前編
四季の廻りを、とても大切にしている国がありました。
この国では、遥か昔から、季節の塔と呼ばれる場所に、それぞれの季節の女王が交替で住むことで、季節が廻ると言い伝えられていました。
代々の王様は、この言い伝えを大切にして、季節が変わる頃には、感謝を込めたお祭りが行われていたのです。
「これで、今年も季節の廻りを楽しむことが出来るのじゃな」
王様は嬉しそうにお祭りを眺めていました。しかし、それから一ヵ月が過ぎても、一向に季節の変わりを感じることが出来ませんでした。
「これはどういうことか。とっくに次の季節になっていてもおかしくない時期ではないのか?」
王様が尋ねると、家臣達はコクリと頷きます。
それから一ヵ月が経っても、季節が変わることはありませんでした。
「一体どうなってしまったのだ。このままでは我が国は……」
王様はとても困ってしまいました。よりにもよってこの国は、冬の季節に取り残されてしまったのです。
いつもなら、子ども達の作った雪だるまや、かまくらを見て微笑んでいた王様ですが、こうずっと真っ白な景色が続くと、心までもが凍えてしまいそうです。
「備えておいた食料は残っておるか。どうにか、食料が尽きるまでに春が訪れてくれればよいのだが……誰か、冬の女王の居場所を知る者はおらぬか?」
このままでは、畑を耕すことも、山に木の実を取りに行くこと出来ません。
王様は冬の女王と話し合いをしたいと考えましたが、居場所を知る者は一人も居ませんでした。そこで王様は、国中の人々を集めて、このようなことを言ったのです。
『冬の女王を探し出し、春の女王と交替して頂けるように頼んで来て欲しい。見事成し遂げた者には、望みの褒美を取らせる』
これを聞いた人々は、一斉に冬の女王を探し始めました。しかし、その中には、褒美だけが目的で、力ずくで解決しようとする者や、嘘偽りを言って、褒美をもらおうとする者が居たのです。そこで王様は、新しく条件を付け加えました。
『冬の女王を無理やり追い出すことは許されない。今後も四季が廻り続けるように、必ず話し合いで解決すること。もしも暴力を働く者、嘘偽りを申す者が現れれば、その者は厳罰に処すこととする』
こうすることで、邪まな心の持ち主は居なくなりました。あとは季節の塔を見つけて、冬の女王と話し合いをするだけですが、山を登って探してみても、川を越えて探してみても、森の中を探してみても、一向に見つかりません。
国中の誰もが困り果てていると、どこからともなく陽気な歌声が聞こえてきました。
「久しぶりの友よ。なのに、どうしてそんなに悲しそうなんだ。それは、この町が、いつまで経っても冬だからさ」
突然現れたのは、異国の服を着た詩歌いでした。
この詩歌いは、何度もこの国を訪れたことがあります。だから、町の人々は、彼のことをよく知っています。そして、彼がとても優しい心の持ち主であることも、よく知っていたのです。
「他国のことを知るあなたなら、何かいい考えをお持ちではないだろうか。どうか、我々に力を貸して頂きたい」
町の人々は藁にも縋る思いで、詩歌いに事情を説明しました。
「それは困った。実に困ったことだ。私がお役に立てるなら、この身を捧げ、全身全霊でお応えしましょう」
詩歌いは、さまざまな感情をめいっぱい表現しながら言いました。
「こ、これは頼もしい。どうか、季節の塔を探し出し、我々に春をお届け下さい」
町の人々に見送られて、詩歌いは季節の塔を探す旅に出かけました。
「き~せつのと~うは、どこにある~」
「ふゆのじょうおう、で~てお~いで」
町を出てしばらくすると、詩歌いは陽気な詩を口ずさみました。すると、目の前に薄っすらと大きな建物が現れたのです。
「おや、これは一体なんだろうね」
詩歌いが建物に入ろうとすると、門の前に置かれていた二つの雪だるまが動き出しました。
「これは驚いた。ここを通っちゃダメなのかい?」
詩歌いがそう言うと、雪だるまはコクコクと頷きました。
「それは困ったな。どうしても通してくれないのかい?」
詩歌いが尋ねても、雪だるまは何も答えませんでした。
「うーん、返事は無しか」
詩歌いは、雪だるまの間を通って、建物の中に入ろうとしました。しかし、雪だるまは手をバタバタとさせて、詩歌いの邪魔をします。
「うーん。どうすれば通して貰えるのだろうか……そうだ」
