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第11話 神が語る昔話

 それは昔の物語。

 阿良斗と呼ばれた大王の悪癖は、彼がまだ幼小の頃より始まる。

 女より男、それも女のように美しい男や幼い少年を好んでいた彼は、それでも父王の厳しい目によりある程度は押さえられていた。

 けれど、賢君と名高い父に年々酷い劣等感を抱いた彼は、母と母の一族の溺愛、そして所謂奸臣と呼ばれる者達の手によって少しずつ、確実に内面を歪めていった。


 母は遊びなのだからと、彼が美しい青年や少年を攫うのを咎める事をせず、また彼と趣味を同じくする者達はそれを歓迎した。


 当時、他国の侵略から国を守ろうと奮闘する父王の目が彼に届きにくかったのも悪かった。


 そうして、彼は王位を継いだ。

 他に継げる様な男児は居なかったからだ。

 彼よりも愚かで、彼よりも権力欲のある母は、それでも邪魔者を確実に屠る優秀さを持っていた。


 そして彼は【後宮】に世継ぎを産ませる女の妃達と同時に、美しい男達も集め始めたのである。


 そんなある日、彼は世継ぎに恵まれる。

 しかしそれが彼を更に狂わせた。


 産まれた第一皇子は、正に月の女神と謳われるに相応しい美貌を赤子の時から有していた。彼は、その第一皇子をその生母である皇后から奪い取り、自分の側に置いた。


 そのまま普通に育てていれば何も問題は無かっただろう。しかし実際には、彼の趣味嗜好を知る者達の予想通りに、皇子がまだ物心付く前から彼は実の息子を自分の欲望の玩具にしたのである。いや、本人からすれば愛しているつもりだった。

 この美しい皇子、いや、それはもはや彼にとっては自分の【女】であり、【妻】だった。


 性別など最早頭から飛び、血の繋がりなど関係無い。


 皇子が母を恋しがって泣けば襲い、自分に懐かなければ襲い。


 彼は皇子を愛した。

 肉欲と激しい独占欲と所有欲でもって愛した。


 皇子は懐かなかった。

 当たり前だ。

 皇子は、そうするには余りに聡明過ぎた。


 父が自分にする行為が、決して許されない近親相姦である事に気づいていたのだ。


「ああ、愛しているよ、私の妃」


 父は自分を皇后にしようとしていた。

 父は、自分と同じ様な美しい子を求めて、けれど新たに皇后が産んだ醜い娘に落胆していた。そして、その様な能なしの皇后の代わりに、新しい、自分が愛する【女】を皇后にしようとした。



 泣いても喚いても拒否しても許されない。

 泣いて喚けば喜ばせ、拒否すれば酷く嬲られた。


 それでも、彼ーー第一皇子にはただ一つの救いが残っていた。


 それは、彼には大切な少女が居たという事だった。



 祖父である先代大王に命じられた婚約。

 けれど、皇子は引き合わされた豪族の姫ーー磐長姫いわながひめと呼ばれる少女の美しさに一目で恋をし、また彼女も皇子に心惹かれた。そして彼女を知れば知るほど、その内面の美しさに皇子の愛は傾いていった。


 父に体を貪り尽くされる日々の中で、隙を見て彼は磐長姫いわながひめと順調に仲を深めていった。



 彼女と居る時だけは、何も知らない年相応の少年でいられる。



 もちろん、阿良斗大王は磐長姫いわながひめを邪魔に思っていたが、先代大王の目もあり、また磐長姫いわながひめの一族の力を考えれば今までの様に殺す事は出来なかった。



 それでも、父が磐長姫いわながひめに憎悪を抱いている事を敏感に感じ取り、またその苛立ちをぶつける様に、嫉妬する様に自分をめちゃくちゃにする日々に、皇子は日々憔悴していった。


 そんな皇子に、彼の母は胸を痛め、大王に狂った心を正すように諫言しーー



 母は皇子の前で殺された。




 皇子はその時に狂ったのだろうか?


