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第10話


「おじちゃん、お団子!!」

「はいよっ」


 長椅子の上に座り、お団子をぱくぱくと食べる少年の食べっぷりに茶屋の店主が感心する。


「良い食いっぷりだねぇ」

「お腹が空いてるからね!でも、お腹が空いて無くてもこれは思わず食べちゃうよ!」

「そりゃあ嬉しいねぇ!ほら、一本おまけだ」

「ありがとう!!」


 そう言うと、少年は貰ったおまけの団子を食べる。


「ってか、坊ちゃんの様子からすると旅の途中かい?」

「うん、まあそうかな」

「他に同行者はいなさそうだけど」

「うん、一人旅」


 元気よく答えた少年に、店主が心配そうな顔つきになった。


「可愛い子には旅をさせよって言うけど、う~ん」

「どうしたんですか?」

「いや、前に比べたらここは物騒じゃなくなったけど、それでも一人歩きだと何があるか分からないからね」

「心配してくれてるんですね。ありがとうございます」

「べ、別に、うちの団子を褒めてくれた奴に何かあったら大変だからなっ!まあとにかく気をつけろよ」

「もちろんです!」


 その返事に店主はうんうんと頷きながら店の奥へと姿を消した。その後も、お茶を飲んだりなんだかんだとしていた少年は、最後の一口を飲もうとした手を止めた。


「……思ったより近くに来てるか」


 小さな声で呟くと、少年はお茶を飲み干し勘定を済ませる為に店主を呼んだのだった。






 美しいーー。

 夜の化身、いや、夜空に輝く静謐な月の女神の様な麗しき美姫が数段上の席に座る。その腕には、美しく着飾った磐の姿があった。

 ぼんやりとした眼差しは私を映してはいない。

 ただ、月の女神のなすがままとなっている。

 そんな磐を、月の女神は大切そうに腕に囲う。


「そんなに恐い顔をしないで」


 月の女神は声すらも麗しかった。


 月の女神ーーいや、違う。


 彼女、いや、彼は、彼こそが


「大王様」

「ふふ、お兄様と呼んで欲しいなぁ、私の可愛い妹姫」


 現大王にして、私の兄。

 そうーー光明大王である。



 その性別を超越した、国一番の美姫と謳われた美貌は私の記憶にある中よりも更に麗しく色香に溢れていた。



「磐は」

「ああ、私の妃の事かい?」

「……」


 意識を失い、そして目覚めた私はいつの間にか大王の住まう宮殿へと連れてこられていた。そして、傍に居た筈の磐を探せば、彼女は大王の妃になったという。

 元々、大王の、大王が皇子だった時に許嫁の仲であり、当然のことだと私を世話する者達が告げた。


 磐は、大王の数多く居る妃の一人となった。



 元々、彼女は皇后となる存在であったらしいが、既に現在の大王には皇后が居る。そう、大王として即位した時に娶った皇后が。


 それも、先代大王の最後の皇后を、現大王は自分の皇后として娶ったのである。


 普通であれば、父の妃が息子の妃になるなんて許されない事だ。それも、皇后。


 けれど、どんな手を使ったのか、それは国民達はおろか豪族達にも受け入れられたのだという。


 その皇后が、私が意識を失う前に出会ったあの、美しい女性なのだとか。



 あれ程の美しい女性を妻としたのに、磐まで取り上げる大王。確かに昔は許嫁でも、皇后とにと望まれていたのに、蓋を開けてみれば大勢の妃達の一人として囲われた。


「磐を返して下さい」


 磐だけではない。

 斎宮の宮に勤めていた女性達全員を。

 彼女達も一緒に連れてこられたが、その後の消息は分かっていない。

 聞いても、誰も教えてくれないのだ。


「言葉が過ぎるよ。いくら大王の妹でも、私の妃を呼び捨てにしないで欲しいな」

「……罰しますか?」

「これは意地悪だね、私の可愛い妹姫」


 そう言うと、見せつける様に大王が磐を引寄せる。


「ふふ、君で無ければ命が無い所だよ」


 くすりと笑った顔は酷く麗しいのに、私にとっては腹立たしさしかなかった。



「まあいいよ。今回呼んだのは、君の嫁入りについてだ」

「ーーえ?」

「こちらから命じる前に自ら立候補するなんて、本当に君は可愛い妹だ。そう、可愛くて素直なーー私の妹」


 ねっとりとした言い方に、私の背筋がゾクリとした。



「ふふ、今日はなんて喜ばしい日なのだろう!私の可愛い音羽姫、頑張るんだよ?」



 そう言うと、大王は、兄は私を下がらせた。






「ふふ、いわ磐長姫いわながひめ、私の愛しい人ーー」


 光明は自分の腕の中に居る磐の頬に紅く濡れた様な唇を付けた。


「ああ、ようやくこの手に取り戻した。長かった、本当に長かったよ」



 この手から愛しい人を奪われ、それでも何も出来なかった無力な自分。無力で、何の力もない自分が憎くて。



「それでもようやく、取り戻せた」



 奴隷にされ、ボロボロにされた彼女を保護し守ってくれたのは彼と両親を同じくするたった一人の妹姫。彼女が磐長姫を、そして彼に仕えてくれる、共にあの先代大王の元で地獄を見た者達の宝物を守ってくれた。


 誰もが先代大王に屈するなかで、ただ一人。


 そう、そんな向こう見ずで愚かな娘だからこそ


「大切な子なんですよ、本当に」

「わかってる」

「誰もがあの愚かな男に逆らえなかった中で、あの子は何度も立ち向かってくれた」


 殆ど言葉を交わさない兄を、父の玩具、愛玩人形とされていた彼を見つけ、守ろうとしてくれた。その度に、何度も父に折檻された妹。


 ボロボロになっても、何度も立ち向かってきた。


「俺の時もそうだ」

「ええ。あの愚かな男の犠牲となろうしていた貴方を守ろうと必死になって立ち向かい、そしていつものようにボロボロにされた。ただいつもと違うのは、それであの子は……いえ、正確にはあの愚かな男の暴挙のせいですよね。まあでも、そのおかげであの子は斎宮として送られ、その途中で磐長姫を拾った。ですからお礼を言いますよ。でもーー」


