おかまに会った
カミシロがガイドに着いていくと、そこにはストリップクラブがあった。その雰囲気は9時35分にはまったくそぐわず、カミシロには滑稽に見えた。セックスを終えた後、青白い朝日が差し込む窓に照らされたベッドに寝転ぶ女と、その横でへりに座って煙草を吸っている男を見ているような感情になった。看板についた色とりどりのネオングラスの一つが透けて見え、虫が一匹、中で死んでいた。
カミシロが中に入ろうとすると、おれはここで待ってるとガイドは言った。どうして? とカミシロが聞くと、おれはおかまに嫌われてるんだ、とガイドは言った。
中に入ってまず目についたのは、凸型に伸びた舞台の先端にある、ポールダンスで使うポールだった。舞台から一段降りた周りは区切られ、ボックス席になっていた。埃が舞っていて、その動きがあんまりにもゆっくりなのでカミシロはまるで時が止まった世界のようだ、と思った。
「すみません」カミシロが声を出すと、宙に浮いた埃が動いた。「はーい」舞台の奥から鼻につく、高い声が聞こえ、舞台袖から顔が出てきた。その顔は球体で、羽飾りのついた派手な紫の帽子をかぶっていた。顔は真白で、目も鼻もついていなかったが、口だけはついていて、腫れぼったい唇には恐ろしく真っ赤な口紅がつけられていて、ぬらぬら光っていた。「あら、カミシロちゃんじゃない。」赤く腫れぼったく光沢を帯びた唇がいやらしく動き、息を漏れ出させ、そういう音を奏でた。
顔が舞台の中心に動くと、体がついてきた。その体のラインは舞台の背景からはっきり浮き出ていた。緑色のスパンコールを散りばめられたドレスを着ていて、(ボディコンというらしい)紫色のケープを羽織っていた。胸と尻は不自然なぐらい盛り上がっていた。体が動くと、緑色のハイヒールが舞台の光を浴びて光沢を帯びていて、カツン、と音を鳴らした。
「なぜおれの名前を? 」カミシロはそう思い、聞いた。「あらぁ、あたし、あなたの事ならなんでも知ってるわよ。」とそれは言った。「おれは知らない」カミシロがそういうと、それは、ふぅん、そお。と言い、「じゃあ、あたしは、おかま。よろしくねぇ。」と言って、腰を下におろすと、真っ白い脚がXの形に曲がり、白い胸の谷間が見えた。
おかまは舞台から降りてくると、カミシロをボックス席の一つへ案内した。赤い革張りのソファには小さい切り傷が一つあり、座ると安っぽい感じがした。
何か飲む? とおかまが聞いてきたので、カミシロはラムコーク、と答えた。おかまが引っ込むとカミシロは煙草に火を点け、煙を思い切り吸い、頭をクラクラさせてやりたくなったので、そうした。しばらくするとおかまがおまたせぇ、とラムコークの入ったグラスと何か透明な液体が入ったグラスを盆に乗せ戻ってきた。カミシロは目の前のガラスのテーブルに置かれていた灰皿で煙草を消した。
おかまは盆をテーブルの上に置くと、カミシロの隣に座った。何かの花の臭いがした。
「なんでおれの事を知ってる? 」とカミシロが聞くと、さあ? とおかまは答えた。カミシロはラムコークの入ったグラスを手に取り、一口飲むと、コーラとラムの具合がよく、うまかった。「ガイドから聞いたのか? 」カミシロが聞くと、おかまはそれもあるわねぇ、と答え、透明な液体の入ったグラスを取り、飲んだ。半分ほど一気に飲んだので、カミシロは驚いた。「酒、強いんだなあ」ええ、まぁ、仕事がら、飲むから。とおかまは笑った。
「ガイドちゃんはあたしの事なんて言ってた? 」今度はおかまが話した。いいや、なんとも。あ、あんたが自分の事を嫌ってるとは言ってた。とカミシロは言った。あはは、とおかまは笑った。「あの人、嘘っぱちだから。」うさんくさい感じはあるけど、とカミシロが答えると、おかまはまた、あはは、と笑った。カミシロははじめて、まともなやつと話した気がした。
カミシロは二杯、三杯と続けてラムコークを飲んだ。いろいろな話をした。この世界のこと、ガイドのこと、そして、前居た動いていた世界の思い出。おかまは今までも人間と話した事があるらしく、へぇ、そうなの、みんなそういうわねぇ、等と相槌をうち、透明な液体を二杯、三杯と飲んだ。
そうしていく内、カミシロは完全に酔っ払ってしまった。久々に、楽しい時間を過ごしたという満足感だけが残っていた。「もうだめだ、べろべろだよ。いくら? 」「お金はとらないわよぉ。もういいの? 」「もういい。タダ? 悪いね、なんか。」カミシロが立ち上がろうとすると足元がよろめいた。おかまは大丈夫? と声をかけた。「ああ、大丈夫。楽しかったよ。」とカミシロが言った。「それは、良かった。また来てくれる? 」おかまはそう言った。もちろん、と言い残しカミシロは店を出た。
店の外にはガイドがカミシロが店に入った時と同じ場所に同じ姿勢で立っていた。どうだった? とガイドが聞いてきた。カミシロは楽しかった。と答えた。そりゃ良かったな。とガイドは言った。