 いや、きっかけにはなった。



 その後、まるで本物の皇后とばかりに皇子を常に公式の場でも侍らせる阿良斗大王に、眉を顰め諫言した者達は次々と処刑されていった。



 そんな狂った息子を先代大王は何とかして押さえようとしたが上手くいかず、逆に少しずつ包囲されていった。



 だが、それでもまだその時は、阿良斗と呼ばれた大王には、少なからずの理性が残っていた。

 それが一気に砕け散ったのは、彼がその存在の姿を垣間見た瞬間からだった。




 この国は神に愛された国だった。

 そして、時々その神の愛し子と呼ばれる存在が居た。

 それは身分地位関係無く産まれる。


 今回は、先代大王と第一皇子がそれにあたった。



 長い眠りから時折覚め、その愛し子を祝福する筈の神は、その愛し子の叫びを聞いた。



 数百年の昔、国に迫った未曾有の大災害を防ぎ眠りに就いた神は、まだ回復しきっていない体をそのままに、悲痛な叫びに追われる様にして駆けつけた。



 そして息子の狂った行為の制止と、国の未来を憂いた先代王が神に息子への天罰を懇願しようとした、その時。



 先代大王を殺そうと駆けつけた阿良斗大王がそこに現れたのである。

 神の姿を見た阿良斗大王は狂喜し、天に感謝した。


 彼は、愚かにもその神を自分の物にしようと考えたのである。


 彼は愚かだが、自分の欲望の為には酷く頭の回る男だった。



 かなり前から、彼は本来の神とは別の邪神を崇めていた。

 それは過去に、この国の神を手に入れようとした異国の神で、阿良斗大王はその神を自分の神として戴いた。そして、その神の力を使い、まずは先代大王である父を殺した。

 邪魔だったからだ。



 そして、術者達に神を縛る術を使わせたのである。これで何人もの術者の命が塵と消えた。



 力が回復しきっていなかった神は、多くの術者の命と引き替えに捕えられた。

 邪神は喜び、その神を手に入れようとした。



 しかし、人の欲望のなんと底知れぬ事か。



 阿良斗はその邪神の力を奪い、自身が邪神となったのである。



 そればかりか、彼は抗おうとする神からその力の源となる【神の御玉かみのみたま】を奪い取ってしまった。


 それは単純に神の抵抗を奪う為だったが、自身に埋め込みその力を得る為でもあった。だが、それは激しく抵抗し、結局は自分の物には出来なかった。そればかりか、本来の神の中に戻ろうと暴れる始末。必死に術で押さえているが、このままではどうなるか。

 最初こそ自分の腹に収めようとしたが、腹を食い千切られる恐れすらあった。


 それに憤りつつも、何とかその力を自分の物にしようと阿良斗は術者達にその方法の研究を命じさせた。


 その一方で、彼は力を失った神を得られた奇跡に狂喜した。


 彼は自分の息子を皇后にしようとした。だが、神も自分の皇后にしようと企んだのだ。



 美しい、美しすぎるその存在を。



 どちらかではなく、両方を自分の物にしようとした彼は最早人ではない。いや、邪神の力を手にした彼は、もう堕ちる所まで堕ちていた。


 神は抗い、けれど絡み付く糸に動きを封じられ。

 阿良斗大王は神が抵抗しなくなるのを今か今かと待ち続けた。


 力は奪ったが、腐っても神。

 いくらこちらが邪神の力を奪ったとしても、やはり産まれた時から神として生きてきた者と戦うのは分が悪い。それに、下手にその抵抗を押さえ付けようとしてその体に傷を付けたくは無かった。


 だから、好きなだけ抵抗させ、けれどどうにもならない現実に神の心が折れるのを待った。ただし、余りに心を折りすぎるのは面白くないとして、その絶妙な頃合いを図っていた。