 光明は真剣な眼差しで彼を見る。


「傷付けたりはしないで下さい」

「逆らわなければ」

「それが楽しいではないですか」

「同じ事を他の者が言えば即座に切り捨てていたお前なのにな」

「可愛い妹姫を切り捨てるなんて出来るわけがないじゃないですか」



 光明が心底、あの妹姫を可愛く思い、愛おしんでいるのだと理解し、彼は笑った。



「それにしては、酷い言い草だった」

「ちょっとした意趣返しです。それに、最初の躾が肝心ではないですかーー」

「その結果がそれか」


 相変わらずぼんやりとした磐を指さす彼に、光明がクスクスと笑う。


「彼女は本当に頑固ですからね。ですがそれもまた愛おしいのです」

「ふん……人の考える事はよく分からない」

「おやおや、そういう貴方様も執着されているではありませんか」

「……」

「他にも女達は、美しい女達は沢山いるというのに」

「美しい女など飽きた」

「それ、他の男性には言わないで下さいね、殴られますから」

「言うも最初から話すつもりもない」


 その言葉にクスクスと笑う光明に、彼は苦虫を噛み潰した様な顔をした。





 湯浴みをさせられ何度も体を磨かれた。

 その後、今まで身につけた事のないような手触りの良い白絹の衣装を身に纏わされた。それが、婚礼衣装だと世話役の女性達が説明する。


 そして疑問を口にする間もなく、私は一つの部屋に放り出された。



 いや、正確には高倉の一つに閉じ込められた。



「一体……」



 大王の妹姫なのだ。

 しかも斎宮を勤めたとなれば、それなりの価値があるとして結婚話が上がる事は予想していた。ただし、こんな不細工を妻にと望む相手は早々居ないだろう。


 なのに現実には、いつの間にか結婚が決まり、こうして花婿を待つ事になっている。


「……磐……」


 引き離された磐の名を呼ぶ。

 呼んでもどうにもならないのは分かっているが、それでも呼んでしまうのだ。


「どうして……こんな事になっちゃったんだろう」


 結局、一番最悪な状態になった。


 磐は大王の妃の一人にされ、他の者達の消息も知れない。

 そして今自分は、顔も知らない男の花嫁にされようとしている。


 結局、自分は兄にとっては政略の道具なのだろう。


「……宮に帰りたい」


 斎宮の宮の生活が懐かしい。


 涙がこぼれ落ちそうになったその時、高倉の締め切られた入り口の外が騒がしくなった。


「あ……」


 入り口が開けられ、一人の人物が入ってくる。



 その相手は、ここに連れてこられる前に、あの宮で見たーー



「皇后、様?」

「ああ、今日も凄い不細工面だな」

「っーー!」


 思わず手が出かけたけれど、それを何とか押さえつける。

 ここで殴ったらまた前と同じになる。


「ふ~ん、今日は殴らないのか」

「……一体何の用ですか?」


 花婿ではなく、大王の皇后が来るなんて全く予想していなかった。一体何をしに来たのか。


「何の用、かぁ」


 声が間近で聞こえる。

 顔を上げた私の前に、皇后の麗しい顔があった。


