



 そして次の日にそれを被って神を出迎えれば


「なんだこれ」


 仮面をはぎ取られた。


「不細工が不細工の面を被ってどうする」

「鬼の面にしとけば良かった」


 舌打ちして悔しがる私に、神が目を瞬かせる。


「鬼の面もお前の顔には負ける」


 実に良い事を言ったと言わんばかりの神の未来が心配された。


「あのですね」

「何だ」

「貴方様も将来、好きな方を娶る時が来るかもしれません。その時には私に言っている様な事は一切言ったら駄目ですからね」

「何を言ってるんだ?」

「ですから、私に言う様な事は言ったら駄目です!」

「何故だ」

「何ででもです!!というか、私に言う様な事、他の人達には言いませんよね?!」


 当たり前だーーそう言い放つ神を本気で殴りたい。


「少なくとも磐長姫は不細工じゃない。渚も未緒も他の女達も」

「ならそっちと結婚したら良かったですよね?本当に!!」

「光明達と殺し合えと?俺が勝つぞ?」

「今からでも遅くないのでやってきて下さい。そしたら私未亡人で自由です」

「神は死なない」


 なんかまたふんぞり返られた。


「だから、お前は未亡人にはならない」

「え?それって一生このまま?」


 それかなりキツイです。しかも、この口の悪い見た目だけの神の妻を死ぬまでする?


「冗談キツイです」

「いくら俺が世間知らずでも、離婚は難しいっていう事ぐらいは分かるぞ」


 余計な事ばかりは覚えている神だな、本当に。


「ーー顔色が悪いな」

「そりゃあ、数日前から少し風邪気味なので」


 といっても、以前のように床から起き上がれない程ではないし、まあ少し喉が痛いが熱も余り高くないので放っておいた。


「お前は本当にバカだな」


 そう言うと、神はどこかに行ってしまった。


 そして一時間後ーー


「飲め!国一番の薬師が全力を込めて作り上げた、良く効くが苦すぎて気絶者続出中のこの薬湯を飲め!」

「ぎゃああぁぁあっ!いじめっ子だ!いじめっ子が此処に居るっ」

「飲め!飲まなきゃ強引に飲ませるぞっ」

「磐、助けてぇぇぇっ」


 私の叫びは外まで聞こえたらしい。


「偉大なる神よ。いくら嬉しいとはいえ、女性にはもっと優しく」


 黄牙が神を説教しに来たのは、それから三十分ほど後の事だった。

 そして私は高い熱を出した。


「軟弱者」

「誰の、せいで」


 こいつは私をどうしたいのか?


 殺したいのか?それとも治したいのか?


「そういえばお前、確か歌が上手いと言ったな。歌え」


 おま、この、喉が痛い時に。


「……後でね」

「約束だぞ」


 そこは弁えているらしい。どうせなら、体調が戻るまで来ないで欲しい。


「約束だからな、絶対に歌え」

「はいはい」

「約束破ったら酷いからな」

「はいはい」

「嘘ついたら孕ませる」

「……」



「神よ、ですから女性には優しく」

「分かった。嘘つかなくても孕ませよう」


 また黄牙が神を説教しに来たが、むしろ事態は悪くなった。


 何をどうしても犯られる未来しか想像出来ない。いや、もう清らかな乙女じゃないし、散々好き勝手にされたけれど、なんか今まで以上に酷い事をされそうだ。


「ですが、子を作ると言う考えは良い事です」

「どこがですか!」

「子供が出来たら逃げられなくなりますからね」


 にっこりと笑う黄牙に、私は彼の妻である渚の身が心配になった。


「ふふ、渚は元気ですよ」


 絶対に嘘だ!!