 そういう所にも頭が回る男だった。


 そうしてご馳走を食べるのを待つ一方で、第一皇子が愛した磐長姫いわながひめを無実の罪ーー反逆罪で捕えたのである。先代大王が神を呼ぶ前に、もしもの事を考えて実家へと逃し、静かにひっそりと生きさせていたにも関わらずにだ。

 勿論、第一皇子は磐長姫いわながひめの無実を訴え、けれどそれは叶わず彼女の一族は滅ぼされ、彼女自身も処刑された。


 実際には、追放され奴隷として売り飛ばされたのだが、彼女が死んだと思わされた彼は絶望し、父の思うがままになった。


 そんなある日、一人の少女が彼と父の禁忌の交合の場に現れる。 

 それは、第一皇子と両親を同じくする実の妹だった。



「お母様を返せ!お兄様を返せ!!このくそ野郎っ」



 母を失い、兄を奪われ。



 それが、皇子にとって母を同じくする妹であると知ったのは、それから少し後の事だった。


 その妹は、父の怒りを買い酷く殴られた。



 それでも、彼女は毎日の様にやってきては



「返せ!返せこの獣!この鬼っ!」



 所詮少女の力では、大人の男を引き剥がす事なんて無理だった。


 大王はその度に、妹を激しく殴りつけた。けれど殺せなかったのは、彼女が次代の斎宮候補だったからだ。


 斎宮は必ず立てなければならない。

 息子に甘い阿良斗大王の母親も、それだけは息子に厳しく言い聞かせていた。


 年齢、性別、身分。


 それ全てに適合する姫は多いが、阿良斗王は自分の美しい娘達にも目を付けていた。彼はそれらを政略の道具として自分の権力を高めようとしていたのだ。

 それに、男を好んではいたが、美しければ女でも遊び相手ぐらいにはするつもりだったし、何よりも跡継ぎや政略の駒となる皇女は沢山欲しかった。

 それに、第一皇子の様に美しい息子が沢山欲しかった。


 しかし、斎宮となれば清らかな乙女でなくてはならず手が出せない。それに、一度斎宮にすれば新しい大王が立つまで交代出来ない。


 そんな中、美しくもない、むしろ不細工な娘は正しく斎宮として最適だった。


 居なくなっても良い、最高の存在である。



 だから、殺せなかった。



 どれだけ痛めつけても、腹立たしくても、殺す事は出来なかったのだ。



 また、この頃、【神の御玉】は相変わらず酷く暴れて自分の言いなりにならず、そろそろ怒りが頂点に達しようとしていた。


 しかし、その怒りのままに阿良斗大王が暴虐の限りを気張らしに行なおうとした時。

 神の抵抗が弱まりだしたという朗報を受けた。


 神を捕らえてから二年の月日が過ぎていた。


 阿良斗にしては気長に待った方だった。


 阿良斗は神が自分の愛を受け入れたとばかりに狂喜して婚姻の準備を急がせた。と同時に、婚姻の前にも関わらず神を可愛がって自分の愛を注ごうと、明日にでも自分の前に引きずり出そうとしたその日、また騒ぎが起きた。



 第一皇子の妹姫が、神を逃がそうとしたのだ。



 その数日前に、彼女はもしもの時の事を書き記した先代大王からの手紙を見つけていた。そして自分の命を賭けても神を救う様にと託され、彼女はそれを実行した。


 彼女は迷わなかった。

 母を殺し、兄を奪い、神すらも堕とした悪鬼に全力で立ち向かった。



 殴られても蹴られても。



 追いつかれ、引き離され、沢山の暴力を受けた。



 最早、斎宮などいらんとばかりに、自分の娘である筈のそれを殴る阿良斗は畜生にも劣った存在だった。



 そんな中、彼はその娘の使い道を閃いた。


 この娘に神から奪った力を埋め込もう。



 以前、魔物を封印した箱を壊した時、そのまま中の魔物も消失した事を思い出した。神の力を失うのは惜しいが、自分の力にならないものに価値など無い。その時にはもう、彼は【神の御玉】を価値無しと判断していた。