 いつの間にーー思わず息を呑む私の腕を、皇后が掴む。


「なっーー!!」


 あっという間に床に押し倒される。

 そしてこちらが起き上がるのを阻むように、皇后が私を押さえつけた。


「離して下さい!」

「嫌だね」

「一体何なんですか?!」


 というか、どうして私は皇后に押し倒されているのか?


 普通こういうのは、花婿の。


「何のって決まっているだろう?」

「え?」

「だから、その衣装に身を包んでいるんだろう?」

「……?」

「ああ、もう察しが悪い。だから、結婚する為に花嫁衣装を着ているんだろうって」

「それは。ってか、もう少ししたら花婿が来るから」

「もう来てる」

「はい?」


 もう来てる?どこに?


「本当に察しが悪い。居るだろう?目の前に」

「居るって……え?」


 今目の前に居るのは、大王の皇后で。


 皇后で……


「皇后?」

「そう、俺がお前の花婿だよ」

「はい?」

「何その顔。お前が言ったんだろう?斎宮で居たいと。神に仕える存在で居たいと。斎宮って分かってる?あれは神の花嫁という存在。それになりたいって事は、神の花嫁になりたいって事で」

「いや、ちょっと待って下さい!確かに斎宮の宮を続けたいと言いましたが、だからってどうして皇后陛下が花婿に、ってか女性ですよね?!」


 そう叫ぶと、皇后がムスッとした表情を強くした。


「だから、俺がその神だよ。あと、これでも男だから」

「え?」

「斎宮は俺に仕える。だから、その斎宮を続けたいと言う事はすなわち、俺の花嫁になりたいという事だろう」

「いやいやいや、神って。だって皇后は」

「神が皇后になっちゃ駄目なのか?まあ、俺の場合は期間限定だけど」


 皇后の手が、私の衣服を掴む。


「まあそれがどの位の長さになるかは、大王達の努力次第と、お前だ」

「ひっーー!!」


 服が破り捨てられそうになるのを私は必死に押さえ付けた。


「やめて!」

「はは、どうして自分がこんな目にって顔をしてるな?ああそうだな、その気持ちはよく分かる。俺もそうだった」

「いやっ」

「俺もそうだった。どうして俺がこんな目にーーそう、あの男は本当に愚かだった。そうだ、お前がこんな目に遭うのも、俺があんな目に遭うのも全てはあの男のせいだ」

「あの、男……先代大王」

「そう、なあ知りたくはないか?どうして自分がこんな目遭うのか、あの男が何をしたのか」

「っ……」

「そして、どうして磐長姫がお前に拾われたか、それまで何をしていたか、斎宮の宮に勤めていた者達が何故罪人になったのか、そしてーー」


 皇后がぺろりと私の首筋を舐める。


「あの男が、お前達に何をしたか、お前が何をして本来死ぬ筈だった者達を生かす事が出来たのか」

「あーー」

「全て聞いたらお前は泣いて俺に平伏す筈だ。なぜなら、お前は俺の力があったおかげで、助かったんだから、助けられたんだから」



 そう言うと、私が何かを返事する前に彼は訥々と語り始めたのだった。

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