詩歌いは、雪だるまを見て思いました。そして、キョロキョロと辺りを見回しています。
「これがいい。君達にこれをプレゼントしよう」
詩歌いは、そこらに落ちていた枝を使って、雪だるま達に口を付けてあげました。
「わぁ、ありがとう。これで僕達もおしゃべりが出来るね」
「うんうん。ずっと立ってるだけで、とても退屈していたんだ」
雪だるま達はとても喜んでいます。
「喜んでいるところ悪いんだけど、ここが季節の塔なのかい?」
「きせつのとう? そんなの知らない」
「ここは冬の女王様のお城だよ」
雪だるま達は、とても楽しそうに教えてくれました。
「季節の塔、ではないのか。でも、ここに冬の女王が居るなら、私はどうしても中に入らなければいけない。どうにかここを通しては貰えないだろうか?」
詩歌いがそう言うと、雪だるま達はとても困ってしまいました。
「どうする?」
「ダメだよダメダメ。ぜ~ったいダメ。僕達はここで見張りをしろって言われてるんだよ。通しちゃったら見張りの意味がなくなっちゃうよ」
「でも、僕達に口を付けてくれた人だよ。ちゃんとお礼をしなくちゃ」
「うーん。ここに誰かが来るなんて初めてだもんね。僕達の初仕事。なのに、通しちゃうの?」
「だって、この人、とても困ってるみたいだよ」
「女王様は許してくれるかな?」
「どうだろう。でも、僕はこの人にお礼がしたい」
雪だるま達は、二人で話し合った結果、詩歌いを冬の女王の元へ案内してくれることになりました。
「とても助かるよ。ユキ、ありがとう」
「ユキ?」
「君の名前さ。二人ともバケツを被ってホウキを持ってる。でも、鼻の形が違う。尖った鼻の君がユキ、丸い鼻の君がダルだ」
雪だるま達は、不思議そうな顔でお互いを見ると、お互いの名前を呼び合ったのです。
「ユキ、ユキ、ユキ」
「ダル、ダル、ダル」
「尖ったお鼻のユキ、ユキ、ユキ」
「丸いお鼻のダル、ダル、ダル」
ユキとダルは、声に合わせてピョンピョンと軽やかに進んで行きます。そして辿り付いたのは、キラキラと氷が輝く、とても綺麗な部屋でした。
「女王様ごめんなさい。人間連れて来ちゃった」
部屋に入ると、ユキとダルは悲しい声で言いました。しかし、部屋の奥から返って来た言葉は、とても優しいものでした。
「ユキとダル。いい名前を貰いましたね。この者の案内、ご苦労であった」
冬の女王に褒められて、ユキとダルは、とても嬉しそうに帰って行きました。
「可笑しな詩を歌う者よ。一体、わらわに何用か?」
「おぉ、冬の女王よ。なんと麗しい方なのだろうか。いつまでも貴女の傍に居られたならば、どれほど幸せなことだろうか。しかし、人々は今苦しんでいる。冬の寒さに苦しんでいるのです。どうか、この塔を離れては貰えないだろうか?」
詩歌いが身振り手振りを付けて伝えても、冬の女王は首を傾げているだけでした。
「何故、わらわが出て行かねばならぬのだ?」
「冬の女王がここに居続けると、春がやって来ないのです」
詩歌いがこう言うと、冬の女王は思いもしないことを言いました。
「春とは何か?」
冬の女王は、春というものを知らなかったのです。これには、詩歌いも驚きを隠せませんでした。
「春を知らないとは。冬の女王は、この場を離れたことがないのか?」
「無論じゃ。わらわはこの透き通った美しい世界を愛しておる。ここに居続ける者、お前達のようにふらりとやって来る者。わらわはどちらも愛しく思っておると言うのに、そなたは出て行けと申すのか?」
詩歌いは自分達の間違いに気づきました。
「これは誠に申し訳ない。この国には、季節の塔と呼ばれる場所があり、そこへ四季の女王が交替で住まわれることで、季節が廻っているという伝承があるのです。私もてっきりそうだとばかり思っていたのです」
「四季と言うものが何か、わらわにはわからぬが、そなたに悪意がないことはわかった。この度のことは水に流そう。用が済んだのなら、帰るがよい。わらわは、この美しい世界を愛でて居たいのじゃ」
詩歌いは、冬の女王に頭を下げると、すぐに王様の元へ向かいました。
「王様、冬の女王と話しをして来ました」
「それは真か。これで我が国には、春が訪れるのか?」
王様が尋ねると、詩歌いは首を横に振りました。
「王様、季節と言うのは巡るものではなく、廻って居たのは我々の方だったのです」
「なんと! それでは、どうすればよいのだ?」
「この国を春へと運ぶしかないでしょう」