 それに、神の力は奪ったが、神の不老長寿はそのまま残る為、彼の愛しい神はいつまでも若く美しいままである。


 阿良斗にとってそれだけで十分だった。



 ただ、神の力を埋め込んでもここで殺すわけには行かなかった。



 強大すぎる力は、時として暴発する。



 彼は離れた場所で娘を殺す事にした。




 それには、斎宮として送り出すのは願ってもいないものだった。



 彼が大王になってから、適任者が居ないとしてなかなか決まらなかった斎宮。いや、適任者が居たが、ある程度の年齢になるまでは送り出せない。



 阿良斗は狂喜し、娘の中に力を埋め込み、そして斎宮として送り出す手筈を整えた。



 しかしまた問題が起きた。



 仮にも斎宮として送り出す娘の傍仕えになる者達が居なかった。別に、どうせ殺すつもりなのだから適当に数だけ合わせて殺しても良い誰かをーーそう思った時だった。


 娘から、罪人の娘達を自分付きの者達にする様にと頼まれた。



 それは、自分が妃にした美しい男達に関わる女達だった。気に食わなかったので男達を捕らえた時に捕らえて地下牢に入れ、嬲りまくったが、そろそろ飽きてきた所だった。



 娘は、斎宮として宮で働く者達として女達を要求し、また男手となる者達も同様に罪人を要求した。


 本来、斎宮の周りには男達は居ない。しかし、どうしたって力仕事は男手が必要となる。



 男達もまた、彼の後宮に入れた女の妃達ーー美しかったのでわざわざ入れてやろうとしたのに拒否した女達の関係者達だった。


 少しでも美しければ良かった。

 けれど、美しくもない平凡な容姿の男など生きる価値もない。


 また、女達は美しい者達も居たけれど、自分のお気に入りに関わる女ともなればただ腹立たしいだけだった。



 それらの罪人達を根こそぎ寄越せと言われた。



「よかろう」



 どうせ殺すつもりだったし、もう明日にでも殺そうと思っていた。しかし、どうせなら一気に纏めて殺してしまった方が楽だろう。



 だから、娘が途中で自分が追放して奴隷に堕とし、娼婦同然の生活をさせていたにも関わらず、逃げだし道ばたで野垂れ死にかけていた磐長姫(いわながひめ)を拾っても何も言わなかった。


