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赤い服の噂  作者: おまさ
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網の上の源太

夏の日は長く、時計を見ないでいると、もうこんな時間かと慌てる事が多々あるものだ。

未だに昼の暑さが抜けず、もやっとまとわりつくような空気の中を駆けていく源太もまさにそんな具合で、外が明るいからと、ついつい友人の家に長居をしてしまったのである。

三日前にも同じ事をして門限を破り、母親からひどく叱られていた彼は、今日はなんとしてでも早く家に帰らなければならなかったのだ。

加えて今日は姉のおりつが夕食を作る日で、怒られた際、その手伝いをすると母と約束を交わしていた事を彼は思い出した。

もし遅れでもしたものなら、母はこの前以上に怒るだろうし、姉からもくどくどと嫌味を言われるに違いない。

時刻は既に5時半を過ぎており、源太の門限は6時。

残された時間は少なく、残された道は文字通り、今、彼の目の前の道を通る事だった。

その道は所謂裏道で、少し進むと西側、源太から見て左手側は雑木林が広がっており、反対側は住宅地になっている。

そのため全く人気がない道というわけではなかったが、源太はどうにもその雑木林が好きになれずにいた。

以前、母親と一緒にこの道を通った時、雑木林から何がが出てきそうな気がして、源太は母親の手を握り

ひたすら下だけを見てやり過ごしたものだ。

それから二年が経ち、源太は当時より大きくなっていたが、相変わらず苦手はものは苦手だし、怖いものは怖い。

しかし、この道を通らなければ抜け道のない住宅地を大きく迂回しなければならず、どんなに走っても6時には間に合わない。

暫くの間、目の間の道と天秤にかけてはみたが、確実に落ちる母の雷を考えれば他に選択肢はなく、

彼はその道へと足を踏み出したのだった。



あの時とは違い、母の手があるはずはなく、もしそこに母がいたとしても、手を握るなどという事は決してしないだろう。

そんなところを友人に見られたりしたら、間違いなく笑いものにされてしまう。

だが、源太はこの上なく心細かった。

雑木林の向かいにある住宅からは、食器が重なる音や楽しげな話し声がし、出来たばかりの夕食の匂いが彼の鼻をくすぐった。

その匂いに刺激された胃袋が彼を急かした時だった。

視界の片隅で、林の奥で何かが動いたような気がしたのだ。

普段なら目には留まらないであろう、本当に僅かな動きであったが、この時源太の目はそれを捉え、脳に伝えてしまっていた。

反射的に顔を向け、じっと様子を伺ってみると、木々の間を赤いものがちらっちらっと動いている。

誰かが犬の散歩でもしているのかとも思ったが、人にしてはどうも動きがおかしく、まるで氷の上を滑るかのように上下に一切揺れていない。

すぅっと左へ行ったと思えば右へ行き、また左へ戻り、時おり姿が消え、暫くしてまた現れる。

それが何度か繰り返された時、源太はあること気が付き、彼の鼓動は一気に早くなった。

その得体のしれないもの、人ではなさそうな何かは、目的もなく動いていたわけではなく、徐々にではあるが確実に彼に近づいてきていたのだ。

一刻も早くこの場から立ち去りたい衝動に駆られたが、足が言う事を聞いてくれない。

蜘蛛の巣に絡め取られた虫が、蜘蛛がやってくるのをただ見ていることしか出来ないのと同様に、彼もまた近づいてくる恐怖を待つ事しかできなかった。

木々の間に何かの姿が消えてから、どのくらいの時間が経ったのだろう。

数秒か、数分か、もしかしたら永遠にこのままなのかもしれないと源太が思ったその時、背後から短く、ガラッと窓を開ける音が聞えた。

きっと誰かが彼の姿を見つけ、様子を伺っているに違いない、彼は救いを求め視線を走らせる。

しかし、音がしたであろう住宅の二階の窓には、明かりはどこにも灯っておらず、ただ遠くの街灯りを冷たく反射しているだけだった。

1階はあんなにも明るく楽しげなのに、だ。

落胆し、視線を戻した源太の目に入ってきたのは、薄暗い雑木林ではなく、鮮やかな赤だった。

なぜ?一瞬わけがわからず首を傾げたが、次の瞬間、彼は全てを理解し、酷く後悔をし始める。

どうしてもっと早く友人の家を出なかったのだろう、どうしてこの道を通ってしまったのだろう。

赤色を纏った女の口元が、ぐにょりと歪む。

源太は股間にじわっと暖かいものが広がるのを感じ、そして、気を失った。

女は苦悶の表情を浮かべ倒れている源太の顔をじっと覗き込きこみ、小さな声で囁いている。

風に吹かれた女の髪は、まるで海草のようにゆらゆらと揺れていた。


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