 私がより人間不信になっても仕方が無いのは言うまでもないだろう。




「だいぶ体調が良くなったな」

「よくなりたくなかった」

「知っているか?体調が悪くなると言うのは気が乱れる事を言う。その気を整えるのに、男女の交合というものが」

「あ、よくなりました、凄くよくなりました。なのでいりません」

「遠慮するな」


 遠慮なんてしてない。


「まあいい。歌え」

「は?」

「……嘘ついたら」


 私は歌った。歌わなきゃ、やられる。


 小さい頃に母が歌ってくれた歌から始まり、磐達が教えてくれた歌を幾つか歌う。


「もっとだ」


 一曲、また一曲と歌う度に、神はもっと歌えと言う。けれどいい加減に喉が痛くなると言えば、「また明日歌え」と言われた。


「声が枯れます、喉が痛いです」

「不細工のくせして軟弱だな」

「五月蠅いです」


 相手が神とは思えない程、私も口が悪くなった。


「なら、喉が痛くならない程度に歌え。あと」

「あと?」

「他の奴の前で歌うな」


 そう言うと、私を強引に座らせ、その膝の上に頭をのせた。


「……はい?」

「なでろ」

「はぁ」


 あれしろこれしろこうやれーー


 なんか気まぐれな猫みたいだーーいや、猫に失礼か、全力で。



「明日は、市にでも行くか」

「え?」

「懐の広い所を見せろと言われた」


 何故に懐の広い所なのか?


 よく分からないが、結局私が明日引っ張られていくのは間違いなかった。



 おめかしして待ってろ



 そう言い捨てて帰って行った神を見送った後、私は眠りに就いた。


 しゅるーーしゅるる……



 何かが地面を這いずる様な音に、私は目を覚ます。


 けれど、この広い高倉の中には私一人。


 神との交合が無くなり、代わりに一緒に食事を取ったり寝かしつけられたり引きずり回されたする様になってからーー私の中に入ってくる音は減った。

 侍女達の視線は相変わらず冷たいものがあるが、陰口や嘲笑は私の前では表だってはしなくなった。


 一時は、影で囁くのでは無く面と向かって小さな声で呟き笑われた事もあった。


 それを考えれば、今は酷く穏やかだった。


 まあ、聞こえる所で言わないだけで、聞こえない所では凄まじい勢いで馬鹿にしていると思われるが。いや、確実にしている筈だ。


 それでも、流石に神の耳に入ったらまずいと思ったのだろう。


 溜息をついた私は、その視界の隅にある物を見つけた。


「……まただ」


 私の視界の隅にあたる床に、きらりと光る物が落ちていた。

 それは以前からも、この高倉に来る前から落ちていた。


 薄い、半透明な扇状の板。

 掌に収まるぐらいの大きさのそれに、私は首を傾げる。


 この高倉に来る前は毎日落ちていたが、ここに来てからは暫く落ちている事は無かった。けれど、少し前から、また落ちているのだ。


 侍女が落としたものかとも思ったが、聞こうと声をかけようとすれば無視されるのでそれも出来ていない。光に照らすとキラキラと輝くそれは、見ただけで高価な代物だと分かる。

 というか、もし侍女のものだった場合、下手に後で分かれば「盗んだの?!」と騒がれるかもしれない。

 いやいや、普通どう考えても私の方が立場は偉いのに、どうしてこう侍女の機嫌を伺うような毎日を……いや、皇女といっても特にこれといった事はしていないし、むしろ働きもせず与えられた衣食住を享受するだけの穀潰しーー。


 私はその場に四つん這いになった。


 駄目だ、悲しすぎる。

 いや、惨めすぎる。


「斎宮の宮に居た時はもう少し働いていたしなぁ」


 料理をしたーー磐が止めるのも聞かずに。

 掃除をしたーー磐が止めるのも聞かずに。

 食料集めをしたーー磐が止めるのも聞かずに。

 薪割りをしたーー磐が止めるのも聞かずに。

 洗濯をしたーー磐が止めるのも聞かずに。


「……動かないで食べてばかりだと太るよね」


 きっと問題はそこじゃない、と磐が居れば怒っただろう。しかし、突っ込みを入れる存在はここには居なかった。


「……とりあえず、寝よう」


 その半透明の物体を、いつもの場所に仕舞う。

 そこには、既にこの場所に来てから見つけた今までの半透明の物体が入っていた。


 なんか、貝殻みたいーー



 昔、母の所にあった、美しい色の貝殻を思い出す。それで作った装飾品が母のお気に入りだったが、もうどこに行ったものやら。


 間もなく眠気が来て、私は眠りに落ちた。

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