 ゴミは纏めて処分する。



 そうして、娘を斎宮として送り出したその先で。


 斎宮の宮に辿り着いてすぐに、その宮殿の中に閉じ込めて火を放った。



 油が至る所に巻かれた宮殿は、面白い程によく火が回ったという。



 だが、余りにも火が回りすぎて強大な爆発を起こしたそこには何も無くなった。



 それを目の当たりにさせられた妃達の泣き叫ぶ声が五月蠅かった。男も女も、自分に啼かされるのではなく、あの罪人達で泣くのは許しがたい。



 それでも、邪魔なゴミ達が消えた事で阿良斗王は最高の気分で、鎖をつけた妃達を引きずる様にして宮殿に戻った。



 そして、第一皇子と神を皇后として一年が経過した頃の事だった。




 阿良斗王が急速に老い始めたのは。

 あれ程力が漲っていた体は萎み始め、皺だらけとなった。


 邪神の力が肉体にかける負荷の限界を超えたのだ。



 阿良斗王は焦った。



 たかが人間の肉体が神の力を長く受け入れるのは難しいと過去に言われたが、その当時はそんな事はないと嘲笑っていた。



 けれど今、すぐそこに死が迫り、彼は藁にも縋る気持ちであらゆる治療法を探した。そして、自分が力を奪った神に泣き付いた。



 第一皇子と神は皇后となってからは従順だった。



 斎宮の宮が消失して以来、阿良斗大王を心から愛してくれた。

 彼の為を思い、彼の為に何だってしてくれた。


 全ては、彼を愛しているからだ。


 だから、きっと神は助けてくれる。



「神としての力があれば何とか出来たのですが」



 神は申し訳なさそうに言った。

 神としての力。


 それは、あの娘と共に消失した筈だ。


 阿良斗大王はそこで初めて後悔した。いや、後悔と言うよりは、あの娘に対して激しい怒りを覚えたのだ。



 自分が奪い、娘に埋め込み殺したくせに。



 娘のせいで神の力が失われたと。



「探せ!欠片でも良い!力の欠片を探せ!!」



 焼け焦げた木々が残るだけの斎宮の宮を阿良斗大王は探させた。その間にも、彼はどんどん衰弱していった。



 そして遂には、彼は動けなくなった。



 と同時に、第一皇子と神は本性を現した。




 大王を幽閉し、奸臣達を屠り、内の協力者と外の協力者達で都を制圧した。無理矢理大王の妃とされていた者達も、反旗を翻した。




 彼らは恨みを忘れてはいなかった。



 第一皇子達と同じ様に、いつしか阿良斗大王を愛していたと思われていた、無理矢理妃にされ身内や大切な者達を殺されていった者達はただその時を待っていただけである。



 第一皇子と神に密かに忠誠を誓い、阿良斗大王の体が限界に達する時を静かに待っていた。いや、彼らもまた、その時に動く為に少しずつ、着実に力を手にしていった。


 自分の美貌と体を使い、彼らは欲しい物を手に入れるようになった。


 そこには男も女も、年齢さえも関係無い。




 殺してやる



 殺してやる



 苦しめて殺してやる





 阿良斗大王と彼に組する者達のせいで、国は大きく荒れた。



 邪神の力で蝕まれ、民達はただ搾取されるだけの存在となった。



「ずっと待っていたんですよ、この時を」

「お前が弱り切るのをさ」



 第一皇子は美しい笑みを浮かべた。

 神は美しい笑みを浮かべた。



 けれど、そのどちらも見る者達が見れば、それが壊れたような狂った歪んだ笑みである事に気づいただろう。



 阿良斗大王は死んだ。

 と同時に、彼に組した上層部は殺され、その側近達も殺され。


 豪族でも、阿良斗大王の元で暴虐を尽くした者達は、第一皇子達の息がかかった者達によって暗殺された。



 それでも国が崩壊しなかったのは、第一皇子と神、そして後宮に囚われていた妃達を中心とした命令系統が国の細部にまで行き渡っていたからだ。



 まず第一皇子がーー母を失った時に少しずつ動き始めた。

 そして許嫁を奪われ、妹を殺され、その度に加速した。



 それを神は上手に支援し、囚われていた妃達が助力した。そして彼らを通じて、阿良斗大王達に反感を抱く者達を取り込んでいったのだ。



 元々、第一皇子は何事もなければ聡明で文武に優れた賢君になる器を持っていた。そんな彼が本気になれば、国の掌握など容易い事だった。それに、協力してくれる者達が大勢居た。



 国は新たな大王ーー先代の第一皇子にして、今や光明大王の下に動き始めた。



 彼は同時に、神を皇后とする事にした。それは、神の力を奪われた神を保護する為だった。大王の皇后であれば、神の力が無い今が絶好の機会と血迷って神を略奪しようと企む者達を押さえつけられる。



 その間に、神の力を取り戻す方法を探せば良い。



 一応、長い長い期間をかければ、再び【神の御玉】が体内に作られ力を取り戻す事は出来たが、それには少なくとも千年に近い期間を要する。


 少しでも残りの欠片があればまだ早いが……そうして、斎宮の宮の焼け跡に向かうも何も見つけられない日々が続く。



「けどね、それでも俺の中に引き合う感覚があったんだ」



 もう何も無いはずなのに、欠片さえ残されていない筈なのに。



 何かが強く引き合おうとする。



 その内、夢で見るようになった。



 業火の中、沢山の悲鳴が上がる。

 ガラガラと焼けた木々が降り注ぎ、着物が焼ける。

 それは肉をも焼いていく。



 その中で



 負けない


 絶対に負けない



 絶対に死んでなんかやらないーー




 助けるんだーー




「そんな夢をいつも見た。その結果がどうなったかは分からない。ただ、助けるっていう強い意志が直接脳に飛び込んできてた。でも、現実には何も無い。そう、結局は助からなかった。そう思っていたに」



 賊に襲われた黄牙が一月後に戻ってきた時、彼は死んだ筈の者達が生きていて、斎宮にもきちんと会ったと言う。



「すぐに調べたさ。そして、面白い事が分かったよ」



 この世界とは別の次元に、次元の狭間にそれはあった。

 焼け焦げた斎宮の宮の場所に、次元をずらして斎宮の宮は存在していた。


「しかも、死んだと言われていた者達は生きていた」


 そこに居たのは女達だけだった。

 けれど、黄牙がーー外の者が入り込んだ事によりそこに溜まっていた、斎宮ーー第一皇子の妹姫から漏れた【神の御霊】の力が急速に神である自分の中に流れこんできた。


「それはほんの一部だけど、それで十分だったよ」



 女達はそこに居た。

 では、男達は?



 あの日、斎宮の宮が別次元に構築された際に全ての者達をそこに収容する事は出来なかった。そして弾かれた者達は、それでも彼らを守る力に包まれ眠りについたのだった。



 彼らは焼け焦げた大地の下に眠っていた。



 そこで傷を癒し、いつか目覚めるその日まで大切に大切に守られていた。



「彼らの関係者である女達は喜んだ。そして男達は嘆いた。そうさ、自分達の関係者となる女達はまだ戻ってきてないからね。だから頑張って方法を探したよ」


 たまたま偶然が重なって向こうに行く事が出来た。だから、その条件を再び揃えなければならない。


 力が戻ってきているとはいえ、まだ不十分だった神に出来る事は、その条件を揃える事。けれどその前に、向こうからその糸が垂らされた。


「未緒という少女は本当によくやってくれた。その少女のおかげで、再び道は開かれた」


 彼女は無意識だが、それでも彼女の行動が閉じられた道を開いた。



 そしてその隙を逃さず、斎宮の宮へと乗り込み、そしてーー




「後はお前も知っているだろう?」



 私はそう言われ、その時の事を思い出す。

 あっという間の出来事だったけれど。


「まあでも、まさかお前がその事を全く覚えていないとは思わなかった。いや、神の力を使ったばかりか世界を作ったんだから仕方ない部分もあるけれど」



 私の中に埋められた神の力、それを私が無意識に使って世界を作ったが、その負荷がかかりすぎてそれまでの記憶を飛ばしたと皇后は、神は言う。


「感謝しろよ?その力は俺ので、お前は俺の力があったから助かったんだ」

「神の……力」

「だが、それはお前には過ぎた物だ。だから返して貰う」

「返して……っ!何をっ」

「ん?お前の中に埋まった力を取り出すんだよ。ただ、深く埋め込まれすぎているし、お前の中は余程心地が良いのか同化している部分もある。だから、まずは浮かび上がらせるんだよ」


 浮かぶ?どうやって?


「簡単だ。神と交わるんだよ」

「……え?」

「そうすると直接直に操作できるし、飛びそうになった時に色々な物が開放される。その時にやるんだ。ああ、でも上手くやらないと何回もやらなきゃならなくなるからな」


「……いや」


「いやじゃないだろう?元々、お前のバカ父親が人から奪ったもんだ。返すのが筋ってもんだ。それに、このまま神の力を入れたままで居てみろ。お前、死ぬぞ」

「やーー」

「いいから黙れ。こっちは目的のもんを取り返せればそれで良い」



 嫌だと叫んだ。

 それでも聞いて貰えず、私の悲鳴は次第に耳を覆いたくなる音に飲み込まれていった。

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